猪瀬都知事と徳洲会病院と東電の関係(三者をつなぐ糸は山口組)2

2013−12−15

(1のつづき)

大変済みませんが、この記事はまだ書きかけです。

第一次上海事変と川島芳子:歴史の時間 7/22

上海で愛人関係にあった田中隆吉と川島芳子の二人は、「第一次上海事変」* 勃発の裏工作をしていたスパイとして有名ですが、関東軍参謀の板垣征四郎**がアヘン政策で得た機密費からお金を出して* 命令していたのですね!!!

* その当時の米10キロが1円90銭 → 現在の米10キロの市販価格3000~3500円ぐらい
(約2円で計算)         →      (約3300円で計算)  1650倍
当時の20000円        → 33000000円 =約3300万円 

板垣征四郎が上海事変裏工作のために自国のスパイに渡した金額は、田中隆吉に2万円(現在の約3300万円)、川島芳子に1万円(現在の約1700万円)ということです。

二人分合せると合計5000万円になり、偶然か必然か?猪瀬東京都知事が医療法人「徳洲会グループ」から受け取った金額と同じです。昔からサタニストたちが何かの一件に関して一度に渡す工作資金としての相場は(現在の価値にして)5千万円くらいと決まっていたということでしょうか?

上海事変とは - コトバンク

上海事変

最後に「この上海における日中両軍の戦闘の間に満州では、日本がハルビンを2月に占領し、3月1日には満州国を樹立させています。上海事変は満州事変に密接に関わっていた戦争でした。」とあるように、日本が満州に(植民地としての)傀儡政権国家「満州国」を築くために関東軍*の謀略によって起きた戦争でした。

* 関東軍・・・幹部のほとんどはアングロサクソン王族であり、少数のヤハウェ王族には軍内での本当の意味での実権はなかった。

第一次上海事変(1932年1月28日〜3月3日) wikipedia

蔡 廷鍇(さい ていかい、1892~1968)

この蔡 廷鍇が、第一次上海事変で日本軍と戦った『19路軍』(ろぐん)を蒋光ダイ*と共に指揮しました。

その後、一時的に蒋介石と袂(たもと)を分ち、反蒋介石派として、李済深・陳銘枢らを擁立して、福建人民政府(中華共和国**)を樹立しました。

「しかし、蒋介石の反撃は迅速で、共産党側の猜疑等が原因でこれとの連携も不十分だったため、わずか2か月で福建人民政府は崩壊し、第19路軍も解体された。逃亡した蔡は、その後、欧州へ視察の旅に赴いている(エリートコースを歩んでいることの証)。一時的に反日戦のため蒋介石の下に入るが、冷遇され、また反蒋介石の政治活動を再開。晩年は1946年(民国35年)3月、李済深らが広州で組織した中国国民党民主促進会に参加した。中華人民共和国建国後は新政権に参加。中央人民政府委員、全国政治協商会議常務委員・副主席、全国人民代表大会常務委員、国防委員会副主席、民革中央委員会常務委員・副主席などを歴任した。」とあり、蒋介石とは、アングロサクソン王族サタニスト同士で仲良くケンカしたふりをしていたようです。そして、その功績ゆえに、中国共産党の要職を歴任しています。

そして、サイト内最上部右端の写真を拡大してみると、蔡 廷鍇の顔は『工藤會』幹事長の木村博??によく似ていますよ〜!!!

??このブログ内の関連記事:
ヤクザ社会〜両性具有=シバ神=シバの女王

★★★ ということで、「19路軍」の指揮官「蔡 廷鍇」=九州随一の暴力団『工藤會』の幹事長「木村博」??のようです!!!

また、先ほどの蔡 廷鍇のサイト内の下部左側の写真を見ると、なんだか「いかりや長介」とか田岡一雄などに似ていますよ!ということは、

★★★ おそらく、「19路軍」の指揮官「蔡 廷鍇」=島根県大田市仁摩町宅野のあの『藤間家』の先代当主(藤田まこと、いかりや長介、露木茂など)か先々代当主(田岡一雄)=工藤會「木村博」??!!!

