(この記事は、1月15日の続きです)


また、ネットを調べていたら、下記のサイトで、かなり詳しく説明してありましたので、こちらの説を参考にさせていただきながら考えたいと思います。(サイト主様、勝手に使わせていただき申し訳ありません。thanks a lot ! ^m^)

「ヤマタノオロチ」
(ヤマタノオロチ(山田=八股、つまり、ヘビのような八つの脚をもつタコ系モンスター「オロチ」を退治したのはヤハウェ王族セム系の蘇我氏と思われます。なので、このサイトはかなりアングロサクソン王族の歴史と近い改ざんされた歴史の内容になっていますが、それでも、アングロサクソン王族たちと扶余たちの渡来に関する歴史がよく分るのでいろいろと参考になります。おそらく、フツは藤間家の前当主アイゼンベルグ、フツシは藤間家の現当主「ムッちゃん」でしょう。)

ブリヤート人

<前列>
中央の男がアイゼンベルグ(藤間家の前当主)、左端の男の子は飯星景子に似てますね〜!左から2番目の女性はこんな顔の女優さんいましたよ〜!左から3番目は以前から指摘していましたが、鹿島さん(鹿島建設の娘)=有賀さつき(元フジTV女子アナ)=的さん(わたしの中学時代の同級生)です。また、右端の女性は麻生財務大臣に似てますね〜!右から2番目の女性もこんな感じの女優さんいましたけれど。。。

<後列>
左から三番目の男はアイゼンベルグの息子(=藤間家の現当主)
左端の女性がわたしが高校の時に剣道部で一緒だった上野智香ちゃんとその二人の姉たちのひとり、おそらく長女*に似ています。彼女たちはマリー・ボルボン(おそらく、スペイン・ブルボン家)の娘たちで、息子が別所哲也=稲垣吾郎です。なんにしても、新生ヴィーナス=ヴィクトリア女王の子孫です。そして、左から2番目の女性が本名「藤間明子」で、タレントの千秋(ポケットビスケットのヴォーカルだった)=小島奈津子(元フジTV女子アナだった、現在はフリーアナ)、右から二番目の女性は藤間家の現当主の妻にソックリ!左から2番目の女性は俳優の豊川悦治**にソックリです!つまり、マリー・ボルボンの子供ではなく、ずっと長生きしているアングロサクソン王族ヴァンパイア本人か、その子孫と考えられます。


* それが女性宇宙飛行士の山崎直子さん似です。
山崎直子 画像集
わたしの記憶では声は自民党の稲田朋美衆議院議員に似ていました。
稲田朋美 画像集
稲田朋美大臣は、新生ヴィーナス=梶美奈子=「山田まりあ」のほうかと思いましたが、こっちのほうかも?
** 豊川悦司 画像集
【俳優】豊川悦司 写真・画像集 NAVERまとめ


★★★★★ おそらく、アイゼンベルグもその息子もわざと眉を垂れさせています。鼻もわざと細く見えるようにし、目も細くしています。わたしが持っているアパートの大家さんだった喜多文磨の写真を見ると、ヤハウェ系の人間的な顔のままです。また、わたしの元夫の顔も三船敏郎の若い頃の顔に似ていて、まったく、純粋なヤハウェ系の人間的な顔でしたから。

ただし、アイゼンベルグは元々ヤハウェ王族なのですが、そのままヤハウェ系の顔を保っているということはヴァンパイアにはなっていないということです。なので、おそらく、クローン人間によって子孫を生み出し、その中から、最も悪智恵の働く者の脳の前頭葉あたりに自分の前頭葉の一部をコピーした人工知能を移植しているのでは?

とにかく、フツ=アイゼンベルグ(藤間家前当主=ジョゼッペ=東電の「勝俣」前会長)で、フツシ=藤間家の現当主ムッちゃん(=東電の「武藤栄」前副社長=(株)日揮の「遠藤毅」広報部長)だと思われます。二人が並んで記者会見している動画の、ある角度からの映像を見るとソックリでした!


