<   2012年 05月 ( 12 )   > この月の画像一覧

サクソン王族サタニストたちの中南米征服の究極であった「インカ帝国滅亡」に関して、2012年5月23日に書いた記事*のつづきです。

シバの女王たち&シェバ族:アフリカ〜アラビア半島〜ボルネオ島サバ州〜バイカル湖〜南アメリカ<2>


まず、わたしもまだ視聴していないのですが、下のDVDの内容紹介を読むと、インカ帝国滅亡の経緯もサクソン王族に捏造された歴史だったようです。ぜひ、観たい映画です!

?? 「インカ帝国」滅亡の真実」(DVD)
[内容紹介]
南米・アンデス地方を支配していたインカ帝国。強大な力を誇ってきた帝国は、16世紀に一握りのスペイン人に“あっけなく”滅ぼされたと長い間信じられてきた。しかし、この“史実”が書き換えられるかもしれない。
きっかけは、ペルーのリマ郊外で発見された数々の人骨。骨に残る銃痕や無残な傷跡から、これらがスペイン人の侵略後に起きた戦いで命を落とした先住民の骨だと判明した。基盤を固めつつあったスペイン人勢力と、抵抗を続けるインカ帝国の生き残りの間で繰り広げられた戦いだ。
考古学者、歴史家、法医学者などの研究チームがインカ崩壊の謎に迫る。果たして、インカ帝国を滅亡に追いやったのは誰なのか?最新の研究結果から歴史に隠された真実が明らかになる。


ボルジア家の毒薬〜中世の血塗られた史実〜不思議館

この時、チェザレ・ボルジア(象二郎)とその父「アレクサンドル6世」(=ジョゼッペ=「アレクサンダー大王」だったので、その名にちなんでいるような)は、権謀術数を使い(特に毒殺を多く用いた)、ローマ・カトリック教会バチカンのほとんどの枢機卿たちを故郷のバレンシア* のサクソン王族に変えてしまい、『バチカン』を乗っ取ったのです。ですから、スペインから中南米にやって来たフランシスコ・ピサロ(ジョゼッペ)やカトリック教会の牧師たちはサクソン王族たちだったのでしょう。なぜ、インカ帝国だけでなく、味方のアステカ文明まで滅ぼしたのかというと(味方の原住民を殺害したことになる)、アステカ文明の財宝をスペインに持ち帰る必要があったし、また、新たな方法で再支配したほうが双方に都合が良かったので、アステカの女王(シバの女王)や王(タコ?)とはお互いに事前に了解済みで計画どおりのことだったのでしょう。

* * バレンシア(スペイン)
バレンシア(市)の紋章を見ると、冠の上に "コウモリ" が乗っています!!!
13世紀〜18世紀の間くらいは『アラゴン王国』の一部を構成していた「バレンシア王国」だったのだそうです。アラゴン王初代のハイメ1世は、またまた象二郎ですよ〜(肖像画なのでかなり美男子に描かれているような。。。まあ、身体のほうは子孫なので奥さんが美人ならハンサムな子も生まれるかも?)

また、アレクサンデル6世もチェザーレも、自分たちの評判が甚だしく悪いのも百も承知で悪事を重ねていたんでしょうから、やること全てやったら、もう要はなく後は逃げるだけ。。。だけど、人々がキリスト教への信仰心を失わせないように(せっかくヴァチカンに自分たちの側の枢機卿を揃えたんですから)、人々に自分たちの悪行に対するうっぷんバラしをさせさせるため、派手にひどい死に方を演出しようと画策! まず、ジョゼッペが自分の替え玉か、クローンを恐ろしい病気にして奇怪な姿で死なせ、次に象二郎も同様に替え玉かクローンと入れ替わり、その人物をメチャクチャ刺されて戦死させるように仕向けたんでしょう。こんな酷い死に方をさせられる替え玉やクローンのほうも気の毒ですネ!しかし、これで人々は「罰(バチ)が当たった!」と、きっと清々するはずです!サクソン王族サタニストたちって、よ〜く人心を研究してますよね〜!(感心する話ではないけれど)

*<< チェザレ・ボルジアとその周辺 >>*

ボルジア家の人々 人物紹介
(ボルジア家の人々が行った残虐行為に関してはかなり寛容な説明で、お茶を濁していると理解したほうが良さそうです。しかし、当時の彼らが起した事件の内容などについては、かなり詳しく書かれていますので、とても参考になります。)

肖像画
(チェザレ・ボルジアをレオナルド・ダ・ヴィンチが描いたスケッチを見ると、英王のヘンリー8世やエドワード7世に似てますよね!? アレクサンデル6世の肖像画は、上から2番目のがよく似てると思います。オオカミ系の顔ですね〜!)

チェザレ・ボルジア(自分の子孫の身体に脳手術で入れ替わった象二郎)はアラゴン王国の出身で、そのアラゴン王国の王フェルディナンド2世* は、下の写真を見るとどうも象二郎やジョゼッペ、シバの女王たちの子孫のような感じですね〜。

* フェルディナンド2世
(1452〜1516年、在位1479〜1516年アラゴン王、カスティーリャ王、レオン王)
このフェルナンド2世は、ウィキを遡(さかのぼ)って調べてみると、母親がサクソン王族の血筋を引いているようです。

それから、当時のイタリアの「ナポリ王国」は、「アラゴン王家」が統治していたようです。

ヴァティカン地図

ボルジアの塔、ボルジアの間、ボルジアの中庭とかあります〜!あんなに悪名高いのになんででしょう〜?
ボルジアの間 地図
A.B.Cのそれぞれの解説を読むと、アレクサンデル6世がヴァチカンをいかに私物化していたかが分かります!


アレクサンデル6世(ローマ教皇)

「1500年は聖年(巡礼者に"特別の赦しを与える"とした年)であったため、多くの巡礼者がローマを訪れ、多くの巡礼者が贖宥状(しょくゆうじょう=免罪符めんざいふ)を購入し購入し、教皇は多くの現金収入をを得た」とあります。宗教上やってはいけないことをやっていたのも彼ら(ジョゼッペ&象二郎)だったんですね〜!

贖宥状

最初に贖宥状の販売を始めたのは「ボニファティウス9世」だったとか。

ボニファティウス9世(ローマ教皇)

この人の顔って、タレントの故「いかりや長介」(=藤間家の前当主:多分、亡くなってないかも?)に似てませんか?!この教皇はナポリ王国(アラゴン王国の領地)の生まれです。また、資金集めには手段を選ばずという人だったようです。この人も何万年も生きているサクソン王族サタニストですかね〜!

宗教改革用語
1517年ドイツで贖宥状を販売

ブランデンブルク選帝侯国

ブランデンブルグ=プロセイン時代の選帝侯・プロセイン公って、神聖ローマ。。

独逸の鷲は成り上がり51
(チュートン騎士団の団長がアルブレヒトだったのですね!)

扮装好きな二人のアルブレヒト

上のサイトの肖像画を見ると、アルブレヒトは、ちょっとアフリカ系の顔ですね。ライオンを飼っていたみたいですね。アビシニア帝国(エチオピア帝国をもとに8世紀以降にはアフリカのほぼ全土とアラビアにまで広がっていた大帝国)と関係ありそうな。。。それにしても、部屋の煖炉バンバン焚いていたんですね〜!
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by Ulala-lov | 2012-05-27 12:06 | サタニストの攻撃 | Comments(12)

2014−05−24

のつづき)


<エクアドル>

『ヒロバ族』.....「首級を乾首(ツァンツァ←恐いので無理に見ない方が良いかも)に加工していた」
ヒロバ族 wikipedia

南アメリカの地図
エクアドル
ガラパゴス諸島
シャーマン :ドクター牧瀬のサプリメントクリニック
まだいた未知の部族に驚嘆!〜企画の王道
上のサイトで唯一 "勘違い"と思われるところ:孔子と劉備(りゅうび)は、食人(カリバニズム)とは関係ないはずです!

>>>またまた、寄り道〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

う〜ん、以前DVDで見た映画「アポカリプト」の首切りの儀式を想い出しました〜!もしかしたら、この時の儀式を見守っていた原住民っぽい(変装をしていた)小さな王女は「シバの女王」(アレクサンドラ王女か?)で、王もアングロサクソ脳族だったのかも?

映画「アポカリプト」
(映画の最後のほうにキリスト教の十字架を持った牧師と共にスペイン軍の船がやって来た場面があるので、マヤ文明を滅亡させたサクソン王族・サタニストたちが新たに築いた「アステカ文明」の様子であると推察します。)

マヤとアステカとインカの違い l マヤ神話ーおまけ2

下のサイトを参考に考えると、紀元前1万8千年くらい前の氷河期に、ヤハウェ系がシベリアからアリューシャン列島を渡り、気候の温暖な中央アメリカにマヤ文明を築いた。ところが、 "8世紀頃に、ヨーロッパからサクソン王族サタニストたちが、現地のサクソン系原住民(これが『ヒロバ族』かも?)と共に、マヤ都市群を侵略していきマヤ文明を滅亡させてしまった" 、その後、サタニストたちは高度な技術をもったヤハウェ王族たちを奴隷にし、彼らの技術でアステカ帝国*を建設し、周辺の部族を侵略して、映画「アポカリプト」のようにジグリットの頂上で首切り儀式をして、恐怖で原住民を支配、一帯を中央集権化していたとか? そこへ16世紀になって、スペインやポルトガルから軍隊を率いて船でやって来たサクソン王族サタニストたちが侵略を始め、破壊と大殺りくをして、自分たちの築いたアステカ文明とを滅亡させて(要するに自分たちがマヤ文明などから奪った財宝をヨーロッパに持ち帰るのが目的だった)、さらには、その南のペルーにあったヤハウェ王族たちのインカ文明をも侵略し、残虐な殺戮を繰り返し、徹底的に都市群を破壊しつくし、その財宝を持ち帰っていったということですかね。

インカ帝国の滅亡 〜ねずきちの ひとりごと

★★★ つまり、インカ帝国は、マヤ文明を滅亡時に逃れて生き残ったヤハウェ王族の一部とヤハウェ系の人々が南下して、同じヤハウェ王族たちがペルーあたりに築いていたインカ都市群に合流したということですね。そして、マヤ文明を滅ぼした人たち「サクソン王族(シェバ族の『新生ヴィーナス』を始めとする『シバの女王』たちがトップに君臨)=グレムリンのような怪人(生物学的人造ロボット)が一部のエスキモー人**と混血したオロチ族や扶余族のような人々(=ブリヤート人の一部族か数部族か)」とその子孫たちがマヤ文明のあったところにアステカ文明を築いたんでしょうかね?!

*アステカ帝国
アステカ文明のいけにえの儀式 - 長く愛される女性になるために

"お隣の芝生は青く見えがち" ですが。。。自分は自分、人は人ということですね!

インカ帝国展
肖像画の女王の顔は、アレクサンドラ王女=レディ・オギルヴィー=林文子(横浜市長)にとてもよく似ています。つまり、「シバの女王」です。ということは、この「インカ展」で展示されているものはアステカ文明の物で、本来なら「アステカ展」なのではないでしょうか?生け贄の道具なども展示されているそうです。それとも、元祖「インカ帝国」を滅亡させた後に君臨したのがアレクサンドラ王女だったのでしょうか?

インカ帝国展ーマチュピチュ発見から100年:朝日新聞デジタル

エルナン・コルテスは、アイゼンベルグか?奥田ヒロシ(元トヨタ会長)か?です!

アステカ文明が滅んだ、本当の原因 - 宇宙のこっくり亭

ジョゼッペは、すでに、現在の気象兵器HAARPの原型のようなキノコの形の気象兵器を世界のあちこちにこっそり造って、気象操作でさまざまな悪さをしていたことから考えると、この干ばつと大洪水もシバの女王やジョゼッペたちサクソン軍団の仕業だったのでしょう。
そして、ネズミを大量発生させて伝染病を流行らせるような状況を作り出し、アステカ人の大半が疫病で亡くなっていくように仕掛けたのでしょう!やはり、スペイン人が大いに関わっていたんですぅ〜!また、このことからも、同じサクソン系でもアングロサクソン系(白人系)のほうが強いってことが分かりますね〜!!!

謎のオルメカ文明 不思議館〜古代の不思議

あの恐ろしい顔の巨石は、脅しのためのカカシのような役割をしていたのでは。。。神官たちが贅沢の限りを尽くしていたというのは???まあ、非常に豊かな暮らしをしていたということなのでは?

フランシスコ・ピサロ(ジョゼッペですよ!)
この頃のジョゼッペは、悪事に忙しくて瘠(や)せてるみたいです。でも、わたしが知っている広島のジョゼッペの娘さんによく似ています。(彼女自身は親切で、そんなに悪い人ではなかったようですけれどね)
また、ピサロのミイラというのは、おそらく、偽物かクローンのものでしょう。

★★★ "ピサロ兄弟"で中南米の征服に向かったということから、おそらく、象二郎やアイゼンベルクやリチャード・パール(=奥田碩ヒロシ)なども一緒だったのでしょう!!!

**エスキモーについて、このブログ内の関連記事:
東電の勝俣会長はジョゼッペです〜!+『テュルク系氏族の起源』

上の記事の「心の影響力はどれくらいあるのか?」というリンク先を読んでください。エスキモーは、1万2000年前頃の巨大隕石落下時に、バイカル湖の北方の極地近くにバイカル湖周辺に避難していたヤハウェ系(人間)なのかも?一方、火星に戻らず地球に残ったサクソン人のトップのごく一部はバイカル湖の北方ヤクート地方に、巨大隕石落下前に、事前に地下に秘密基地を造って避難していたようです。なので、エスキモーとこのヤクート地方のサクソン人とは互いにかなり近くに住んでいたことになります。そして、エスキモーの女子たちには、かつて、「ピブロクト」という変わった悪習?があり、昏睡状態の時に、おそらく(以下は推測ですが)グレムリンたちのようなアイゼンベルグの造った生物学的ロボッットたちの集団レイプにあい、混血種のブリヤート人(いろいろな動物の遺伝子をもつ種族)のような子供たちをたくさん生んできたのではないでしょうか?そのせいでかエスキモーの人達も非常に小さい人が多いようです。

〜〜〜 寄り道終わり 〜〜〜〜〜〜〜 >>>



<アフリカの小人族ピグミー>

アフリカ縦断旅行日記
3月14日と15日の日記写真に、ピグミーの人たちが写っています。キングは身長110〜120cmぐらいでしょうか?東南アジアでは「ネグリト」と呼ぶんですよね。
キング以外の人たちが背が高いのは、背の高い他民族と混血しているためだと思われます。

ピグミー(=トゥワ) サクソン系の顔をしていますけど??
バカ・ピグミー

こちらはヤハウェ系のようです。

ピグミー:ジャックの談話室
ピグミーにも、サクソン系ピグミーとヤハウェ系のピグミーに別れているようです。とりあえず、分かっているのは、バカピグミーはヤハウェのようです。上のサイトのピグミーはヤハウェ系のようです。

ニジェール:貧困にあえぐトゥアレグ族

上のジャックの談話室のサイトには、日本人はピグミーが祖先で、西洋人はトァレグ人が祖先じゃないかと思うとありましたが。。。。ちょっと違うと思います。

★★★ 多分ですが〜、シバ=シェバ=サバは、「タコ」という意味ではないかという気がします〜!

