先日から、小人(こびと)=火星人?というか、バイカル湖*付近に住み着き現地のエスキモーやモンゴル人と混血してブリヤート人になって(後に湖の西側のケルト系と混血してヤクート人にもなる)、その後、アジア東北部のオロチになったり、プヨになったりした人たちのことを考えていたら。。。昔、奥出雲の島根県飯石郡(現在、雲南市とか)赤来町の赤来中学校で教えていた2年生2クラスの中に、すごく小さい男子生徒がいたことが気になり出してきました。

* バイカル湖

??バイカル湖の関連情報:
25万人の死者が沈む悲劇のバイカル湖(ロシア):カラパイア
ロシア帝国崩壊時に、赤軍(共産党軍)に追われて、125万人ものロシア人たちが極寒のシベリアの大地を逃亡していくうちに次々に亡くなってしまい、最後にバイカル湖まで到達する頃にはほぼ全員が亡くなっていたなんて。。。?? やはり、サクソン悪魔独裁全体主義=共産主義は怖いですね〜!

その子は、身長が、多分110センチくらいしかなくて、顔が大きくて、ちょっと知的障害でも
あるかのような感じの子でした。名前は覚えていませんが、他の子供たちからもあまり相手にされなくて、時々いじめられたりしていましたが、本人はあまり気にしてないような感じでした。ある時、その子が同級生にいじめられている時に、わたしがたまたま通りかかってかばってあげたのですが。にもかかわらず、後日、その子は、わたしに嫌がらせをしたんです。それは、大掃除の時に、私が掃除機のコンセントを差し込んだ直後、その子がやって来てわざとコンセントを外して逃げていったのです。「変な子だなあ〜この間かばってあげたのに〜。。。いったいどういう心境なんだろう?」って不思議だったのですが。

今になって考えると、あの子は子供ではなくて、大人だったのかもしれません。そして、私のことをさぐっていたのか、それとも学校の子供たちの様子をさぐっていたのか?

そして、なんと恐いことに気がつきました! その当時の山田教頭先生と、その子の顔が似ていたような気がするのです。ということは、その子が何千年も生きている火星人?で、その教頭先生のほうがその子孫ということなのでしょうか?ただ、その子の名字は山田ではありませんでした(偽名だったのかもしれません)。その山田教頭先生は、確か、その中学校の隣の郡の邑智郡の出身だと言っておられたような。★←最下部で訂正(1)

また、姉が木次(きすぎ)の旅館に嫁いでいるとかとも言っておられました。まあ本当かどうか分かりませんが。ただ、その年の年末、忘年会の時は、出雲の多伎*(たぎ)の旅館にみんなで泊まりましたので(用務員さんと、女性教員5人のうち2人は帰宅)、その旅館が教頭のお姉さんの嫁ぎ先だったのかもしれません。

*多伎町
キララ 多伎町- 道の駅

簸川郡

それはともかく、その忘年会の後、夜中の12時頃に隣の部屋で教頭先生を中心として男性教員が大声で騒いで女性教員の悪口を言っているのが聞こえてきました。といっても、主に退職前の女先生とわたしとの二人だけがやり玉に挙がっていたのですが、とても口にできないようなセクハラなことを言われていました。でも、退職前の女先生は帰宅されていたので、その話は聞いておられません(わたしも、後日、その女先生にあえて気分を悪くさせるようなそんな話はしませんでした)。つまり、忘年会での嫌がらせは、実質、わたしを集中的に狙っていたとしか思えません。翌日、わたしは泣き泣き車を運転して実家に帰り、母に泣き泣きその時のことを話ましたし、当時通っていたキリスト教会の牧師先生にも話ました。しかし、このプロテスタントの牧師先生も、その奥さんもイルミナティだったのだと今では分かります。どうりで、いろいろな問題が起きてもあまり頼りにならなかったわけです。

また、この山田教頭先生という人は相当おかしくて、着任した時、忘年会の時、転勤の時などの宴会の終わりに、職員全員に円陣を組ませられて、肩を組み、両足を交互にすり足で前に出す儀式のようなことをさせられました。なんかよく分からないけど変なことするなあって思ってましたが。。。


他にも、3年生に山田っていう男子生徒がいましたが、この子は、おとなしそうなしっかり者って感じで、山田教頭やその小人のような生徒とは似ていませんでした。でも、母親が違えば顔も変わってくるので(特に、母親が正統派シュメール人の場合)、親戚だとしても似てないこともあるかもしれません。

それから、その山田教頭と、その小人のような男子生徒と、民主党の岡田副首相が似ているなって思い付いたんです!それで、岡田副首相の父親=イオンの岡田卓也*会長を調べて、画像を見ると、やはり、その山田教頭と似ています。そして、岡田卓也氏の顔は、「あの教頭や小人の生徒」+「田部(たなべ)という2年生の女子生徒」(田部**は『中国地方の森林王』と呼ばれた人)って感じです。その田部という女子生徒も他の生徒に比べてかなり小さかったのですが、小人の男子生徒の次に一番背が低くて小柄だったような。あの小人の大きな顔の男子生徒と身長は同じくらいですが、こちらの女子生徒は顔は大きくなくて、小顔で身長とのバランスがとれていたようです。まあ、火星人?の子孫なのかもしれませんが、大人の小人ではなく、普通の子供だと思います。★←最下部で訂正(2)

ということは、岡田克也副首相の家系は、火星人?の出身で、ブリヤートやオロチやプヨと関係があるということではないでしょうか?

*岡田卓也(経営者)
岡田卓也
画像
三重県の地図

上の地図をみてください!岡田家は、四日市の出身だということですが、三重県には『伊勢神宮』(サクソンに関係が深いみたいな)があり、伊賀忍者(サクソンの二重スパイ)の里である伊賀市もあります。

イオン一族〜岡田克也

**田部長右衛門(23代)

上のサイトの一番下のところの「田部氏系譜」のところを見ると、源平時代には、紀州の田辺***にいて、田部湛増(たんぞう)*の一族だったとのこと。

*** 田辺市
(一応、武蔵坊「弁慶のふるさと」とされているとのことですが、弁慶=後藤象二郎ですからね。象二郎が「源平合戦」の頃は、和歌山の田辺を拠点として「熊野水軍****を率いていたということでしょう。象二郎は、戦後はずっと名古屋に本妻の家庭をもち寝泊まりしているようですが自家用のヘリや飛行機、はたまた、UFOでどこへも自由自在に行けるのですからね。)

**** 熊野水軍
(要するに、田辺家は平家側だったけれど、源平合戦の最終版である「壇ノ浦の戦い」では湛増が裏切って源氏側に付き、源氏を勝利に導いたということですね。)

田部湛増(たんぞう、熊野三山の社僧。1130〜1198年)
(サイトの最初のところに、弁慶の父とされるが文学的伝承のみで確証がないともかかれていますが。つまり、源平合戦の時は、熊野三山の由緒ある社僧「田辺」の家系に入り込んで、その息子「弁慶」として活躍したということですかね。そう言えば、弁慶は僧侶の格好してましたよね。まあ、もともと象二郎は何千年も生きているサクソン王族(=源氏系)の親分格なんですから、田辺の家系(どうも火星人?でテュルク系オロチ族の家系)とは縁が深い訳です。しかし、田辺はもともとは「サクソン王族=源氏」側なのに『源平合戦』では、最初は「平家」側について情報をさぐっていたが、最後の段になって裏切って「源氏」側に寝返るという何とも二重スパイの典型ですね!

株式会社田部
(本社の所在地は雲南市(旧飯石郡)掛合町です。赤来と同じ飯石郡内です)
役員
会長ー田部陽子(はるこ)、社長ー田部真孝

秘書上がり 世襲言えぬ風土 - 探訪保守
眞さんのつぶやき:田部家の”春”
田部家25代田部真孝さん貴子さんの結婚披露宴が盛大に開催されました
:景山俊太郎のはつらつブログ

松陽印刷会社
島根県に新組織が設立されました
(株)田部-マイナビ

ところで、田部さんという女子生徒と、雲南市(旧飯石郡)掛合町出身の超大物政治家「竹下登」*元総理の顔も少し似ています。つまり、田部長右衛門(23代)さんが竹下元総理を「登、登」とわが子のようにかわいがっていたということは、多分、自分の子だったからでしょう。この辺りの奥出雲は、「夜這い(よばい)」とかいって、男の人が女性の家に忍び込んでセックスをするという風習があると聞いたことがありますから。

* 竹下登
(要するに、正統派シュメール系の竹下家は、サクソン系の武永家に乗っ取られたということですね。でも、実質、血流的には田部家に乗っ取られたということです!そして、この竹下家に養子として入ってきた竹永勇造こと竹下勇造*が竹下登元首相の戸籍上の父親なのですが、なんと竹下元首相の最初の奥さんを手込めにかけたため、その奥さんは自殺されたということです。そのことは、竹下登元首相の伝記「われ万死に値すードキュメント竹下登」(岩瀬達哉** 著)に竹下元首相の涙涙の痛烈な心の痛みと後悔と妻への懺悔によって書かれています。わたしは、偶然読みましたが、竹下元首相はこの時の痛烈な悲しみと悔い改めにより、心ある政治家になられたんだなと思います。)

* 竹下勇造
** 岩瀬達哉

それから、上のサイトの下のほうに、田部家と宇山家との関わりが書いてありますが、宇山さん(確か、横田町の出身とかって聞いたような。でも、あの「知りたくないの」という歌で有名な菅原洋一*さんにとてもよく似ています。親戚でしょうかね?)という人も短大時代の同級生にいました。洋裁の時間に席が隣だったので、いつも大話(おおばなし)をしていました。宇山さんは、みんなから好かれていい人でしたよ。

* 菅原洋一
画像
(しかし、若い頃のお顔を見ると、やはり田部さんと似ていますねぇ。。ややびっくり)

うちの近くの「イオン」は、時々行くし、感じがいい店なので、岡田さんもいい人かと思ってましたがショックです! 