「ツングース系タタール」*が中国北部・朝鮮では、「扶余(プヨ)」**と呼ばれ、アングロサクソン=シェバ・ヒッタイトの騎馬軍事集団と考えられるのですが。。。彼らは、B.C.2C 〜 1C頃、中央アジア、シベリア、中国北部、朝鮮半島などを侵略していって、現地の土着民と混血などしていったと考えられます。その頃、朝鮮半島北部には、「高句麗」(B.C.37~668年)という国が「周」の末裔である民族(=セム系エフライムの子孫たち)によって起こり、「弁韓」という先住民や匈奴など複数の民族が住んでいました。扶余は、この高句麗にも侵入していき、完全征服しようと何度となく攻撃を仕掛けるのですが、完全には征服しきれずにいました。

韓族....三韓- キッズネットより
http://kids.gakken.co.jp/jiten/3/30017250.html

中華歴史ドラマ列伝 オフィシャルサイト - 歴史年表(中国-韓国-日本の対比)
http://www.chuka-drama.com/year_history.html


また、朝鮮半島の南西部では、「馬韓」という土着民が住んでいたのですが、中国の「晋」
(A.D.265〜420年)***の苦役から逃れて?から来た移民たちがやってきて「百済」(346?〜660年)を建国しました。晋から逃れてやってきた人たちが建国した後に扶余が侵略して乗っ取ったようです。「百済」は扶余によって建国されたと書かれていますがウソのようです。それで、「フツ」のように百済からも高句麗に侵入していっていったようです(北の扶余もすでに侵入していましたが)。 なので、晋から逃れてやってきたヤハウェ系の人たちの多くは、百済建国から十年後の356年に、その多くが朝鮮半島西南部に移動し辰韓の居住地に「新羅」 (A.D.356〜935年)**** を建国したようです。そして、中国にヤハウェ系王朝の「唐」が成立すると、「新羅」と「唐」が協力して、扶余に乗っ取られた「高句麗」を挟み撃ちにして扶余から取り戻し、「新羅」王朝の勢力下に置いたのでしょう。


高句麗は、農耕が主でしたが、牧畜・狩猟もしていたらしいです。しかし、百済は農耕文化であったとか(ウソ!)。上のサイト『ヤマタノオロチ』によれば、百済と日本とは結びつきが強く、扶余が征服した百済から日本に移住したのが扶余を率いていた卑弥呼こと貴巫女だったのです。また、このサイトの中には、「オロチ一族」(あの有名な出雲神話のヤマタノオロチのこと)というのが登場しますが、実際、ツングース系の一族には、オロチ族*やオロチョン族**がいます。両種族とも宗教がシャーマニズムとなっていて、やはりサクソンの特徴が色濃く伺(うかが)えます。

* ツングース系タタール
スキタイ・ヒッタイト=アングロサクソンがケルト系民族を奴隷にて鉄器製造=鍛冶かじ=タタラをさせながら移動し、現地の民族と混血し「タタール」と呼ばれていると推測されます。。日本にもやって来て、これが日本の鑪[タタラ]につながる。タタール人は、そのアングロサクソンとケルトの両方の民族やその混血を指して言っているようです。したがって、ここでは、ツングース語圏にタタールが侵略してきて原住民と混血して、ツングース系タタール人が生まれたということになるかと思われます。

ツングース
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%84%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%BC%E3%82%B9
ツングースの意味
http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn2/148808/m0u/%E3%81%A4%E3%82%93/
タタール人
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BF%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%AB%E4%BA%BA
「タタール人とは誰か」
http://www.geocities.jp/dianaura/otayori14/ota14.html
タタールの軛(くびき)
http://www.bunkyo.ac.jp/~natasha/russia/tatar_01.ht

** 扶余  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%AB%E4%BD%99
(扶余という民族は今から5000年くらい前から存在しているようです。)

*** 晋
http://wpedia.goo.ne.jp/wiki/%E6%99%8B_(%E7%8E%8B%E6%9C%9D)
西晋   http://wpedia.goo.ne.jp/wiki/%E8%A5%BF%E6%99%8B
(殷→秦の名にちなんで命名された国名らしいです)
司馬懿 http://wpedia.goo.ne.jp/wiki/%E5%8F%B8%E9%A6%AC%E6%87%BF
(殷王の末裔)
**** 新羅
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%B0%E7%BE%85
(秦からの苦役を逃れて朝鮮半島にやってきたヤハウェ系の人々)

