鄧小平&鄧文迪も、宋三姉妹も日本でスパイ活動中!(4)

(3のつづき)


引き続き、下のサイトの写真を検証していきま〜す!
?? <<< バーナード・ショーを歓待した魯迅と宋慶齢

次は、この写真の主人公で、この時の中国民権保障同盟の来賓として歓待された「ジョージ・バーナード・ショー」についてです。撮影されたのは、1933年2月17日でした。
** ジョージ・バーナード・ショー =アイゼンベルグです!!!

しかし、この写真の撮影された前年まで、アイゼンベルグは、日本では犬養毅首相でした。ところが、1932年5月15日に犬養首相は「5・15事件」で暗殺されたということになっています。しかし、半年後の1933年2月には、こうしてアイルランド出身のイギリスの著名な劇作家バーナード・ショーとして、中国のサタニスト仲間たちと合流していたのです。おそらく、この時には、「第二次世界大戦」を勃発させるため、さまざまな陰謀を如何に首尾よく進行させるようかなどと綿密に作戦を練っていたのでしょう。

上のジョージ・バーナード・ショーのウィキサイトにあるように、彼の思想には一貫性がないというのも、アイゼンベルグは、左翼、右翼両方を上手く操っていたし、とにかく、人々を洗脳、マインドコントロールで操って、さまざまな闘争、戦争を誘因するために、様々な思想、宗教を創設してきたのですから、当然と言えば当然です。ナチスの優性思想への共感、ソ連や共産主義に関する好意的な姿勢だったというのも当然で、彼自身が提唱していたのです。それから、菜食主義者というのは大ウソです。人間を食べるくらいですから。菜食主義者はヤハウェ王族に多いので、彼らの真似をするのが大好きなので、表向きの "立て前" として、そう公言しているのでしょう。

フレデリック・マサイアス・アレクサンダー - Yahoo!検索
この人はヤハウェ王族のようです。おそらく、ジョージ・バーナード・ショーの戯曲も、ほんとうは、このフレデリックが書いていて、バーナード・ショーの"お抱えゴーストライター"その他、なんでも。。。のまさに御用(奴隷)学者だったのでは? ショーがアレクサンダーの有力な支持者だったというのは、そのせいでしょう。
アレクサンダー・テクニークとは何か?
(真ん中くらいに分かりやすい説明があります。)


フェビアン協会

イギリスの社会主義知識人による運動で、エドワード7世の時に卓越した知識人協会になったのだとか。現在も、「労働党」の基盤の団体になっているんですって!!!
フェビアンは、古代ローマの軍人クィントゥス・ファビウス・マクシムスにちなんで名付けられたとか。このローマの軍人ファビウスは女性のように見えます。「新生ヴィーナス」(マリエ・ペルギア=ヴィクトリア女王)か、マリエ・ルイーズ・ユージーン・ビアーズかのどちらかでしょう。ウェッルコスス は「いぼ」という意味だということですが、ファビウスにダイオウイカの遺伝子が入っているからでしょう。日本でも、菊池寛などが中心になって創設したようです。

ジョージ・バーナード・ショーの名言 l 地球の名言

なんか勝手な。。。"自己中" 的な名言が多いような。。。何よりも、最初の名言にひっかかるのですが。。。太古の昔から、ずっと世の中の環境をメチャクチャに悪化させてきた張本人は、まさにアイゼンベルグなんですけれどネ!(まあ、最近は、特に「新生ヴィーナス」の影響のほうが大きいようですけれども)



*** 林語堂クリスチャン9世(デンマーク王)です!!!

クリスチャン9世は、1906年に死去したことになっていますが、退位して長男のフレゼリク8世を後継者とし、米国の大学や上海のセント・ジョンズ大学に入学して中国語を勉強したものと思われます。

林語堂故居
亡くなったとありますが、この人も〜 まだ生きているかも?


target="_blank">宋慶齢逝去:☆☆☆ちろりんおじさんの天天愉快!!☆☆☆

一番上の写真は、1981年に亡くなったというのは偽・慶齢(アレクサンドラ)ではなく、母親の偽・倪桂珍(ルイーズ・カッセル)です。また、その下の偽・慶齢若い頃の写真は梶美奈子さんにちょっと似ています。梶美奈子さんは"彼女のひ孫" くらいかもしれませんね。また、吉永小百合*のデビュー前頃と思われる写真にもよく似ています。ということは、吉永小百合は慶齢の孫で、梶美奈子さんの実の母親ということですかね?