わたしの考えでは、日本には、田部タコや柏木タコたちのように、シェバ族純血種の大物がいるのは確かです。しかし、ほかの国々に複数の民族が共存しているのと同様、日本にも、そのルーツを考えれば、さまざまな民族が存在していて、その多くは混血しているはずです。

巨大隕石落下の6~7000年後に、火星に避難していた『シバの女王』とチビタコたちはまた地球にやって来ます。アフリカでは、『シバの女王』とサクソン系ピグミー(アフリカのシェバ族=アマレク族=火星から来たチビタコとその子孫)がネアンダール人(祖先:ゴリラとチンパンジーはわりと似た類人猿)を造り出し、後に西洋ではがネアンダール人+捕まえたヤハウェ系(=クロマニョン人=人間)と混血させてゲルマン人を造り出していったようです。この時に『シバの女王』も『新生ヴィーナス』(=ゲルマン女神)になったのかな?

また、東南アジアでは、『シバの女王』とサクソン系ネグリト(東南アジアのシェバ族=火星から来たチビタコとその子孫)とがジャワ原人(オラウータン系)* や、北東アジアでは、『シバの女王』と火星から来たチビタコとその子孫(シェバ人)が北京猿人やネアンダール人などと捕まえたヤハウェ系(=人間)エスキモーと混血させて北方モンゴロイド(ブリヤート人)**、を造り出し、後にはグレムリン(コウモリ+カエル系)を造り出してエスキモーやスラブ人***と混血させて、扶余(東方テュルク人)や西方テュルク人を造り出します。また、北方モンゴロイドとジャワ原人を混血させて南方モンゴロイド***なども造り出しています。ヨーロッパではネアンダール人に捕まえたクロマニョン人****を混血させてゲルマン人を造り出しています。さらに後には、ゲルマン人とテュルク人が混血させたり、テュルク系にトラをハイブリッドさせてタタール人、タタール人にさらにクモザルをハイブリッドさせたりして、アングロサクソ脳族は、さまざまな動物をハイブリッドさせて、まさに、さまざまな「生物学的人造ロボット」を造っています。

* オーストロネシア語族
ジャワ原人(ホモ・エレクトス)・川崎悟司イラスト集
**シナ・チベット語族
***スラブ人…スカンジナビア半島周辺やロシアのヤハウェ系で4〜2万年前頃からサクソン猿人軍団の侵略を避けて北上し洞穴などで生活していたことと、巨大隕石落下時も影響が少ない土地にいたことが幸(さいわ)いして、地球の暗黒時代を生き延びることができたのではないかと。なので身長は高いままでしたが、日光に当たらなかった期間が非常に長期間だったため色白で金髪・青い目になったようです。
**** オーストロアジア語族
***** クロマニョン人...スペイン、フランスのヤハウェ系で5万年前からサクソン猿人軍団を避けて洞穴で暮らしていたが、巨大隕石落下時も比較的影響の少ない土地にいたおかげで、地球の暗黒時代にも、そのまま洞穴生活を続けて生き延びていたのではないかと。なので、こちらも身長が高く、色白で金髪・青い目でしたが、その後、暗黒時代が過ぎると、スペインやフランス南部は日光が強いので黒髪・黒目なっていった人もけっこう多いようです。


これらの『シバの女王』=『新生ヴィーナス』="アナンヌキET(宇宙人)女性" を中心とした「サクソン王族」ですが、「自分たち "アングロサクソン王族”だけが地に満ちればよい」という彼らの「ニュー・ワールド・オーダー」という計画を実行中です。ですから、サクソン系は世界中のすべての国々にいると考えられます。しかし、それにしても、現在、日本には、田部タコや柏木タコたちなどのタコのシェバ純血種で小人の「シバの女王」たちや、普通サイズの「シバの女王」たちや、その相棒の東伏見慈洽(『新生ヴィーナス』の男性形)、アナンヌキET男性(シャルトル公ロベール、昭和天皇、今上天皇)、ジョゼッぺ、象二郎(新生ヴィーナスの男性形)、リチャード・パール、アイゼンベルグ、奥田ヒロシ、エドワード8世など、アングロサクソ脳族純血種の大ボスたちとその一族がかなりの数いることは確かです。


★★★ そして、アングロサクソ脳族と、彼らの率いるサクソン軍団はみな「タコ+オオカミ」が基本にハイブリッドされているので、みな「ばか力+猟奇性」を備えており、サクソン純血種(アングロサクソ脳族純血種を含む)と、母親がサクソン純血種(アングロサクソ脳族純血種を含む)で父親がヤハウェ系の場合のサクソン系とは、基本的にほぼみな「首刈り族」であるということではないでしょうか?

(父親がサクソン純血種で母親がヤハウェ系(純血種を含む)の場合は遺伝子的にほぼ問題なく"人間"です。ヤハウェ純血種を増やして婚姻していけば、いずれ、みなヤハウェ純血種=人間の遺伝子100%になるのではないでしょうかね)

(2012.05.26 3:00 a.m. 記述完了)
(2014.05.30 8:00 a.m. 大幅に加筆修正)
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by Ulala-lov | 2012-05-24 07:36 | アングロ・サクソン王族 | Comments(0)

2012−05−23

のつづき)

??????ちょっと寄り道 <インドネシアの大統領 + 映画「戦場のメリークリスマス」>

スカルノ(1901〜70年、インドネシア初代大統領 任期:1945〜67年)

出身がジャワ島スラバヤというと、ヒンズー教の「クディリ王国」、後に、イスラム教の「マタラム王国」に支配され、17世紀にはいるとオランダの植民地となっていったということです。オランダの東インド会社はそんなに悪いことしていたのかな?単なる貿易相手国としてまっとうな取り引きをしていたような。(反対に奴隷にされていた原住民を解放したのでは?)イギリスの東インド会社も最初はシュメール王族系のまっとうな会社でしたが、後にサクソン王族たちに乗っ取られて残虐な植民支配をする会社に変貌(へんぼう)しちゃったんですからね!スカルノの父親も母親も貴族でヒンズー教徒だったということは、カースト制のようなひどい階級社会の頂点にいるサクソン王族だったんでしょうね。

スラバヤ

マタラム王国
(サイトの右端にインドネシアの歴史が載っています)

クディリ王国

スハルト(1921〜2008年、インドネシア第2代大統領 任期:1967〜98年)

ジョグジャカルタ

上からの引用:「イスラム保守派による2008年の「ポルノ禁止法」に、スルタン家が反対活動の前面に立ち、州民共々絶対的なアラブ至上主義イスラムを文化破壊としてとらえるなど、住民は独自の文化と歴史を尊敬する穏健な?イスラム教徒が大多数を占める」

これって、スルタン(サクソン王族系)が宗教の教えである性的な慎みとかを、買って放題に緩和していて、それを穏健なイスラムとかって言っているだけじゃないですかあ?@o@; 呆れました〜!
住民もスルタンの言いなりってことですかね〜。そして、スハルトの父親は村の水利役人ということですから、役人にはイスラム信者しかなれなかったのでは。また、母親はスルタンの夫人だったということからも、サクソン王族系の家系だっということが分かります。

元大統領のスカルノ、スハルト共に、インドネシア原住民の味方というより、サクソン王族系の味方だったようですね。二人とも、出自の部族が昔からサクソン王族色の強いところだったようです。

そして、ヒンズー教のスカルノから、イスラム教のスハルトに政権が移行したというだけで、それぞれのバックにいる宗教信者の要求で、そろそろイスラム教にも政権執らせてくださいよということになったのでは?それとも、イスラム信者が増えて、イスラム勢力が強くなっていったということでしょうか?しかしながら、どっちもどっち、”サクソン王族系であることに変わりなし!”ということでした!

今村均(いまむら ひとし、1886〜1968年)
(帝国陸軍陸軍大将-インドネシア軍政指導者)

17世紀当時、オランダと人間の政権(と表向きには思われていた)「江戸幕府」の日本が交易をしていたように、オランダは良い政権だったのではないでしょうか?* そして、第二次世界大戦で、日本を支配していたサクソン王族たちは、そのオランダ領インドネシアを現地の自分たちの子孫である現地のサクソン王族たちのために取り戻そうと戦いを仕掛け、結果、占領したのでしょう。しかし、今村均は父親が人間の家系で、母親が陸軍将校の娘(きっとサクソン王族系でしょう)であったということです。そして、陸軍大将になり(サクソン王族系の偉い人の家系じゃなきゃなれないでしょう)、インドネシアでの日本軍占領支配のトップにいた「今村均」は、父親の性格に似ていたのか、日本陸軍の支配方法からは大部外れた、かなり温和で住民思いの統治をしたということですかね?

* ネーデルラント連邦共和国 ウィキペディア

しかし〜、ちょっと想い出しましたよ〜 昔、話題になった映画を。。。確か、インドネシアあたりでは?

映画「戦場のメリークリスマス」 ウィキペディア

あらすじ〜goo映画

結局、穏便な政策をとっていたとは〜、とても思えないのですが。。。今村均は、母親のサクソン王族の地位が非常に高かったため、そういう善行を施したことにされ戦犯を逃れたのかも?!そうなると、インドネシア占領時の今村均の戦功も彼が指揮をとっていたとかいっても、実際はその部下が優秀だっただけなのかも? あ〜あ、ウソばっかし! ?? ?? ??
 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜  

<フィリピン>

◎『ボントック族』、『イフガオ族』、『ティンギアン族』
....祭りの一環として行われた。


ボントック族

イフガオ族

イフガオ族 フィリピンの民族 - 世界民族博覧会
イフガオ族はベジタリアンのようです。また、「まじない師が、森の中で、わら人形を使った儀礼的な首刈りなどを行う」ようです。どうやら、このイフガオ族はヤハウェ系(人間)で、サクソン軍の侵略時に山頂へ逃げていった人々のようです。それが、下のサイトで、2000年前に棚田を造ったということから西暦元年(つまりA.D. 0年)前後頃だと思われます。

バナウエ
2000年前にイフガオ族によって造られた棚田だそうです。
ルソン島


<台湾>

『アタヤル族』(=タイヤル族=高砂族(たかさごぞく):高地族).....「成人式の一部として実施された」
アタヤル族
(オーストロネシア語族、表記体系「ラテン語」)

上のサイトのカップルの写真で、女性が手に持っているのが竹笛で、おそらく、タケノコの皮を畳んで作ったものではないかと(=保存不可な笹笛のような感じでは?)。子供の時に知り合いの人からタケノコをもらった時に教えてもらって、タケノコの皮を畳んで、似たようなのを作って吹いた記憶が1〜2度あるような?ピュ〜!というだけでしたが。中に梅干しの種を入れたかな?(戦時中に、その人は台湾に行っていたのかしら?)

ビビアン・スーなど、近年は歌手などの芸能人を多く排出しているそうです。

霧社事件(むしゃじけん)
13歳以下の子どもは見ないでください。??

首刈り族は、おそらく、アイゼンベルグが古代に造った生物学的人造ロボット(サクソン系)だと思われますが、旧日本軍幹部(サクソン王族・サタニストたち)の陰謀と戦略にはかなわなかったようです。
タイヤル語


>>>寄り道〜〜<平和的な東南アジア古原住民「オーストラロイド」について>〜〜〜

東南アジア古原住民の主要な言語としては、他に『オーストラロイド語』というのがあり、下のブログ「南の人々〜古代で遊ぼ」を読むと、このオーストラロイド語族は、オーストロネシア語族のネアンダール軍団に侵略され、追い出される形で、オーストラリア大陸やニューギニアや太平洋の島々に逃れていったものと考えられます。(下のブログどおりではなく、うららの勝ってな解釈を加えて書いています)

[第2章  南の人々]  古代で遊ぼ
ミクロネシア、メラネシア、ポリネシア 地図
オセアニアの地図とメラネシア、ミクロネシア、ポリネシア

(下のオリーブ色文字は間違いと思われたところで、オレンジ色の文字はその訂正)

しかし、そのオーストロネシア語族も、B.C.2万5千(2500)年頃の気候の温暖化で「スンダ大陸」が水没し島々になると人口オーバーとなり、オーストロネシア語族の一部の人々は、アジア大陸へと北上していき大陸のモンゴロイドと混血していったということでしょうか? そして、B.C.2万(2000)年頃にはまた気候が寒冷化してきて、再度「スンダランド」が復活すると、そのオーストロネシア語族が混血したオーストロアジア語族(ミャンマー、ベトナム、カンボジアなど)やモンゴル系のチベット・ビルマ語族たちを引き連れて帰ってきたのでは。ところが、B.C.1万5千年頃に、またまた気候が温暖化し始め、スンダランドが海に沈み島々になると(B.C.1500年前ごろ)、シナ・チベット語族、オースロネシア語族、モンゴル系のオースロアジア語族、チベット・ビルマ語族など(のサクソン軍団が侵攻してきて)、サフル大陸(=オーストラリア大陸)北部や太平洋の島々ミクロネシア、メラネシアなどに徐々に侵攻していき先住民のオーストラロイド(ラピタ人)を征服し、一部は混血し、多くは逃げていったようです。

それで、古原住民オーストラロイド(平和な民族)の中には、オーストラリア奥地に逃げたり、船で、太平洋のもっと東部のポリネシアの島々に逃れていったり、台湾、日本に逃れていったりした者も多いのではないかと。それが、アボリジニーや港川人ではないかと。。。(上のサイトから考えた”うららおばさん”の推測ですが)

また、他のセムの子孫のシュメール人(=ヤハウェ系が正しい)=ラピタ人も、B.C.3000年くらいにインド、東南アジアに渡来して、原住民と共生してモヘンジョ・ダロなどの高度な文明 *を築いたはずです。しかし、BC1800年頃に、アングロサクソ脳族に核爆弾を投下され都市は滅亡してしましました。その300年後、BC1500年頃、またまたサクソン軍団=アーリア人がインドにやってきて征服してしまったようです。

水没が懸念される国々〜ツバルを通してみる太平洋島嶼部〜外務省
島嶼部(とうしょうぶ)

* モヘンジョ・ダロとカッパドキア
シュメール人(ヤハウェ系が正しい)の古代都市「モヘンジョ・ダロ」と「カッパドキア」の両方に原爆を落としたサクソン軍団(シバの女王たち&タコたち、スレイマーン=ジョゼッペら)の攻撃は、古代版の「同時多発テロ」だったんですね〜!)

モヘンジョ・ダロ遺跡  :NHK世界遺産ライブラリー

〜〜〜〜 寄り道終わり 〜〜〜〜〜〜 >>>


につづく)
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by Ulala-lov | 2012-05-23 14:58 | Comments(9)

「首狩り族シェバ」というサイトを先日見つけたのですが、内容はハッカーにジャマされて見れませんでした。それで、「首狩り族」について調べてみました。


首狩り
(古代のスコットランドで行われていたとしたら、ブリテン島にローマ帝国の軍隊が侵略して来てから以降のことでしょう。ケルトなどのブリテン島の先住民にはそんな野蛮な風習はなかったようですから。)

<インド>

◎『ナガ族』.....「霊的な力が作物の育成を促進すると信じられ、畑などに晒(さら)された」

ナガ族
(モンゴロイド系民族、チベット・ビルマ語派)

その多くはアッサム地方とナガランド連邦に住む。
(インド東北部)

*これ以降の部族でも、複合巨石文化という言葉が何度も出てきますが、B.C.1500年前後にインド、東南アジアにシュメール人がやってきたようです。彼らが巨石文化を築いたのではないかと思われます。しかし、その後、首切り族など恐ろしい習慣を持つサクソン軍団が侵略してきて征服されてしまったのです。なので、決して巨石文化を持つシュメール人は首刈り族とが関係あるわけではありません。
(例)モアイ像(チリ領 - イースター島)

ナガ族伝世のとんぼ玉・アンティークビーズ

ナガ族とは - コトバンク

ナガランド連邦

ナガ族の織物〜インドネシアや山岳民族などのアジアの伝統織物 - PANDAN TREE


◎『ガロ族』.....首狩りを盛んに行い、アッサム平野の恐怖として18世紀ごろから恐れられていた。

ガロ族

シナ・チベット語族

メーガーラヤ州
(チベット・ビルマ語族)

「秘境(バングラデシュ)に残る母系民族:ガロ族」〜知られざる人類婚姻史と共同対社会 その1

「秘境(バングラデシュ)に残る母系民族:ガロ族」〜知られざる人類婚姻史と共同対社会 その2

「ガロ族は文字を持たなかった」とか。また、他民族から侵略されることがなかったとか(それほど怖い民族だったのでしょう)。険しい秘境に逃げ込んだ人が生き残ったのかもしれないんだとか(しかし、これは西洋諸国が侵略してきた頃に、支配を受けなかったということで、同じサクソン系だからでしょう)。古くはチベットや中国から移り住んできた人々で、精霊崇拝を信仰していたんだとか。それにしても、お母さんと娘が夫を共有するなんで信じられませんネ?!
これも、シェバ族の母系社会の変わった特徴みたいですね〜!