ところで、以前、5〜6年前に、そのイオンのすぐ近くの大きな交差点のところで、岡田克也議員とその奥さん?(背の高い大柄な女性)と、岡田議員のお兄さんか、あるいは、警備の人か? 目立つ3人が向こうから交差点の方に歩いてきました。立ち止まっている私の100メートルくらい向こうにいましたが、信号がすぐ変わったので、わたしが交差点を渡り始め、間近にはならなくてすれ違いましたが。


★訂正(1)
山田元教頭先生は家は邑智郡とかって言っておられましたが、実は、やっと思い当たりました! この人の本当の居住地は、石見銀山のお膝元になる島根県大田市湯泉津町(旧-邇摩郡湯泉津町)に違いありません!そこで長く教育長をしていたとかいう山田という人でしょう。この人の娘さんが仁摩町宅野(サクソン王族がたくさん集まって居住している村)に嫁いでいて学校の先生をしておられました。その女先生は父親の命令なのか、イルミナティの命令なのか、今思えば、いろいろなスパイ工作のようなことに加担しておられたことが分かります。わたしはその娘さんと中学・高校の同級生ですが、彼女ともうひとりの同級生の女の子と組んでいたのかどうかよく知りませんが、中学校の時に、そのふたりに関わる事件で、ひどいウソの嫌疑をかけられ、わたしはそれを全く知らずにいたのですが、いろいろな人に悪いウワサを流されていたみたいです。それが、高校の時になってバレても、ウチの母親にはその山田教育長の働き掛けで、同じくイルミナティ教師の多い高校のほうから、そのことはわたしには内緒にしておくようにとうまく言いくるめていたのでしょう。(そのことの詳細は、また、後日のわたしの被害全部を書く時にしますね)  最近になって、そのことにやっと気がつきました!つまり、子供のイルミナティの組織があり、おそらく、幼稚園・小学校時代から入っていて、実際に、そういうスパイ工作みたいなことも、親や大人の言うとおりにさせられているということです。

★訂正(2)
ところで、10数年前に、わたしが勤務していた赤来中学校の2年生にいた田部さんという背の低い女生徒のことですが、彼女のことを同級生の女の子が『陽子ちゃん、陽子ちゃん!』とみんなでかなり特別扱いして持ち上げていたことを想い出しました。

当時、わたしは2年生の副担任だったので、給食の時間に週に一度、2年生の仲井先生(この28歳の女子教員は安来(本当は米子かも)の出身で、あの強烈な’ブルートー’大谷先生もヘコヘコしていましたので大物の家系かも)の担任の教室で生徒たちといっしょに昼食を食べることになっていました。ある時、その教室での給食を済ませて職員室に帰ってお昼休みの休憩をしていると、そのクラスの女生徒4〜5人がわたしを廊下に呼び、「先生が陽子ちゃんにぶつかったから、陽子ちゃんが給食の食器(この学校はセラミックの食器でした)を落として壊れたから、先生、陽子ちゃんに謝って!」と怒った顔でわたしに迫ります。確かに、食器を片付ける時、長い列ができていて、わたしの後ろに田部さんがいたのは覚えています。しかし、わたしにぶつかったこともなければ、ましてや、彼女がトレーを落としたなんてこともありませんでした。その時は、生徒たちにそう言っても、うむをいわせず、ただただ陽子ちゃんに謝れと言うばかりです。お話になりません。ちょうど、その時、2年生のもういっぽうのクラスの担任の○○先生(男子教員。この人は性格のイイ方でした)が職員室に戻ってこられたので、事情を話し、その女子生徒たちと話してくださることになり一件落着となったのでした。

しかし、今、あの陽子(ようこ)ちゃんと言う子が(株)田部の取締役会長の田部陽子(はるこ)ではないかと思えてなりません。一応、24代田部長右衛門さんの奥さんということになっていますが。つまり、あの身長が110センチそこそこの女の子「田部陽子」ちゃんが、取締役会長だとすれば、上でわたしが書いたような普通の子供などではなく、成人している小人ということになるのです。とすれば、彼女も、あの小人の男子生徒と同じく、やっぱり「火星人?」で何千年も生きているということではないかしら?

そして、この第24代田部長右衛門さんの奥さんの田部陽子(はるこ)さんというのは、一応、米子の坂口平兵衛*の四女ということになっています。しかし、ほんとうは違うようですけれどね。

* 坂口平兵衛(2代)
(こちらも江戸時代から商いを始めて成功し、山陰の坂口財閥と呼ばれているらしいです)

ところが、2月8日のネット・ニュースで全盲のピアニストとして話題になった辻井伸行氏の以下のニュース写真を見てアレッ!て思って他のいくつかの画像を見てビックリ!! ”彼は、以前よりやや太っているものの、わたしが赤来中学校で見た田部陽子ちゃんに間違いありません!”

渡辺謙、涙の12連続舞台あいさつを敢行!音楽担当・辻井伸行と二人三脚(シネマトゥデイ)
2012.02.08 -エキサイトニュース

辻井伸行さんが福井県内初公演 全盲のピアニスト聴衆魅了(福井新聞)-エキサイトニュース
画像1
画像2
(下から撮影して身長の差があまり分からないようにしていますが、やはり相当小さいし、おそらくシークレットブーツを履いているのでしょう)
辻井伸行
(出身地などの経歴は、みんなデタラメです)

つまり、田部家の元祖火星人?様は、あまり小さいので、男性の経営者としては周囲に威厳が保ちにくく、女性経営者に化けて君臨しているということでしょう。しかし、こうなると、わたしが勤務していた赤来中学校にこの田部家の始祖が生徒として通っていたのは、やはり、わたしのことをさぐるためだったのでしょう。そして、男子生徒としてではあまり小さすぎて他の男子にいじめられる可能性があるので女子生徒に化けていたということでしょう。

その当時は、もっと痩せて小顔で身体も細かったのですが、今の写真を見るとちょっと太めちゃんですね。きっと、その当時は、中学生の女の子らしく見えるようにに相当努力してダイエットしていたのでしょう。

また、全盲と嘘をついてピアノコンテストに出場しり、コンサートを開催したりするのも、小人症と見られるのが非常にコンプレックスになっているとかで、全盲の身体障害者でピアニストということなら、小人症ということが強調されずに済むし、全盲なのにピアノがひけるということで、みんなから驚異とともに絶賛され、尊敬もされ、非常に暖かい目でみられるという計算があるからでしょう。

☆わたしは「〜ます」調で書いていますが、Qベス(キスして命令しているだけですが)と渡辺篤郎(祖父の「東伏見慈洽」=ヒガシフシミジゴウ氏は年齢110歳くらいのため昨年の春くらいに脱落!)のハッカーチームが「〜だ、〜である」調に改ざんしています。順次気がついたら直していますが、あちらも次々改ざんしてくれますので、あ〜あ大変なんですワ!

