韓国前大統領「李明博」=小野田少尉・戦後30年後帰還-旧日本兵

韓国前大統領の李明博 逮捕クルー!!!! 市民団体が....検察に告発!!!!! : News U.S.

いつも通り、過激であまり品の良いサイトとは言えませんが、かなり真実にせまる内容も多いです。しかし、反朝鮮のツイッターの部分は、相当過激なのでスルーしたほうが良さそうです。

とはいえ、アイゼンベルグは川崎の大韓民国キリスト教会の牧師をしていて、貧しい在日の人々に給食を提供する福祉事業に関わっているようで、彼らにとても感謝されているみたいです。わたしは近くの教会に通っていた時にアイゼンベルグが牧師としてやってきて、「相談にいつでも来なさい。お昼を奢ってあげるから。」という言葉を信じて、ある時、困ったことがあり相談に行ったことがあり、その時アイゼンベルグがその給食施設をわたしに見せてくれたので知っているのです。(ところで、実際、お昼代を払う時は財布のチャックがひっかかったふりをしてなかなか開けず、払うのがイヤそうで、わたしも、もう〜イライラして自分で払おうかと思ったくらいでしたが、でもやっぱ約束なんだからと思って見ないふりをして払ってもらいました。)それらの福祉事業の代償なのか、確かに、そういう貧しい在日朝鮮人を自分の思い通りに動く手下として操っているようです。そういった川崎のような支援を受けている在日の人々がわたしの集団ストーカーにも一役かっているように思えます。それ以外の幾つかのグループも集団ストーカーに参加しているようですが。。。

上のサイトのコメント欄にあるように、李明博前大統領は、「月山あきひろ(明博)」としての日本人国籍ももっているかもしれないのだとか? エ〜〜〜、ビ〜ックリ!!!@o@; 

また、他のところのコメントにありましたが、李明博は大阪生まれの在日のようです。

[韓国経済崩壊]李明博のせいで公共機関も借金まみれに!!!! :News U.S.

確か、大統領就任前から自らの経営する建設会社の疑惑問題で特別調査とかされてましたよね〜!

[暗殺、投獄、死刑] 悲惨すぎる韓国大統領の末路と、李明博大統領の言動との関係 - NAVER まとめ
(次の2の記事もちゃんと見てね!)
あのタモリ風の両腕を掲げての◎は、いったい何なのでしょう???単に、受けを狙っているのでしょうか?

李明博元大統領の顔は、目がとても細く、しかも、上まぶたは三角形、鼻筋がとても細く下部の鼻翼も細い。また鼻先がやや垂れ下がり気味、耳は非常に小さい、眉尻はやや垂れ気味という特徴があります。


<ルパング島からの戦後30年後に帰還した旧日本兵 小野田寛郎 少尉>

以前にこのブログで書いた小野田少尉の記事:
戦後30年も密林で闘い続けたという旧日本兵=横井庄一さん(グアム)と小野田少尉(フィリピン)の茶番劇

小野田寛郎 「私が見た従軍慰安婦の正体」〜「正論」一月号

極右の人々は、南京事件(戦争)も、従軍慰安婦もなかったことにしたいようです。

小野田寛郎 / 1−8 - YouTube

1. 自分が子供の頃から正義感が非常に強かったと、自ら正義の味方のようなふりをして好人物を上手く演じ自己宣伝をしている。
鼻先が下に垂れている。眉尻が非常に垂れている。上まぶたが三角形。口元が非常に小さい。アゴの周囲の輪廓が非常に尖っていて細い。歯は現在は総入れ歯のようです。中学時代の顔を見ると、目が非常に細い。

2.
1931年、満州事変勃発
1932年、満州国を設立
1937年、日中戦争勃発
1939年、16歳の時に家を飛び出し、中国の漢口で貿易商社に勤務。月給200円、中国語は自然に覚えた。租界地へ遊びに行く。遊びと仕事の両方を懸命にやった。遊ぶためにはお金がいる。麻雀もやってお金をもうけた。
1941年、12月、太平洋戦争勃発、資源を求めて南方へ。フィリピン、シンガポールなどを占領していく。
1942年、5月に20歳で徴兵検査を受け合格。貿易会社を辞めて、陸軍に志願して入隊。
負けん気が強い、身体が丈夫だった。陸軍中野学校へ入学者に選ばれた。(個人情報を軍がすべて握っていた。剣道もすごい腕前、写真の現像できた、語学(中国語堪能)、車の運転できた、無線も。なので情報員に適していた。)空手は中野学校で習う。子供の時から一人での仕事に向く性格だった。
陸軍中野学校に入る時、スパイとして、これからは普通の生活とか家族関係もなくなると言われた。逃げてもしょうがないし、負けず嫌いだったので引き受けた。