やっぱ、”人類にオドロオドロしい大災害をばら撒(ま)く”大魔女王を創り出すような「母系集団」制度は解体した方がいいみたいだワン!n^(*_*)^n
そりゃあ、そうだネッ! フムフムにゃ〜 ="(*x*)"=

ネグリト

★★★ 一口にネグリトといっても、マレーシアや多くの東南アジア島嶼(とうしょう)部(=島々)にいるサクソン系の顔のネグリト(=チビタコ)と、フィリピン、フローレス島などのヤハウェ系の顔のネグリト(ラビタ人)とがいるようです。(しかし、フィリピンやフローレンス島にもサクソン系ネグリトがいるようです。)

アンダマン諸島(サクソン系のようです)
インド地図


<ミャンマー(=ビルマ)>

◎『ワ族』....「春の種播(ま)き期に豊作祈願の行事として首狩りを行った」

ワ族
(オーストロアジア語族** ......中国雲南省南部と、ミャンマー北部シャン州、ラオス北部に約70万人が住む)

ミャンマー
(説明が長過ぎるので、興味のあるところだけザックリ読めばいいかと。。。)

◎ミャンマーの『ナガ族』

ナガ

ミャンマー旅行ガイド(観光・イベント情報):地球の歩き方

** オーストロアジア語(南アジア語族)....ベトナム語、クメール語(カンボジア)、サンタリ語(インド・ジャールカンド州)は公用語。
オーストロアジア語

「東南アジア」地図
(ウィキサイトの言語地図と比べてみると分かりやすいです)

★この『オーストロアジア語』は、シェバ族とモンゴル系東南アジア人(南方モンゴル族)の混血民族の言葉のようです。


<ボルネオ>

◎『ダヤク族(=イバン族)』.....「結婚するための条件として首級を手に入れることがあった。

ダヤク族(=イバン族)

ボルネオ島(=カリマンタン島)はインドネシア・マレーシア・ブルネイの3ヶ国領土に分かれていて、ダヤク人も3ヶ国にまたがって居住しているみたいです。)

インドネシア地図(日本語)

マレーシアとブルネイの民族〜世界民族博覧会

マレーシアのサバ州やブルネイにダヤク族がいました〜!ところで、日本への木材輸出により森林破壊がすごくて、原住民は生活の場を奪われているとのことです。

目次(東南アジア)〜世界民族博覧会
(上のサイトの<マレーシア・ブルネイ>のところのマレーシアをクリックすると「マレーシアへの思い」というブログ主さんの個人的見解が書かれています!)

なんだか、映画「アバター」* みたいですね!でも、彼らは優しくて首狩り族じゃなかったけどね〜 ダヤク族たちは恐い人たちだけど〜。。。それにしても、日本人が他国の原住民を絶滅させるとかって、結果的に同じようなひどいことしちゃダメだよね!! それにしても、日本にいくらでも木材あるのに〜それ伐採させずに日本の森林を荒れさせ放題にさせて〜、一方で、わざわざ遠くの東南アジアのジャングル破壊してまで材木輸入さているのはいったいどこの誰でしょう〜? あれ?どこからか声が。。”サクソン王族に決まってるサ〜!” まあ〜東南アジアの自分たちのぼぼ同族にまでこういう仕打ちするんですか〜? ホ〜ント嫌〜な性格よね!

アバター(2009):作品情報
アバター(映画)

ブルネイ

★★★インドネシア「首狩り族」の復活

オーストロネシア語

マレー人


マダガスカル島の誕生:ジュラ紀中期からのマダガスカル島

シバ族(『シバの女王』の子孫)は、インドから西の中東や東の東南アジアへと拡散し、「ネグリト」の一部、つまり、ダヤク族など首狩りを行う部族にハイブリッドされたようです。オーストロネシア語族は台湾からサクソン軍団としてフィリピン、インドネシア、太平洋諸島へと拡散していきます。一部は中東にも。だから、ニコラス・クラップの『シバの女王』という本に書かれていたように、古代アラビア半島には「ザザビムシ」などたくさんの勇ましい女王がいたというのも納得できます。

また、マダガスカル島でシファカから改良された首刈り族は、すぐ近くのアフリカ大陸モザンビークなどにも住んでいたはずで、そこから、アフリカ内陸部に入っていき、「ピグミー」の一部でやはり、首狩り族に進化していったと考えられます。


<インドネシア>

◎『トラジャ族』.....多産や豊穣の儀礼として首刈りを行った。

トラジャ族
(インドネシア西部のスラウェシ島在住のマレー系先住民族、宗教:アルクトドロ教=土着のアニミズム「アルク」を信仰)

土着のアニミズム「アルク」って、なんだかオウム真理教から分派した「アルク」みたいな感じですかね?ということは、やっぱりシェバ系の人たちが創設させた宗教なのでしょうか?

トラジャ族:世界民族博覧会
セレベス島(=スラウェシ島)


マカッサル
(古くからの”香料”の集積港......だから、やはりシェバ族が深く関係している街?)
地図

16世紀から貿易で繁栄したとありますが。古代、B.C.10C頃から、シェバ族、サバ族(テュルクを含む)たちは、<東アフリカーアラビアーインドー東南アジア(クラ地峡*を通って)ー中国ー日本>を結ぶ航路で盛んに交易をしていくようになったとか。最初は「モンスーン貿易」とかっていう東アフリカーインドとかくらいまででの航路だったのが、徐々に東に延びていったらしいですが。そして、最終的に中国や日本と結ばれ、「海のシルクロード」**と呼ばれるようになったんでしょうね。

このブログ内の関連記事:
「(続)ローマ帝国とシバの女王」 2010.07.05

* クラ地峡
2011年1月/タイ/No.13 - クラ地峡を越えてコートーンへ

クラ地峡を地図で見てみよう!: 距離=約100km

インド洋側の「Ranong ラノーン」→タイ湾側の「Chumphon チュンポン」

* 海のシルクロード
シルクロード
(「海のシルクロード」のところに「クラ地峡」について書かれています。「シルクロードと日本」のところに正倉院の宝物がペルシャから貿易で輸入されていたとか)

(偽)フェニキア人
(=シバの女王とソロモンたち)

タルシシの船隊

NHK特集 海のシルクロード

[中世以降の交易航路]

マラッカ海峡(フレーム)・船の生活
マラッカ海峡と海賊  :日本財団

◎『ランボン族』.....「宗教的儀式として実施された」
ランボン族
(スマトラ島南端に在住)

ランボン族〜インドネシアの民族:世界民族博覧会
ランプン州

アブン族が最大種族で22万人。プビアン族とパミンギル族と合わせて25万人。
パミンギル族は、ミナンカバウ族* からの移住民族。
(つまり、ランボン族には4部族いるということ)

* ミナンカバウ人

ミナン人(ここから美奈子とか美奈という名前を『新生ヴィーナス』=梶美奈子さんが名乗っているような気がいます。まあ、美しい奈良ナラ=シカに見えるヤギ「アイベックス」=モロク神の意味もあるのかもしれませんが)、パダン人ともいう。

オーストロネシア語族のマレー・ポリネシア語派、母系社会(シェバ族の特徴) ★「アラビア文字」から派生した「ジャウィ文字」**を使用していたが、19世紀になるとラテン文字化が進み、1976年に表記文字はラテン語で標準化される。

**ジャウィ文字

[歴史]から(引用)
紀元前500年ごろには、オーストロネシア語族がスマトラ島に到達されたとされる。オーストロネシア諸語を話す人々は、台湾から東南アジア各地に広がったが、ミナンカバウ人もその一派である。そのため、ミナンカバウ語は、マレー語との親近性が高い。しかしながら、マレー語とミナンカバウ語が同一の祖語から分裂したことは明らかであるが、マレー文化とミナンカバウ文化との間の正確な歴史関係はよくわからない。
★おそらく、オーストロネシア語は元々はプント=ラピタ人の言葉だったのですが、首刈り族などを含むサクソン軍団(トップのアングロサクソ脳族以外の一般兵士とその家族たちはちゃんとした言語をもっていなかったのでは?)がプント=ラピタ人を追跡し、侵略、征服していくうちに、彼らの言葉に影響を受けてを使うようになった言語なのではないでしょうか?

(引用)20世紀まで、スマトラ島の住民の大多数が、高地に居住していた。スマトラ島の高地には、人々が住むには快適な空間、すなわち、豊富で新鮮な水、豊穣な土壌、赤道直下にもかかわらず冷涼な気候、金や象牙のような商品価値の高い産品が用意されていたからである。ミナンカバウ人が居住する高地は稲の水耕栽培に適しており、他のスマトラ島の住民や諸外国の人々が、ミナンカバウ人が居住する地域と接触する以前に、稲の水耕栽培が発展していた。
★これも、プント=ラピタ人が住んでいたところをミナンカバウ人(=首刈り族であるランボン族の一部族)が略奪して住むようになったからでしょう。


インドネシア

インドネシア地図(拡大地図:英語)


につづく)
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by Ulala-lov | 2012-05-22 01:52 | アングロ・サクソン王族 | Comments(11)

<ジンバブエの黒人政権でも人々は虐げられている!>

ジンバブエの風はどちら向き?(ベストフレンド法律事務所BLOG)
http://www.bestfriend-law.jp/blog/2011/12/post_240.html
(ショナ族というのは、メネリク2世が王だったショア王国=シェバ王国のシェバ族のことじゃないかしら?それにしても、セシル・ローズも悪(ワル)だけど、ジンバブエのムガベ大統領もどうしようもないワルって感じ!所詮(しょせん)、ムガべの率いていた白人の植民地支配からの解放戦線=愛国戦線ゲリラもサクソン王族サタニストたちの傀儡だったってことかしら?)

首狩り族シェバ
http://nicoviewer.net/tag?q=%E9%A6%96%E7%8B%A9%E3%
82%8A%E6%97%8F%E3%82%B7%E3%82%A7%E3%83%90

グレート・ジンバブエ遺跡
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B0%E3%83%AC%E3%83
%BC%E3%83%88%E3%83%BB%E3%82%B8%E3%83%B3%E3
%83%90%E3%83%96%E3%82%A8%E9%81%BA%E8%B7%A1
ジンバブエの旅(1)ショナ族モノモタベ王国のグレートジンバブエ遺跡を訪ねて
:旅行のクチコミサイト フォートラベルより
http://4travel.jp/traveler/mh-yamaji/album/10039842/
マズィタテグルって何さ?
http://mbira.jpn.org/second.html
メンバー紹介
http://mbira.jpn.org/second1.html
ムビラ演奏
http://mbira.jpn.org/
ガリカイ・ティリコティ氏からのメッセージ
http://mbira.jpn.org/second2.html

ガリカイ・ティリコティ氏のメッセージを読むと、シェナ族の彼も平和に”目覚めた!”ということですかね?!わ〜い! ^_^)v それにしても、イスの大きさから考えると、ティリコティ氏の身長は相当低いはず。やはり、タコ(宇宙人グレイ)は、シェナ族=シェバ族ということですかね!”これにて決着!”か?! でも、ティリコティ氏の「ムビラと自分について」の語りのところを読むと、ティリコティ氏自身を含め、一般のシェナ族=シェバ族って、いい人みたいだにゃ〜 だから話せばちゃんとワカルッチャな〜!(←期待を込めて♡)エヘヘ〜 ^ー^)b

☆訂正☆
わ、わっかりました〜! シェナ族=シェバ族なのではありません! 
おそらく、「シェナ族」=「シェバ族+ハム系シュメール族」ということでしょう!

ピアノやギターやオルゴールの原型といわれる「ムビラ」がシェナ族の伝統的な楽器として今も演奏されているのは、古代のある時期にアフリカにシュメール人がやってきた証拠であり、シェバ族などのアフリカ原住民に古代の楽器「ムビラ」の製作とその演奏法を伝授したという証拠です。

ノアの次男ハムの子孫が大洪水(B.C.9000年頃)以降、気温の急変動時期(B.C.6000年頃)を経て、それ以降、比較的気候の穏やかになった頃に、アフリカ大陸に入ってきて、洪水で被害を受けなかったアフリカの原住民たち(中部のギニア、シオラレオネなど→ナイジェリア{元はニジェールと同一地域だったのでは?}→コンゴ→ケニアのゴリラ やチンパンジーの類人猿から進化した旧人類のいた地域の原住民を除く*)と共生し、混血していったと推察できます。

〜〜(*)内の説明〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
* ゴリラ・チンパンジーの生息地域とその子孫と思われる旧人=原住民の居住地域

「ケファの故郷コーカサス」
http://www.nakagaki.co.jp/1_1.html
(地図の中では、伝統的に発酵乳を利用していなかった地域が褐色で示される)
参考:’うらら’のご勝って推察「人類とは 5(2の訂正続編)」
http://urarala7.exblog.jp/17519756/

つまり、ノアの大洪水以降に世界に広がっていったノアの子孫たちの居住していた地域が緑色の部分のようです。しかし、褐色の地域にあるものの日本にも確実にやってきています。それは、"地名や人名"* にも残っていて明らかです。でも、その後、サクソン=ゲルマン騎馬軍団(=テュルク族、匈奴など)に征服されてしまうんですけどね。

*ウル(古代メソポタミアの中心的な都市国家)→ウラル山脈、ウラジミールなどの人名→ウランバートル**(旧名ウルガ=オルガ)→ウラジオストック→日本の浦(=村)のつく地名、人名

** ウランバートル
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%83%A9%E3%83%B3
%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%AB
拡大地図
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%
E3%83%AB:Mongolia-CIA_WFB_Map.png

ゴリラ 
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B4%E3%83%AA%E3%83%A9
(人間の皮を剥いでいたのは、ゴリラやチンパンジーを祖先とする部族の特徴なのでは。。。カルタゴの「ハンノ」もその子孫だったんでしょうか? サクソン王族純血種がその先祖を残虐に殺したということでしょうか?)
航海者ハンノ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%88%AA%E6%B5%B7%E8%80%85
%E3%83%8F%E3%83%B3%E3%83%8E
(メアリー・デッカー(=本物のジュリア・ロバーツ)の父親らしいトーマス・デッカー(=ウォルター・ロバーツ)の生まれ育った地「シオラレオネ」には『ゴリラ、又は、ゴリライ』と呼ばれる毛深くて野蛮な部族がいたということです。) (シバの女王も毛深いとアラビアのイスラム教の書物には記されていたんですよね)
チンパンジー
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%83%B3%E3%83%
91%E3%83%B3%E3%82%B8%E3%83%BC

ニジェール・コンゴ語族
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8B%E3%82%B8%E3%82
%A7%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%B3%E3
%83%B3%E3%82%B4%E8%AA%9E%E6%97%8F
(黄色の部分「ニジェール・コンゴA」と「ニジェール・コンゴB(バントー)***の北部」がおおよそ古代にケファの伝わらなかった地域と一致します。)

