2012−12−23


ロンドン・ロスチャイルド家 - 2代目「ライオネル・ネイサン・ロスチャイルド」(1808〜1879年)の次男に「アルフレッド」*がいますが、下のサイトの写真を見てびっくり、この人はジョゼッペですよ〜。なんだか、変わったヒゲをはやして(つけヒゲ)いますが、彼の業績を読むと、すでに、1866年の「晋襖戦争」が終結した直後に、早々とライオネル・ロスチャイルドの戸籍に息子として入籍、N.M.ロスチャイルド銀行の乗っ取りに着手していたことが分かりました〜!!@~@

* Alfred de Rothchild (アルフレッド・ロスチャイルド、1842〜1918年)
http://en.wikipedia.org/wiki/Alfred_de_Rothschild

「アルフレッド・ロスチャイルド」の要約

「1863年(本当は1866年)に、N.S.ロスチャイルド銀行に入行し、父親(ではない)のネイサンから銀行業を教わり、ヨーロッパの銀行サークルと価値ある関わりを持った」とあります。ヨーロッパ中の全銀行をジョゼッペたちサタニストの支配下においたということでしょう。また、「1869年には、イングランド銀行の総裁になり、1889年まで20年間、その職にあり、1892年には、ブリュセルでの国際金融会議において英国政府の代表のひとりだった。ユダヤ人で初めてイングランド銀行総裁になった。その後も、50年間ユダヤ人で総裁になった者はいない。1879年に、ライオネルが亡くなると、バーミンガム州のハルトンにある広大な(5.7平方キロメートル)の土地を相続し(奪って)、1883年にハルトン・ハウスという城を建てた。一度も結婚せずに、「アルミナ・ウォムウェル」(=カマルボン公爵夫人)という私生児(多分、アルフレッドの子でしょう)を育て、1918年に亡くなると、その子が財産を相続した。」

アルフレッド・ロスチャイルドことジョゼッペが、イングランド銀行の総裁をしていた時期は、ちょうど、ユダヤ人のベンジャミン・ディズレリー*ことジョゼッペが英国首相として活躍していた頃ともかなり重なりますね。勢力的に二股をかけて仕事していたんですね。まあ、同じサクソン王族の手下も銀行や政府・国会に同僚としてたくさん引っぱり込んで、細々(こまごま)とした仕事は彼らに任せていたんでしょうね。

ベンジャミン・ディズレリー(首相在任:1868年2月〜12月、18742月〜1880年4月)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%99%E3%83%B3%E3%8
2%B8%E3%83%A3%E3%83%9F%E3%83%B3%E3%83%BB%
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さらに、第二次世界大戦後は、ライオネルの三男レオポルドの後妻「マリエ・ペルギア」の連れ子で、レオポルドの三男となった「アンソニー・グスタフ・ロスチャイルド」*が英国ロスチャイルド家の頭領になり、それで、N.M.ロスチャイルド銀行*の持ち株のほとんどがアンソニーのものになったということです。それを引き継いだのがアンソニーの息子「エブリン・ロバート・ロスチャイルド」**です。

* アンソニー・グスタフ・ロスチャイルド
http://amesei.exblog.jp/4058636/
(「ロスチャイルド・コンティニュエイション・ホールディングス・AG」のAGは、Anthony Gustav の略であり、この持ち株会社がN.M.ロスチャイルド銀行のを傘下に収める一族の持ち株会だであり、アンソニーが設立したということです。アンソニーが本来のロスチャイルド家の人間を押しのけてN.S.ロスチャイルド銀行を傘下に収める会社をつくり、アンソニーなどサクソン王族がほとんどの株を持つようになったということでしょう。ということは、あの米国保険会社大手『AG』(アンソニー・グスタフの略ってことですね)も彼らサクソン王族の会社ということなんでしょうね。だから、2008年〜9年のサブプライム・ローン問題による金融恐慌の時も破産寸前だったのに倒産しないように政府から資金援助をたっぷりしてもらったんですよね。当時は、まだ(2009年1月までは)、ブッシュJr.が米大統領でしたからね〜。にもかかわらず、AGの役員たちは豪勢なボーナスをもらったりしていたので問題になってたましたね〜!)

*N.M.ロスチャイルド銀行&サンズ
http://ja.wikipedia.org/wiki/N%E3%83%BBM%E3%83%BB
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★★★銀行の紋章のてっぺんに描かれている「カラス」は、ジョゼッペ&シバの女王の「ゲルマニア帝国連邦」を象徴する紋章のようですね。本来のロスチャイルド家の経営していた銀行をサタニストたちが乗っ取ったという”証拠”です!

** Evelyne Robert de Rothschild
http://en.wikipedia.org/wiki/Evelyn_Robert_de_Rothschild

★★★★★
ジョゼッペは、2代目ライオネルの戸籍に次男として入ったばかりか、そのライオネルの三男のレオポルドにシバの女王「アチル・ペルギアの娘」を嫁がせ、ジョゼッペ自身が次男として、マリエ・ペルギアの連れ子が三男としてレオポルドの戸籍に入り込み、ロスチャイルド家の金融や資産のほとんどをしだいに奪っていき、「ジョゼッペ&シバの女王」たちサクソン王族・サタニストのものとしていったということですね〜!!

しかし、最近では、本来のケルト系ロスチャイルドにとって少し状況が好転したのか?、下のサイトを読むと、2003年に、フランスのデビット・レネ・ロスチャイルド*が英国とフランスの両方のN.M.ロスチャイルド銀行を合併した銀行の会長に就任しています(表向きがそうなだけで、実際はただの財務管理者というだけなのかもしれませんが)。当初は、持ち株は、イギリス(主な株主はエブリン・ロスチャイルド)とフランスで分け合っていたようですが、2007年にはすべてフランスの持ち株になったとのことです。また、エブリン・ロスチャイルドの三男「デビット・マイヤー・ロスチャイルド」**は、探検家・環境活動家で、それらに関する本も出版しています。*** 「ロスチャイルド家」のサイトの下のほうにあるデビット・マイヤーの所を見ると、’ビリオネイヤー’となっていますから、資産が数十億ポンド(数千億円)もある大金持ちということですね。

* デビット・レネ・ロスチャイルド
http://en.wikipedia.org/wiki/David_Ren%C3%A
9_de_Rothschild
** デビッド・マイヤー・ロスチャイルド
http://en.wikipedia.org/wiki/David_Mayer_de_Rothschild