3. 陸軍中野学校は、軍の関係者でも知る人は少なかった。スパイ活動やゲリラ戦の訓練をする。無駄死にせず、石にかじりついてでも生きろと教えられた。国や天皇の為に死ぬとかではなく、民族のために働くことを旨とした。頭を柔らかくして考えるように教えられる。

フィリピンへの派遣を命じられる。フィリピンの状況を全部教えられる。潜水艦の位置から何から全部非常に詳しく教えられる。日本が負けるのも織り込み済みだった。ゲリラ戦を展開せよとの命令。ルパング島に派遣された。食料、お金、数年間は戦える武器などを持参。

1945年2月、ルパング島にも米軍が侵攻してきた。米軍との戦いで200人いた守備隊のうち残った40数名が3人一組のグループにしてジャングルに籠ってゲリラ戦を続けた。自分の性格は負けるのが嫌い。
アメリカ軍は4月には沖縄に上陸。本土に迫ろうとしていたが原爆投下により終戦を迎えた。2ヶ月後、ルパング島にも米軍機により終戦のビラが撒かれた。
米軍に投降していった日本兵士たちの映像の中に小野田さんらしき人が先頭にいて写っているようなのですが。。。その後、また戻って残地諜者として活動していたのか?

4. 最初、地形を覚えるのに苦労した。その後、隅々まで覚えた。弱気になったことは無い。神仏に頼るということは無かった。
5年後、朝鮮戦争が始まり、その後、ベトナム戦争が始まる。

1954年、フィリピン軍との戦いで島田庄一伍長(ヤハウェ系の顔)が亡くなった。フィリピン軍からの情報で、日本政府が捜索隊を派遣するが、敵の謀略と判断した小野田さんと小塚金七一等兵は姿を現さず。

ソ連のスプートニクを打ち上げている新聞の切り抜きも持っていたし、ラジオを聞いていたので日本の状況も知っていた。しかし、日本は傀儡政権に牛耳られていると思っていたと答える。
鈴木紀夫という青年が単身調査に向かい、小野田さんが姿を現し、長男の敏郎さんが写真で本人確認し、1974年に迎えに行った。(全部が "茶番劇”なのに、小野田さんの口は滑るように滑らかで、ウソが非常に上手いですね。これも陸軍中野学校での訓練の成果でしょうか?)

フィリピン軍との戦いで兵士を殺したことはあるか?との問いに、「無駄な玉は打たない!」と殺害を認める。「男が男を殺すのは昔からお互い様なんですよね〜」という答えにはビックリ!フィリピンでの帰還前に、小塚一等兵の墓碑の前で涙を流していますが演技も非常に上手いようです。
日本に帰って来た時の背広姿や後ろ姿(隠岐の島の海部中学校に伏見宮博恭王によ〜く似た中2の男子生徒がいましたので)を見ると、なんだか伏見宮博恭王や清王朝の恭親王とちょっと似ています。その子孫でしょうか?

6. 朝起きとか言っているけれど、戦後ずっと仁万に居て、夜中に飛行機などで移動したりして外国、日本など世界を股にかけスパイ活動していたようです。そして、夜が開けて明るくなると家に帰り午前中は寝ていたようです。午後から新聞を読んだり、ラジオを聞いたり、相撲好きなのでテレビで相撲を見るのが楽しみだったようです。わたしが幼い時に近所に住んでいたから知っています。脳梗塞で手足が麻痺した身体の不自由なおじいさんのふりをしていました。(今だから分かるのですが)

★★★ ブラジル移住の時の映像を見ると、この時の小野田さんの頭はカツラでしょう。この時の映像を見ると韓国の李明博によ〜く似ています!!!

7. 小野田さんは、ブラジルの牧場(950年代から日本人の入植始まる)を経営し始める。小野田さんがいない時に牧場を切り盛りする支配人の佐藤晋平さん(56歳)の言葉では、「小野田さんは年を取らないようだ、だんだん元気になって。。。僕らは足元にも及ばない。かなわない。」と話す。1975年に日本を離れた小野田さんは、まず、友人から借りたお金で500ヘクタールの土地を購入する。過酷な環境と慢性的な資金不足、育てた牛が売れるまでは、失った29年間を取り戻すように寝る間も惜しんで働きました。いよいよお金に困ると、ブルドーザーを運転して近くの牧場の開拓を手伝いました。

小野田さんの開拓を助けた日系2世の坂根強(53歳)さんは、「あの人は特別な人で、聞く耳があって、見る目もあって、1回の言葉では納得しないで、3~4回聞き直して、自分で考えて自分で判断して決める人だと。そういうとこ見まして、私は本当にイイ勉強になったと思います。私が教えるどころか、教えてもらったような感じです。1000ヘクタールなんか広くないんですよ。なぜていうたらルパングの270平方キロっていうたら、これの27倍ですからね。自分の掌K(てのひら)にルパングの島全体があったんだから。それからみたら、すごいちっちゃいですよね。

(質問者)こちらに来て、ルパング島でのことでどんなことが役に立ったですかね?