*** バントー=”ひも”の意なので奴隷なのでは? ということは、ニジェール・コンゴAと、シュメール人と混血した民族がBなのではないかと推察されます。

薄茶の「ナイル・サハラ語」の地域はシェバ族系原住民たちの住んでいる地域で、濃茶の「アフロアジアティスカ」というのは、アラビアから入ってきた支配民族サバ族(シェバ族+テュルク族)の支配している地域だと思われます。どちらも、庶民はシュメール人との混血が多いのでは?
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

ショナ族のムビラ「ローデシア・ショナ族の伝統を訪ねて」
:こころとからだがかたちんば
http://blog.goo.ne.jp/ko-ji-1966/e/cbda5cee5d84bfe746d
82939b9952646
ムビラ ジンバブエ・シェナ族の親指ピアノ - 世界音楽紀行
http://d.hatena.ne.jp/penguincafee/20110710/1310288709
北イタリア鉄道旅行☆ピサ&シエナ編☆tensobaさんの旅行ブログbyフォートラベル
http://4travel.jp/traveler/sharoushi/album/10436076/
(シエナってシェナ族に由来する名前の街なのかもね?!でも、トスカーナ地方やその主要都市フィレンツェは元々はシュメール系の国「エトルリア」*だったみたいですけどね。しかし、ローマ王政時代になって後にサビニ系(=シェバ人=サバ人)に占領されたり。。。イタリアも、統治者がシュメール系、サクソン系と、入れ替わりが激しい地域です)
イタリア旅行に役立つイタリアの地図詳細
http://www.amoitalia.com/italia/map.html
* エトルリア
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%88%E3%
83%AB%E3%83%AA%E3%82%A2


<イスラエルでのアパルトヘイト>

対イスラエル文化ボイコットはなぜ必要か?〜アパルトヘイト国家に利用される「蜷川(ひるかわ)ブランド」: 2012.02.04 パレスチナ情報センター
http://palestine-heiwa.org/note2/201202041832.htm

被害者の立場に立って行動する勇気が必要なんですよね!!その際に忘れてならないのは、決して非道なことをしている加害者側とは仲良くすべきではないのです!どちらの立場に立つのかということを明確にすべきなんですよネ!わたしも、そういうことが今までちゃんとできなかった!何が起きているのかよく理解できなくて、つい見てみぬふりをしちゃったこともあったし。。などと反省しているんですよね。でも、それじゃだめだって今は分かりました!みんなが悪事や、虐めを絶対に許さないという明確な態度を示すことがとっても大事なことだって!

特集:アパルトヘイト・ウォール(隔離壁/分離壁):イスラエル:パレスチナ..,
http://palestine-heiwa.org/wall/wall.html

すでにヨルダン川西岸「パレスチナ自治区」の約60%の土地でイスラエルが行政権・警察権を持ち、警察権だけなら84%の土地でイスラエルが警察権を握っているということは、ほとんどの地域がイスラエル領土になりつつあるということじゃないですか!イスラエルは国連の決議にも、国際司法裁判所の勧告も無視しているのは、バックにアメリカがついているからということですか?それなら、アメリカ国民は「イスラエルへの援助をやめたり、イスラエルとの軍事協定も止める」などアメリカの立場をぜひ明確にして、このような無法国家「イスラエル」の暴挙を止めさせてほしいです!


<南ア- アパルトヘイト問題:ドキュメンタリー映画「Cry Freedom」について>

わたしが、南アのアパルトヘイトを世界に暴露したドキュメンタリービデオ「Cry Freedom」を見たのは、多分、1987〜8年頃だったと思います。なぜ、そんなに早く、そのビデオを見たのかというと、わたしの離婚した夫(最近になってやっと、彼がトップクラスのサクソン王族の孫と分かりました)が、そのビデオを家に持って帰って来て、一緒に見たのです。今、その時のことで考えられることは、彼が、特殊なルートからそのビデオを手に入れ、見るように言われたのかもしれないということです。あるいは、エリザベス女王の命令で、わざと、わたしに見せるようにしたのかもしれません。つまり、わたしに精神的な負荷を与えたり、”自分たち恐ろしい存在の威力=暴力で人々を支配するということ”をわたしに示そうという彼らサタニストたちの何らかのカルト的な意味があったのかもしれません。

遠い夜明け「Cry Freedom」1987年イギリス製作
http://movie.goo.ne.jp/movies/p6320/
解説
http://movie.goo.ne.jp/movies/p6320/comment.html
あらすじ
http://movie.goo.ne.jp/movies/p6320/story.html


○やっぴ的歴史映画「遠い夜明け CRY FREEDOM」
http://www7b.biglobe.ne.jp/~yappi/eiga/EE-09cry_freedom.htm

アフリカーナ(ー)(=オランダ系農民)が信仰していたカルヴィン派ってプロテスタント教会だから、牧師は当然、サクソン王族の回し者ということですからね〜。だから、彼ら牧師が人種差別思想をオランダ農民たちに植え付けのも、当然、サクソン王族サタニストたちの計略によるものだったってことになりますね〜!

それから、ネルソン・マンデラが、アパルトヘイト撤廃のための運動をして南ア当局に逮捕され28年近くも刑務所に入れられていたので、黒人たちはみな彼が自分たちの味方だと信じきっていたのも当然なのですが、彼は、コサ人(=マサイ族の一部族)であり、サクソン王族の味方であるに違いありません。わたしが想像するには、彼は刑務所で特別待遇をされ、かなり自由な生活をさせられていて、自由に外の世界とも出入りしていたのではないかと。みせかけの牢獄生活をしていたのではないかと思われます。サクソン王族サタニストたちの長期計画では、いづれ、アパルトヘイトに対する国際的な批判が高まることも想定内のことであり、そのときのためにネルソン・マンデラなど自分たちサタニスト側の黒人の政権も用意しておくという周到な計画もちゃんと立ててあったのでしょう。

「1948年の南アの最初の総選挙で、アパルトヘイトを掲げた「国民党」(アフリカーナが1914年に結成)勝利し、キリスト教民族主義=国家社会主義(=ナチスと同じ)を掲げ、人種隔離政策「アパルトヘイト」を導入し、超長期政権として南アを支配する」とあります。イギリス系白人たち(その中心はサクソン王族たち)はあくまでも関わってないふりをしているんでしょうね!まったく、やり方がまわりくどい、女王様も得意なバックハンド、表面(おもてづら)は良く、裏で悪いことをするですか〜? まあ、慇懃無礼(いんぎんぶれい)なやり方とでもいうのかしら〜?!

また、1980年代後半には、南アのアパルトヘイトに対して国際的な批判が高まり、ほとんどの国々が経済制裁をしていたのに、日本だけは、ダイヤモンドの取り引きを引きを続けるなど先進国の中では唯一例外的な立場を取り、貿易を続けていた。それで、南アの白人政権からは非常に感謝され、南アでは日本人は「名誉白人」としての待遇を受けていたという。なんとも恥ずかしき不名誉な話なのです。
しかし、日本、また日本政府がサクソン王族の強力な支配下にあるということからすれば、当然なのかもしれませんが。。それにしても、当時の日本ではマスコミの批判がましい記事がいっさい見受けらませんでしたから、サタニストたちのマスコミへの圧力がどんなだったかと察(さっ)しがつきますね〜!

アパルトヘイトの法律は全て廃止された後も、黒人への土地の返還などがちゃんとされていなかったり、人種別の集団居住区という、狭い地区に大勢の黒人たちが
押し込められているという状況もまだそのままのようですしね〜 実質、黒人に有益なことはなにも実行されず、ほとんどな〜んも変わってないんでしょ?!

スティーヴ・ビコ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%86%E3
%82%A3%E3%83%BC%E3%83%B4%E3%83%BB%E3%
83%93%E3%82%B3

ひどい拷問を受けて殺されたらしいんですよね〜!ほんとサタニスト(悪魔)たちってひどく残虐で野蛮なゴリラやチンパンジーやタコたちです〜!とても人間とは思えません!

映画で人権について考えよう(黒人差別について)- 訃報:ドナルド・ウッズさん
http://sunnysday.eco.to/movie/column/column02.html

遠い夜明け
http://fukio.web.fc2.com/novelessay/essay5.html

南アの貿易国相手国のNo.1は、な、なんと日本でした〜!金やダイヤモンドなどの貴金属・宝石だけでなく、原発燃料であるウランも南アの不法選挙しているナミビア(アフリカ)から密輸しているんですって。知らなかった〜!まあ、密輸なんだから知るはずもないか〜。それにしても、電力会社はそんな密輸したウランを使ってるなんて。。。これ違法に決まってるじゃない!

サイト主さんが、これ以降に書かれている内容は、世界に視点を向けない日本人の厚顔無恥*(厚顔無視もあるかな?)→無知は、どこから来るのだろう?仕事のやり方が近代的とは言えぬ古いスタイルのまま、「忙しい=仕事してる」的な。。。頭(考え方)が古いままの大企業や公務員の幹部さんたちじゃ、現代の世界の動きに適応(対応も)できていない方が多いんじゃ?とかって言っておられるような。。。(そうじゃない方もいるにはいるんだろうけど〜)。。。さもありなん!って言っちゃいそうな人けっこう多いんじゃ?!(こういう人たちがマスコミに圧力かけたりしてるんじゃないかしら?)

まあ、古い頭はシャッフルして、新風吹き込んで、リセットしてもろたらどうやろ? エヘヘ〜 ポリポリ!n^^); (ほんま〜どないしたらいいんやろ?)

*厚顔無恥(こうがんむち)
http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/idiom/%E5%8E%9A%E9%A1%94%E7%84%A1%E6%81%A5/m0u/
厚顔無恥な人との付き合い方。どうすれば?:家族・友人・人間関係 :大手小町 : YOMIURI ONRINE
http://komachi.yomiuri.co.jp/t/2010/1015/355870.htm?o=0
(やあ、なかなか面白い答えばかりでしたネ〜!どうしようもない人の場合はそうでもしないとダメかもね?!でも、その人自身が変わる気さえあったら変わるんじゃ〜? そのための協力ならしてあげたいネ〜)

要するに、自分たちさえ良ければいい、自分の職場さえ良ければいい、自分の国さえ良ければいいとかって、日本のお金が〜〜回りまわって他国の人々を苦しめることになっているとしたら、人間としてどういう立場にたって、どういう態度を示すかと問われているような。。。

わたしたち個人のレベルでもそうですよね!ダイヤ買う時に、そのお金が回りまわって、そんな恐ろしい結果を生み出しているのかって考えると、ほんとダイヤなんかいらない!って思う人もけっこう多いんでしょうけど。。。知らないで買ってもらっていたり。(1985年頃わたしも、そんなこと知らずにダイヤの結婚指輪を買ってもらいましたが。。。反省!  ><; ) やはり、女性も、常に社会に目を向け、国内情勢、世界情勢、政治、経済のことなど、ある程度、知っておくことはとても大事なことだと思いま〜す!
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by Ulala-lov | 2012-05-18 21:11 | サタニストの支配政策 | Comments(0)

エリザベス女王は、日本では女優「中村玉緒」*とタレント「寿美花代」の両方をこなしています。

*中村玉緒(1939年生まれ、旧姓「林玉緒」、本名「奥村玉緒」)

**寿美花代

女優「中村玉緒」(=本物)は、1962年に勝新太郎*と結婚しています。一方、寿美花代(=エリザベス女王)は、翌年の1963年に、高嶋忠夫**と結婚し、その直後に妊娠(妊娠したから結婚したのかも?)。まあ〜エリザベス女王は、何人もの複数の日本人男性と結婚しているようです。当然、イギリス、日本以外にも様々な国の由緒ある家系の男性と結婚しているのでしょう。

* 勝新太郎(1931〜1997年、本名「奥村利夫」)
1961年、中村玉緒と婚約。この頃、主演した「悪名」が最初のヒット作になる。
1962年、玉緒と結婚。「座頭市物語」「兵隊やくざ」で絶大な人気を獲得。
1963年、一躍、大映の大黒柱の一人となる。「座頭市シリーズ」での演技は評価が高くアジア各地でも上映される。
1967年、勝プロダクションを設立、自ら映画製作に乗り出す。(エリザベス女王の出資があったんでしょう)以外にまじめで、時代劇を絶やさないようにと努力していたんですね。

勝新太郎 画像

映画「座頭一」 YouTube

中村玉緒が勝新の横暴によく耐え忍んだかのように思われがちで、わたしもそう信じていましたが、どうやら、世間にそう思わせていただけで、実際は家ではもっち中村玉緒が強くて、実は反対の立場だったようです。


** 高島忠夫
高島忠夫の場合は、外でも内でも寿美花代によく仕えていたんでしょうね。だから、鬱病になったのかな?

ところで、中村玉緒の「出演作品」のところを見ると、1963 〜 1964年にかけては、それまでに比べて、また、それ以後とも比べて、ほとんど仕事をしていませんネ。

というのも、1963年夏頃、寿美花代は高島忠夫の子を妊娠しています。そして、1964年4月に長男を出産しているからです。しかし、同年8月に、その赤ちゃんは生後5ヶ月で家政婦に殺されたことになってニュースなどで派手に報道されています。しかし、実際は、ウィンザー家の3男のエドワード王子(ウェセックス伯爵)としてイギリス王室に入籍していたのです。まあ、その王子を生んだ時には、まだ身体はまだエリザベス女王自身だったのですから、その赤ちゃんはネグロ・サクソン王族の血脈に連なるので、そのほうが正しい戸籍ということなのでしょう。

ところで、ウェセックス伯爵エドワード王子*の画像** を拡大してよ〜く見てみると〜、どうやら高島忠夫の子供というよりは、勝新太郎の子供ではないかと?ん〜、それで、すぐに英王室に連れて行ったのかも。。。

済みませんね!別にウェセックス伯爵に対して悪意があるわけではないのですが。。。とても良い方らしいですから。
* エドワード(ウェセックス伯爵)
画像


そして、エリザベス女王は、その直後、1964年の秋〜冬くらいに中村玉緒(当時24〜5歳)の身体に自分の脳を脳移植をしたんでしょう。


以下のサイト*の写真の幾つかを拡大してみると、本物の中村珠緒と、脳移植後の中村玉緒と、中村玉緒のクローンらしき人物との違いが分かるかと思います!

* 中村玉緒ープロフィール - Yahoo!検索

少女時代(おそらく、13〜15歳くらい(本物の中村珠緒)

脳移植で中村玉緒になって間もない感じのエリザベス女王(目つきが非常に鋭くて悪女そう)

青い着物を着た40代くらい?の写真

60〜70代くらい?(首のしわが目立ちます。年相応にわざと老けさせているんでしょう。しかし〜、替え玉?おそらく、クローン人間じゃないでしょうかね〜)
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by Ulala-lov | 2012-05-14 03:48 | シバの女王 | Comments(0)

<メアリー・デッカー=ジュリア・ロバーツを検証>

Mary Decker:メアリー・デッカー

まあ!ゾーラ・バッドのランニング・パンツまでつかんでいますよ!デッカーが2番手になったのだから、追い越すなら外側からが原則で、そうするべきだったのに、内側からバッドを追い抜こうとしていたんですよね〜!