*** Rothschild family
http://en.wikipedia.org/wiki/Rothschild_family#English_branch
(ロスチャイルド家の紋章を見ると、てっぺんにカラスがいる気味の悪い紋章になっていますが、これは、ジョゼッペ&シバの女王たちサタニストに本来のロスチャイルド家が乗っ取られていることをよ〜く表しています。本来のロスチャイルド家の文様は『ライオンとユニコーンの文様』みたいです)

また、ライオネル・ネイサン・ロスチャイルド(=ダグラス・マッカーサー)とマリエ・ルイーズ・ユージーン・ビアー*との間には’4人の子供’**がいて、長女ローズマリー(1913年〜)、長男エドマンド***(1916年〜2009年)、次女ナオミ(1920〜2007年)、次男レオポルド(1927年〜)と戸籍上はなっています。しかし、エドマンドは名前からしてサクソン王族の名前で、ライオネル(=マッカーサー)とは全然似ていません。おそらく、上の3人はユージーンの連れ子(まあ、シバの女王たちは、結婚した後でも他人の子を生むのも平気みたいなので結婚後かも?)のような感じです(生年月日はよく誤魔化しているので、多分、ジョゼッペとユージーンの子)。三男のレオポルドだけがライオネルとの間に生まれた子供なのでしょう。というわけで、エドマンドは、叔父(実は異母兄弟)のアンソニーとは純粋サクソン王族同士で、父親が同じジョゼッペなので、とても仲が良かったそうです。第二次世界大戦時にはドイツにいて、おそらく、「父親と知ってか知らずかヒットラー(ジョゼッペ)を手伝っていた」*んでしょうね。><;

* マリエ・ルイーズ・ユージーン・ビアーズの父親
「ローバート・ガスコン・セシル-5代目ソールズベリー公爵」
http://en.wikipedia.org/wiki/Robert_Gascoyne-Ce
cil,_5th_Marquess_of_Salisbury
参考:「ウィンザー朝の奥の院は「ソールズベリー公爵」!(=セシル家)」
http://urarala7.exblog.jp/15811573/
** ライオネルの家系図 Exbury Garden - Family Links
http://www.exbury.co.uk/website/family.aspx
*** エドマンド・ロスチャイルド
ttp://imagesearch.excite.co.jp/detail/?search=%E3%82%A8
%E3%83%89%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%83%89%E3%8
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画像
http://imagesearch.excite.co.jp/detail/?search=
Edmund+Rothschild&start=0&look=excite_jp
*中丸薫のWORLD REPORT(vol.8)緊急特別掲載
http://www.taiyonokai.co.jp/report_8.html#column
(「交友録:エドモンド・ロスチャイルド」のところを読むと、まるで、ヒットラーが自殺した時に居合わせような言い方です。英語のウィキを見ると第二次世界大戦中、彼はドイツにいたということですから。)
謎のベール・・銀行家エドマンド・ロスチャイルドさん
http://www.zakzak.co.jp/top/200902/t2009021653_all.html
(良いことを言っておられますが、実際は本当のロスチャイルドを乗っ取っていらっしゃるわけで〜〜〜言っていることとやっていることが反対なわけです〜! サタニストたちはみなそうみたい。”何でも『反対、逆さま』なことをするのが良いことである”と小さい時から教えられているみたいなんです)
中田安彦著「世界を動かす人脈」より抜粋(6)
http://ameblo.jp/antibizwog/entry-10936787430.html
エドモンド・ロスチャイルド氏とデービッド・ロスチャイルド氏は、日系ユダヤ人
http://www.asyura.com/sora/bd13/msg/749.html
(母親が飯島セツ?って、日本人に化けているユージーンでしょう!それとも、情報交換するためジョゼッペが女装して、会っているのかな?)

○さあ〜比べてみよう!アンソニーとエドマンドはどれくらい似ている?!

アンソニー画像
http://imagesearch.excite.co.jp/detail/?search=Antho
ny+Gustav+Rothschild&start=1&look=excite_jp
(シリアス〜なお顔!)
エドマンド画像
http://imagesearch.excite.co.jp/detail/?search=%E3%82
%A8%E3%83%89%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%83%8
9%E3%83%BB%E3%83%AD%E3%82%B9%E3%83%81%
E3%83%A3%E3%82%A4%E3%83%AB%E3%83%89&star
t=1&look=excite_jp
(ニコニコ〜顔!)

ま、表情がかなり違っているから印象はかなり違うけれど、顔の造りはけっこう共通点が多いような!


<ロックフェラー、ロスチャイルドについて>

NWOによる家畜的羊人間Matrixからの脱出:2011年03月

上のサイトで「スタンダード・オイル」の項を読むと、1870年の代初めに石油に関わってきて、買い占めを始めるなど強引なビジネスを行うようになるのですが、やはり、1866年の「普墺戦争」以降は、サクソン王族にコントロールされ、婚姻もして、乗っ取られていったのではないでしょうか?!

それから、上のサイトの真ん中あたりにある「国際金融家ロスチャイルド」についてのビデオの上のほうにある説明も下にある説明も間違っています。

まず、ビデオの上の説明:「ヒットラーは、ロスチャイルドの隠し孫であり偽ユダヤシオニストの操り人形だった。」

ヒットラーは(ジョゼッペ=スレイマーン=元米国大統領ケネディ=その他さまざまな歴史上の重要人物になって何万年も生きているジョゼッペ)です。

一方、ロスチャイルドは、おそらく「ノア」の長男「セム」の直系の家系で、ギリシャ神話にあるように「ゼウス」と呼ばれていた家系。ユリアス・シーザーの末裔でもあり、イエス・キリストの末裔と思われます。

ヒットラー=ジョゼッペ=スレイマーンは、ノアの次男ハムの子孫の家系だと思われます。

『ビデオの下の説明:「偽ユダヤ アシュケナジム・ユダヤ   カザール人(90%支配層)
古代イスラエルの民の末裔の本物のユダヤ人は、スファラディム・ユダヤ(10% 非支配層)という。』
(上の文の間違いを訂正します!)
・ スファラディム・ユダヤが、現在の世界の支配層です。ハザール人*に関しては、まだ分からないことが多いらしいのですが、ジョゼッペは、スファラディム・ユダヤであり、オスマントルコのスルタンでもあったことから、トルコ(テュルク)系を操り、アナトリア半島からアシュケナジム・ユダヤを追い出したのは確かですが、それがハザールではないようです。おそらく、ハザール王国、はユダ王国(スファラディム・ユダヤ)がローマ帝国に滅ぼされ、世界に散らばっていったためにできた王国ではないかと。だから、カザール人(=ハザール人)は、スファラディムです!