* 蒋光ダイ(しょう こうだい、1888~1967)

第19路軍は解体され、蒋光鼐は香港に逃亡した。1937年(民国26年)、日中戦争(抗日戦争)が全面勃発した後に、蒋光鼐は蒋介石の国民政府に復帰する。第4戦区長官部参謀長、第7戦区副司令長官などを歴任し、対日戦の前線に立った。晩年は、中華人民共和国が成立すると、蒋光鼐は北京入りし、新政権に参加した。以後、北京市政府委員、(中央)紡績工業部部長、全国政治協商会議常務委員、中国国民党革命委員会中央常務委員などを歴任した。

★☆★☆★ どうも、『19路軍』の蒋光ダイ=ヴィルヘルム1世(ヘッセン選帝侯)?? のようです!!!(訂正:2013.12.17 2:40 p.m. )

?? ヴィルヘルム1世(ヘッセン選帝侯、1743~1821)

◎◎◎ロスチャイルド家に関する説明は間違っています。わたしが、今まで、このブログで述べてきましたように、このヘッセン公「ヴィルヘルム1世」が、ドイツやウィーンのハプスブルグ家の財産をすべて収奪し、ハプスブルグ家をロスチャイルド家と呼び、彼らを塀に囲まれたユダヤ居住区=金融街に閉じ込め、奴隷にして、ヴィルヘルム1世や、その直属の部下でサタニスト・トップたちの財産管理、執事としての仕事、多岐にわたるビジネスの経営管理と開発・研究、サタニストらの出版する書物のゴーストライター、手紙の代筆、歌や楽器演奏やダンスの指導、映画や劇やドラマなどの演技指導、晩餐会・日常の衣食住など何もかもみな"本物のロスチャイルド家"*(=ハプスブルグ家)の人々押し付けてやらせている張本人ですから!!!
* Loth(=Los=The) Child ="イエス・キリストの子供"の意味のようですが、アングロサクソン王族サタニストトップたちが偽・ロスチャイルドとして本物たちの戸籍に乱入しています。まったく、どうしようもなく " イヤな奴ら " です!

彼らアングロサクソン王族サタニストトップたちは、まるで我がまま放題に威張り散らす出来の悪〜い超悪ガキ・ヴァンパイアのようです!!!

それに、ヴィルヘルム1世は、きっと、まだ生きていますよ〜!ヴァンパイアですから〜!!!しかし〜、いったい誰かしら?なんだか女の人のような感じがしますけど。。。ん〜、え〜っと!ああ〜、ヴィクトリア女王(若い頃は本物、中年以降は代理人)や梶美奈子さんに似ているような???

男装してるのかしら?だって、『新生ヴィーナス』が一番資産もたくさん持っているはずですから!ん〜、なんかピンポ〜ン!◎みたいですぅ〜


★☆★☆★ アッ! だから、ヴィルヘルム1世(ヘッセン公)=偽・蒋光ダイ=偽・宋慶齢=新生ヴィーナスってことで、(両性具有だから)一人二役の男女を使い分けて『中国共産党』内でも、きっと、独裁的な王や女王として今も君臨しているんですネ!

** 中華共和国 wikipedia

上海周辺地図
(下から5番目のメモリくらいに縮小してください)
「南京近し」です!それで、第二次上海事件*** の後、すぐに、怒り冷めやらぬ間に、日本軍は南京大虐殺という蛮行に及んでしまったのですネ!(どっちみちアングロサクソン王族サタニスト同士が事前に十分練り上げたシナリオ通りに実行したのでしょうけれども)

*** 第二次上海事変:ねずさんの ひとりごと

この時の日本軍の弱腰はわざとです。日本軍の幹部たちは、国民政府軍の指揮官「蒋介石」らとはアングロサクソン王族サタニスト同士の仲良しこよしですから、最初から打ち合わせていて、最初に激しく中国側に攻撃させておき、被害が甚大になってから、おもむろに仕方なく応戦したように見せかけて、総攻撃で応戦したのでしょう。人間(ヤハウェ系)の殺戮と破壊と猟奇的趣味と金品奪取が彼らの目的ですから、敵も味方もなくヤハウェ系の兵士ができるだけ多く亡くなれば良しとし、民間人も同様でヤハウェ系が狙われたはずです。

第二次上海事変
長い説明なので特に読まれなくてもよいと思います。または、全体をザックリと見て興味のあるところだけ読んでくださいませ〜!