★★ ジュリア・ロバーツ&兄エリック・ロバーツ

上の二つのサイトの写真をよ〜く比べて見てみましょう!!
メアリーデッカーのサイト★の「Sports Illustrated」という雑誌?の写真と、下のジュリア.ロバーツのサイト★★の兄と腕を組んでいる写真を比べると非常によく似ています。また、メアリー・デッカーのサイト★の一番下のほうに近い「夫や赤ちゃんと一緒に芝生に座っている写真」の下の二枚のランニング直後の写真を見ると、やはり、アフリカ系な感じがよく分かります!本物のハイレ・セラシエ1世の下の写真* にちょっと似てますよね〜!(目の周りは、アイシャドウなどで描いて実際とはちょっと違うはず。髪は本来は黒色で、1984年のオリンピックの前頃から金髪に染めるようになったのかしら?ヨーロッパ系にみえるようにかなり気を使っている感じですね。)

* ハイレ・セラシエ1世画像
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%
E3%82%A4%E3%83%AB:Selassie.jpg


また、★「メアリー・デッカー」のサイトのブルーのブラウスを着た彼女の母親の写真と、その2枚下の彼女の祖母らしき女性とその娘5人の白黒写真を比べてみてください。(2つのウィンドーにこのサイトをコピーして比較してみましょう)すると、白黒写真の後列の3人の娘のうち右端のアンいう娘(額が広く、髪の生え際のラインが母親に似て角張った感じ)と、ブルーのブラウス姿の女性とがよく似ていてると分かります。おばあさんのメアリー・ジーン・デッカー・パウルという人は白髪になっていますが、若い頃は黒髪だったんでしょう。。。十字架のネックレスにこの黒っぽい服は、何か聖職者か、その妻のような感じですね。それに少し黒人系が入っているようです。娘の何人かはケルト系みたいな感じの顔で、おそらく、このおばあちゃんはケルト系の男性と結婚していたんでしょう。

また、メアリー・デッカーの父親は、トム・デッカーという水泳競技「飛込」の選手みたいな写真が載っています。その身体的特徴からすればアフリカ系の血筋が濃い人みたいですね。デッカーばあちゃんは、5人の子持ちで、娘ばかり生んだので、アンという娘さんがこのトムさんを婿養子にもらったということでしょうか?それとも、父親の姓ももともとデッカーかも?

赤い花束を抱えている写真の夫婦はおそらくメアリー・デッカーの夫の両親で、その下の写真に彼女と一緒に写っているのがその息子(お父さん似)で、メアリー・デッカー* の2度めの結婚相手リチャード・スレイニー**でしょう。

* メアリー・デッカー(1958年生まれ)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%82%A2%
E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%87%E
3%83%83%E3%82%AB%E3%83%BC
(サイトの下のほうに、**「1985年に円盤投げのリチャード・スレイニーと再婚している」とあります。また、メアリーは「1981〜83年には、マラソンランナーのロン・タブと結婚していた」ということです)


となると、ジュリア・ロバーツは、1967年生まれですから、現在の年齢は44歳くらいですが、メアリー・デッカーであれば、1958年生まれです。しかし、★★に出てくるジュリアの兄エリック・ロバーツは1956年生まれ***ですから、どうも1958年のほうが正しいような。(1984年のロサンジェルス・オリンピック当時は26歳だったということで年齢的にも合っています)そうすると、現在のジュリア・ロバーツの年齢は、54歳くらいということですね!

*** エリック・ロバーツ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%AA%E3
%83%83%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%83%AD%E3%83
%90%E3%83%BC%E3%83%84
エマ・ロバーツ(1991年生まれ、エリックの娘)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%9E%E3%83
%BB%E3%83%AD%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%84
(やはり、黒髪、大きな高い鼻、大きな口とまっすぐな眉と、ジュリア・ロバーツに似ています。)

そして、もし、メアリー・デッカー(本物のハイレ・セラシエ1世によく似ている)が、エリザベス女王と’アフリカのメネリク2世及びハイレ・セラシエ1世の子孫’であるトム・デッカーとの間の子であれば(彼らは従兄弟同士とか近親間でよく結婚しますから)、エリザベス女王が32歳の時の子供ということになりますが。。。それとも、エリザベス女王の親戚でもある本物のハイレ・セラシエ1世(メネリク2世の従兄弟の子。そして、エイザベス2世の母ザウディトゥはメネリク2世の娘)と、その親戚の誰かとの子なのかも?どちらにしても、本物のジュリア・ロバーツことメアリー・デッカーは、エリザベス女王とは何らかの血縁関係にあったのでしょう。
トム・デッカーで調べても、ないので、トーマス・デッカーで調べてみると、1916年シエラ・レオンの生まれで、1978年にロンドンで亡くなっているトーマス・アレクサンダー・レイトン・デッカー*という人がいました。下記サイトの「ジュリア・ロバーツ(Julia Roberts)のプロフィール」**によっれば、ジュリア・ロバーツの実の父親はウォルター・ロバーツで、1933年生まれの俳優、作家で、1955年に結婚し、1971年にジュリアの母親と離婚し、1977年にガンで死去とあります。生まれた年はともかく、文筆業をしていた共通点もあり、亡くなった年が一年違いですし、この人があの水泳飛込の写真のトム・デッカーで、メアリー・デッカー(=本物のジュリア・ロバーツ)の父親ではないかと思われます。トーマス・デッカーは、アフリカ生まれのアフリカ育ちです。

* トーマス・アレクサンダー・デッカー
http://en.wikipedia.org/wiki/Thomas_Leighton_Decker
(西アフリカのギニアと接する小国家「シエラ・レオン共和国」の言語学者、詩人、ジャーナリスト)
シエラ・レオネ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%82%A8%E3%83
%A9%E3%83%AC%E3%82%AA%E3%83%8D

** ジュリア・ロバーツ(Julia Roberts)のプロフィール 
by ハリウッドセレブ★プロフィール集
http://hw-p.com/female/s/si/jroberts/
(過去の男性遍歴や家族=両親・兄のことなどが書かれている)

トーマス・デッカーで調べてみたら、下のサイトの若い俳優さんもいました。しかし、この人の写真を見て、ジュリア・ロバーツやエマ・ロバーツに似ていてびっくりしました!

トーマス・デッカー(1987年生まれ)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%BC%E3
%83%9E%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%87%E3%83
%83%E3%82%AB%E3%83%BC
(エマ・ロバーツによく似ています。兄弟かな?ジュリア・ロバーツの子だとすれば、いとこかな?)
トーマス・デッカーさんが人身事故で逮捕(2009年10月16日)
http://heartattack507.blog84.fc2.com/blog-entry-2173.html


<ジュリア・ロバーツ>

ジュリア・ロバーツ - 映画.com
http://eiga.com/person/39147/
(女優としてのプロフィール、この写真の映画発表の時はエリザベス女王)

1987年、兄のエリック・ロバーツの影響で、映画界に入り、翌年の1988年にミスティック・ピザで注目され、89年のアカデミー賞助演女優賞にノミネートされる。90年の「プリティ・ウーマン」でトップスターに。

ジュリア・ロバーツ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A5%E3%83
%AA%E3%82%A2%E3%83%BB%E3%83%AD%E3%83%90%E3
%83%BC%E3%83%84
(身長175センチは嘘です。160〜163センチくらいの間です。多分、女優業の時は、ハイヒールをはいているので175センチくらいになるはず。また、2001年のトルコのインサリク空軍基地の傷病兵を慰問をしている写真がありますが、戦争を起こしている張本人が親切そうに寄り添っているのはハッキリ言って無気味です!それに、ジュリア・ロバーツことエリザベス女王は、いかにも親切そうな作り顔をしてるって感じですね〜!)

1988年米製作「ミスティック・ピザ」
http://info.movies.yahoo.co.jp/detail/tymv/id22757/

1990年米製作:映画「プリティ・ウーマン」
(あらすじ)
http://movie.goo.ne.jp/movies/p8033/story.html
主演女優のジュリア・ロバーツ
http://imagesearch.excite.co.jp/detail/?search=%E3%83%97%E3%83%A
A%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%BB%E3%82%A6%E3%83%BC
%E3%83%9E%E3%83%B3&start=1&look=excite_jp
(アカデミー主演女優賞にノミネートされる)
主演のジュリア・ロバーツ&リチャード・ギア
http://imagesearch.excite.co.jp/detail/?search=%E3%83%97%E3%83%AA
%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%BB%E3%82%A6%E3%83%BC%
E3%83%9E%E3%83%B3&start=3&look=excite_jp

1998年12月米公開「グッドナイト・ムーン」
http://www.sonypictures.jp/archive/movie/stepmom/
(この映画は、本物のジュリア・ロバーツの最後の作品で、97年の秋〜98年の春くらいの間に作製されたのではないかしら。)

1999年米製作 デンジャラス・ウーマン: 映画作品紹介
http://www.cinematopics.com/cinema/works/output2.php?oid=2846
デンジャラス・ウーマン: 象のロケット
http://www.paoon.com/film/nmlukfpbj.html
ネタばれ注意!デンジャラス・ウーマン
http://www.movie-faq.com/main-419.html
(ということは、1999年のこの映画は以前に出演していたドラマを映画にしたというだけで、やはり、本物のジュリア・ロバーツということです)

先のブログ記事<1>でも説明しましたように、1997年の6月くらいまで、エリザベス2世は、島根の石見地方の中学校でわたしと一緒に教員をしていました。わたしは夏休みまで勤務していましたが、辞めた後も、時々、こそっと中学校にやってきて、他の先生方とコンタクトしていたようです。駐車場に彼女の新車の軽自動車が留まっていたのを見たことがあります。ですから、エリザベス2世が脳移植で中村玉緒の身体からジュリア・ロバーツの身体に入れ替わる脳手術をしたとしたら、1997夏〜98年の春くらいまでの間です。1998年の6月からは、わたしと一緒に東京の社団法人で仕事をしていて、その時にはジュリア・ロバーツに入れ替わっていました。

ですから、その後、女優の修行をして、1999年5月公開の「ノッテング・ヒルの恋人」で映画デビュー、初演にして主演女優ということになったんでしょうね。

1999年5月13日公開 米英製作「ノッティングヒルの恋人」(あらすじ)
http://movie.goo.ne.jp/contents/movies/MOVCSTD4032/story.html

ジュリア・ロバーツ:象のロケット<映画DVD総合ナビゲーター>
http://www.paoon.com/star/560.html

この上のサイトのプロフィールは、すべての年齢を9歳ほど若くしてあります。メアリー・デッカーですから、1958年生まれです。ですから、19歳で、兄の主演する映画に端役で映画デビューしたとありますが、その当時の1987年には、ほんとうは28歳だったはずです。また、メアリー・デッカーのウィキにはロサンジェルス五輪以降もオリンピックを目指していたと書かれていますが、そちらには重点を置かず、女優業のほうに転向したというのが本当のところでしょう。それ以前の1986年にもテレビドラマに初出演をしていますし。そして、1998年から1998年までかなり活発に映画に出演し、アカデミー賞主演女優賞にノミネートされたり、ゴールデン・グローブ賞助演女優賞にノミネートされるなど、そうとうがんばっていたようですね。

そして、この「ノッティング・ヒルの恋人」で、ゴールデン・グローブ助演女優賞にノミネートされたり、1作品の出演料が女優の中でNo.1になったりしたと上のサイトには書かれていますが。。。。そりゃ〜、エリザベス女王としての暗黙の圧力があったんでしょう!!

そして、そのすぐ1ヶ月後の6月にも、映画「プリティ・ブライド」を公開していますから、すごいバイタリティーですね!

1999年米製作:映画「プリティ・ブライド」
http://movie.goo.ne.jp/movies/p31544/story.html
(この映画は偶然DVDで、見たのですが、ほとんど演技力必要ないような映画でした〜)

画像(ヌードっぽい、おそらく、エリザベス女王)
http://imagesearch.excite.co.jp/detail/?search=%E3%82%B8%E3%83%
A5%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%BB%E3%83%AD%E3%83%
90%E3%83%BC%E3%83%84&start=0&look=excite_jp
(身体がすごく引き締まって、スポーツ選手のような身体ですし、アフリカ系という感じもでています)

ジュリア・ロバーツ(日焼け顔、黒髪、黒目、拡大画像、エリザベス女王)
http://www.pointernet.pds.hu/tini/sztarok/juliaroberts/julia_roberts_wallpapers_2.jpg

(なにか、本物のジュリア・ロバーツのほうがまだ人間らしい感じの目つきとか雰囲気がします。あのメアリー・デッカーの時に比べると、映画の出演を重ねたり、度々の離婚などさまざまな苦労を重ねることによって人間的に成長していたのでしょうか?)


2012年5月11日公開「幸せの教室」
http://eiga.com/movie/56821/gallery/2/
2012年9月公開予定「白雪姫と鏡の女王」
http://eiga.com/movie/58087/

美し過ぎて掲載禁止に!ジュリア・ロバーツ、ランコムの広告は「非現実的」と英広告基準局が指摘
http://www.cinematoday.jp/page/N0034106


2000年米製作 「エリン・ブロコビッチ」(あらすじ)
http://movie.goo.ne.jp/contents/movies/MOVCSTD20093/story.html
(離婚し、3人の子持ちで無職のエリンは、交通事故の和解金を交渉するため、弁護士のエドに依頼するが和解金を取りそこねて途方にくれ、強引にエドのアシスタントに収まる。ある日、不審なファイルを見つけ、独自に調査し、大企業の工場が有害物質を垂れ流しにしていることを突き止める。そして、そのせいで病に苦しむ住人たちに訴訟に持ち込むよう説得する。弁護士のエドや住民たちと共に戦い、大企業と交渉し、全米史上最高の和解金350億円を勝ち取ったという筋書き)

エリザベス女王のやっている悪事を知っていたなら、そして、ジュリア・ロバーツがエリザベス女王だと知っていたなら、彼女がこのような社会正義のために必死で戦う女性の役を演じるなんて〜。。。そりゃまた、なんと欺瞞(ぎまん)に満ち満ちてることかと、空(むな)しくなったり、あまりにバカバカしくって絶句し、打ち震えたりしたことでしょう!! ((n(ーー*)n)) プルプルプル~~~

この映画で、ジュリア・ロバーツことエリザベス女王は、アカデミー主演女優賞、ゴールデングローブ賞主演女優賞(ドラマ部門)、英国アカデミー賞主演女優賞、ナショナル・ボード・オブ・レビュー主演女優賞、全米映画俳優組合主演女優賞、ロサンゼルス映画批評家協会賞女優賞などを受賞しているんですぅ〜!まあ、呆れた図々しさですね〜!やはり普通の神経ではできませんよネ!  @o@;@o@:@o@:w〜〜〜〜〜〜!

まさに『盗人猛々しい』*(ぬすっとたけだけしい)とはこのことですぅ〜!

* 盗人猛々しい
http://zokugo-dict.com/23nu/nusutotakedakesi.htm
http://kotowaza-allguide.com/nu/nusubitotakedakeshii.html
里親募集で〜す!〜くるねこ大和
ttp://blog.goo.ne.jp/kuru0214/e/407f6026f6109
263e279279e2d9ac784
moroの家族と、ハンドメイド
http://ameblo.jp/moro-handmade/entry-11194548844.html


p.s.