・ 古代イスラエルの民の末裔の本物は、サクソン王族からアシュケナジー・ユダヤ(=アシュケナジム)と呼ばれている人々です。

なので、本当は:
スファラディム・ユダヤ カザール人 (10%支配層)
古代イルラエル王国子孫のアシュケナージ・ユダヤやその他諸々のヤハウェ系、スファラディムとの混血など (90%非支配層)

ノアの長男セムの子孫は白人も多かったけれども、褐色や黄色、黒っぽい人たちもいたんだろうと思われます。肌の色は、100年、200年、数千年と、長年その人々が住んでいた地域によって違いが出るのであって、中東系だから褐色と考えるのは間違いです。

しかし、そのハザール王国にも先住民としてケルト人のセム系かヤペテ系の部族がいたのかもしれませんし、他の部族もいて、彼らに影響されて改宗した人々(スラブ系、トルコ系、その他)などもいて混合部族という面もあったのかもしれません。しかし、13世紀のチンギスハン率いる元(モンゴル)の侵入により「ハザール王国」は崩壊し、ハザール人=カザール人は難民となって東欧や西欧、北欧、ロシアへと流入していったらしいです。


上のサイトの一番下にあるビデオで、「デビット・マイヤー・ロスチャイルド」(1978年生まれ)が環境問題を訴えているビデオを見ると、彼は、なんだかオサマ・ビンラディンに似ているような?まさか?エブリンの子じゃなくて〜。。。

エブリンの二番目の奥さん「ウ゛ィクトリア・ルウ・スコット」(1949〜多分嘘の生年月日)って、「シバの女王」のひとりでしょう、きっと。「NWO=ニュー・ワールド・オーダー」の戦略上の必要からアラブ系との子供を生んだのかもしれません。9.11はオサマを代表とするアラブのテロ組織「アルカイダ」の仕業ってことになってましたからね〜。そう言えば、9.11の前にエブリンの三番目にして現在の妻「リン・ロスチャイルド夫人」がニューヨークのワールドセンターを見学に来ていたとかって、5年くらい前に、ネットに情報が流れてましたね。

<真実の扉> ギィ〜! パタン!!

『ロスチャイルド』→ロス・チャイルド→ザ・チャイルド→イエス・キリストの子供。ダビデの子孫で、本物のアブラハムの子孫(サクソン王族にもアブラハムを名乗っている人がいます)で、ノアの子孫でもあるわけです。


☆今日は『クリスマス・デイ』☆

’メリー・クリスマス!!’ *^!!☆♡☆♡☆♡☆♡☆♡☆!!^*

みんなが元気で幸せになれますように!♡ 世界が平和になりますように!☆

”みんながひとりのために、ひとりがみんなのために”という子供の頃に読んだ本にあった言葉を想い出しました。

わたしもみんなにやさしく気配りのできるいい子な大人になれますように!☆
(おっとり刀で、気が利かないものですから。エへへ〜 )


(2011.12.25 05:50 a.m. 記述完了)

(2011.12.25 07:20 a.m. 本文中終わりのほうのハザール人に関する記述を訂正しました。)

p.s.

現在、出版されている「ギリシャ神話」に出てくる神々は、紀元前4世紀半ばに「フィリポス2世」(=多分、後藤象二郎。野蛮な乱暴者だったというところが偽須佐男命と同じ)というマケドニア人(ドーリア人)王がスパルタを除くギリシャ全土を統一した頃、あるいは、アレキサンダー大王が東方遠征した頃に、本来のアテネを中心としたセム系正統派シュメール人王族たちのことを描いた本来の「元祖ギリシャ神話」を改ざんして、名前はそのままでも、その性質は、自分たちサクソン王族の「性的に奔放」で、「残虐」で、「好戦的」な性質に変えてギリシャの神々として描いたものだと思われます。したがって、「現在のギリシャ神話」では、その登場人物のゼウス=ジョゼッペであり、アフロディーテ(ヴィーナス)や、ヘレンなどが「シバの女王」なのであり、彼らの性質を描いているんでしょう。

ギリシャの歴史〜ギリシャ観光局
http://www.visitgreece.jp/history/index.html

現在の歴史では、正統派シュメール人は起源前3000年くらいからアナトリア半島(現在のトルコ)やバルカン半島(現在のギリシャ)に住んでいたことになっています。しかし、昔、わたしが子供の頃に読んだ「夢を掘り当てた人」というシュリーマンの伝記では、シュリーマンは、古代ギリシャの詩人ホメロスの叙事詩「イーリアス」、「オデュッセイア」をもとに古代ギリシャ都市の発掘を試み実際に掘り当てたのでした。このことにより、シュリーマンは「古代アナトリア半島にその起源が’紀元前12000〜6000頃’にさかのぼる古代都市」(当時は、おおよそしか分からなかったでしょうが)が実在したことを確信したとありました。現在は、そのような歴史上の事実はサクソン王族によって巧みに完全に隠ぺいされているのでしょうが。

もともと、キリスト教の精神をもとにした「元祖ユダヤ教」(現在の「旧約聖書」を信じるユダヤ教とは違う)を信仰していた正統派シュメール人王族たちは、仁(正義・道徳など)を守り、性的な面でも節操を重んじていたはずです。したがって、セム系正統派シュメール人の王「ゼウス」などの神々(人々からそう呼ばれていたらしい)も当然そうだったはずです。



*コメント欄も見てくださいネ!
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by Ulala-lov | 2011-12-23 19:16 | 西洋史 | Comments(12)

2011−12−22


現在、ロンドンのNMロスチャイルド銀行は、アンソニーの息子のイヴリンが継いでいますが、この人は、私が1981〜82年にイギリスのブライトンにある英会話学校に通っていた時に同じクラスにいたトルコ出身の商人とか言っていた中年のおじさんにとてもよく似ています。多分、私を偵察に来ていたのでしょう。2人1組になって、「相手の人物の性格を当てるクイズ形式のゲーム」のパートナーとなったことがあるのですが、私から見て、そのおじさんは「お金にすごく関心がありそう」というところが当っていました!003.gif

ロスチャイルド家の家系図

というわけで、シバの女王は何人もいて、マリエ・アチル・ペルギアでしょ、マリー・ルイーズ・ユージーン・ビアー(叶晴栄、松本伊代などに変身)もでしょ、アレクサンドル女王もだし〜、エリザベス女王はもちろん、それから、バイニング夫人(今生天皇の元家庭教師)も、もしかしたらそうなのかも〜?