それにしても、ルイーズ・カッセルは、前回の(2)の記事の「ゾルゲ」の動画に出てきた「石井花子」として元気で日本で生活してましたね!あのNHKの番組が1991年製作でしたから、その時までは健在だったようです。ものすごく長生きで、年齢のわりには信じられないくらい元気いっぱいでしたね〜!


* 吉永小百合

★★★ところで、英国ハノーヴァー朝のヴィクトリア女王の次男「エドワード7世」の妃「アレクサンドラ」(イギリス王妃、インド皇后)*が、なぜか、これまた梶美奈子さんによく似ているのです。そして、アレクサンドラ王妃は、女優のhref="http://talent.yahoo.co.jp/pf/detail/pp289" target="_blank">仲間由紀恵にもそっくりです!梶美奈子さんが変装しているのでしょうか?それともクローンでしょうか?

*アレクサンドラ・オブ・デンマーク

アレクサンドラの父親は、クリスチャン9世(デンマーク王)
その父方の祖父は、フリードリヒ・ヴィルヘルム(シュレースヴィヒ=ホルシュタイン=ゾンダーブルク=グリュックスブルク公)
デンマーク、ギリシャ、ノルウェーの王家となった新リュックスプルグ家の始祖。『プロイセンの軍人』だったベック公フリードリッヒ・カール・ルートヴィヒとその妻シュ「リ」(バの間違いでは?)ーベン伯爵夫人フリーデリケの長男。妻は、ヘッセン・カッセル方伯カール(妻はイギリスのジョージ2世の娘メアリー)の末娘「ルイーゼ・カロリーネ」。マリエ・ペルギアとマリエ・ルイーズ・ユージーン・ビアーズに似た顔です。ルイーゼの母親は、デンマーク=ノルウェー王フレゼリク5世とイギリス王ジョージ2世の娘ルイーズとの三女ルイーセ・ア・ダンマーク(1750-1831)。とにかく、彼女はタコ系、イカ系に特有な鼻をしています。また、マリエ・ルイーズ・ユージン・ビアーズによく似ています。(だから、兵頭ユキにも似てるでしょ!)


また、アレクサンドラの母親はヘッセン=カッセル家出身のルイーゼ・フォン・ヘッセン=カッセルで、ルイーゼの父親はヴィルヘルム・フォン・ヘッセン=カッセル=ルンペンハイム(ヴィルヘルム10世)です。また、ヴィルヘルム10世の妻は、デンマーク=ノルウェー王「フレゼリク5世」の三男フレゼリクと、その妻ゾフィー・フリーデリケ・ツー・メクレンブルク(スラブ系だそうで、なんかヤハウェ王族のような)の三女ルイーセ・シャーロッテ・ア・ダンマークだそうですが、この人から何だかサクソン王族のような顔なので、「シバの女王」が戸籍に乱入してきたのかも?(結婚は1810年で、すでに「神聖ローマ帝国」が崩壊し、皇帝のフランツ2世がオーストリア皇帝になった頃*でヤハウェ系の勢力は急激に衰えていた頃です)

*このブログ内の関連記事:
ジョン・D・ロックフェラー1世とジェイ・ロックフェラー4世はアングロサクソン王族だった!<1>

また、ヴィルヘルム10世の父親は、フリードリヒ・フォン・ヘッセン=カッセル=ルンペンハイム(フリードリヒ3世)で、何だかヤハウェ王族のような感じの顔ですが、鼻だけは写真が修正してあるような?1786年に、フリードリヒ3世は、ナッサウ=ウジンゲン候カール・ヴィルヘルム(アングロサクソン王族)の娘カロリーネ・ポリクセネ(多分、アングロサクソン王族)と結婚しています。その末娘アウグステ・フォン・ヘッセン=カッセル(ココまでは、母系がヤハウェ王族)で、1818年にジョージ3世の七男であるアドルファス(ケンブリッジ公)の最初の妻の死去により、2番目の妻となっています。

そして、ケンブリッジ公アドルファスとアウグステの次女にメアリー・アデレード・オブ・ケンブリッジ(どう見ても、アウグステの実娘ではないようです!!実母がアングロサクソン王族のような顔です。パパ・ブッシュの妻「バーバラ・ブッシュ」によく似ています。)がいて、その夫はヴュルテンベルク王国の王族・テック公フランツ・フォン・テック(本当の父親は、おそらく、2代目オーストリア皇帝フェルディナント1世(=ジョゼッペ)です。なぜか、1866年、「晋墺戦争」でオーストリアが負けた年に結婚しています。