(2012.02.13   7:10 p.m. 記述完了)


p。s。
上の本文の下のほうに、田部陽子ハルコは、辻井伸行が男性なので、本当は男だったのかと思っていましたが、やっぱり、女性です。タコたちは女性のほうが男性より偉いので、株式会社「田部」の取締役会長は田部陽子になっていて、社長が息子になっているのでしょう。また、盲目のピアニスト辻井伸行(実は、田部陽子)は、男性的な演奏をするので男性に変装しているのかもしれません。つまり、本当に演奏しているのはヤハウェ系の王族でヨーロッパ人男性です。以前、島根の実家のある仁万町の「仁摩サンドミューゼアム」(砂博物館)に行った時に、ステキな白いピアノが無人で自動演奏されていて、ピアノの鍵盤だけが動いるのを見て驚いたことがあります。その装置を利用して辻井伸行は演奏するふりだけしているのでしょう。だから、盲目でも大丈夫!ってわけ。

このブログ内の田部陽子関連記事:
いつ「ムッソリーニ」(象二郎)は日本右翼の親玉「児玉誉志夫」に変身したのか その4

(2012.10.06 01:00 a.m. 追記)


* コメント欄も見てくださいネ!
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by Ulala-lov | 2012-01-28 10:43 | アングロ・サクソン王族 | Comments(22)

2012年1月8日のわたしの記事「ジョゼッペ&象二郎はアリス・リデルの父の実家も乗っ取って蒸気機関車発明の利権を横取りしていた!(2)」のコメント欄に、「dwarf4」さんが、2005年の「福知山線脱線事故」で起訴されていた、ある'JR西日本'幹部の裁判の判決が出たことについて書いておられるのですが。それで、わたしも調べてコメントしたのですが、これも「ジョゼッぺ&象二郎やアイゼンベルグやシバの女王たち=サタニストたち」の仕業だと推測されるのですが。

さらに、ああ〜、こんなこと考えたくないんですが。。。実は、2000年3月8日に「営団
日比谷線脱線衝突事故」*が起きた同じ日に、事故が起きた9時1分より一時間くらい前に、確か8時ちょっとすぎくらいに東急線の田園調布駅ぐらいで乗り換えてたかな? その朝、’うららおばさん' は、同じ東急東横線に乗って、’田町’(たまち)駅にある慶応大学三田校舎に通信過程から通学部文学部への「編入試験」を受けに向かっていました。その試験のうちの第一日目「筆記試験」があったんです。もちろん、その事故のことは自宅に帰ってから知りました。

* 営団日比谷線脱線衝突事故

旧営団地下鉄日比谷線中目黒脱線衝突事故:赤い狐と緑のたぬき

この事故の画像

そして、その明くる日は、二日目の「面接」で、筆記試験の合否結果発表と、それに合格した人の面接があったのです。しかし、その朝、なぜかセットしていた目覚まし時計が鳴らず(おそらく、彼らサタニストによって鳴らないように電気系統を遠隔操作されたんでしょう。なにしろ、知らずにサタニストが経営するアパートに住んでいたので)。それで、慌てて身支度して出かけました。そして、その朝も東横線に乗ったのですが、緊張していたのか、つい、うっかり、乗り過ごしてしまい、おそらく事故が起きた近くの中目黒駅のあたりを通った時だと思いますが、何とも言えず無気味〜〜〜な感じがしていました。

とにかくその失敗で、ますます、時間がぎりぎりになり、あわてて、もうひとつ別のルート中目黒で乗り換えだったっけ?から田町駅に向かっていました。すると、今度は事故があったからとかで、乗り換えの次の列車が遅れるとの放送がありました。あ〜、これは、もう間に合わないと、慶応大学に電話をして、遅くなることを連絡し、田町駅からはタクシーで大学まで急ぎました。そして、昨日の筆記の結果発表を見ると合格していたので、そのまま、面接の場所に急ぎました。

ところが、その面接は、「お金は大丈夫ですか?」(まあ、お金ないけど奨学金とかアルバイトでって考えていました)とか、「あなた、そんな年でいまさら勉強してもしょうがないんじゃないの?」というようなとっても腹の立つ、人を小馬鹿にしたような質問ばかりでした。そして、その翌日だったか数日後かに直接結果を慶応大学に見に行き、残念ながら不合格であることを知りました。それでも、なんだか納得できずに大学の事務室に行って面接のことをちょっと抗議したら、「○日(数日後)に文学部の部長と面接できるように設定しますから、部長宛に手紙を書いて持って来てください。」とのことでした。それで、もう一度面接したのですが、結局、その文学部部長は、わたしの話を聞くだけ聞いて知人の葬式に今から行かないといけないから時間がないし、前回の面接はそんなものだからおかしいところはないって言われ、結局、不合格を覆すことはできないと言い足早に立ち去りました。確かに最初の時の面接に遅刻したのもマイナスではあったと思いますが、それにしても、納得のいかない変な面接ばかりでした。

ところが〜!今になって考えると、あの営団地下鉄(東急東横線と相乗りしている)日比谷線脱線衝突事故は、エリザベス女王たちが、わたしを慶応大学に編入させまいとして慶応大学を脅迫するために起こしたのではないかと。。。わざと空恐ろしい大事故を起こし(死者5名、負傷者64名)、慶応大学を脅迫したんじゃないかという気がしてくるのです。

それにしても、わたしは、それ以前にもよく渋谷〜横浜間の東急東横線に乗っていたのですが、途中で対抗列車とすれ違う度に、「ピシッ!」とぶつかる寸前のような音がして列車同士がものすごい空気抵抗で弾(はじ)きあっているのが分かり、「ゾォ〜、恐いな〜!」って以前から思っていました。ですから、もし、カーブのところで、通常よりほんの少しだけでもスピードを上げて通過し、対抗列車とすれ違えば、大事故が起きるのは’当たり前だのクラッカー!’ものだったのです!(ちょっと、古い「てなもんや三度笠」の「藤田ま○と」さん出演のCMのキャッチフレーズですが、この藤田ま○とさん[もし、藤田組と関係あったとして]と、子分役だった「白木み○る」さんと、『ど〜っちが偉いかあ〜?』って聞かれたら、今だったら、「白木み○るさんかも〜?」って答えるかもね。。。)


★★★★★

とにかく、この営団日比谷線脱線衝突事故、福知山線脱線事故、日航ジャンボ123便墜落事故など、その他たくさんの。。。これらの度々起きる多数の犠牲者を出した公共交通機関の大事故は " サタニストたちの仕業 ”にちがいありません!特に最近は、シバの女王たちの権力が相当強くなっていて、その結果、その意向も強く反映されてきているような。。。まあ、ジョゼッペたちも当然深くかかわっていますが。さらに、これは、わたしの推測ですが、矢追純一さんのUFOスペシャルなどを参考にして、今までわたしが知り得た真実の歴史を考え合わせれば可能性としてはあるように思えるのですが、わたしが今まで指摘してきたシバの女王たちやジョゼッペたち以上に「奥の〜奥の〜奥の院」として君臨しているサタニストたちがいるのかも。。。それは、もしかしたら、『グレイ』と呼ばれている宇宙人たち*なのかもしれません。地球人との混血も多数とか。。。って話ですが。

*「 グレイ」と呼ばれる宇宙人
実際は人類と同じ生命体だったけれど、廃墟となった火星で、その地下で生活していたため、その体格が退化した人たちなのかも?宇宙飛行士の話で、地球以外の宇宙では、人間の身体はカルシウムが極端に減って、筋力も衰えるという話を最近聞きましたが。そうなると、長く宇宙に滞在すれば背もそうとう縮むわけでしょう。ただ、グレイは、筋力の低下やカルシウムの減少を防ぐために、あの大きな目=ゴーグルの付いたボディースーツを身に付けているんじゃないかと。しかし、遠い昔のことでしょうが、火星の地下に残った人々全員にそのボディースーツが行き渡っていたのか疑問なところです。権力者やその子孫だけがボディースーツを着ることができ、ある程度までカルシウムの排出や筋力の低下を防げたのでは?それで、やっと、身長120センチとかに維持されたとか。。。
(まあ、あくまでも、わたしの推察ですが)


☆★★★★★☆

結局、トップクラスのサタニストたちは、いつでも、正統派シュメール人王族たちや、政府や、特定の機関、企業、団体などを大衆を人質にして脅迫できるように、そのために、わざと公共交通機関、その他もろもろ(原子力発電所などもそうですが)の安全性をきわめてぜい弱にさせているのではないでしょうか?