そして、レオポルド・ロスチャイルドの長男で、アリス・リデルとの間にできた「ライオネル・ネイサン」*(1882〜1942年)もまたサクソン王族の娘と1912年に結婚させられています。その相手とは「シバの女王」ワルワル3シスターズのひとり「マリー・ルイーズ・ユージーン・ビアー」です。

アンソニー・グスタフ・ロスチャイルドのような「ジョゼッペやシバの女王の血が入った者=サクソン王族純粋系」と、シバの女王とロスチャイルドとの息子「サクソン王族と正統派シュメール人との混血」の両方が必要みたいです。また、ジョゼッペは、ロスチャイルドの正統派シュメール人同士の婚姻による子供も少しだけ残しています。これは、優秀な人間を残して利用するためと、その優秀な人間とサクソン王族を結婚させて、サクソン王族を優秀な人間にするためのようです。

レオポルド・デビット・ロスチャイルドは、第二次世界大戦直後でナチが敗北した直後だったこともあってか、スコットランドのケルト系王族の女性と結婚して、3人の子をもうけて、そのひとりが’タムドクもどき’です。でも、純粋に近い正統派シュメール人(訂正:人間の=ここではケルト系)王族はサクソン王族から命を狙われやすいのです。それで、タムドクもどきもすっごく苦労したんですよ。ところが、そのレオポルドも後にサクソン王族の策略で離婚させられ、連れ子のあるサクソン王族の女性と結婚するように計略にはめられています。

彼らサクソン王族は、「アーリア人」という独自の「優勢学」を信奉しているらしいのですが、多分、一番は「ジョゼッペとシバの女王の血筋=サバ人」で、次に、「正統派シュメール人とジョゼッペの混血」や「正統派シュメール人とシバの女王との混血」という感じみたいです。(でも、ジョゼッペは、ネグロサクソンのシバの女王には内緒で、「正統派シュメール人(訂正:人間のケルト系王族)と自分との混血」が一番だと思っているふしがあります)

ライオネル・ネイサン・ロスチャイルドの家系図 ~Exbury Gardens - Family Links

さて、サタニストたちは、その次に、ロスチャイルドの正統派シュメール人王族の純粋血流でありロンドン一族の頭領であるライオネルが英国にいては邪魔だったので、隠れシバの女王「バイニング夫人」*(=女優ヴィヴィアン・リー)を使って誘惑させて、アメリカに追い出したと言うことではないでしょうか? それで、マリエ・ルイーズ・ビアーと離婚したライオネルは、1938年頃に米国の軍人ダグラス・マッカーサー**として米国籍を得た後、フィリピンでバイニング夫人と結婚というか、正確には、カトリックなので離婚できないから、結婚という形ではなく、同居し始めたのかもしれません。(すべてサクソン王族の策略通りに進んでいった!)

バイニング夫人(エリザベス・ヴァイニング)ウィキペディア =ヴィヴィアン・リー

(米国の女優ヴィヴィアン・リーは、映画「哀愁」*、「風と共に去りぬ」**、「欲望という名の電車」***などのヒロイン)


** ダグラス・マッカーサー ウィキペディア(家族のところを見ると、マッカーサーとユージーンと少年時代のレオポルドの写真が載っています。1950年撮影。従ってレオポルドはユージーンの子ではありません。ヤハウェ系の女性との間の子だと推察されます。)

ところで、1998年頃、わたしに、アイゼンベルグこと喜多文磨の妻であるおばあちゃんが、「数年前におじいちゃん(=アイゼンベルグ)と息子は、天皇陛下の子供の頃に家庭教師をしておられたバイニング夫人に会いにアメリカに行って来たのよ。」って、ちょっと自慢げに言っておられました。すると、アイゼンベルグがわざわざ息子さんを連れて挨拶に行くということは、バイニング夫人はサクソン王族にとって、とても重要な人物ということになりませんか?ネ! ところで、バイニング夫人は、1999年に亡くなっておられます。けれども、彼女たち「シバの女王」の場合、本当に亡くなったのか?ってよく分かりませんね。多分、まだ生きているんでしょう。また、このバイニング夫人=マリエ・ペルギアであるかもしれません。なにしろ、「ES細胞移植」で、若返りますからね〜!
   @o@; タラ〜!とします〜 『タラ』のスカーレット・オハラさんには .....

『哀愁』という映画は、第一次世界大戦中の1917年ころの舞台設定になっていますが、おそらく、ライオネルとバイニング夫人の恋物語の実話をもとにした映画のようで、実際のふたりの出会った時期は、おそらく、第二次世界大戦中の1936〜7年頃だろうとわたしは推察しています。

映画「哀愁」を語る(淀川長治) - YouTube
淀川長治(=旧ハプスブルグ家の誰か)は、わざと真実ではないとゴマかすためにウソの解説をさせられているのです。


クローン大佐を演じているライオネルはアングロサクソン王族っぽい顔に造って(正確には造らされて)います。

(こちらのクローニン大佐は別人が演じている偽作品ようです。顔はよく似ていますが、よりソフトな感じの顔になっていて、声がちょっと違うような。また、アングロサクソン王族が金儲けのために別に模倣して製作したんでしょうね)

映画の「あらすじ」によれば、主人公のクローニン大尉(ライオネル)は、ウォータールー橋で偶然出会った踊り子のマイラ(バイニング夫人)と一日で恋に落ちる。マイラに夢中になったクローニン大尉は即時に結婚を決断し、出会った翌々日に結婚式を予定する算段をします。しかし、予定より一日早く、急にフランスの戦地に赴くことになったため結婚式は挙げないまま別れるのです。私の推察では、その急な予定の変更は、突然、結婚の相談をされたクローニン大尉の親族である英国軍幹部(大将か少将くらい)が相手の女性の素性(すじょう)を調べて、すでにサクソン王族のまわし者だと察知(さっち)し、そうしたのかもしれません。。。クローニン大尉ことライオネルも後からそのことを知らされ結婚への熱意も冷めてしまっていたのかもしれませんが。。。しかし、クローニン大尉が戦地に行っている間にマイラは失業しお金に困って娼婦になっていたのでした。(この当たりはマイラ本人の告白なのでかなり眉唾(まゆつば)ものです。性的倒錯の多い「シバの女王」たちだから好きでやっていたのかもしれないし。そんなことしなくてもお金に困らないはずなのですが。)それでも、バイニング夫人は’執念(しゅうねん)で’クローニン大尉をウォータールー駅で待ち伏せし続けるのでした。そして、とうとうクローニン大尉が帰ってきて再会を果たすのでした。おそらく、クローニン大尉ことライオネルは、サクソン王族の脅威を感じて、結局、最後には結婚を決断するしかなかったのでしょう。そして、スコットランドのクローニン大尉の実家に挨拶に行くのですが、クローニンの親戚の軍人の言葉や母親(おそらく、実際はライオネルの祖母、父親のレオポルドは1917年に死去)の言葉に、もしや自分の過去を知っているのではないかと不安になり、その過去を恥じて(たことにして)、ひとりロンドンに帰り、ウォータールー橋の上を走行している軍隊車両の列の救急車両に飛び込み自殺をして亡くなったということに映画ではなっています。しかし、実際は助かっていて、その後、1938年に、同居し始めたということになるのでしょう。それとも、マッカーサーとしてアメリカで新戸籍を得たので、めでたく正式に結婚したのかな?