*オロチ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%AD%E3%83%81
**オロチョン族
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%AD%E3%83%81%E3%83%A7%E3%83%B3%E6%97%8F


また、『高句麗』はAD400年代後半頃に扶余に乗っ取られていましたが、A.D.668年に、朝鮮半島東南部の「新羅」と中国の「唐」*のヤハウェ系王朝が協力して「高句麗」を滅しました。

* 唐 ... 漢民族の国とあるけれど、支配者たちは鮮卑人(せんぴじん)とあるのですが、実際は漢人によって開かれた王朝のようです。

ということから、「フツシ」の実父である高句麗のピョンヤンにいる『李生成』という名の「扶余」の族長は、フツシの実兄双子の「アメ」と「クニ」(=ズガ)、異父姉「貴巫女」(=卑弥呼)とその弟「月読命」、そして、異母兄のヤマタのオロチ8人兄弟というこれら大勢の子供の父親のようです。そして、この李生成はフツシの育ての親「フツ」の兄なのだとか。また、フツは貴巫女と月読命の実父でもあるのだとか。どうも日本人の初期の王や女王たちはみなアングロサクソン王族の血を半分くらい引いているようですね。でも、フツシもその兄たちも、貴巫女とその弟月読命も、母親が仏教を信仰する百済の王女(周の民の王女?)だったので立派な人になったみたいですね〜 

それから、奥出雲の稲田姫(イナダヒメ)Jの父「クシ」は、鑪(タタラ)の技術をもった匠(たくみ)の長で、乱暴者のオロチ兄弟にも一目おかれる存在であったということですが、この人たちは、おそらく、ヤペテ系の人で、ヒッタイトたちにアナトリア半島にあったヤペテ系王国『リギア』?『フリュギア』?を征服され、鉄の製造をする鍛冶職人たちは、その技術を必要とされたので殺されずにいて奴隷として(といっても貴重な技術者はそれなりの待遇を受けていたでしょうが)、むりやり引き連れられて移動し、ヒッタイトやツングース系の民族と混血したりしながら日本にやって来たのではないかと推察しているのですが。

それから、四国の大王「稲飯(いなひ)」という人がいますが、B.C.500年くらいに、目は青く、肌は白いペルシャ人がシルクロードを通って百済にやって来て、その後、日向にやってきて、嫌われて四国にやって来たと言っているのですが、この人たちがアングロサクソン王族たちのようです。彼らは、セム系のエフライム(セムの長男)の子孫で、「スサの王」(スサノオノミコトの語源)が率いる「エラム」という国*にいたヤハウェ王族たちをストーカーのようにずっと追っかけています。エラムを逃れたヤハウェ王族たちはインドの「モヘンジョダロ」へ。しかし、アングロサクソン軍団はそこまでも侵略していき核爆弾を投下しインダス文明を滅亡させたのでしょう。さらには中国に逃れたヤハウェ王族たちを追っかけて周を滅亡させ「秦」という統一国家を樹立したが、すぐに、ヤハウェ王族の漢に征服されたので、こんどは朝鮮や日本へ侵略していったのです。「馬韓」や「高句麗」を侵略、日本には徐福船団としてやってきて各地を侵略したのです。

エラム .... http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%A9%E3%83%A0

★★★★★したがって、日本の王朝は、元々はプレ大和朝廷のヤハウェ系王朝だったのですが、アングロサクソン王族=藤原氏に乗っ取られてしまったのです。しかし、その後もヤハウェ王族の天皇とアングロサクソン王族の天皇の王朝とが何度も繰り返しながらの歴史で、日本の天皇は決して万世一系などではなかったのです。そして、明治天皇から現在の今生天皇まではアングロサクソン王族です。


(修正加筆していたら文章が長くなりすぎたので、「(続5)幕末〜明治維新を駆け抜けた志士龍馬をヤッたのは誰? その2」として続けます。 2014.03.20 )
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by Ulala-lov | 2011-01-19 09:33 | 幕末と坂本龍馬