本物のジュリア・ロバーツ(=メアリー・デッカー)の父親で俳優のウォルター・ロバーツ(=アフリカのシオラレオン生まれのトーマス・デッカー)は、上の本文の** ジュリア・ロバーツ(Julia Roberts)のプロフィールというサイトのジュリアの両親のところには、1933年生まれで、1977年にガンで死去となっていますが、ネット検索で「ウォルター・ロバーツ」を調べると、何とありました〜!現在、'日本で活躍中 !!' なのでした!外国人タレント.com ウォルター・ロバーツ
http://www.gaikokujin-talent.com/profile/walter_roberts.html
(右端の黒人のアフリカ原住民の格好は、まさにピッタリと板についているというか、こちらが本来の姿なのでは。。。(現在は地肌を美白したり、薄化粧したりしているのでは。。。それにしても額が長く大きいですね)

そして、上の本文の最初のほうにある「★★ ジュリア・ロバーツ&兄エリック・ロバーツ」のサイトをもう一度見ると、一番上の写真の右端の男性って、隣にくっついているジュリア・ロバーツやエリック・ロバーツによく似てますよね〜!だから、写真の下のジェリーナ・ジョリーの父ジョン・ヴォイトだなんでウソですよ!また、ジュリアの父親ウォルターが1977年に亡くなったというのもウソ!そして、この父親のウォルターって、額がものすごく広いのも特徴的なんです。そして、兄のエリックも、父親のウォルターも首筋をみると、かなり色が黒っぽいですし、髪も黒いですよ!(父親とジュリアはやや茶色に染めているようですが、兄のエリックは黒々した毛髪です)ですから若い時はこんな感じだったのが、年をとって、前述の「外タレ.com」のようなお姿に変装しちゃっているということでしょうか?!それに、つけヒゲでかなり顔をごまかしちゃってます〜!やっぱり、右端のがいちばん素顔に近いんじゃあ!(まあ、肌の色はだいぶ薄くなる努力をしたので、黒っぽいファンデつけてるかな?)

ということで、トーマス・デッカー氏(=ウォルター・ロバーツ)は、シエラレオネの『ゴリラ』部族の王の末裔ってとこですかね?この人がエリザベス2世と血縁が深いということなんですね〜!だからこそ、エリザベス女王はジュリア・ロバーツに自分の脳を移植したってことなんですよ〜!!
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by Ulala-lov | 2012-05-13 17:16 | シバの女王 | Comments(1)

<アパルトヘイト>

アパルトヘイト
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%91%E3%8
3%AB%E3%83%88%E3%83%98%E3%82%A4%E3%83%8

特に、問題なのが『大アパルトヘイト』(「小アパルトヘイト」に対して)で、未だにほとんど解決されていないとのことです。もちろん、小アパルトヘイトに関しては、数多くの人権を無視した条例は撤廃されたものの、現実社会での差別意識は以前として変わらないようです。
〜〜〜〜(引用)〜〜〜〜〜〜〜〜〜
・原住民土地法、バンツー自治促進法、バントゥースタン(ホームランド)政策など...
1971年、国土の13%の不毛の地、「ホームランド」と命名された「国」=10地区(人種別に区分)に、人口の77%を占める黒人を押し込めて住わせる政策。黒人を他国の民族として扱い、黒人から南ア市民権を奪い、参政権を奪い、経済的には白人に依存せざるを得ない黒人を「外国籍の出稼ぎ労働者」として扱おうとするもの。実質、「白人優位」の多人種社会の再構築を目論んだもの。これにより、黒人の白人への経済的な隷属が進む。また、労働者はホステル(低料金宿泊所)で泊まりながら働くことになった。名目上は独立国でも、実権は白人、ひいては南アフリカ政府が握っている。

・集団地域法......人種ごとに住む地域が決められ、特に、黒人は産業基盤の乏しい限られた地域に押し込められ、白人社会で安価な労働力としかみなされなかった。大都市近郊で黒人が押し込められた地域はタウンシップと呼ばれ、ヨハネスブルグ近郊の「ソウェト」が最も著名。産業地区はすべて白人地区となり、黒人など非白人は長く混み合う通勤を余儀なくされた。
〜〜〜〜〜〜(引用終わり)〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

★★★★★ この大アパルトヘイトが完全に撤廃され、黒人を元の土地に返してあげないと人種差別を元から断つことはできませんよね!!

上のウィキ・サイトの<反アパルトヘイト運動から政策撤廃まで>のところで、

「アパルトヘイトに対しては、対象人種(黒人などの有色人種)だけでなく、主にイギリス系の白人の多くから反発があった。イギリス系よりアフリカーナ(オランダ系移住者)が公職でハッキリ優遇されていた」とありますが、これは嘘くさいです。

イギリスがボーア戦争で勝利したのですから、イギリス系の白人が優位に立っているに違いないからです。そして、そのイギリス軍の中には、セシル・ローズ(=ジョゼッペ)や象二郎やシバの女王やタコなどのサタニストたちがいて、戦略を指揮していたはずです。もちろん、彼らは白人?(定義自体が疑問ですが、元々は有色人種)ですがイギリス国籍など多国籍をもっていますが、ハノーヴァー、ウィンザー朝が世界に君臨している以上、イギリス国籍に一番価値があるようです。そして彼らの子孫であり、代理人であるオッペンハイマー家がいろいろな利権を獲得し、南アを仕切っているわけで、彼らの大勢いるイギリス系白人子孫たちが圧倒的優位に立っていることでしょう。

南アフリカ共和国〜アパルトヘイトがもたらしたもの〜2001.04.16
http://www.geocities.co.jp/WallStreet/6112/Activity/
2001/04_16.html
(上のサイトについて)
・「つい10年前までアパルトヘイトが行われていた」というものの、事実上、現在もあまり変わらない状況にあるようです。要するに、イギリス系白人たちが依然として絶対的な権力を持ち、黒人リーダーたちへの懐柔(かいじゅう)*策としてネルソン・マンデラなどのごく一部のANCやPACの指導者たちだけに中流の生活が与えられ、多くの貧しい人々は以前とあまり変わらない生活をしているのだとか。
* 懐柔
http://dic.search.yahoo.co.jp/search?ei=UTF-8&fr=top_ta
ble&p=%E6%87%90%E6%9F%94

・「南アフリカ戦争」(=ボーア戦争**:1次1880〜1881年、2次1899〜1902年)というのは、「イギリス系白人」対「アフリカーナ」(=ボーア人=オランダ系農民)との戦いです。この戦争で敗北したアフリカーナが貧困になったことや、オランダ改革派教会の教義に由来する人種差別を肯定する考え方などからアパルトヘイトが生まれたとあります(白人対黒人の差別をすれば、オランダ系の’貧しい白人’(プア・ホワイト)でも有利な立場に立てるとの考えを宗教で人々を操ることが得意なサクソン王族サタニストたちが手下にしている牧師たちを使ってオランダ人に植え付けたんでしょう)。しかし、それはアパルトヘイト成立の責任をオランダ農民に押し付けただけのことです(=責任の転嫁)。
★★★★★ 実際、アパルトヘイトはサクソン王族サタニストたちの残虐な「植民地支配政策」であることに疑いの余地はありません!

** ボーア戦争
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9C%E3%83%BC%E3%
82%A2%E6%88%A6%E4%BA%89
(「イギリス軍によりオランダ人は強制収容所に入れられたり、英国軍の焦土作戦で農地や家を焼かれたりした」とあり、オランダ人一般市民の大量殺りくがあったもよう。また、サイト内の「1860年代以降、。。。白人の鉱山技師が大量に流入してはじめた。イギリスはこの技師たちの保護を大義名分としてオレンジ自由国を領有化するーこの技師たちの中には、後にデ・ビアス社を創設するセシル・ローズ(=ジョゼッペ)も含まれていた。」とあります。さらに、「ボーア人共和国の併合を支持したキーマンとしてケープ植民地の知事=高等弁務官であるアルフレッド・ミルナー卿(=ジョゼッペ)、英国植民地相、鉱業シンジケートのオーナーたち(当然ちゃ当然!)がいた。」とのことです。)

・最後のところに、「すぐにあらゆる問題が解決するわけはない」と書かれていますが、そういうふうに納得させようとする悪意が感じられます!また、差別意識についても悲観的な見解が書かれていますが、人権問題を解決する努力も中途半端で、差別をなくす意識改革も積極的に行っていないということがパレパレです!
(ということで、この上のサイトはサタニストたちの作ったものでしょう!)


<アパルトヘイトは撤廃され黒人の生活は良くなったと世界中に勘違いされている!>

「インタビクタス」ネルソン・マンデラへのクリント・イーストウッドの無批判な讃歌
 〜マスコミに載らない海外記事
http://eigokiji.cocolog-nifty.com/blog/2010/05/post-930f.html
(上のサイトに関して)
本文の中程くらいに、「アパルトヘイトに対するマンデラの一貫した。。。英雄とみなしているが、マンデラとANCの網領* は、決して南アフリカ人や国際的な労働者階級の網領ではなく、国民の大多数の権利を擁護** することはできなかったという事実は変わらない。ANCの網領は’ブルジョア民族主義’的性格のものであり、”非ヨーロッパ人”資本家を権力につけることを要求していた。」とあります。

* 網領(こうりょう).....物事の要点や指針をまとめたもの
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B6%B1%E9%A0%98
** 擁護(ようご).....侵害・危害から、かばい守ること。「憲法を.....する」「人権を.....する」など。

ということは、シバの女王やジョゼッペたちの元祖アフリカ系の民族たちがANCのリーダーになっていたということでしょう!上のウィキ「アパルトヘイト」の<教育分野>のところに、「黒人教育の予算は、白人より少なく。。。一人当たりの白人生徒の教育予算は、黒人生徒の10倍程度であった。」また、「アパルトヘイト以前は、ウィットウォーターズラント大学、ケープタウン大学、ナタール大学では白人と黒人は共学で、黒人向けのフォートヘア大学もあったが、1959年に可決された「大学教育拡張法」により共学は禁止され、黒人は既存の大学に受け入れられなくなり、フォートヘア大学は全黒人向けから’コーサ人’向けの大学に改組された。」とあります。なぜコーサ人* だけが大学に入ることを許されたのか不思議でしたが、やっと分かりました。つまり、コーサ人がサクソン王族純血種のアフリカ系一部族だからでしょう。

* コサ人
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83
%BC%E3%82%B5%E4%BA%BA
(な、なんと、サイトの一番下「主な著名人」のところを見ると、南アフリカ共和国第10代大統領「ネルソン・マンデラ」と、南アフリカ共和国第11代大統領の「タボ・ムベキ」がいますよ〜!!彼らは、やっぱり、サクソン王族サタニストの傀儡だったのね!)

上のサイトに出てくる「アフリカ大湖沼」について:
・ヴィクトリア湖
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%82
%AF%E3%83%88%E3%83%AA%E3%82%A2%E6%B9%96
(右端の地図に6つ湖から成る「アフリカ大湖沼」と、赤い太線でグレート・リフト・バレー=大地溝帯が示されています。ということは、コサ人は、エチオピアのすぐ南のケニア、タンザニア、ウガンダ、ルワンダあたりで、ライオン狩りをしていたマサイ族**系の部族じゃないでしょうか?)
・タンガニーカ湖(バイカル湖に次ぐ世界で2番目に古い古代湖、推定2000万年らしい)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%82%
AC%E3%83%8B%E3%83%BC%E3%82%AB%E6%B9%96
アフリカの地図
http://www.fuzita.org/wldculture/dnames/africamap.html

** マサイ族
「スマホ便利すぎるwwwww」:ワロタニッキ
http://blog.livedoor.jp/hisabisaniwarota/archives/52252818.html
(あ、あら.....写真の携帯耳に当ててるマサイ族の男性って、上のコサ人の写真・右端にいる男性とよ〜く似てますですよ〜!マサイ族ってお金持ちなんですね〜 どうしてですかあ?)
「ケニアの先住民族マサイ族 変わりつつあるその生活と裏事情」
http://getnews.jp/archives/117381
(まだ、観光客用のショーなんて序の口で、なにか他にもっとすごくもうかるお仕事してるんじゃ?)
「マサイ族の第二夫人永松真紀のケニア・サバンナ日記」
http://geocities.yahoo.co.jp/gl/wairimu1974
(なんで〜?原発なんか造らなくても、太陽がギ〜ラギラ照ってるよ〜!太陽光発電でバンバンとエネルギー造れるし稼げるじゃん!)

ところで、上のサイトの末尾に、「選挙のたびに、有名スポーツ選手が続々自動的に与党の議員になるのを見るにつけ、スポーツ嫌い(正確にしゃ体育会系嫌い?)こうじるばかり。今日も大物選手が偉大な政治家に説得され出馬する大ニュースを聞かされた。」とあります。わたしもまったく同感です!

スポーツ選手でも、徳のある文武両道に秀でた人物なら問題ないのですが〜。そういう人も中にはいますが。。。現在の日本の国会の状況はかなり違うのでは?! スポーツが一流選手だからといって、政治家に適しているという理論にはならないんです〜 厳しいことを言うようですが、政治家に必要な徳性、知力などが十分でないと、政治家を目指すに値せず、選挙に立候補すべきではないですよね! 人気タレントさんというだけで政治家に適しているかどうかも考えずに選挙に勝つためだけに引っ張ってくるのも同様に日本の悪い傾向です。(まあ、スポーツ選手やタレントさん以外でも、政治家としての道徳心や能力に欠けているような政治家もいるみたいで。。。 )   

とにかく、政治家は大量の情報をうまく処理し、複雑な政治問題を解決できる能力をもっていなければなりませんし、殊(こと)に、国民の立場に立って物事を考えられる愛の人でなければなりません。まあ学歴だけでは判断できませんが、とにかく、道徳心や人類愛はもちろんのこと、ものごとの理解力に優れ、問題解決能力・判断能力などに優れた高い知能が必要なことは明らかです。もちろん、選ぶ国民の側も、ただ有名な人だからと投票するようなことは絶対にしてはいけないと思います。あなたの選ぶ人たちにより国の政策が決まり、あなたの住む社会や環境や会社や暮らしが決まるということを決して忘れず、選挙をあなどらず、候補者をよく調べてよ〜く考えて投票しましょう!(まあ、わたしも横浜市長選では、うまくダマされました〜けれどね。。。民主党も。。。ブツブツ〜 なので自戒を込めて言います)

○南アフリカのサッカーに影を落とすアパルトヘイトの亡霊
(フィナンシャル・タイムズ)2010年6月29日
http://news.goo.ne.jp/article/ft/world/ft-20100628-01.html

ムベキ現大統領がコサ人であり、サクソン王族サタニストの傀儡であるなら、現大統領の白人の暴言、横暴に対するへっぴり腰の姿勢や政策は、白人と黒人の「融和策」という美しい看板を掲げ、差別解消に何も取り組まないという極めて悪質な裏切りも、”さもありなん” *と納得できたしだいです!
* さもありなん
http://www.weblio.jp/content/%E3%81%95%E3%82%82%
E3%81%82%E3%82%8A%E3%81%AA%E3%82%93
http://ja.wiktionary.org/wiki/%E3%81%95%E3%82%82%E
3%81%82%E3%82%8A%E3%81%AA%E3%82%93
イラスト
http://www.pixiv.net/tags.php?tag=%E3%81%95%E3%82%
82%E3%81%82%E3%82%8A%E3%81%AA%E3%82%93

○★伝統的な男子割礼はHIV予防には効果がない?南アフリカのコサ人のケース
:グローバル・エイズ・アップデート
http://blog.livedoor.jp/ajf/archives/51733451.html
(ネルソン・マンデラ元南ア大統領やデズモンド・ツツ元大司教もコサ人なんですって。。あらら〜!ツツ大司教って聞いたことありますがよく知らないので調べました〜!)

>>> ちょっと寄り道〜〜〜〜〜デズモンド・ムビロ・ツツ大司教とは?〜〜〜〜〜〜〜

デズモンド・ムビロ・ツツ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%82%BA%E3%83
%A2%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%A0%E3
%83%94%E3%83%AD%E3%83%BB%E3%83%84%E3%83%84

「ノーベル平和賞受賞者2人が対談。デズモンド・ツツ大司教がダライ・ラマを訪問」:2012.02.11 [チベットとビルマの難民支援] NGO"Dream for Children"
http://ameblo.jp/dream-for-children/entry-11161704756.html

ダライ・ラマとデズモンド・ツツ大司教 l ビキニ com ブッダ@ブラジル
http://ameblo.jp/bumbum-yu-qui-e/entry-11158320960.html

チベット人僧侶などが相次いで焼身自殺までしているというのに、この脳天気さは、何?!