* 映画 哀愁
(わざわざ、軍隊車両の列の赤十字の大きな看板をつけた医療隊の車に飛び込むなんて。。。すぐに確実に助けてもらいたかったのでしょうね〜 ーー;  バレバレ〜)

それから、最初の出会いのところですが、バックのフタがパカッと開いてしまい、中身がドッと飛出してしまって、それを拾ってくれた男性と結婚したという馴れ初め話は、私が最初に就職した会社の研修の時に、女性の先生がご自分の結婚話をされた時に馴れ初め話として聞かされた話とまったく同じでした。もしかしたら、エリザベス女王たちがそういう話をその先生にわざとさせたのかもしれません(彼らサクソン王族は、自分たちの策略を自慢したがるクセがあるらしいですから)。つまり、'わざとバックの口を開けて男性の気を惹く切っ掛けを作る'というのはサクソン王族女性スパイの典型的な手法の一つなのかもしれませんね。

主役
「ローイ・クローニン(苦労人)大尉」役:ロバート・テイラー(=ライオネル・ネイサン・ロスチャイルド=ダグラス・マッカーサー)
「マイラ(My-ler~自己中?あるいは、参る(降参する)人?)」:ウ゛ィウ゛ィアン・リー(=ヴァイニング夫人=マッカーサー夫人=マリエ・ペルギア?)

配役の名前は、いったい誰がつけたのでしょうか?。。。おそらく、ライオネルかな?!

マリエ・ペルギアはライオネル・ネイサン・ロスチャイルドにとって、継母(ままはは)になるわけですが、シバの女王やジョゼっぺたちサクソン王族にとっては、そんなこと大した問題ではないようです。

それにしても、本来のケルト系のロスチャイルド家の人々は、「シバの女王&ジョゼッペたち=何千年も生きている妖怪かつ残虐な悪魔たち」に、とっ〜ても大変な苦労をさせられてきたっていうことですね! (+~+; まさに〜 イエス・キリスト並みの苦労でしょうか。。。いや、それ以上かも〜

平成天皇とヴァイニング夫人の記憶  社会科学者の時評

クエーカー憲法 NHK総合

ウ゛ィウ゛ィアン・リーの出演した他の代表作
1939年作品「風と共に去りぬ」
(1861年に起きた米国の内戦「南北戦争」時に、南部ジョージア州タラの大地主の娘で勝ち気なスカーレット・オハラを主人公に描かれる。つまり、当時のサクソン系王族や彼らの奴隷などの生活が描かれる)

1951年作品「欲望という名の電車」
(テネシー・ウィリアム著「ガラスの動物園」の戯曲(1950年)を映画化。父の死とともに南部の家を失ったブランシュ・デュボア(ウ゛ィウ゛ィアン・リーはアルコールに身を持ち崩して、妹ステラが結婚しているニュー・オルリンズのフランス街の家を訪れた。ブランシュは、ステラの夫スタンレーに友人のミッチを紹介されミッチと結婚したがり、自己の過去を打ち明けたが、後に、それが嘘だとバレ、ブランシュが大変なアバスレであることが分かる。結局、その結婚話はご破算に。さらに、失望のさなかにスタンレーにひどい目に遭ってとうとう発狂し、精神病院へ。)

「ガラスの動物園」って、ロンドンにある「水晶宮」(ガラスの宮殿もあったが1936年に焼失)か「キュー・ガーデン」(王立植物園)のガラス張りの宮殿のことでしょうか?つまり、「ガラス宮殿の動物園」→「ハノーウ゛ァー朝=ウィンザー朝の動物園」ってことですかあ? ありゃ〜、「青森のカッペ」さんが’東北弁なまり’で「ウエストミンスター寺院」*のことをウェスト・モンスター・ズー・イン(西洋の怪獣動物園の宿)って言うてたのに〜なんだか〜通ずる感じだッペ〜!

まあ、彼らサクソン王族たちの性的倒錯、幼児への性虐待だとか、同性愛だとか、その他もろもろ。。。を暗示しているのでしょうねぇ〜。それにしても、ウ゛ィウ゛ィアン・リーは、よくまあ、自分たちサクソン王族のことを暗示したような映画によく出演しましたね〜 うまく担がれたのでしょうか?  @@? 

* ウエストミンスター寺院 ウィキペディア
「エドワード懺悔王」が11世紀に建てた寺院ですって。エドワード懺悔王 ウィキペディア
(サクソン王なんですって!ノルマン王族たちがイングランドをサクソン王族の残虐な統治から解放するちょっと前のことらしいですぅ〜。)

(2011.12.24 3:20a.m. 記述完了)

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by Ulala-lov | 2011-12-22 01:33 | 西洋史 | Comments(1)

2011−12−20


先日11月24日に「『不思議の国のアリス』からから見る英国史」という記事を書きましたが、その続きを書きます。アリス・リデルを可愛がっていたルイス・キャロルは、結局、アリスと結婚したのではないかしら?というのが私の推測です。まあ、これから、私の推理を書きま〜す!