まあ、一番役に立ったいうたら、天候気象でしょうね。雨のリズム、それだけは、まあ、米作っても、何しても間違えたことないし。牧草の種も撒いたけど、生えなかっということない。そういうことが一番大きかったんじゃないですかね〜。

(質問者)水を、井戸を掘って、水を確保しないとやっていけないじゃないですかね?

それもね、ルパングにいた時、初め、こちらに来た時は、自分、どこに水があるか分からないんですよね。だから、木の色を見てみたり、あるいは、山の稜線(りょうせん)の主稜線から別れる所で良水が出ますから、その表か裏かとかで、次から次へと水を探していくと、やがて、お目当ての源泉が出るんですね。だから、この稜線だったら、こちら側に水があるだろうとか。。。やはり、自然の源泉を探して歩いたことが応用が効いているんだと思いますけれど。だから、ここでも2本ほど150メートル掘ってますけれど、外れてないんですけど。

(質問者)一発も外れてないって言ってましたよね。

小野田さんを影で支えて来た妻の小野田町枝さん(68歳)、結婚して29年が経つ。テレビで初めて小野ださんを見た時、「こんな人が世の中にいたのかなあ!」と感激した。わたしは強い人が好きだったから、でも、結婚できるなんて夢にも思っていなかった。1976年サンパウロの教会で結婚した。ブラジルで住む気は全くなかったから、すべて築いた財産も友人も経済も全て捨ててブラジルにやってきた。(大ウソ)

2004年、南マットグロッソ州議会から名誉市民賞が小野田さんに送られた。敬愛すべき日本人としてブラジルに受け入れられた。

(質問者)国境を越えて異なる文化とつき合う時の小野田さんなりの考え方ってあるんですか?

とにかく、自分一人で国を代わってしまうと、相手の国の風俗・習慣とかって、向こうの国の固有のものですから、自分一人で突っ張ったってどうにもならないですから。結局、自分が今まで持っていたものを全部忘れて、新しいものに変えるしかないんですよね。自分では黒と思っていたものを相手が白と言うなら、白と思いますけど。そう思えば割合いと抵抗ないです。そうなんだから、しょうがない。一番、人間が簡単にできてるんでしょうかね?根本、ここに来なきゃいけない。ここで仕事する、生きるしかないんですから。ここで生きるとなれば、やっぱり、白いものを黒と言われても、黒と覚えるしかしょうがないんですよね。そう思えば、悩まない。

(質問者)そういう適応力とか、順応性とかって、小野田さん、昔からあったんですか?

戦争だと思いますね。とにかく、生きなきゃいけない、勝たなきゃいけない。ただ、何か小さなことで悩んでみたって、自分がそこで止まったら生きられないんですから。日本で子どもなんかにもよく言うんですけど。目的がなかったら、すぐ挫(くじ)けるよって。目的があればどんなことでもできるんですよね。小さいことは切り捨て。切り捨てが効かないと小さいことで悩んで絡まってしまってね。だから、思い切りっていうけど、目的があれば、思い切れるんですよね。

(質問者)これだけの牧場を開拓してやっていくには、時には苦しいことがあると思うんですが、そういう時、小野田さんを支えられたのは、クソッと思ってやり続けられたのは、大きな力は何ですか?

やっぱり、子どものうちから、自分でやろうと思ったことができたんですよね。随分、親と喧嘩したり、我がままだの、片意地だの言われたけど。自分でできそうだと思うことができるっていう信念があるっていうか、それがひとつありますよね。それと、もうひとつ、日本でもう知れ渡ってしまったんだから、今度しくじったら、もう大笑いなんで。そういう意味で、恥を知るってこともありますよね。だから、プライドの問題もあるし。。。まあ、そんなことでしくじれないんですけどね。まあ、なんとかやれると思って始めたことだから、やれないはずないって。まあ途中で随分無理なことしましたけど。

(質問者)ブラジルに来て、ここに来るとどんな気持ちがしますか?