(2012.01.16 10:10 p.m. 記述完了) 

p.s.1

事故の説明をしているウィキペディアサイトやブログなどのアドレスを本文の最初のほうに追加しておきました。  (2012.01.16 12:50 p.m. 追記)

p.s.2

この事故(他のサタニストの起こした事故もかな。。。)で犠牲になった方々には、すでに事故から何年も経っているものの、改めて、心からのご冥福をお祈りしたいと思います。また、重篤な怪我をされた方々にも心からお見舞い申し上げます。(現在も後遺症などで苦しんでいらっしゃる方々がいると思います。他の事故での被害者も含めて、なんとかきちんとした支援態勢ができるといいのですが)ご遺族の皆様からみれば、わたしが、冷静にこのような記事を書いているように思われ、「おまえのせいだ!」とか、なんだか腹立たしく思われるむきもあるかもしれません。しかし、本当のところ、サタニストたちが、わたしをダシにして(カルトに心酔している彼らは手前勝手に仮想敵を作るのです)、多くの死傷者を出す大事故を起こしていたんじゃないかと、そう思うだけで、わたしは谷底に突き落とされるような気持ちがします。そして、わたし自身、彼らサタニストから確かにずっと命を狙われてきました。でも、彼らには露骨にわたしを殺せない理由があるのかもしれません。または、殺さずにイジメて喜んでいるところがあるのかもしれません。とにかく、わたしは死んだ方がよっぽどましだと思ったことも度々あります。しかし、わたしは、東洋占星術の「四柱推命」とかいう占いによれば、「非常に忍耐強い」星のもとに生まれているらしく、なので、なんとか、しぶとく生き残っているのかもしれません。

(2011.01.17 9:50 p.m. 追記)
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by Ulala-lov | 2012-01-16 20:05 | サタニストの攻撃 | Comments(10)

わたしの前回の記事「ジョゼッペ&象二郎はアリス・リデルの実家も乗っ取って蒸気機関車の利権を横取りしていた(2)」のところで書いたニコラス・テスラ(=ジョゼッペ)のことですが、テスラはわたしの勘では文系は得意だけど、理系に弱いんじゃないかって気がします。ですから、蒸気機関車&鉄道の発明などを横取りしたし、そのためには手段を選ばず、殺人なども平気でして、今までにも他にもたくさんの発明の横取りをしてきたんでしょう。

また、ノアが三人の息子セム、ハム、ヤペテに持たせた『三種の神器』を追いかけ、ついに三つとも略奪して、それらの中に埋め込まれたマイクロチッップのようなものに『封印されたハイテクノロジー』が記されていて、それら3つすべてを手に入れただろうことはわたしが以前から指摘してきたことです。

ニコラス・テスラ(=ジョゼッペ)
ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8B%E3%82%B3%E3%83
%A9%E3%83%BB%E3%83%86%E3%82%B9%E3%83%A9
(かなり真実とは違うことが書かれています。731部隊の石井四郎と同じで、クロカモたちがホメホメしてオオボラを書いているんでしょう。まあ、自慢できるところは真実もちょっとあるんでしょうが。長身でスラットしたハンサムとかって書いてありますが、身長は163〜5センチくらいで、スラットもしてないし。まあハンサムなのでしょうか?でも、プチ整形を繰り返しているみたいですからもともとはどうなのかよく分かりません。それから、生涯独身だったなんて大ウソで、星の数ほど家庭をもち星の数ほど子供を生ませています)

ところで、テスラが1901年にウォーデン・クリフ・タワー(世界システムと呼ばれる電磁波をもちいた送電装置、キノコのような形をしたタワー)の建設を開始。1905年に完成するも、その後モルガンと関係が悪化して資金繰りに詰まり、研究は中断とありますが、これらの経緯も嘘で、実際、強力に研究を押し進めてきたのでHAARPが完成したのですね。

このウォーデン・クリフ・タワーが、現在、世界中に大災害を引き起こしているHAARP(電磁波兵器)の原型であろうと前の「ジョゼッペ.たちがアリス・リデルの実家も乗っ取り....(2)」にも書きましたが、わたしは、その時、うっかり、ジョゼッペが科学者たちに開発させたんだろうと書いてしまいましたが、それは、わたしのウッカリでした。それよりも、ジョゼッペはノアに封印されたハイテクノロジーの中の一つを当時の科学者たちに作らせようとしたんだろうというのがより真実に近いことなのだろうと思われます。実は、1905年よりも、ずっ〜と前から、これに似たような気象を操作する装置を作らせて世界支配のために様々な陰謀に使っていた可能性があるのです。1826年のベンジャミン・ディズレリー著の「ウ゛ィウ゛ィアン・グレイ」の最後の場面は、それに近い実話があったんだろうとも書きましたが、昨日、ふいに、その実話らしき場面というのが頭に’ポワ〜ン!’と思い浮かびました。

というのは、スコットランドの最後の正統な王「アレクサンダー3世」が亡くなった時のことが書かれたネットの記事を想い出したのです。「1286年3月19日、アレクサンダー3世は、エディンバラから王妃のいるキングホーンの離宮へ向かう途中、嵐の中で落馬してこの世を去った。」のくだりです。

アレクザンダー3世(スコットランド王)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AC%E3%8
2%B0%E3%82%B6%E3%83%B3%E3%83%80%E3%83%BC3%
E4%B8%96_(%E3%82%B9%E3%82%B3%E3%83%83%E3%83
%88%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%89%E7%8E%8B)
(サイトの一番下のところにスコットランドの王朝と王名表があります)

しかし、この賢明な王なら戦時の天候も常に考慮して戦略を立てていただろうしなんて考えると、嵐などの天候についても詳しかったではないでしょうか?また、乗馬の腕もそうとうなものだったことでしょう。となると、よほど想定外の人工的な天候の急変をジョゼッペが起こしたために落馬したのでは。それは、ジョゼッペたちサクソン王族サタニストたちが、スコットランド王の家系を断絶させたいがためにやってきたことでしょう。

すでに、アレクサンダー3世の長男も長女もみな亡くなっていたので、孫のノルウェー王家にいたマーガレット3歳がが後継者に選ばれます。しかし、アレクザンダー3世の子供がみなすでに亡くなっていたというのも、どうもシバの女王たちが巧みに召し使いなどに化けての毒殺したものと推察されます。彼らサタニストは頻繁に毒殺という汚い手を使いますので、それ以前のケルト系王族家も頻繁に子孫を毒殺されて後継者がいなくなっていたのでしょう。

その後、ノルウェー王に嫁いでいた長女マーガレットの娘のマーガレット*3歳が王位を継いだのですが、わずか4年で亡くなっています(この時も船が途中で大時化(おおしけ=大嵐)にあって6〜7歳の女王は息を引き取ったとのことで、やはり、ジョゼッペの天候操作でしょうね!)。この時に、ダンカン1世から続いていた『アサル王家』の直系が絶えたため、王位の座をめぐって13人の王位継承者たちの争い(スコットランド独立戦争)**となったということです。

* マーガレット(スコットランド女王)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%82
%AC%E3%83%AC%E3%83%83%E3%83%88_(%E3%82%B9%
E3%82%B3%E3%83%83%E3%83%88%E3%83

**スコットランド独立戦争
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%82%B3%E3%83
%83%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%89%E7
%8B%AC%E7%AB%8B%E6%88%A6%E4%BA%89

この時に、イングランドの謀略で、次のスコットランド王に選ばれたのがジョン・ベイリャル*ですが、ベイリヤルの父親のジョン・ベイリャルはアレクサンダー3世の摂政(せっしょう、=ステュワート=廷臣=宰相)だったので、つまり、本物の王家の出身者ではなく、ステュワートの出身ということです。したがって、その後の「ステュワート朝」もその意味あいで名付けられた王朝であり、正統な王家の王朝とはいいがたいようです。それに、ステュワート朝の時は、ジョゼッペの家系であるソールズベリー公爵=セシル家の人々(サクソン王族)に、ずっ〜と「摂政」として、実質、政治を牛耳られていたんですからね〜!!


*ジョン・ベイリャル(スコットランド王)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%
B3%E3%83%BB%E3%83%99%E3%82%A4%E3%83%AA%E3%8
3%A3%E3%83%AB_(%E3%82%B9%E3%82%B3%E3%83%83%E
3%83%88%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%89%E7%8E%8B)


英国太平記ーセント・アンドリューズの歌 ;;歴史小説の楽しみ〜これで分かる世界史
http://sin9998.blog28.fc2.com/?mode=m&no=86

「スコットランド王国史話」森護著 (中公文庫):万年初心者のための世界史ガイドブック
http://flavius.cocolog-nifty.com/blog/2009/09/post-7426.html

ブルース家は、現在、アイゼンベルグが乗っ取っているみたいですね。

(2012.01.05 4:00 a.m. 記述完了)


p.s.
ニコラス・クラップ著(このニコラスさんはジョゼッペじゃありません)の「シバの女王」にもあるように、スレイマーン(ジョゼッペ)は、少なくとも紀元前7世紀ごろには、もうすでに、空飛ぶじゅうたんに乗って、アッ!という間に移動したとありましたし、さらに、UFOみたいな飛行機にも乗って世界中を移動していたかもしれないのです。やはり、盗んだり、略奪した「封印されたハイテクノロジー」を'ジン'たちに実際に作製させて、利用していたんでしょうね? まあ、気象兵器については、いつからかはっきりとは分かりませんが、そうとう昔から、もしかしたら、紀元前から使っていた可能性もあるかもしれませんね。
(2012.01.15  4:20 a.m. 追記)
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by Ulala-lov | 2012-01-15 04:09 | 英国史 | Comments(3)

もうとっくに気づかれているいる方も多いと思いますが、リドル家が所有していた炭坑の名前が『キリングワース炭坑』=「”殺しの代償(報酬)としての”、あるいは、”殺人で分捕った”炭坑」というのは、なんだかとっ〜ても無気味なんですよね。。。  〜〜;< 冷や汗タラリ〜

きっと、「ジョゼッペ&象二郎+地元ノーサンバーランド公”パーシー家”(=ブッシュ元大統領親子の祖先)一族」たちが、本物のレウ゛ンズワース準男爵トーマス・リデル一家を殺害した後につけた炭坑名なのではないでしょうか?おそらく、それ以前の本当の炭坑名は、その炭坑の存在地*の地名にちなんで、『テインサイド炭坑』とか、『ニューキャッスル炭坑』とかって名前だったんじゃないんでしょうかね?