ところで、ロンドンに亡命した?フェルディナンドか、その子孫「レオポルド・ロスチャイルド」*(1845〜1917年)の妻「マリエ・ペルギア」(1862〜1937年?)さんもまだ生きておられるようです。最近、ある所で、時々見かけるおばあちゃまがそのようです。品の良いやさしそうな方だと思っていましたら、最近、ちょっと、あれって思うことが少々あって、調べていたのですが。。。

* Reopold Rothschild
http://en.wikipedia.org/wiki/Leopold_de_Rothschild

1881年にレオポルド・ロスチャイルドは、Achille Perugia の娘 Marie Perugia (1862~1937) と結婚して養子となりロスチャイルド家の戸籍に入れられています。(彼女の妹のLouise が香港の Arthur Sasson と結婚しています。)レオポルドが36歳の時の結婚ですから、まあ、一般的にいえば、それに当時としてはかなり晩婚ですよね。以前にわたしのこのブログでも、ほんとうは、もっと早く結婚していたんじゃないかしら?1870年頃の間違いじゃあ。。。なんて書いたのですが。再婚だったのですね!*

*「ソールズベリー伯爵・公爵家とセシル・ローズ(=ジョゼッペ)
http://urarala7.exblog.jp/d2011-10-10/

また、フランスのロスチャイルド家のジェームズ・ロスチャイルドのウィキサイトを見ていたら、アチル・フォールド**という人と関わりがあり、そこからリンクしているフォールド氏のウィキサイトに行き写真を見ると、アチル・フォールドさんの顔は、わたしが最近よく見かけるそのおばあちゃまの顔と似ていたのです。なので、どうもそのおばあちゃまはマリエ・ペルギアさんみたいです。マリエ・ペルギアさんは、イタリア - ウ゛ィネチアのトリエステという町の商人「アチル・ペルギア」の娘とありますので、このアチル・フォールド氏は同じアチル家系の親戚なのかもしれませんね。

Achille Fould**(1800~1867)
http://en.wikipedia.org/wiki/Achille_Fould

最近、ちょっと、何となく、そのおばあちゃまが少し気難しい人だなって思うようなところがあって、やはり、一見、やさしそうでも本当は恐い人なのかもしれません。映画「ハウルの動く城」に登場するロンドンのガラスばりの(植物園の?)宮殿*にいる車椅子のおばあちゃんはこの人だったのかな?って思ったりします。(わたしがよく出会うそのおばあちゃまは普通に歩けるものの、なんか膝が悪いみたいなんです)

あの映画「ハウルの動く城」では、ガラスの宮殿にいる車椅子のおばあちゃんが戦争を起こしていた超本人みたいでしたよね!

* キューガーデンズ(王立植物園)
http://www.funlondon.net/companyHP/sightseeing/sight_kew.html
水晶宮
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%B4%E6%99%B6%E5%AE%AE
(ハウルの城にでてくる宮殿は、下の水晶宮のことかもしれませんが、現在はないので、もしかしたら、キューガーデンのどこか(ウ゛ィクトリア・ハウスか?)にも王室専用のガラス部屋があるのかも?)

レオポルド・ロスチャイルドは、美術品収集家でもあったそうで、フランスのアチル・フォールドと同じ趣味ですので、金融家という点での共通点に加えて、その辺でも出会う機会が多かったのかもしれません。それで、アチル・フォールドが親戚のマリエ・ペルギア(マリエは、ロスチャイルドのお嫁さんにつく名前のようですので結婚前は違う名前のはず)を紹介したのかもしれませんね。

それにしても、1866年の「普墺戦争」**(プロイセン=オーストリア戦争)でオーストリアが敗北していなかったら、レオポルドがサクソン王族のお嫁さんをもらうことはなかったでしょう。おそらく、受け入れなければならない暗黙の圧力がかなりあったのでしょう。ヨーロッパの他のロスチャイルド家にとっても、ロンドンのロスチャイルドはサクソン王族の乗っ取りを免れている最後の砦(とりで)だったでしょうに。

** 普墺戦争
ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%99%AE%E5%A2%BA%
E6%88%A6%E4%BA%89
ドイツ統一で対立するプロイセンとオースリア
普墺戦争の勃発にうろたえるルートウ゛ィヒ2世
ttp://dramatic-history.com/king/ludwig/ludwig2-3.html
普墺戦争についてです。-Yahoo知恵袋
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1255171212

しかし、最近、やっと気がついたのですが、レオポルド・ロスチャイルドはマリエ・ペルギアとの結婚の前にも、結婚していたのではないかと。その相手が、あの『不思議の国のアリス』のモデルと言われるアリス・リデル***ではないかと思われるのです。

*** アリス・リデル
http://en.wikipedia.org/wiki/Alice_Liddell

アリスの結婚したレジナルド ハーグリーブスというクリケットの選手が住んでいた町は、ハンプシャー州*のリンドハースト**といって、ここら辺は、あのライオネル・ネイサンが購入したというエクスベリーガーデン***とも近く、どうもロスチャイルド家など古代からのケルト系の王族たちが住んでいた土地みたいなのです。

* ハンプシャー州
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%B3%E3%
83%97%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%BC
[古代からケルト人が住んでいたブリテン島は、1〜5世紀初頭まではローマ人に征服され、4世紀末〜5世紀初頭くらいからはデーン人、サクソン人に侵略されていたのを5世紀初頭くらいにケルト系のアーサー王がブリテン島全域を統一したのです(ほとんどの書籍には載っていませんが、ある書籍の地図にはそうなっていました=多分、これが真実でしょう)。しかし、7世紀頃には、またサクソンが盛り返してきてサセックスにサクソン7王国ができます。そして、9世紀には、そのサクソン7王国のうちの1王国の王「アルフレッド王」(多分、ジョゼッペか象二郎)がウェセックスに侵攻し、征服。南イングランド(=サセックスとウェセックス)を統一します。それを1066年にフランスのノルマンディー公率いるケルト系ノルマン王族たちが取り戻したのです。しかし、それは、現在の支配者であるサクソン王族から歴史を見れば「ノルマン・コンクエスト」(ノルマン征服)となるわけです。また、ノルマンはゲルマンの一派とウィキには書いてありますが違うと思います。ノルマンは正統派シュメール人のケルト民族であり、ゲルマンというは、ジョゼッペたちに率いられたヒッタイト人(西方テュルク系)や白人系サバ人=アングロサクソンがケルト系の国々を次々に征服していき混血した混合民族です。北欧のバイキング(海賊)は、このゲルマン人のほうです。]

**リンドハースト、ハンプシャー(地図を見よう)
http://en.wikipedia.org/wiki/Lyndhurst,_Hampshire
*** Exbury Gardens
http://en.wikipedia.org/wiki/Exbury_Gardens(英語の説明)
http://en.wikipedia.org/wiki/Exbury(地図)
☆エクスベリー庭園でちょっと休憩するんだワン! (^_^)v
http://masaokato.jp/2010/08/15/120017
http://cocosheltie.blogspot.com/2011/07/exbury-gardens-a
nd-our-holiday.html

