この記事は1月19日の続編です。


さて、例えていえば、日本に藤原や藤や原のつく姓は非常に多いわけですが、わたしは、実は、たまたまヤマタノオロチ伝説の里に近い奥出雲の中学で臨時教員をしていたことがあるのです。そこで、同じ学年に藤原君がふたりいて、ひとりの藤原君は学級委員長をしていました。まあ勉強は特別できるというのでもなくごく普通でしたが、掃除の時にあまりやる気がなさそうだったので、学級委員長なんだからちゃんとやりなさいって注意したことあったような。ある時、他の子たちと数人で万引きして担任に指導されたのですが、それでも、「善悪がよく分からないみたいです」という話でした。彼は、男子トイレの入り口の床に石けんを塗って他の子を転ばせる算段をしたり、自分の上履きを他の子に投げつけて、目を怪我させたりするなどちょっと乱暴なところがあるボス的存在でもありました。けれども、いい子にしている時はそれなりにかわいく、授業を妨害されたこともありません。また、定期テストの前に、その子のクラスがわたしの科目にやる気をだしてくれて、みんなで「オッス!」だか「ヨッシャ!」だかのポーズをしてくれたと担任の先生から聞いた時はちょっと嬉しかったです。でも、さすがに、彼が生徒会長の候補になった時には、残念ながら、「善悪が分からないという子を生徒会長にはできないでしょう」とある先生との話の中でちょっと反対しましたです。で、他の候補者が生徒会長になったのですが。(まあ、陰で操っていたかもしれませんけど)

また、ある時のPTAとの懇親会では、部活の先生がその藤原君のお父さんにそうとう気をつかって、「いや〜、ちょっとやんちゃでもね、こういうイイところが。。。」って、ホメホメしていて。まあ、いいことではあるのですが。今になると、「そのお父さん、かなり裏ボス的な人だったのでは? 」と思えてきます。でも、最初はちょっとやんちゃな子もいましたが、教え子はみんなかわいかったです。ですから、意図して悪い道に導かれていなければ、この藤原君きっといい青年になっているだろうと思います〜!   (この藤原君にわたし個人としてはなんの恨みもありませんが分かりやすい説明になると思い例にだしました。’メンゴ!’ (=ゴメン、許せよ!)    

ところで、もうひとりの藤原君はお寺の子で、ちょとひょうきん系のいたずら者ではあったようですが、なんだか故意に指導主任のO先生から悪者にされている感じでした。そのせいなのか小学校の教員で、確か教頭か教務主任かをされていたお父さんは早期退職されたそうです。ですから、仏教のお寺の僧侶になった藤原さんというのはアングロサクソン王族にしてみれば、裏切り者-家系とされて嫌がらせされていたのかな?と今になって思ったしだいです! それとも、仲間に入れようとしたけど拒否されて親子ともども嫌がらせをされていたのでしょうか? (日本でも、まだ古〜いアングロサクソン王族系のリング(秘密結社)が今も活(い)きているのでしょうか。。。)
(ところが、残念ながら、こちらの藤原君のほうは何だか近衛文麿にやや似ているようなのです!2014.03.20追記)

ですから、まあ、なにごとも一概には言えません。アングロサクソン系の名前はついていても、名前だけそうでも違う血筋のほうが多くなっているという人もいるでしょうし、アングロサクソン系の人でも、超エリートたちじゃなければ、いい人もいるでしょうし。

まあ、世界中のいたるところにいるアングロサクソン’王族・貴族’には特に気をつけた方がいいということです
かね。でも、何度も言うようですが若いアングロサクソン王族・貴族は親や祖父母と同じサタニストの道は歩きたくないという人が多いということですので、これとて一概に全員がサタニストとは言えないらしいです。(しかし、イルミナティのトップたちの絶対命令によって彼らは動いているので、悪い事させられている人がほとんどのようです。2014.03.20追記)

(またまた、話がすご〜く横道にそれてしまいました。スミマセ〜ン! ♡^*** テクマヤマヤコン〜〜〜もとにも〜どれ! ドロドロドロ〜ン!パッ!⁂)

[参考資料]  (サイト主様方には勝ってに使わせいただき相済みません。)

そうとう長いものもありますので、お急ぎの方は興味のあるところだけお読みください!