彼らの長女「ヴィクトリア・メアリー」が、幸運にも1891年にアルバート・ヴィクター(クラレンス公)と婚約しました。しかし、その6週間後にヴィクターが病死(アイゼンベルグが脳移植して乗り移ったので死んだことに)。しかし、「ヴィクトリア女王」(新生ヴィーナス)が「テック公女メアリー」を気に入っていたため、弟の「ジョージ5世」と結婚し、王妃メアリー・オブ・テックとなったのです。

★★★ とにかく、アレクサンドラの出自であるデンマーク王室は、もともとはプロシアやヘッセン・カッセルなどのドイツ出自の王族なのです。やっぱり、アングロサクソン王族=タコ・イカ系です。

[ デンマークの歴史について ]

どうも、9世紀にノルウェーがゲルマン軍団に征服された時、ノルウェーのノルマン人はフランス北部に逃れノルマンディー公国を築き、デーン人(ヤハウェ系=ケルト系=ノルマン人もほぼ同じ)はイギリスに向かい侵略者のサクソン7王国から一部の土地を取り返し「デーンロウ」(ヴァイキングは、ノルマン人やデーン人を装ったゲルマン軍団だったのですよ!)という王国を築いていたのでは。。。
ノルマン家
北海帝国:英国式回転衝角
ノルマン家系図
ロロの父親はデーン伯(デンマークの伯爵だった)でヴァイキングではありません。ロロの妻はフランス北西部のバイユー伯の娘(おそらくノルマン人かガリア人=こちらもケルト系)です。彼らは船で交易するのを得意としていましたが海賊ではありませんでした。もちろん、ゲルマン人のヴァイキング(海賊)に襲われたら応戦していたでしょうが。
デンマークの絶対王政(これが、アレクサンドラの出自のゲルマン王族の王室でしょう)
デンマークとの交流の歴史

* このブログ内での関連記事:
北欧(スカンジナビア半島など)と ' ヒッタイト '(=ゲルマン)

B.C.2000年頃にデンマークのユトランド半島の中、西部から始まる巨大墳墓が築かれるようになったということです。やがて、シェラン島や、スウェーデン南部のスコーネ地方にまでも築かれるようになったとか。これはゲルマン人の祖先である軍事集団が移動してきた象徴のようです。(下の説明**で分かるように、ロシア北西部→フィンランド→スウェーデン→デンマーク→ドイツあたりへ(ノルウェーの征服はずっと遅れて9世紀)と移動して行ったのが真実のようです。なので、やはり、UFOが「白海」の海底に着陸したのは、B.C.7000〜B.C.5000年頃ではないかと推察されます。)

そして、フィン人、サーミ人はゲルマン軍団(スメラとタコ宇宙人)がやって来ると、フィン人は南下し、サーミ人*は北上したとのことですが、サーミ人もフィン人も遺伝子的に共通点があるようで元々は同じ民族だったかもしれないとのことです。どうやら地球が巨大隕石で真っ暗になる前からいた人々のようです。しかし、現在のフィンランドではスウェーデン系フィンランド人**が主要民族だそうです。

* サーミ人
サーミ人 画像
フィンランドでのサーミ人問題 / アルコムワールド

**フィン人
フィン人 画像集
フィンランドのファッションセンス:劇訳表示。
一口に「フィン人」といっても、かなりいろいろな民族がいて、かなり混血している感じですね〜。

12世紀の「十字軍の遠征」の時に、「ドイツ騎士団」は "パレスチナの地"だけでなく、バルト海沿岸の東欧・北欧地域にも遠征して征服していったのだとか。その影響がかなり大きいようです。*
また、スラブ人やモンゴル人との混血もあるようです。
スウェーデン系フィンランド人
北方十字軍

**このブログ内での関連記事:
ET、宇宙人グレイ、レプタリアンについて 3
コーカサスの長寿村とケフィアの来歴

このケファの緑の地域がヤハウェ系の古代の居住区で、褐色の地域が火星から再来したスメラ率いるタコ軍団たちの初期に移動した地域(もちろん、現在は違います)だとすると、バルト海からロシアの北西部から東に向かい、バイカル湖の北の、あのヤクート族の居住区にあるエイリアンの地下施設のある辺りから、さらに東アジアを南下していったことに。。。また、それぞれの地域でもどんどん拡大していったと考えられます。なので、フィンランドからスウェーデン、デンマークというのが順番としては考えられます。
(実は、あの海底の宇宙船が見つかった場所は、確か、最初は「バルト海」ではなく、ロシアの「白海」の湾内だとネット上のサイトで見たように思います)なので、やはり、ケーファーの古来から食されていない地域に符号します。

(つづく)
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by Ulala-lov | 2013-05-17 19:13 | アングロ・サクソン王族