* Newcastle upon Tyne(=レウ゛ンズワース領内)
http://en.wikipedia.org/wiki/Newcastle-upon-Tyne
(歴史的には「ノーサンバーランド」に属していたそうです。現在は州に属さない独立した' 自由大都市’「テイン・アンド・ウエア」に属しているとか)

Map of England(イングランドの地図)
http://www.lonelyplanet.com/maps/europe/england/

上のサイトの説明から、レウ゛ンズワース準男爵領(=ニューキャスル・アポン・テイン)の歴史をずっと遡っていくと、ケルト系がB.C.3000頃から在住していたブリテン島は、2世紀末頃からローマに占領され、その後デーン人、サクソン人などの占領を経て、11世紀には、ノルマン人が占領。「ノルマン王ウィリアム」(=ノルマンディー公ギヨーム)の長男「ロバート2世」(デューク・オブ・ノルマンディー)によってお城が再建され、羊毛貿易の重要な拠点として発展し、その後、石炭の重要な地点としてなった。16世紀には、テイン川の下流にある港も発展し、世界有数の船舶建造と修理のセンターのひとつになっていたそうです。現在では、英国のなかで16番目に人気の高い都市だそうです。

ところで、ノーサンバーランドは、14世紀から今日に至るまで、ずっと、パーシー家*の伯爵〜公爵領となっているのですが、パーシー家はノルマン王(ケルト系)を裏切って、サクソン系王についたり、また次にはケルト系王についたりと、くるくる目まぐるしく、その忠誠心を両方の側に変えて生き延びてきたみたいです。しかし、結局のところ、わたしが思うには、「パーシー家」は、’最初から今まで’(なんか「冬のソナタ」の主題曲と同じですが。。)、ずっとサクソン王家と”したたかに”関係を保ってきたサクソン王家側の”二重スパイ”だったのではないでしょうか?!そのパーシー家の領内にあったレブンズワースという地名もサクソンが占領していた時につけられた地名だということですが。。。もしや、これも?

「レウ゛ンズワース」と「キリングワース」とでは、『ワース』が共通しているのです。おそらく、レウ゛ンズワース(カラス[=サクソン王族の紋章]たちの報酬=カラスたちの分捕り品)という準男爵の「爵位名」も、「ジョゼッペ&象二郎親子+パーシー家一族」(サクソン王族サタニストたち)が’本物のトーマス・リデル準男爵一家’を殺害した後にそう命名した「爵位名」ではないかという気がするのですが。。。?

もっとも、「レウ゛ン○○」(カラス○○)という名の地名は、サクソンがつけた地名で英国にはかなり多いそうです。そして、レウ゛ンズワース城という城も、他にももうひとつあって、リッチモンドの近くだそうです(←*下のサイトの中の最初の写真の下から四段落目)。そこも、同じ手口で乗っとんたんでしょうか?!

* パーシー家
デーン人であるが、1066年にノルマンディー公ギヨームがイングランドを解放した時にともにサクソン軍と戦ったので、パーシー男爵としてヨークシャーに所領を与えられた。その後、ヘンリー二世の妃の娘との婚姻によりノーサンバーランド内のアニックにも所領を得、その後、ノーサンバーランド伯爵に。

なぜ、この地にリドル家が住むようになったかというと、「前記の同名タイトル(1)」のほうに引用させていただいたサイト「Ravensworth Castle & the Liddells」によれば、デンマーク人(デーン人か?)が住んでいた家と広大な土地を、商人だったリドル家が買ったということです。

*「Ravensworth Castle & the Liddells」 〜Sunniside Local History Society
http://www.sunnisidelocalhistorysociety.co.uk/ravensworth.html


おそらく、リドル家はノルマン系の王族だったのではないかと思われますが、テューダー朝のエリザベス1世以降、ステュワート朝も、実質、ジョゼッペたちサクソン系サタニストたちが廷臣(=宰相)になって英国を運営してサクソン王族系が強くなっていたから、リドル家は爵位を失って商人になっていたのかもしれません。

(2011.01.15 15:10 a.m. 記述完了)
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by Ulala-lov | 2012-01-14 21:41 | 英国史 | Comments(1)

(1)のつづき

リチャード・トレウ゛ィシックは、1801年に『蒸気自動車』を試作、1804年には初の軌道を走る蒸気機関車を製作しているのです。そして、下のGeorge Stephenson* のサイトの「Early locomotives 」のところに書いてあるのですが、

* George Stephenson (ジョージ・スチーブンソン)
http://en.wikipedia.org/wiki/George_Stephenson

[要約]
その1804年の蒸気機関車の発明の後、トレウ゛ィシックは「テインサイド」(=キリングワース炭坑のある所)を訪れ、そこの鉱山所有者のために一台のエンジンを作ったのです。このできごとに感化され、その地方の幾人かの男たちも、自(みずか)らエンジンを設計したのでした。スチーブンソンが最初に蒸気機関車を設計したのは1814年でした。それはプロシアの大将「ゲブハード・レベレット・フォン・ブリュヘル」 *(多分、象二郎のこと!ゲップがハードな自由人のブル[bull牛]ヘル[hell地獄] {地獄の牛} 卿)の名にちなんで「ブリュヘル号」と呼ばれ、キリングワースの馬車道の上を石炭を運ぶために設計されたものでした。この蒸気機関車は、時速6.4キロで、30トンの石炭を丘に引っ張りあげることができました。車輪がレール上を密着して走るタイプの蒸気機関車では、初めての成功でした。そして、ウィリアム・ロシュ**との共同で改良を手掛け、鉄製のレールを使用するようになったり、車輪の数を増やすことでレールにかかる負担を減らすなどの工夫をし、1825年には、ストックトンーダーリントン間に開通した世界最初の公共鉄道用に「ロコモーション号」を製作する。しかしながら、スチーブンソンは、自らが特許を取得していたデザイン(設計図)を使わないことから生じる経済的な損失にも目をつむり、鋼(はがね、精錬された鉄)のレールしか使わなかった」

* ゲブハード・レベレット・フォン・ブリュヘル
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B2%E3%83%97%E3%83%
8F%E3%83%AB%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%AC%E3%83
%99%E3%83%AC%E3%83%92%E3%83%88%E3%83%BB%E3%
83%95%E3%82%A9%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%96%E3
%83%AA%E3%83%A5%E3%83%83%E3%83%98%E3%83%AB
=後に「ビスマルク」に変身!!
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%83%E3%83
%88%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A9%E3
%83%B3%E3%83%BB%E3%
(写真を見比べるとよく似ています。髭の形も非常によく似ていて小道具が同じということに!)
このことからも、ナポレオン(=ジョゼッペ)の率いる「フランス」と、ブリュッヘルやビスマルク(=象二郎)の率いる「プロシア」との戦争はすべて茶番にすぎないということに!ナポレオンはわざと負けてプロシアの勢力を拡大させるのに貢献していた。つまり、フランスのナポレオンはヨーロッパ中でさんざん戦争をし、その役目(主にケルト系の人々の財産と生命を奪う。当然、他の種族、サクソンさえもまきぞえに:実際、サクソン王族以外は誰でもということに)を終えて、次はプロシア(=ドイツが中心)のビスマルクに力を持たせるようにバトンタッチしたということに。彼らには愛国心などないので、国は彼らが戦争を起こすための利用手段にすぎないのです。だから、第一次世界大戦、第二次世界大戦はドイツ(=プロシア)が中心となって戦争を起こしています。(第一次世界大戦の時にはオーストリアはすでに実質プロシアが支配してましたので)

** ウィリアム・ロシュという名はウソか、本当にいたのか分かりませんが、前述の文の中で紹介したサイト「Ravensworth Castle & the Liddells」の中では、スチーブンソンとニコラス・ウッドという技術者がキリングワース炭坑で蒸気機関車を発明したってことになっています。(←上から3番目の写真の下の第二段落)どうもニコラスという名からすると、ジョゼッペのことみたいなんですよね。だって、あの電磁波兵器HAARPの原型を開発したニコラス・テスラ***って、ジョゼッペにそっくりなんですよね〜!