もし、そうだとすれば、おそらく、アリスは12〜3歳で結婚したか(この年齢での結婚は当時は普通だったそうです)、もう少し待って15歳くらいで結婚したのではないかと。つまり、ルイス・キャロル(作家名。本名チャールズ・ドッジソン:これも違うみたい。あまりにも有名なロスチャイルドの名はでは出しにくいのかも?!それに恥ずかしがり屋だったらしいし。サクソン王族のことこっそりとチクってるし。。)は多分、レオポルド・ロスチャイルドということに。

とすれば、レオポルドとアリスは1864〜67年くらいに結婚したことになり、1881年くらいに離婚したということになります。

しかし、上のサイトのジュリア・マーガレット・キャメロンが撮ったアリスの写真をよ〜く見るとなんだか棺(ひつぎ)の中にある遺体を写した写真のような感じがします。要するにミイラ保存した遺体の写真のような感じが。。。

とすれば、アリス・ハーグリーブスと書かれているその下の写真のおばあちゃんは、実は、アリスの姉妹なのではないでしょうか?(名前は違うはずですが、ウィキに嘘の情報が入っているのかも)

つまり、アリス・リデルはサクソン王族に暗殺されたような気がします(=自殺するように仕掛けられたり、毒薬で病死させられた可能性も)。そして、その後、レオポルド・ロスチャイルドは、サクソン王族の「シバの女王」たちのひとりである’アチル・ペルギアの娘’*と結婚させられたのです。

* 「アチル・ペルギアの娘」といっても、彼女たちシバの女王が何千年も生きているなら、これも一時的な戸籍の改ざんかもしれませんが。アチル・ペルギアは、ヴェネチアのトリエステに住むサクソン系(=スファラディム)ユダヤ王族で商人のようですが、ペルギアの家名から考えると、イタリアのペルージャに由来していて、そこは初期ローマ時代以前からイタリアにおける「サビニ植民地」の拠点だったところです。とすると、ペルギアはペルージャの王の一族だったのではないでしょうか。。。(つまり、イタリアにおけるサバ人の王や女王の一族だったとか)

レオポルドの息子には、長男にライオネル・ネイサン・ロスチャイルド*(1882〜1942年)と、次男エブリン・アチル・ロスチャイルド(1886〜1917年)と三男アンソニー・グスタフ・ロスチャイルド(1887〜1917年)がいますが、長男の名前は、今までのロスチャイルド系の名前ですが、次男と三男は、確実にサクソン系の名前です(エブリンやアチル、アンソニーやグスタフはサクソン系みたい)。ファースト・ネームもミドル・ネームもサクソン名となれば、この二人の息子たちは、マリエ・アチルの連れ子の可能性が高いということです。おそらく、第一次世界大戦で亡くなったエブリン・アチルというのはジョゼッペでしょう(この乗っ取りは非常に重要なので一時期は連れ子になりすましてここを拠点として集中して仕事を達成し、また、他の所へ陰謀を画策しに行ったんでしょう。でも、UFOで時々やって来れるからイイの!)そして、アンソニー・グスタフは、ジョゼッペとマリエ・アチルの息子ではないかと思います。(ウィキのレオポルドの3人の息子たちの生年月日はでたらめでしょう。特に長男のライオネル・ネイサンはアリスの子ですから、1981年にレオポルドが再婚する前の1980年か、それ以前の生まれでしょう。また、ライオネルの上にも兄が2人いたんじゃないかと思われますが(理由はもう少し後で)、多分、サクソン王族に暗殺されたんでしょう)

* Lionel Nathan de Rothschild
http://en.wikipedia.org/wiki/Lionel_Nathan_de_Rothschild

第二次世界大戦後、この三男のアンソニー・グスタフ・ロスチャイルド*がロンドンのロスチャイルドの頭領(=会長)となり、一族の 銀行であるNMロスチャイルド銀行の株の大半を独占するようになったとのことです。本来の長男継承でいけば、ロンドンのロスチャイルド一族の本家は、下のサイト**にも説明してありますが、初代ネイサン→2代目ライオネル→3代目ネイサン→4代目ウォルター→5代目ヴィクター→6代目ジェイコブであり、彼らが一番多く株を保有するはずなのですが、ウォルターは動物学に没頭し、金融の才がなかったために、3代目ネイサンの三男であるレオポルドの長男ライオネルが一時期頭領になり、しかし、’1942年にライオネルが亡くなった’* ので、ネイサンの弟「アンソニー」がロンドン一族の頭領になったいうのが通説です。
* (実は、ライオネルは、サクソン王族の企みでロンドンの一族の頭領の座から降ろされアメリカに追いやられた)

* アンソニー・グスタフ・ロスチャイルド 画像
http://imagesearch.excite.co.jp/detail/?search=Anthony+Gusta
v+Rothschild&start=1&look=excite_jp
(ウ゛ィクターって書いてありますが、アドレスを見るとアンソニーってなってます)

** Rothschilds Continuation Holdings AG 〜 ジャパン・ハンドラーズと国際金融情報
http://amesei.exblog.jp/4058636/

しかし、本当のところは、1866年のオーストリア・プロシア戦争でのオーストリア敗北により、この戦争の勝利者である大将ジョゼッペが、ロンドンのロスチャイルド一族(ヨーロッパのロスチャイルドの中で唯一最後まで乗っ取られないように踏んばっていた)の金融を乗っ取る算段をしたにちがいありません(フランスのロスチャも乗っ取られていました*)。それで、おそらくジョゼッペ&「シバの女王」マリエ・ペルギアの子であるアンソニー・グスタフ・ロスチャイルドにロンドン・ロスチャイルドの頭領を継がせるように仕組んだのでしょう。

○フランスのロスチャイルド家

初代ジェームズ→ソロモン→エドモンド→ギイ→?(バンジャマン)→ディビット(推測) となっています。
(100歳くらいで最近亡くなったギー・ロスチャイルドは、ギーがギヨームから来ているとすれば、サクソン系でなくケルト系です。)

つまり、下の家系図*を見ると、フランスでは、ジェームズの息子たちから1829年生まれのグスタフ、1845年生まれのエドモンドなどサクソン系の名前になっています。他にもバンジャマン(=ベンジャミン)とかも。つまり、1789〜99年にフランス革命が起きて、その後、ナポレオンの統治下となったのですが、ロベス・ピエールもナポレオンもジョゼッペですからね。サクソン王族(ジョゼッペ&シバの女王)たちに徐々に乗っ取られてしまったのでしょう。