韓国の歴史 その始まり・・・檀君神話・古朝鮮
http://www.coara.or.jp/~mieko/koreahistory/koreahistory1.htm
(高句麗が扶余人によって建国されたというのは多分違うと思いますけど〜?)
物部氏は扶余人
http://www.coara.or.jp/~mieko/koreahistory/koreahistory1.htm

高句麗とは
http://www.bbweb-arena.com/users/hajimet/koguryo_002.htm
高句麗とはーはてなキーワード
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B9%E2%B6%E7%CE%EF
百済 馬韓通史
http://members3.jcom.home.ne.jp/sadabe/kudaragaisi/bakan-tsusi.htm


おそらく、「平家」はヤハウェ王族のヤペテ系とセム系の子孫の系統で、藤原氏(朝廷)、源氏(武家)はアングロサクソン系王族の子孫の系統でしょう。しかし、中臣鎌足と中大兄皇子の「大化の改新」後、藤原家がずっと権力の中枢を握っていたので、その当時は、アングロサクソン系の血筋であろうとの推察ができますが、それでも、その時の権力者によって、変わってきますので一概には言えません。その後、平安京を建設した桓武天皇は平家の血筋の天皇のようですので、平家筋の血流が多く天皇家に入っていったのですが、それも長くは続かず、清和天皇以降はずっと源氏系でしたが、それも、平氏の平清盛公の時代には平氏系の天皇になっていたのです。しかし、その後、平安時代末期の1185年の「壇ノ浦の戦い」*で源氏が平家を滅亡させて以後は、また、状況が変わったことでしょう。でも、徳川幕府は源氏なんでしょうか?平家なんでしょうかね?その辺でもまた随分と違ってくるでしょうし。

しかし、それにしても、現在も、平家一族の生き残りが徹底的に藤原氏と源氏から狙われて殺されたり、いじめや左遷とかで社会排除されたり、集団ストーカーされたりして自殺に追い込まれたりとかしているようです。
だから、恐ろしいことです〜〜〜!! 自殺者年間3万人以上!! この中には、おそらく、アングロサクソン系の庶民も多少含まれていると思いますよ〜 だって、そこまで、細かく分類できないでしょう〜 例えば、あの^第二次世界大戦中の広島や長崎の原爆でも、東京を始めとする主要都市の大空襲の時でも。。。それでも、やっぱり、まあ、平家すじを特に狙ってジェノサイト(=種の絶滅)を計っていることは確かでしょう。 zooo~~~
まったく、気味の悪いアングロサクソン王族、貴族のジジ、パパさまたちだこと!!

まあ、自分たち家族以外は全部殺したって平気って方々ですからね〜  世界中のほとんどの人々にとっても、’ひとごと’(=他人ごと)ではありませんよ〜!

* 壇ノ浦の戦い
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A3%87%E3%83%8E%E6%B5%A6%E3%81%AE%E6%88%A6%E3%81%84


p.s.
本文の中で、ちょっと、名字について言いにくいことも書いています。済みません! でも、事実を知っていたほうがより解決しやすいと思いますので、あえて書いていますが、さらに、アングロサクソン系の名字には、藤原姓以外にもたくさんあるみたいです(この名字だけ書くと不公平になるので他にも挙げます)。 フォン族に由来するものとか、奥の院系とか、ツングース系なのか森林などに由来する名字とか、その他もろもろ。それに、平家の名字でも乗っ取られている家系もありますし。(わたしにはあまり詳しくわかりませんので間違っていたら済みません)それに、おそらく、自分でも自分の家の名字の由来を知らない人のほうがかなり多いかもしれませんよね。と言う、わたし自身も、やっと何年か前に少し調べてちょっとだけ分かったのですが、それでもまだ完全な理解には至っていません。

まあ、とにかく、ジョゼッペのキャボット家とかアイゼンベルグのウィンザー朝=サヴォイア家=ブルータス=ブルース家とか、モルガン家は、(彼らは、外国でも日本でもいろいろな名字を使っています)、日本でも互いに結婚しあって仲良くしているみたいです。そういうのはアングロサクソンのエリートたちのピラミッド「フリーメーソン」の頂点付近にいる王族・貴族「イルミナティ」の家族たちのようです。

ですから、アングロサクソン人の庶民はあまり関係ないでしょうし、いろいろな家系と混ざりあって結婚している場合が多いでしょうから、ヤペテ系、セム系、アングロサクソン系と、また、それ以外の先住民の日本人=「縄文人」などがいろいろ混血しているんでしょうね〜。

ですから、姓名に関係なく、その人物(子供を含めて)をよ〜く見て、サタニストかどうか判断するしかありませんよね〜!  その人たちが有力者、権力者(子供も含めて)の場合、あっ、それから新興宗教などの会員の場合も、特によ〜く注意して判断しましょうということですかね〜。