*** ニコラ(ス)・テスラ画像
http://imagesearch.excite.co.jp/detail/?search=Niko
la+Tesla&start=0&look=excite_jp
(頭は大分ハゲているのでカツラです。そうとう額をかくしています!口ひげでも人相をごまかしています。)
ジョゼッペ・マッツィーニ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A5%E3%82
%BC%E3%83%83%E3%83%9A%E3%83%BB%E3%83%9E%E3
%83%83%E3%83%84%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%8B
ジョン・カボット(=ジョゼッペ)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83
%A7%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%AB%E3
%83%9C%E3%83%83%E3%83%88

ね?! ね〜!そっくりでしょう〜!!

ニコラス・テスラ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8B%E3%82%B3%E3%83
%A9%E3%83%BB%E3%83%86%E3%82%B9%E3%83%A9

エジソンが直流電流を発見して、テスラが安全な交流電流を発見したというのもウソでしょう。テスラはマッド・サイエンティストか、あるいは、まったく科学者としての才能がなく、ただロスチャイルドやその他の科学者を脅迫していろいろな発明をさせ、その発明を自分のものにしているかのどちらかです。おそらく、後者のほうだと思われます。エジソンがテスラにやきもちを妬いていたというのも、まったくのウソです。エジソンは天才でした!

それから、あのキノコみたいな発電機ですが、おそらくジョゼッペが科学者たちに開発させた気象兵器HAARPの原型で、かなり昔から、少なくとも、ベンジャミン・ディズレリー英元首相の時代1800年代前半にはすでに存在していたと考えられます。あのフィクション『ヴィヴィアン・グレイ』の話の最後に、「ヴィヴィアンとその従者のふたりが猛暑を避けるため大きな木の下で休んでいると、急に天候が変化し、大嵐になり、洪水になり、雷も落ち、馬も暴れて暴走しだし、それにしがみついていたヴヴィアンは落馬して亡くなった。」というくだりは、まんざら完全なフィクションではなく、それに近い実話があったような気がします。あの急激な天候の変化は、ジョゼッペが気象兵器を操って起こしたもので、ジョゼッペが戦争を有利に戦うためにだとか、、敵を暗殺するためだとか、天災を起こすなどして人々を操るためとか、その他、いろいろな陰謀術策のために、かなり昔から、度々、この気象兵器を使っていたんでしょう。

ニコラス・テスラの都市伝説
http://tosidennsetu.seesaa.net/category/6671739-1.html


ジョージ・スチーブンソンとニコラス・ウッド(=ジョゼッペ)は、トレウ゛ィシックの蒸気機関車を改良して実用化に成功し、今日の鉄道の普及に多大な貢献をしました。おそらく、実際に研究開発に貢献したのはスチーブンソンだけで、ジョゼッペは何もしていないで手伝うふりをして見ていただけでしょう。

以下は、わたしの推測ですが、ジョゼッペは、トレウ゛ィシックの発明した蒸気機関車の実用化を妨害し、自分がその特許を横取りしようと、その実用化のための試作を重ねる場所と優秀な人材(=自分が自由に操れる弱い立場の人物)を欲しがっていました。そして、自分の忠実なワルワルの部下「ノーサンバーランド公爵パーシー」にノーサンバーランド領内に優秀な機械技術者ジョージ・スチーブンソンが働くキリングワース炭坑を見いだしたのでしょう。

ところで、スチーブンソン家とリデル家は多分、同じケルト系王族の親しい知り合いだったので、ジョゼッペが狙いをつける前から、本物のトーマス・リデル(あるいは、ヘンリー・リデル[アリスの祖父])とスチーブンソンは、蒸気機関車の実用化のことで意気投合し、キリングワース炭坑で蒸気機関車の実用化の試作実験をしていたと推察されます。だって、スチーブンソンがキリングワース炭坑に雇われたのは、1804年だからですし、トレヴィシックがテインサイド(キリングワース炭坑のある所)にやってきて、蒸気機関車のエンジンを作ったのもその頃だからです。

しかし、このトレビシックさんって、おそらく、ロンドンのロスチャイルド家の人間なのでは?ロスチャイルド家の人々は発明の天才が多いみたいだから。。。(2014.10.20 訂正: ロスチャイルド家=ウィンザー家です。その中のロンドン家の戸籍に強制的にハブスブルグ家のフランツ2世が入れられたようです。この子孫がレオポルド・ロスチャイルド)そして、ロンドンのロスチャイルドはこの時は、まだ、サタニストたちに完全に乗っ取られていなかった時でしたから(でも、ヨーロッパでの「30年戦争」以降はだいぶ弱い立場ではあったようですが)、ジョゼッペも安易に蒸気機関車の発明を横取りすることはできなかったのでは?!

それにしても、リチャード・トレウ゛ィシックが初の蒸気機関車の発明者ならその特許というものが存在したはずなんでしょうが。。。???  ++?

トレヴィシックが1804年に世界で初めて蒸気機関車を発明した後、ジョゼッペは、トレウ゛ィシックの蒸気機関車の実用化のための試作実験を妨害し続け、とうとうトレウ゛ィシックがその妨害に負けて実用化の試作実験をすることを諦めたのでした。それで、ジョゼッペとスチーブンソンは、トレウ゛ィシックの特許の許可を得なくても試作実験をできるようになったということです。その直後から、待ちかねていたように、ジョゼッペは、スチーブンソンに蒸気機関車実用化のための試作実験をさせ、とうとう、スチーブンソンが実用化に成功したのでした。

★★★ おそらく、ジョゼッペ&象二郎やパーシー一族たちは、スチーブソンの発明の特許の権利も、ついでにトレウ゛ィシックの発明の特許の権利もみ〜んな自分たちが横取りして特許の権利を得たのではないでしょうかね〜?そのために、訴えられても、司法が取り合わないように、偽トーマス・リデル(=象二郎)がノーサンバーランド州の警察権・司法権を統括する『ノーサンバーランド州長官』になっておいたのでしょう!(まったく抜け目がない!)

[★★まとめ★] 〜〜〜〜〜〜〜
つまり、1801年にトレビシックが世界初の蒸気機関車「ペナダレン号」を発明したけれど、実用化するにはまだまだ様々な問題を抱えていました。そこで、当時、投資家たちは先を競って実用化のために投資し、技術開発にしのぎを削らせていたのでしょう。当然、ジョゼッペは、またまたいつものように、そのユ世紀の発明横取り作戦ユを展開し始めたんですね。そして、ジョゼッペの忠実な手下であるノーサンバーランド公爵パーシー家のお膝元にあるレウ゛ンズワース男爵領地にあるキリングワース炭坑があり、また、優秀な機械技術者がいることも分かり、息子象二郎や「パーシー」一族と共に、その男爵家と炭坑を乗っ取っる(=領地を乗っ取る)ことにしたんでしょうね!

そして、「偽のトーマス・リデル」ことジョゼッペは十分な資金援助をし、ジョージ・スチーブンソンはレウ゛ンズワース炭坑で、石炭を運ぶための蒸気機関車の改良や鉄道敷設の改良のための試作実験を繰り返し、ついに実用化させることに成功したのでした〜!なので、その蒸気機関車を始めとする鉄道敷設の特許など、すべて利権は「ニコラス・ウッド」(=ジョゼッペ)や「偽トーマス・リデル」(=象二郎)、さらに「パーシー家」一族がみな手中に収めたということなんですね〜!やあ、いつもながら、ほんとうに目を丸くするほどの(悪らつな)手際の良さですね〜 @@

それもこれも、象二郎が、アリス・リデルの祖父ヘンリー・リデルからレウ゛ンズワース準男爵の爵位(それに付随する領地も)を奪ったことによって成功したのですから、5代目の次男(イーズィントン領主)の息子の「ヘンリー・ジョージ・リデル」(アリスの父親)には、一応、罪滅ぼしのつもりで、オックスフォード大学の副学長の職を与えたりして優遇したのでしょうかね?

そりゃそうですよね〜 "世紀の大発明"=『蒸気機関車などの鉄道』の利権ってそりゃあそりゃあ〜超莫大な資産を生み出したことでしょうからね〜!!

ところが、このアリスの祖父「ヘンリー・リデル」(イーズィントン領主)の家系はユ本物のリデル家分家ユなのですが、なぜか、その後、こちらのリデル家のほうも断絶して、偽のリデル家のレウ゛ンズワース伯爵の領土に併合されてしまっているのです。なんだかこれもジョゼッペたちサタニストの陰謀だったような。。。その代償として、アリスの父親には学問の世界で優遇したのでしょうか?