>>>さらに、寄り道===ダライ・ラマ*って一体何者?その出自は?チベット仏教の源流は? ===

* ダライ・ラマ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%80%E3%83%A9%E3
%82%A4%E3%83%BB%E3%83%A9%E3%83%9E

ダライ・ラマの称号はモンゴル人の支配者アルタン・ハーンがデプン寺(チベット仏教ゲルク派=なんだかゲオルグっていうサクソン王族に多い名前に似てるような)のスーナム・ギャツォ(=ダライラマ3世)を師と仰ぎ、贈った称号とか。ハーンは、チンギス・ハーンのようにサクソン=ゲルマン騎馬軍団の首領につく名前ですからね〜それに、最初は大乗仏教だったようですが、密教の色彩が濃くなっていったとかで、密教はやはりサバ人たちの創った宗教ですからね〜 やっぱ、妖し〜い!

「ゴロ、ダルラとベマ、カンゼ、セルタで抗議デモ その他:チベットNOW@ルンタ
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/2012-01.html?p=2#20120106
(焼身自殺はもう止めてください!悲しすぎます〜〜。。。 それより、より現実的な対策をとりましょう!!)

ここまでが、ダライ・ラマとチベット仏教について   ======================

(ツツ大司教のつづき)

ツツ司教の演説(2002年4月29日)
http://page.freett.com/gpwn/ap20020429.htm

アパルトヘイトが全廃されて南アの黒人みんなに平和が訪れたかのようなウソを世界中に宣伝して歩く広告塔ような方なんですね。つまり、ツツ大司教は、今日もサクソン王族サタニストたちのために一生懸命に働いておられるのですね!

デズモンド・ツツ大司教 l World Harmony Run 2012年のコースが決定!
http://www.worldharmonyrun.org/japan/frie

○『第9地区』エビ星人とアパルトヘイトの奇妙な関係 l 映画をもっと楽しく!
http://cinemapost.net/archives/2878

エビ星人って、サソリ女星人(ウルトラマンに出てくるバルカン星人とかも同類?)やタコ(宇宙人グレイ)に置き換えてみると現実的でいいかもね?!今度、DVD借りて見てみようっと!


<2>につづく

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by Ulala-lov | 2012-05-12 03:46 | サタニストの支配政策 | Comments(0)

トップ・サタニストたち田部・鹿島・柏木(荒木)・梶・堺・山田・岡田などのタコ軍団(宇宙人グレイと言われて来た小人たち)や、シバの女王たち、ジョゼッペ、象二郎、リチャード・パール(奥田ヒロシ)、アイゼンベルグたちが脳移植で何千年も生きてきたのなら、エリザベス女王[2世]も、もしかしたら、脳移植で身体を代えているんじゃないかしら?

彼女は、1921年生まれですが、多分、これは脳移植ではなく、稀な悪魔大女王のホロスコープのために初めてこの世に生を受けたと考えられます。そして、本来なら現在86歳のはずですが。。。わたしの昔の記憶をたどって、よ〜く考えてみたら。。。やっぱり、そうか〜!脳移植で代わっているかも?って思い当たることがボロボロ。。。ボロボロ。。。出てきました〜!!

まずは、以前から気づいていたハリウッド女優『ジュリア・ロバーツ』*が一番最近のエリザベス女王です! 
(日本では、叶恭子**です。しかし、以前の身体の中村玉緒や寿美花代なども化粧で誤魔化したり、うまく演技したりして、まだやっているようですけど)

* ジュリア・ロバーツ画像
http://imagesearch.excite.co.jp/detail/?search=%E3%82%B8%E3%83%A5
%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%BB%E3%83%AD%E3%83%90%E
3%83%BC%E3%83%84&start=3&look=excite_jp
(黒い服の写真。額が長く、顔が長い。口、鼻が非常に大きい。)

** 叶姉妹オフィシャルブログ「ABUNAI SISTERS」
http://ameblo.jp/kanosisters/
(やはり叶恭子は、ジュリア・ロバーツ同様、口も鼻も大きいです。胸はハリボテですからね〜!眉は丸みをおびて描いています。アゴや頬もジュリア・ロバーツによく似ています。叶美香は、アレクサンドラ王女=オギルヴィー夫人です。それにしても、なんか彼女たちが性的に変態なのがよくわかりますね!!)

なぜ、ジュリア・ロバーツだと分かったかというと、1998年に、私は横浜に引越してきて、東京のある社団法人に勤めていたのですが、その時に、意地悪で、社内の男性たちと浮気三昧していた事務の女性がジュリア・ロバーツによく似ていて、エリザベス2世だったと最近になって分かっていたからです。。。また、もう一人の事務の女性もアレクサンドラ王女=オギルヴィー夫人=林文子横浜市長=歌手の荻野目陽子だったようです。。。さらに、石井という男性は731部隊の石井四郎の息子*だったようですし、エリザベス2世にポチみたいに忠実なボディーガード?(北朝鮮の工作員?)だった朝鮮系の金山という男性もいました。

* 石井四郎の息子.....731部隊のトップだった石井四郎は子沢山(確か9人)だったようですが、この息子はかなり末子に近いような年齢(当時53〜55歳位)でした。奥さんとひとり娘がいたようですが、エリザベス女王を「寿美ちゃん」(○○寿美子といい、下の名は寿美花代から採っていたみたい)と親しげに呼び、彼女と浮気をしていました。また、エリザベス女王は、机が隣同士だった同じ事務の仕事をしている30歳前後くらいの既婚男性とも浮気をしていたようです。きっと、金山という男ともでしょうね。ところで、わたしは、その当時(約15年前)のエリザベス女王とオギルウ゛ィ夫人(下の名は陽子でした)の名字をどうしても思い出せないのです。名古屋での象二郎の名字もそうなのです(約25年前)。そうとう昔で、短期間の勤務だったと言えばそれまでですが。それにしても、彼らは何か忘れやすいような名字にしていたのでしょうか?不思議です。

しか〜し、そこの局長と元局長とか。。その他数人の男性たちは(女性は3人だけだったもので)、良いほうのシュメール王族だったみたいです。その社団法人は本来はシュメール王族が主流の法人だったのでしょう。ところが、戦後〜今の世界状況では、当然、そこの社内でも、サクソン王族の権力のほうが圧倒的に強くなっていて、わたしがいた時もエリザベス女王や石井たちサクソン軍団がやりたい放題な感じでした。おそらく、エリザベス女王たちは、わたしを虐めようとその社団法人に入り込んで、手ぐすね引いて、待ち構えていたのでしょう。

わたしも、その時の超意地悪で、すご〜く気の強い女性が「エリザベス女王」であり、「ジュリア・ロバーツ」だったであろうと気づいたのは、この1年くらいの間のことで、最近のことです。もちろん、その時のエリザベス女王(=ジュリア・ロバーツ)は、映画やハリウッドのセレブリティのパーティーの時のように派手にお化粧したたり、着飾っていたわけではないので、それほど目立って華麗な感じではなかったのですが、確かに、日本人には珍しい感じの印象的な顔立ちの人でした。また、上司には非常に愛想のいい時もあるのですが、何事にも常に自分の我を通し、さまざまな策略を仕掛けてきて周囲を混乱させる(主に私にいろいろな濡衣を着せようとしていたようです)など、その態度から周囲を圧倒している感じでした!

ところで、1987年の春から夏頃まで島根の中学校で、わたし(英語の臨時教員)と一緒に勤めていた時の国語の臨時教員としてのエリザベス女王は(これも最近気づきました)、髪を肩下までロングにし、38歳くらいだと本人は言っていましたが、わりと激務な教員の仕事の疲れのためか、それよりもやや老けた感じがする中村玉緒や寿美花代に似た感じの2人の子持ちの主婦でした。

ですから、もし、エリザベス女王が、脳移植を受けてジュリア・ロバーツという全く違う顔の女性にチェインジ!したとしたら、1997年夏〜1998年の1年余りの間のいつかだったと推察されます。

ところで、ジュリア・ロバーツ*という人は、おそらく、アフリカ系アメリカ人で、エチオピア帝国のメネリク2世の子孫で、本物(ジョゼッペの変装ではない)のハイレ・セラシエ1世**にも少し似ているような気がします。そして、エチオピアといえば、オリンピックで金メダルをとったアベベが有名なようにマラソンなど陸上長距離が得意な民族のようです。

*ジュリア・ロバーツ 画像
http://imagesearch.excite.co.jp/detail/?search=%E3%82%B8%E3%83%A5
%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%BB%E3%83%AD%E3%83%90%E
3%83%BC%E3%83%84&look=excite_jp&adult_filter=1&size=all&sort=0&i
mage_type=-1&color=all&kind=all&start=1
(髪をアップ、首飾りをした写真。目は茶色、口が大きい、鼻がすごく高い、眉が一文字で長い、アゴが細く前に突き出ている、目は二重で大きい)

** ハイレ・セラシエ1世(若かりし頃)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4
%E3%83%AB:Tafari_Makonnen_dressed_in_warrior_garments.jpg
(鼻が非常に大きく、ちょと影になっていて分かりにくいですが口もかなり大きめ、アゴも尖っている感じ。目はちょっとトロンとした感じ)
*かなり年配になってからのセラシエ1世
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1
%E3%82%A4%E3%83%AB:Selassie.jpg

そして、1984年のロサンジェルス・オリンピック、長距離陸上競技で、大波乱を引き起こした、米選手『メアリー・デッカー』(面白い名前だたので覚えています!)と、アパルトヘイト問題のために南アメリカから出場できず英国に亡命して出場した、素足で走るかわいい少女ランナーのことは未だに記憶しておられる人も多いのではないでしょうか?

1984年 ロスアンジェルス・オリンピック 3000m
「ゾーラ・バッド X メアリー・デッカー」の金メダル争い

”裸足の天才少女”ゾーラ・バッド/アルコムワールド
http://alcom.alc.co.jp/communities/630/entries/show/72116
「政治の渦中 走り続けた」: [第2部・南アメリカ](下)五輪大陸〜読売新聞
http://www.yomiuri.co.jp/olympic/2008/feature/continent/fe_co_20080610.htm
「生活と共に 女子長距離」: [第2部・南アメリカ](上)五輪大陸〜読売新聞
http://www.yomiuri.co.jp/olympic/2008/feature/continent/fe_co_20080604.htm


ところで、メアリー・デッカーって、きっと本名じゃないよね〜!って思いませんか? デッカーって、英国のあの有名なロンドン名物'2階建てバス'の名が『ダブル・デッカー』(省略してデッカーって呼ぶんじゃ?)っていうんですよ。そうすると、英国バス+メアリーって女王や妃に多い名前なんですよね〜。そうすると、それにふさわしい王族じゃなきゃ、そんな仮名をオリンピックで堂々と名乗れないはずですよね〜!(←訂正;デッカーという名字が本当にあるらしいです!その由来は、よく分かりません。)

勝手気ままな落書き長:budd&decker
http://otonashiokamae.blogspot.jp/2009/01/budd-decker.html

80's ナイキ エア搭載シューズの開発と契約選手:YAMAGATA BASE Vintage My Toys
http://blogs.yahoo.co.jp/kuro_hana/folder/1576699.html?m=lc&p=9
(カール・ルイス、メアリー・デッカーなどが当時のナイキの契約選手でした)
魔力 〜女王様の退屈
http://www.ikushima.or.jp/essay/20.html

この時のメアリー・デッカーの目的は、サクソン王族・サタニストの命令により、わざとゾーラ・バッドを挑発し、接触させて、自分が転んでこのレースをさんざんなものにし、プーイング団も事前にちゃんとくり出されていて、ゾーラ・パッドを怯(おび)えさせ、ゾーラにメダルをもらえなくさせることだったような。。。

つまり、ゾーラ・バッドがメダルを獲得すれば、世界中のメディアが彼女を取材し、「南アフリカ共和国」の『アパルトヘイト』*(植民地で支配住民たちが行っている原住民に対する人権侵害)問題を世界に一層アピールさせることになるからです!エリザベス女王たちトップ・サタニストたちが「南ア」でやらせている残虐な統治政策なのですから、エリザベス女王たちは、なんとしても、アパルトヘイト問題(人権問題)が世界に知れるのを阻止したかったのです。すでに、1978年頃には「ビコ」(1987年の映画「Cry Freedom 」=邦題「遠い夜明け」の原作)という黒人運動家「スティーブ・ビコ」の不当逮捕・拷問・虐殺を告発した暴露本が現地「南ア」生まれの白人ジャーナリストによって書かれ、イギリスで出版されていたようです。。。しかし、ニュースや雑誌などマス・メディアではほとんど記事になっていなかったんですよねぇ〜。(わたしは、1988年頃に、この映画「Cry Freedom」をビデオで見ました。そのドキュメンタリー映画から見えた真実は、ほんと恐かったです。。。悲しすぎて涙がいっぱいでました。) ところで、1984年のロサンジェルス・オリンピックの時は、国連でも、南アのアパルトヘイト撤廃を要求する経済制裁が検討されていたか、決議されて間もないぐらいの頃だったようです。(何年に決議されたか分かりません。ウィキには「1980年代になると」と書かれていました)
*『アパルトヘイト』については、この次の記事で説明します。

そういうような状況があって、当時、サタニストたちは、ゾーラ・バッドが表彰台に上がりメダルを受賞するのをどんな手をつかっても阻止する必要があったのでしょう。メアリー・デッカーは、そのために送り込まれてきていた魔女っち選手だったのです!