また、なぜ子供もあえて含めて書いているかといえば、イルミナティの子供は、2〜3歳で、虐待を受けて人格を破壊されマインドコントロールされていますし、親が新興宗教に入っている子供たちも同様で、親のいうとおりに集団ストーカーに加わったり、学校でいじめをしたりしています。ですから、こういうふうに書いてはかわいそうだとは思うのですが、しかし、実際、事実であり、一番かわいそうなことというのは、マインドコントロールされているということのほうであり、解放されるべき、かつ、解決されなければならない重要問題なのです。


p.s.2

『スサの王』を始めとする『ペルシャから来たセム系エフライム人の王族』の移動について、追加説明したいと思います。

☞メソポタミア南部→ペルシャ南部で「エラム」(首都 スサ)→インド西部(現在はパキスタン領)で「モヘンジョダロ」*(B.C.2500〜1800年)→中央アジアから北インドで「クシャーナ王朝」 * (xxx〜A.D.1C?A.D.3C?、仏教信仰、仏教美術が栄える)


中央アジアから東アジアで「月氏」**(B.C.3C〜A.D.1C)→中国で「夏」**→(アングロサクソン系匈奴=「殷」の征服)→「周」→(アングロサクソン系匈奴「秦」に征服される)↓

B.C.3C頃、「周」は、「秦」に征服され、周の民は「高句麗」や「馬韓」に逃げて来る。
→その後、日本に渡来。


一方、B.C.200年頃、アングロサクソン王族たちは前漢に征服され秦の南部から船団を組み、南方海路で、日本各地にやって来る。これが徐福たち***)

「漢」→三国時代の「蜀」(しょく)「魏」(ぎ)「呉」(ご)→(「晋」シンの征服)→(南北朝の北朝=北魏=鮮卑族、南朝=(劉)宋=晋の末裔の征服)→(隋(ずい)、「唐」、「宋」(時として、またそれぞれの末期にはアングロサクソン王族に乗っ取られていたものの基本的には周の末裔のヤハウェ系王朝)→(「元」=モンゴル系タタールの征服王朝)→「明」(=テュルク&タタール系の王朝)→(「清」=女真族というツングース系タタールの征服王朝)→「中華民国」・「中華人民共和国」(=アングロサクソン・ヌビア系王族の征服)

また、アングロサクソン王族たちは→A.D.2C後半? ササーン朝ペルシャがクシャーナ朝を征服)→「馬韓」を征服し「百済」を建国)→A.D.200年頃、日本の西都原(=宮崎県)にやって来る(貴巫女=卑弥呼)

* モヘンジョダロ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A2%E3%83%98%E3%83%B3%E3%
82%B8%E3%83%A7%E3%83%80%E3%83%AD

**月氏
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%88%E6%B0%8F

* クシャーナ朝
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83
%BC%E3%83%8A%E6%9C%9D#.E6.AD.B4.E4.BB.A3.E7.8E.8B

** 夏
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%8F_(%E4%B8%89%E4%BB%A3)

*** 徐福伝説
http://www.asukanet.gr.jp/tobira/jofuku/jofuku.htm
アングロサクソン王族たちのワルワル軍団でした!


ということで、「高句麗」を建国したのは、「周」の王族(=スサの王の子孫のセム系エフライム人=シュメール人)の一部だったのではないかと思われます。しかし、本国の中国の「周」が秦に征服されると、周の民は逃れて朝鮮半島にやってきて「馬韓」や「高句麗」を建国したのではないでしょうか?その朝鮮半島の百済からエフライム人は日本にやって来ているのでしょう。


冒頭に引用させてもらいました「ヤマタノオロチ」の「第14章 四国の大王「稲飯」(イナヒ)」の中にも、「ペルシャからシルクロードを通ってやってきた人々(=「周」からの民)が500年前に百済にやって来て、最終的に西都原にやって来た。ところが、50年前に百済から貴巫女=卑弥呼たちがこの西都原にやって来た。」と、おそらく、A.D.250年頃?(そのサイトには、紀元111年頃となっていますが???)に話していると思われます。それで、中央アジア〜北インドの「クシャーナ朝」をササン朝ペルシャに滅ぼさせ、百済に渡り、その後、日本に渡来しているのが卑弥呼の来たのルートです。また、稲飯とほぼ同じ頃に、「秦」から徐福が3000人を伴い大船団で日本の各地を侵略したので稲目は徐福(象二郎)かもしれません。


♡☆♡☆
この記事は、かなり加筆・修正をしましたので、済みませんがもう一度読んでいただければ幸いです。



つづく


* コメント欄も見てくださいネ!
[PR]
by Ulala-lov | 2011-01-20 20:16 | 幕末と坂本龍馬