以前、「トーマス・リデルが出資して蒸気機関車の発明をさせていたので、自分の名前からとって蒸気機関車に「トーマス」と名付けたのでしょう。そこから、現在でも有名なあの『機関車トーマス』のキャラクターが生まれたのではないかしら?」みたいなことを書いたのですが。。。まさか、そのトーマスが象二郎だったとは。。。
あ〜、ガッ〜〜カリ! >< ;


(2012.01.11 09:10 a.m. 記述完了)

(2012.01.11 11:00 a.m. 6代目レウ゛ンズワース準男爵「偽トーマス・リデル」をジョゼッペだと思っていましたが、象二郎だと気がつきましたので、(1)、(2)のほぼ全文に渡りその部分を訂正しました。大変申し訳ありませんが、もう一度お読み頂ければ幸いです。)


*コメント欄も見てくださいネ!
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by Ulala-lov | 2012-01-11 11:17 | 英国史 | Comments(0)

ルイス・キャロル著『不思議の国のアリス』*の主人公『アリス』のモデルとなった少女「アリス・リデル」がどうもルイス・キャロル=レオポルド・ロスチャイルドと結婚していたらしいことや、そのアリス・リデルがサタニストたちに暗殺されたこと**、また、そのすぐ後、レオポルドはシバの女王のひとりマリエ・ペルギアと結婚させられるはめになったこと、そして、とうとうロンドンのロスチャイルド家も他のヨーロッパ大陸のロスチャイルド家同様、’ジョゼッペ&シバの女王たち’(=サタニストたち)に乗っ取られてしまったであろうことなどを以前わたしのこのブログで書きましたよね。

ところが、ところが〜 な、な〜んと、それ以前に、ジョゼッペは、息子象二郎と共に、アリス・リデルの実家、つまり、アリス・リデルの父親ヘンリー・ジョージ・リデル*(オックスフォード大学副学長)の父親5代目レウ゛ンズワース準男爵「ヘンリー・ジョージ・リデル」(アリスの祖父)の家を乗っ取っていたのでした!!

*2011.11.24「『不思議の国のアリス』から見る英国史」
http://urarala7.exblog.jp/16948401/
**2011.12.20「サタニストがアリス・リデルを暗殺しロスチャイルドを乗っ取る(1)」 http://urarala7.exblog.jp/17090898/
*** ヘンリー・ジョージ・リデル
http://en.wikipedia.org/wiki/Henry_Liddell


ー ー ー  <リデル家の爵位と家系> ー ー ー ー ー
レウ゛ンズワース男爵
http://en.wikipedia.org/wiki/Baron_Ravensworth

上のサイトの中の下のほうの『レウ゛ンズワース城のリドル準男爵(1642年授爵)』のところを見ると、

初 代 : トーマス・リデル (1650年死去)
2代目: トーマス・リデル (1697年死去)
3代目: ヘンリー・リデル (1644〜1723年)
4代目: ヘンリー・リデル (1708〜1784年)ー1747年、『初代男爵』
(娘しかいなかった為、「男爵」は断絶となる。「準男爵」を甥(おい)のヘンリー・ジョージ・リデルが受け継ぐ)

5代目: ヘンリー・ジョージ・リデル(1749〜1791年)
〜ノーサンバーランド州長官となっていますが間違いで、州長官になったのは6代目のようです!
(父親からはイーズィントン領主を受け継ぎ、伯父からはレウ゛ンズワース男爵を受け継ぐことになったので両方の領地を治めるようになる。

6代目: トーマス・ヘンリー・リドル(1775ー1821年までが本物)
1821年に一家は殺害され、21~55年までピーター・オトゥールや象二郎などがトーマス・ヘンリーに成りすます。男爵位が復活され『2代目男爵』となる。イーズィントン領主には弟のヘンリー・リデル(1787〜1872年)がなっていたがこちらは殺害されずに生き残る。このヘンリー・リドルがヘンリー・ジョージ・リデル(1811〜1898年:オックスフォード大学副学長)の父でアリスの祖父にあたる。
ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー 


つまり、4代目レウ゛ンズワース準男爵から初代男爵になったヘンリー・リデルには娘しかいなかったので、男爵家は終わりとなり、彼の甥(おい)であった「ヘンリー・ジョージ・リデル」が5代目準男爵を受け継ぎ、レウ゛ンズワースとエスリングトンを領地としていたということです。(←*下のサイトを参照)

この5代目レウ゛ンズワース準男爵がアリス・リデルの曾祖父であり、その長男が6代目レウ゛ンズワース準男爵「トーマス・ヘンリー・リデル」、次男がアリスの父「ヘンリー・ジョージ・リデル」(イーズィントン領主)ということらしいです。ところが、1808年にレウ゛ンズワース城がゴシック風に大改築されていることから考えると、ジョゼッペ&象二郎親子たちが、その大改築直前に本物のトーマス・リデル一族を殺害して、象二郎がトーマス・リデルになりすましてリデルケ家本家を乗っ取ったのかもしれません。。。そして、1821年には’男爵’位を復活させ、2代目「レウ゛ンズワース’男爵’」となったのです。さらに、その息子ヘンリー・トーマス・リドルは伯爵にまでなっています。(サクソン王族の子息だから出世が早いこと早いこと!)

「Ravensworth Castle & the Liddells」 〜Sunniside Local History Society
http://www.sunnisidelocalhistorysociety.co.uk/ravensworth.html
(*サイトの中の三番目の写真の上のあたりにそう書いてあります)

Henry Liddell, 1st Baron Ravensworth(1708~1784)
http://en.wikipedia.org/wiki/Henry_Liddell,_1st_Baron_Ravensworth
(サイトの下のほうにヘンリー・リデルの爵位の継承者のことが書かれています。)

さらに、上の「Ravensworth Castle & the Liddells」のサイトの上から3番目の写真の下にある文章の第三段落目を見ると、1927年、トーマス・リドル男爵は、レウ゛ンズワース城に「ワーテルローの戦い」(1815年の英仏の戦争、英が勝利)の英雄「ウェリントン公」*を招待し、その滞在の最後の数日にはスコットランドの文豪「ウォルター・スコット卿」も招待されています。つまり、象二郎がこれら敵を招待したのには理由がありそうです。この文章にレウ゛ンズワース城の印象的な壁という言葉が数回使われていることからも、わたしの勘(カン)と過去に読んだ「青ひげ」**という本からの推察では、この城が大改築される前に住んでいた本当のリデル家の人々、おそらく、本当のトーマス・ヘンリー・リデル準男爵とその家族はジョゼッペ&象二郎や「パーシー」一族に殺され、大改築された新しいレウ゛ンズワース城の壁の中に塗り込められてしまったのでは。。。 

* ウェリントン公
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%83%A
A%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%B3%E5%85%AC%E3%82%A
2%E3%83%BC%E3%82%B5%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%A6
%E3%82%A7%E3%83%AB%E3%82%BA%E3%83%AA%E3%83%BC
(貴族ではないとありますが、おそらく、もともとはケルト系王族だったのがサクソン王族の世になって、爵位をはく奪されていたんでしょう)

** 「青ひげ」
http://folio.daa.jp/03/feature/aokami/aohige.html
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9D%92%E3%81%B2%E3%81%92
(「グリム童話の初版にも収録されていたが、2版以降では削除された。」とあるように、これは、ジョゼッペ&象二郎たちの圧力でそうなったのでしょう)
グリム童話
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B0%E3%83
%AA%E3%83%A0%E7%AB%A5%E8%A9%B1
(初版が1812年ですから、トーマス・リデル一家が殺害されたのが1808年とすれば、ちょうどタイミング的には合いますね!)
青ひげ ペローの童話
http://hukumusume.com/douwa/pc/world/07/31.htm
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9D%92%E3%81%B2%E3%81%92

それでサクソン王族の敵であるアイルランド出身で、ケルト系、しかも、ジョゼッペが仏のナポレオンとして「ワーテルローの戦い」で戦った敵の大将であり、敗北した、ジョゼッペにとって、当時、’最大の憎き象徴’であったでろうウェリントン公を偽トーマス・リデル2代目レウ゛ンズワース男爵こと象二郎を使ってレウ゛ンズワース城に招待させ、さらに、ウェリントン公と親しかったスコットランド出身でケルト系貴族の大文豪ウォルター・スコットまで招待したということは。。。なにやら、そうとうな陰謀がありそうです。***(← 一番下の p.s. で説明を付け加えました)

また、「本物のリデル家」は頻繁にスコットランドのライオン家からお嫁さんをもらっていることなどからもケルト系の王族家系であると思われます。ということは、ケルト系の王族家系をレウ゛ンズワース城の壁に塗り込めて、その同族ケルト系の王族たちを招待したということでは?上のサイトには、「ウェリントン公は、歓迎パーティーの集会室での舞踏会の後、ただちに自室に引っ込んだ」と’特異な歴史を調べている歴史家’によって書かれているとのこと。(おそらく、通常は、その後、お酒を飲んだりしながら会話を楽しむのでは?) 例えば、ウェリントン公は、なにか、’本物のトーマス・リデル準男爵一家’の怨念を感じたとか、’幽霊’を見たとかなのでは? それとも、偽トーマス・リドル2代目男爵(=象二郎)がそれを臭わせるような話をしたとか。。。 それとも、リデル一家が塗り込められた壁を見せられたとか。。。(といっても、もろに誰かとかは分からないでしょうが)

1715年に、スコットランドの多くのジャコバイト*たちが財産をはく奪され、処刑されたのだそうですが、その頃に、英国内のすべての領主に領内のジャコバイトを探し出して差し出すようにと命令されていたそうですが、リデル家当主はだれも差し出さなかったそうです。そのことに対する報復もあるのでしょうか?