第19路軍の上海付近移駐 - 15年戦争史

第1次上海事変 l 日本の正しい歴史

▶ 最後の部分には間違いが多いので訂正します。オリーブ色が間違いで、オレンジ色が(わたしの推測で)訂正した箇所です。

「 平和を口実にした弱腰外交 」というのは間違いで、正しくは『平和を口実にした侵略』(=1932年3月1日 満州国の樹立や第一次上海事変など)を見た

『シナ人 による支那* 各地』は間違いで、ここでは『中国人(ヤハウェ系・サクソン系問わず)の中国各地』での、抗日・排日・侮日行為は続いた」とあるべきでしょう!!!

*支那 wikipedia
『秦』(China)(B.C.200年頃)を始皇帝(=象二郎)** が統一=ギリシャでは紀元前後から中国を『シナ』と呼ぶ=清=支那=現在も英語で「China」(チャイナ)と呼ぶ・・・ということはアングロサクソン王族の征服国家を意味しています。太祖ヌルハチが建国したのは「金」であり、ヌルハチの側室の子「ホンタイジ」が「金」を乗っ取って建国したのが『清』(Chin=Chin-a←Chivaに由来?)です。ですから、本来、支那人とはアングロサクソン王族及びサクソン系の人々ということでしょうが、結果、支那人=「支那人が征服した国家の人々」という意味で使われているようです。

** いつものパターンで考えると、秦の統一前まで戦闘で指揮を執っていたのはジョゼッペで、秦の統一直後、皇帝など征服者として最高位につくのは象二郎でしょう。

「各地で日本人の 惨殺 ・ レイプ事件 ・ 死に至らしめる拷問事件 が頻発(ひんぱつ)した。」というところもちょっと想像しがたく(だって、当時の中国にいた日本人の民間人としては href="http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/100/165110.html" target="_blank">満蒙開拓団以外は少なく、中国各地にいるはずもないし)、正しくは「中国各地で、漢奸狩りが行われ、親日家、日本に詳しい者、日本に留学経験のある者が中国人(主に"本当の漢人"***=ヤハウェ系)、外国人(ヤハウェ系、日本人も含む?)を問わずに逮捕・処刑されたり、彼らの惨殺・レイプ事件・死に至らしめる拷問事件が頻発(ひんぱつ)した。」ということではないでしょうか。

*** 漢奸(カンカン)狩り
もともと漢人=ヤハウェ系ですが、それが、清朝になると、満州人以外の中国人全般に用いられるようになり、さらに清朝も19世紀には満州人さえも漢人とされるようになったとのことです。しかし、アングロサクソン王族サタニストたちは、スーパーコンピューターを使ってか明確にサクソン家系とヤハウェ家系の家系図を把握し、きっちりと区別しています。

◎◎◎ ところで、実際には、関東軍との交戦での犠牲者以上に、国民政府軍や19路軍や中国共産党軍(3軍の幹部のほとんどはアングロサクソン王族)などが起す "国内戦" により、何千万人もの漢人たちが惨殺・レイプ事件・死に至らしめる拷問事件が頻発していたというのも忘れてはならない事実です!!!

結局、アングロサクソン王族たちが戦争を起す目的は、ヤハウェ王族やヤハウェ系の人々を惨殺、拷問、処刑、財産の収奪です。



**板垣征四郎
板垣征四郎 画像集
十月十三日 皇学祭 井上順理先生:國會事務局日誌 
アラッ、板垣正こと板垣征四郎さんってまだ生きていたのですか?(やはり、ヴァンパイア?!)
この顔からすると、板垣退助の娘と粛親王との婚姻で生まれた子なのでは?(だって、目が超細いし〜ちょっと小太りだし〜他の人と並んでいるのを見ると背もかなり低そうだし〜)
板垣退助(1837~1919)
板垣退助 画像集
板垣退助&岩倉具視 - 僕が日常感じた事、考えた事、見た事の落書きです。

どう見ても、板垣退助と岩倉具視(ジョゼッペ)は親子でしょう!!

(つづく)
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by Ulala-lov | 2013-12-15 06:48 | 企業とサタニスト