五輪17 :青山圭秀の『瞑想録』
http://blog.livedoor.jp/mariaoyama/archives/65082253.html
(わざと大げさに泣き崩れて、世界中の視聴者に同情をもらおうとしたんじゃないかと。。。でも、わたしもだけど多くの人々は彼女に反感を感じましたね〜この性悪女!って。。。感じでしたワ〜。だって、どう見ても彼女がゾーラ・バッドを妨害して強引に前に出ようとして接触して転んだとしか思えなかったですぅ〜)


<2>につづく
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by Ulala-lov | 2012-05-11 03:23 | シバの女王 | Comments(1)

(つづき)

ベニート・ムッソリーニ・・・A

<ファシストとしての侵略戦争>

ウィキからの引用です。〜〜〜〜〜〜〜〜〜簡略版〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

ムッソリーニ(冒頭のリンク先Aより):「第二次エチオピア戦争」 (1935~36年、わずか6ヶ月の戦闘)

1930年からワルワル(エチオピアのオガデン地方のオアシス)に侵攻
1934年 ワルワルで、イタリア・エチオピア両軍が軍事衝突
1935年4月 イタリア軍が伊領エリトリア、ソマリランドに兵力配備の強化
10月 イタリア軍とエリトリア軍がエリトリアよりエチオピアに侵攻、快進撃を続け、ついに首都アスクムを占領
1936年3月 イタリア陸軍はエチオピア帝国親衛隊と戦い、イタリア軍が勝利。帝国親衛隊の壊滅
5月 ハイレ・セラシエ(=ジョゼッペ)は国外へ脱出し、イギリスに亡命。イタリア軍が首都アジスアベバを占領し戦争は終結
★イタリアはエチオピアを併合し、伊領エリトリア、ソマリランドを合わせた『イタリア領東アフリカ』を樹立。その皇帝にイタリア王ヴィットーリオ・エマヌエーレ3世(サヴォイア家)が就任

★しかし、第二次世界大戦中、イギリス軍が侵攻、1941年に、『英領東アフリカ帝国』になる。

(うららおばさん。。。これらの戦いは、すべてサヴォイア家=ウィンザー朝=サクソン王族純血種王朝同士の茶番劇です。「エチオピア帝国のサクソン王朝(政権)X イタリアのサクソン王朝(政権)」の戦争は、身内の王朝や政権同士にも関わらず見せかけの敵対をし、お互いに侵攻合い、戦争し合うのは、それによって、シュメール王族や民衆を巻き添えにして殺害、略奪、奴隷化することが目的なのです。過去の長い歴史の中で数知れず繰り返されてきたサクソン王族純血種の常套手段です。確かに、他にも、戦争は、「サクソン王朝(政権)X シュメール王朝*(政権)」との戦争も数多くありましたけれどね。)(*ノアの子孫のヤハウェ王朝のことです)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

第二次エチオピア戦争

この時のエチオピア帝国の皇帝は、ハイレ・セラシエ1世でした。彼は、ザウディトゥ(1876〜1930年、メネリク2世の娘)の遠縁にあたります。ハイレ・セラシエは1916年のクーデター後、ザウディトゥが女帝になると、彼女のもとで、「摂政」兼「皇太子」となって政治を行ってきたのですが、1928年にザウディトゥが政治の表舞台から身を引き、1930年に亡くなったため、ハイレ・セラシエが皇帝となっていたでした。しかし、この第二次エチオピア戦争の時のハイレ・セラシエ1世は、ジョゼッペが成り代わっていた偽ハイレ・セラセエ1世ではないかと思われるのです。*(下のいくつかの写真画像を比べてみてください)

ハイレ・セラシエ1世(1892〜1930年)
(記憶力がとても優れていたというのは、おそらく、すでに録音機を活用していたか、記憶力にすぐれた秘書がついていたかのどちらかではないかと思うのですが。。。)
(上記訂正2014.04.08:「象二郎の人工知能」が脳に入っていて、外部のスーパーコンピューターとつながっているので何でもみな記録されて記憶力が非常に良いようにみえるのです。)

★伝統的な戦士の服を着たハイレ・セラシエ1世
画像拡大 本物のセラシエ1世)
★1930年のタイムの表紙
1930年の画像(本物)
(目つきが偽セラシエ1世とは少し違うし、出ているオーラも違うような)

1942年のセラシエ1世の画像(=ジョゼッペ)
(目つきが本物とは少し違うし、こっちの目のほうが窪んでいてより大きいような)
★★放送中の姿(=ジョゼッペ)
(額にカツラとの境界線がうっすらと見えているような)

▼当時のジョゼッペは、ソ連や満州では、以下の人として活躍していたんです。

レフ・トロツキー(晩年のトロツキー(1928年の写真)の髪型が、やはり晩年の偽・ハイレ・セラシエ1世の髪型とほぼソックリ!)
甘粕正彦(1938〜40年くらいにトロツキーから脳移植で甘粕正彦に入れ替わる)

また、上の★の画像(本物のハイレ・セラシエ)の手を見てください。皮膚の色は真っ黒で、爪の形や色、シワなどに、ものすごく特徴があります。しかし、★★の放送中の偽ハイレ・セラシエ(=ジョゼッペ)の両手は、色の黒さもかなり薄く、爪の色も形も違うし、指のシワも違う感じです。

ところで、この女帝ザウディトゥの娘がエリザベス女王ではないかと以前からわたしは言ってきましたが。。。。おそらく、マーガレット王女もそうではないかと。そして、彼女たちは双子かも?マーガレット王女は1930年生まれということになっていますが、本当は、女王と同じ1926年生まれなのでは。。。双子でも、体格がかなり異なって成長する場合があるらしいので。

そして、この双子の父親がハイレ・セラシエ1世と思われるのですが、それも、ジョゼッペのなりすまし偽ハイレ・セラシエ1世の子供らしいのです。彼女たちは、エリザベス女王の誕生日「1926年4月21日」のホロスコープが『大悪魔女王誕生』に最適だったので、サタニストたちのトップである「シェバ純血種タコたち」に待望されて計画的に生まれたのです。でも、自分たちタコたちのシェバ純血種では小さすぎて、庶民の目に奇異に映ってダメなので、身体が普通サイズになるように考えられ、しかも、サタニストたちの権力者たちのうち、最も極悪な性質の男女が選ばれたのでは。。。それで、シェバ族(シファカが祖)の女王=「ザウディトゥ」(この女王もシェバ純血種ではない可能性あり)と、チンパンジー祖の「ジョゼッペ」が親として選ばれたということに。。。そして、その計画のもとに1925年以前からジョゼッペがザウディトゥとは親しくしていて、1926年に双子の女の子たちが生まれると、その子たちはサタニストたちの特別教育を受ける予定になっていたのでしょう。したがって、母親から早めに引き離される必要があったので(当然、母親は反対したのかも?)。。。ザウディトゥは、1928年に政治の表舞台から身を引き、1930年に死去。本物のハイレ・セラシエは、この頃、サタニストたちに暗殺され、ジョゼッペが偽ハイレ・セラシエになっていたと考えられます。

そして、1930年にザウディトゥが死去した前後頃に、双子たちは、ジョゼッペが引き取り、一人は、最初、孤児院に入れられ(これがチェコの恐ろしい悪魔へのマインドコントロールをする孤児院だったのかも)、その後、引き取られ、ニューヨークに連れていかれ(この頃、モルガン家の娘テルマ・ファーネスが活躍)、ポール・ウォーバーグ(=ジョゼッペ)の子として育てられた後、1931〜33年頃、イギリス王室へ。ミュージカル「アニー」*のモデルらしいです。でも、実際の内容は、ミュージカルとはかなり違ってかなり陰惨だったみたいです。
* ミュージカル『アニー』
『ストーリー』(から一部引用)「舞台は1933年、世界大恐慌直後の真冬のニューヨーク。街は仕事も住む場所もない人で溢れ、誰もが希望を失っていた。 そんな中、どんな時も夢と希望を忘れないひとりの少女がいた。ニューヨーク市立孤児院に住む11歳の赤毛の女の子、アニーだ。10年前に孤児院の前に捨てられていたアニーは、いつか本当の両親が迎えに来ると信じて暮らしていた。」

そして、もう一人は、イギリスのアルフレッド・ロスチャイルド(=ジョゼッペ)が引き取り、もちろん面倒をみていたのは違うひとでしょうが。。。そして、イギリス王室へ。こちらがエリザベスか?あの「モンスター」によれば、双子は引き離され、そして、片方が経験した恐ろしい出来事をすべて、もう片方の姉妹に話した。すると、すべて聞いたほうの女の子が恐ろしい殺人を犯すようになったと書かれていました。そうとすれば、エリザベスとアンはイギリス王室で、再び出会い、アンが孤児院で起きた恐ろしいできごとをすべてエリザベスに話し、エリザベスがその恐ろしい暗示にかかってしまったということなのでしょうか?(それとも孤児院やニューヨークに行ったのがエリザベスだったのにミュージカルも漫画のほうも、わざと逆にして書かれたんでしょうか?それとも、エリザベスがチェコの孤児院に入れられた後、イギリスのアルフレッドに引き取られたのでしょうか?アルフレッドは育てていた女の子に莫大な遺産を残したそうですから)

ザウディトゥ(1876〜1930年、メネリク2世の娘)

子供時代のエイザベス王女とマーガレット王女
(マーガレット王女の顔が帽子の影になり分かりにくいものの、鼻や頬、口元は姉のエリザベス王女によく似ています。また、肩や手脚の感じもそっくりです。双子の身長が違い過ぎるのは、背の低いほうのマーガレットをさらに低く見えるように彼女の座高を少し縦に縮小して画像処理してあるからでしょう。←やや不自然さが見られます。)

イギリス女王エリザベス2世のポートレート
(1943年の写真、1946年20歳の写真、1954年の写真がマーガレットやジョゼッペに似ています。また、何度も言うようですが、現在、公式行事に出席しているエリザベス女王は替え玉で、ブッシュJr.の顔にとってもよく似ているので、ノーサンバーランド公爵家の誰かで、亡くなったことになっているジョージ5世の妃メアリー・テックかも?本物は1960年くらいからほとんど日本にいて、現在も日本にいます。)

プリンセス・マーガレット::世界の王室
(一番下の写真がエリザベス女王に似ています)
画像
マーガレット王女の子供たち
(ややアフリカ系なところのある顔立ちに見えます。メネリク2世にもやや似ています。)

○メネリク2世
メネリク2世
画像
(マーガレット王女はよりこのメネリク2世により似ているような)

★★★★★
というわけで、漫画・アニメ『MONSTER』(モンスター)に出ていた双子の女の子の一方が、ほんとうにモンスターになったというのは、「エリザベス2世」のことのような気がします。もちろん、この物語はフィクションなので、ある程度の事実をもとにしているものの、そうとう脚色してはありますが。。。


ムッソリーニ(冒頭のリンク先Aより): 『第二次世界大戦参戦と失脚』

〜〜〜〜簡略版〜〜〜引用〜〜〜〜〜
1940年 イタリアはイギリス、フランス(ドイツに敗北)と開戦
1941年 イタリアはアメリカに戦線布告し、日独伊枢軸国の一国として第二次世界大戦に参戦
ソマリランド、英領ケニア、英・エジプト共同領スーダン、ギリシャへ侵攻するも不調に終わる。
1943年の連合国軍のシチリア上陸後、ムッソリーニ批判が顕在化、軍部・党内で孤立。ムッソリーニの解任動議が提出される。可決され、失脚、逮捕された。
1943年9月 イタリア新政府は連合国に無条件降伏。
同じく9月に、幽閉されていたムッソリーニは、ナチス親衛隊に救出されローマへと連れ出され、その後、ヒトラーと会い、ナチスが支配していた北イタリアの首班としてドイツ・ナチスの傀儡政権「イタリア社会共和国」を樹立。内政面では社会主義的な政策を推し進めた。1945年、パルチザン(反ファシスト解放戦線)が攻勢になり、ファシスト政権が持続していたスペイン(先にムッソリーニの家族を亡命させていた)に向かう途中、パルチザンに捕まり処刑された。(もちろん、替え玉です!)
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<参考までに、ヒトラーのナチス・ドイツのヨーロッパ侵略の概要>

ドイツでは、ヒトラー(=ジョゼッペ=ナチス政権時代は前半「トロツキー」、後半「甘粕正彦」)が、1933年に政権を執ると、独裁政治に突き進み、軍備拡張、国土拡大などの極右ナチス路線に進んでいった。

1936年 「日独防共協定」を締結(ソ連の共産主義に対抗するため) ←茶番! ソ連のスターリンは仲間
1937年 イタリアが参加し、「日独伊防共協定」を締結
1938年 オーストリア併合
1939年 チェコスロバキア併合、リトアニアにメーメル(バルト海沿岸都市)を割譲させる。
「独ソ不可侵条約」を締結
ポーランド併合
1940年 デンマーク、ノルウェーの占領〜〜〜ベネルクス3国、フランスとヨーロッパを次々に占領
より強力な「日独伊三国条約」を締結→枢軸国の形成に近付く
1941年 ユーゴスラビア併合、バルカン半島併合
ソ連侵攻〜〜〜しかし、後退する(日本の真珠湾攻撃1941年12月)
1943年 ソ連に一元帥が降伏するなど形勢不利。また、北アフリカ戦線も退勢
7月 連合軍がイタリアのシチリアに上陸
弾道ミサイル(V2ロケット)、電動Uボートなどの新兵器開発
7月25日 イタリアのムッソリーニが失脚、休戦
特殊部隊を派遣し、ムッソリーニを救出
ドイツが支配下に置いた北イタリアにムッソリーニを首班とする「北イタリア社会共和国」を樹立
1944年 東部では、ソ連の大攻勢によりナチス・ドイツの中央軍集団が壊滅
西部では、ノルマンディー上陸作戦の成功による第2戦線が確立した。ヒトラー暗殺計画により、元帥などの上級大将を始め4000名を処分(幹部にも自殺を強要される。おそらく、多くは処刑されたのでは)
8月 パリを連合軍に明け渡す。
1945年 4月29日、ハインリッヒ・ヒムラーが英米に降伏を申し出る。


<ナチの逃亡計画>

南米に逃げたナチ残党

上のサイトの「第2章:マルチん・ボルマンによる戦後のナチスの再建計画」のところを見ると、ボルマンの証言から、「1943年にナチス・ドイツ軍が『スターリングラードの攻防』でソ連軍に敗れると、この敗北を冷静に受け止め、その後、いちはやく、ドイツの敗北を前提とする『戦後計画』に着手したのだった。』とありますが、これは、ウソの証言のようです。なぜなら、ベンジャミン・フルフォードさんのブログに、以前、エリザベス女王たちサクソン王族たちが、ヒットラーと密約を交わし、あらかじめドイツの敗北を決定していたとありました。まあ、サタニストたちは、最初からそのつもりだったのでしょうが。イギリスをミサイル攻撃したのも茶番にすぎません!英国「ウィンザー朝」はサタニストたちの世界支配にもっとも有効なご本尊(ほんぞん)がいるような所なのですから、そこを破壊して敗北させるわけありません。

そして、1944年頃には、ナチの幹部などは、どんどん南米や南極に逃亡していったということです。ヒットラー(=ジョゼッペ)とその愛人(シバの女王のひとり)や、ムッソリーニ(=象二郎)とその愛人(もうひとりのシバの女王)たちは、UFOに乗ってスイスイ〜ッと、満州や日本に戻ってきて、またゾロ〜ゾロ〜と悪事を重ねていたんでしょうね!(彼らは、ずっと満州とヨーロッパ戦線の間をUFOで頻繁に行ったり来たりしていたようです。つまり、アジアとヨーロッパの両方を同時にコントロールしていたということです。まあ、タコたちとの事前の計画のもとに動いていたし、下位春吉(しもい はるきち=田部陽子はるこ)以下たくさんのタコたちも陰で盛んに活動していたんでしょうけれど。)

うちの母たちは満州から日本に帰って来る際、満州で日本兵に汽車を止められ、「貴重品(お金や貴金属)は全て出せ、そうしないと汽車を動かさないゾ!」と日本兵に言われ、すべて出したそうです。それが、児玉誉志夫たちで、そうやって大量のお金、貴金属・宝石を取り上げて、戦後、自民党を発足させる資金源にしたとか。。。きっと私服もまたまた肥やしたんでしょうけれど。。。。ファッショの突撃隊やユダヤの収容所送りなどでも相当な資産を強奪したのに〜

まったく”どん欲さ”に限りがないのですね〜この人たちは。。。 そのためなら、どんな残虐なことも。。。  @o@; 呆れた、呆れた〜! Oh, my Gosh !

アッ! それで、象二郎が、いつムッソリーニから(脳手術をして)児玉誉志夫になったかというと、多分、1943年に幽閉されていた頃か、その後、ナチス・ドイツの特殊部隊に救出されたって頃かもしれません。とにかく、すべてはサタニストたちの事前の計画どおりに進められていて、イタリア国王も政府も議会も、そのシナリオどおりに動いただけなんでしょう。だから、ムッソリーニの娘婿である外相や古参ファシストで元駐英大使ディーノ・グランディ伯爵*がムッソリーニの責任を追求し議会に解任動議を提出したりしたのも責任逃れの茶番なら。。。。議会のムッソリーニ総帥解任の可決、そして、ムッソリーニの辞任・逮捕も。。。。きっと、すべてみな茶番です!

* ディーノ・グランディ
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by Ulala-lov | 2012-05-06 21:50 | アングロ・サクソン王族 | Comments(0)