*面白人物伝 「名誉革命とジャコバイト」
http://www.geocities.jp/fareastcafe_japan/people/jacobite.html

さらに同上のサイトの一番下には、1927年に、’偽のリデル家の男爵’(伯爵は断絶し、男爵になった)が、レウ゛ンズワース城の壁をわざと壊したらしいことを証明するような写真が、最近、提供されたということです。

なんにしても、ゾクゾクと寒気がしてきて凍っちゃいそうな空恐ろし〜い事件です!  (((><;))) ガタブルッ ~!

なぜジョゼッペ&象二郎がこのような恐ろしいことが容易(たやす)くできたかというと、ここのレウ゛ンズワースの領地は、ジョゼッペの忠実な手下「ノーサンバーランド公爵」*こと、「パーシー家」(=米国:ピアーズ家=米国:ブッシュ家)の領内(現在は北部はノーサンバーランド州、南部はダーラム州。しかし、昔は全部ノーサンバーランド州に属していたのでは)だったから、比較的たやすくこのような暴挙に出ることができたのでしょう。ですが、なぜ、ジョゼッペがこの「レウ゛ンズワース」準男爵領を欲しがったかというと、この領地内には『キリングワース炭坑』があり、そこは炭坑からでる石炭をテイン川まで運び出すための輸送手段として、蒸気機関車を走らせる鉄道の試作にちょうど都合が良かったからです。また、ジョージ・スチーブンソン**という有能な技術者も雇われていたのです。

* ノーサンバーランド公爵
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%82
%B5%E3%83%B3%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%A9%E3
%83%B3%E3%83%89%E5%85%AC%E7%88%B5

** ジョージ・スチーブンソン
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83
%BC%E3%82%B8%E3%83%BB%E3%82%B9%E3%83%81%E3%
83%BC%E3%83%96%E3%83%B3%E3%82%BD%E3%83%B3
ロバート・スチーブンソン
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%83%90%E3%83
%BC%E3%83%88%E3%83%BB%E3%82%B9%E3%83%81%E3%
83%BC%E3%83%96%E3%83%B3%E3%82%BD%E3%83%B3

しかし、1804年に、ジョージ・スチーブンソンがキリングワース炭坑に雇われたということは、特別な意味がありそうです。というのも、この蒸気機関車の’真の発明者’は、ジョージ・スチーブンソンではなく、「リチャード・トレビシック」*というコーンウォール出身の機械技術者なのだそうです。

* リチャード・トレビシック
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AA%E3%83%81%E3%83
%A3%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%88%E3
%83%AC%E3%83%93%E3%82%B7%E3%83%83%E3%82%AF

トレウ゛ィシック関連資料:興和テクニカル(株)
ペニダレン号/蒸気機関車/リチャード・トレウ゛ィシック
http://www.koowa-tec.co.jp/trevithick/TorevithickLcomotive.htm

リチャード・トレビシックは蒸気機関車を製作 :ここでも道草
http://mitikusa.typepad.jp/blog/2012/01/%E3%83%AA%E3%
83%81%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%88%
E3%83%AC%E3%83%93%E3%82%B7%E3%83%83%E3%82%
AF%E3%81%AF%E8%92%B8%E6%B0%97%E
(「トレビシックはスチーブンソンより10年早く、蒸気機関車を完成させている。ただ数日後に炎上したり、転覆したりで実用化できなかった。」とありますが、これは、おそらくジョゼッペの妨害だったんでしょう)

不遇の天才トレウ゛ィシック
http://www.japanjournals.com/index.php?option=com_content
&view=article&id=1166%3A2011-08-04-11-37-18&catid=72
%3Asurvivor&Itemid=103&limitstart=2
(ワットが邪魔したというのは、きっとウソですよ〜!)

EMANの物理学・熱力学・蒸気機関の歴史
http://homepage2.nifty.com/eman/thermo/steam.html

ジェームズ・ワット
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%83
%BC%E3%83%A0%E3%82%BA%E3%83%BB%E3%83%AF%E3
%83%83%E3%83%88
(写真からするとワットもおそらくロスチャイルドの人間でしょう。)(←2014.10.20 訂正: 間違いでした!)


p.s.
(上の本文中の***のところの説明です)
ウェリントン公は、翌年の1828年から英国首相になっていますが、ウィキサイトの下のほうを見る
と、

ウェリントン公
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%83%A
A%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%B3%E5%85%AC%E3%82%A
2%E3%83%BC%E3%82%B5%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%A6
%E3%82%A7%E3%83%AB%E3%82%BA%E3%83%AA%E3%83%BC

<首相としての事績(1828年1月〜1830年11月の約3年間)>
[良かった政策]
国教会成立後さまざまな差別を受けていたカトリック教徒の人権を擁護した1829年の「カトリック解放令」が画期的なものとして知られる。

[悪かった政策]
全般的にはその政策は、保守主義が目立った。彼が旧式の軍隊編成に固執したことが、(後の)クリミア戦争における英国将兵の死傷者数を増やしたことにつながったとして、フローレンス・ナイチンゲールはその政治手腕に否定的な評価をくだしている。

<大の鉄道嫌い>
1825年の史上初の鉄道の開通式に招待された賓客(ひんきゃく)でもあったが、1830年のリバプール-マンチェスター間の開通式で、開通記念列車「ロケット号」によって友人が片足をひかれる事故に遭い死亡したため、以後、大の鉄道嫌いになったということです。

ロケット号
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%82%B1
%E3%83%83%E3%83%88%E5%8F%B7
(サイトの一番下のあたりの説明を見てください)

どうも、ウェリントン公は、1827年に偽トーマス・リデルにレウ゛ンズワース城に招待された後、彼らの脅迫にあって、首相に選出されたもののジョゼッペたちサタニストの言うままになっていたところがあるのかもしれません。ただ、1829年の「カトリックの解放令」だけは意地を通したのでしょうね。そして、1830年に、友人が蒸気機関車にひかれて亡くなっていますが、これも、サタニストたちのウェリントン公に対する脅迫で、「カトリック解放令」に対する報復と、早く首相を辞めるようにとの警告だったのでしょう。実際、その年の11月に首相を辞めています。

また、ウォルター・スコットについても、1827年を境になんだか変化があったような。

ウォルター・スコット - ミスカトニック大学付属図書館資料室
http://www39.atwiki.jp/nameless_city/pages/68.html
「最後の吟遊詩人の歌」ウォルター・スコット - Ciel Bleu
http://ciel.relieur.net/archives/09/04/24_5.php
(吟遊詩人「Bard バード」は、身分としては、領主、乳兄弟に次ぐ高いものであったとのこと。しかし、ウォルター・スコットの頃には、弾き語りではなく、書かれた詩へと変化していった時代であったため、吟遊詩人の役割はしだいになくなっていったとのこと。)

上のサイトの一番下のところを見ると、1827年に「ナポレオン・ボナパルト(=ジョゼッペ)伝」というの伝記を書いたりしています。確かに、1826年に共同経営の出版社が破産して、借金返済のために勢力的に執筆を行ったとは言うものの、1830年に脳出血で倒れ、イタリアへ転地療養に行き、1832年に亡くなっているとのことです。やはり、1827年以降、サタニストたちから脅迫されていたところがあったのかもしれません。

というわけで、ケルト系英国人の英雄であったこのふたりは、1827年に、偽トーマス・リデル(=象二郎)やニコラス・ウッド(=ジョゼッペ)から、「レウ゛ンズワース城」に招待された際、本物のトーマス・リデル一家が殺害され壁に塗り込められた、その壁を見せられたに違いないような気がします。ほんとうに恐ろしい話ですが。。。ブルブルブル〜〜〜〜〜 ほんと、「ブルbull = 牛」(バール=ベル)とかって地獄の神は嫌いだよ〜!!!

(2)につづく
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by Ulala-lov | 2012-01-08 03:44 | 英国史 | Comments(9)