ほっとする。ここに来れば我が天下ですから。絶対雑音入らないですからねえ。だから、ほっとします。

牧場経営が軌道に乗り、経済的にゆとりができると小野田さんはブラジルと日本を行き来するようになります。そこには新たな目標がありました。

8. 現在は、青少年の野外活動支援、講演、ブラジルでの牧場経営、執筆などで忙しい。生きる信条など。


<< 元祖タタール人=ヴァンパイア(吸血鬼)か? >>
* ヴァンパイアはタタール人ではなく、テュルク系の首領たちのようです。まだ、ハッキリとはわかりませんが。。。

元祖(=純血種)タタール人が、大コウモリ(ダイオウイカ[イカ+オオカミ]+コウモリ)の遺伝子がハイブリッドされている1/4人間のため、コウモリの吸血の性質を持った『ヴァンパイア』なのではないかと推察されますが、まだ、詳しいことはわたしなりに調べている最中です。

下の映画は、DVDレンタルショップで、偶然、見つけて見たら、おそらく、実際にあったことのようなノンフィクションらしきストーリーです。ぜひ、ヴァンパイアの理解のためご覧になってみてください〜!

??映画『ヴァンパイア』公式サイト
?? 'うららおばさん' 的に『18禁映画』(18歳未満禁止映画)です〜 
子供が見ると、ショックで頭が変になっちゃうし、夜にひとりでトイレに行けなくなったり、夢にお化け??が出てきて眠れなくなったりするから絶対に見ちゃダメだよ〜!!!
?? また、心臓の悪い人、精神的に不安定な人なども見られないほうがよいと思いますので、何とぞ、ご理解くださいマセ!

ヴァンパイア インタビュー:作品の力を探求し続けることで生まれる岩井俊二の世界 - 映画.com

おそらく、ニューヨークで実際にあった事件を元にしているのではないかという気がします。サイモンは単独犯ですが、映画の中で主人公の「サイモン」が出会った、やけに元気な怪しい青年と、その青年に誘われて参加したパーティーは、おそらく「イルミナティ」のうちのどれかの(ヴァンパイア系?)リング(イルミナティの小グループ)の集会でしょう。その青年がサイモンを引き連れて、白タク(一時的に営業するタクシー)を運転して若い女性を襲った場面がありますが、あれが、今も現存している"おぞましいヴァンパイアたち"の実態でしょう。つまり、リンカーンが退治した**けれども、まだまだヴァンパイアはいるということで、今もイルミナティを基盤にして活発に活動しているということではないでしょうか?

★★★ その青年は、血を吸った後の死体は、肉や内蔵はスープや煮込みにして、骨は機械で粉砕して海にバラまくから証拠は残らないと言っていましたね!

ゾゾゾ〜、まさにヴァンパイア、ゾンビの世界です〜

**このブログ内の関連記事
10月16日 - 沖縄2米兵による「集団強姦致傷」事件発生(1)
サイトの真ん中くらいにデイビッド・デイビス・ウォーカー(最高判事)あたりから「リンカーン大統領」について述べています。この時に「ちょっと寄り道」のコーナーで紹介した映画『リンカーン/秘密の書』をやっと昨夜DVDで視聴しました。
(今のわたしの状況では映画館には行けないし、今年3月には、そのDVDが発売されていたようですが、わたしの新しいノート・パソコンの調子がイマイチで、動画が見にくかったのでずっと視聴できずにいました。やっと動画の環境を良くしたので見れました。)

この映画の感想を述べますと。。。
あの南北戦争(1861~65年)の真の戦いはリンカーンが率いる北軍が、南部を支配し、奴隷たちを吸血していたヴァンパイア(=吸血鬼)たちから奴隷を解放し救済するための戦いだったと分かりました!また、この戦いはヴァンパイアたちを退治し、人類を救うための戦いでもあったはずです。
★★★しかしながら、リンカーンは知らなかったのかもしれませんが、ヴァンパイアだけが "人類の敵" ではなかったのです〜!他にもアイゼンベルグが造った(普通に人間の姿をした)生物学的人造殺人ロボットたちがいっぱい存在してるのです。確かに最も凶悪なのはヴァンパイアかもしれませんが。。。


リンカーン/秘密の書 wikipedia

アメリカ南北戦争〜ナショジオ

リンカーン大統領は今でも大人気!? 衝撃的な事実が次々と明らかに

吸血鬼を題材にした作品の一覧

ヴァンパイアと人間 "禁断の恋" の映画:日経ウーマンオンライン

(2013.09.14 9:50 p.m. 記述完了)
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by Ulala-lov | 2013-08-10 15:47 | アングロ・サクソン王族