*ロスチャイルド・ファミリー家系図
http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/5/53/Roths
child_family_tree.png


○本家のドイツ・フランクフルトのロスチャイルド家は、初代のアムシェル・マイヤーの一代限りで後継者がなく廃止されます。

○オーストリアのロスチャイルド

初代ソロモン* →アンセルム→(以下は推測)アルベルト→ルイ(第二次世界大戦中のナチ政権下で英国に亡命)です。アンセルムも変わっていますがサクソン系の名前かどうかわかりません。1866年のプロイセン=オーストリア戦争の敗北以前のアンセルムの息子たちからがサクソン系の名前が多くなっています。1834年生まれのルイ、1838年生まれのフェルディナンド、1844年生まれのアルバートがいますし、その次の世代には1877年生まれのジョージや1878年生まれのアルフォンス、1884年生まれのユージーン、1888年のオスカーもいます。みんなサクソン系の名前みたいです。以下のウィキサイト「オーストリアの歴史」を見ると、1834年には、「ドイツ関税同盟」がプロイセン王国の主導で結成され、オーストリアの影響力が低下し始めるとありました。その頃からサクソン王族たちに乗っ取られていったのでしょう。
* ソロモンという名はもともとは正統派シュメール人にも使われていた名前のようです。

○ナポリのロスチャイルド家
初代カール・ロスチャイルドから2代目で後継者が絶えます。バチカンとの取り引き銀行となっていたとか。そのバチカンとの取引銀行は、サクソン系の銀行に変わったんでしょうね。また、ミンナ・ロスチャイルドがマックス・ゴールドスミスと結婚しています。

<まとめ>
要するに、『30年戦争』*(1618〜1648年)でフランスのリュシュリュー(多分、ジョゼッペ=スライマーン)の画策で徹底的に周辺国から包囲され敗北した神聖ローマ帝国の皇帝=ハプスブルグ家は、1648年以降、急速に権威を落としたということです。そして、神聖ローマ帝国は、1806年に、ナポレオン・ボナパルトに滅ぼされたとのことです。これにより、ドイツ、イタリア、フランスの王族だったロスチャイルドはサクソン王族「シバの女王」との婚姻を強要されて資産を奪われ、サクソン王族の財務担当として財務管理をするようになったりしたのでしょう。しかし、オーストリアはオーストリア・ボベミア王国として残ります。ですが、すでに、この頃にはオーストリアのロスチャイルド=ハプスブルグ家はサクソン王族「シバの女王」と婚姻を結ばされ、サタニストたちに乗っ取られていたのでしょう。

* 30年戦争
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E5%8D%81%E5
%B9%B4%E6%88%A6%E4%BA%89

スコットランドが出自のロンドンのロスチャイルドだけは持ちこたえていたものの、1717年にハノーウ゛ァー朝になってからは、だんだんと難しい立場に追いやられていったのでしょう。しかし、1805年に「トラファルガーの戦い」(海戦))**で英国(海軍=ケルト系)がナポレオンに勝利したことによりロスチャイルドは権力を取り戻したのでしょう。株でインチキをやったというのは嘘でしょう。しかし、それもつかの間、1866年の「普墺戦争」でオーストリアがプロシアに負けると、オーストリアのロスチャイルド=ハプスブルグ家はまたもや窮地に。そして、ロンドンのロスチャイルドは、大陸のロスチャイルドを人質に捕られていることから、不利な情勢になってしまい、サクソン王族との結婚も受け入れ、乗っ取られていき、もともとの正統派シュメール人のロスチャイルドは財務管理だけの『サクソン王族の番頭さん』として金融業に関わってきたということなのではないでしょうか?

** トラファルガーの戦い
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%
95%E3%82%A1%E3%83%AB%E3%82%AC%E3%83%BC%E3%8
1%AE%E6%B5%B7%E6%88%A6

ずっと、サタニスト・サクソン王族「ジョゼッペ&シバの女王」が正統派シュメール人王族「ロスチャイルドやロックフェラー*など」に仕掛けてきた戦いということです。

*ロックフェラーについては後日の同じタイトル(3)の記事で説明します。

(2011.12.23 23:40 p.m. 記述完了)
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by Ulala-lov | 2011-12-20 06:44 | 西洋史 | Comments(2)

先日11月25日の「スコットランド王朝史&イングランド王朝史」の記事では、19C末期〜20C初頭の英国・米国の歴史にちょうど繋がっているので、ついでに、そこらへんを書いてみました。

まず、頭に入れておかなければならないのは:

ベンジャミン・ディズレリー首相=セシル・ローズ=ポールウォーバーグということです!
(アルフレッド・ミルナー*は、おそらく、アルバート公です。:2013.12.02 訂正 )

* アルフレッド・ミルナー
ミルナー幼稚園

1891年発足した『円卓会議』**は「セシル・ローズ」が創始者であり、その後、1919年に、円卓会議から発展した『王立国際問題研究所(=チャタムハウス=RIIA)』***が「ミルナー幼稚園」出身の「ライオネル・カーティス」(おそらく、ジョゼッペかその子孫)によって創設されます。

** 円卓会議
裏の支配勢力史5(円卓会議は1981年のところを見てください)
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/468.html
(1870年にジョゼッペ**が「イタリアの統一」*をして、バチカンを占領し、その莫大な資金源を取り上げ、その資金から1886年のオーストリアとの戦争を起こして勝利したということです)

*のところは、下の p.s. で補足説明があります。
** ジョゼッペ・マッツィーニ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A5%E3
%82%BC%E3%83%83%E3%83%9A%E3%83%BB%E3%83
%9E%E3%83%83%E3%83%84%E3%82%A3%E3%83%BC
%E3%83%8B

***王立国際問題研究所
http://monolith2039.blogspot.com/2009/03/blog-post_26.html
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8E%8B%E7%AB%8B%E5%9B
%BD%E9%9A%9B%E5%95%8F%E9%A1%8C%E7%A0%94%E7
%A9%B6%E6%89%80

また、1921年には、米国で『外交評議会(CFR)』*が「エドワード・マンデル・ハウス」**(おそらく、ジョゼッペ)によって創設される。その初代会長がポール・ウォーバーグ(=ジョゼッペ)です。

外交評議会(CFR)*
http://d.hatena.ne.jp/rainbowring-abe/20060808
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%96%E4%BA%A4%E5%
95%8F%E9%A1%8C%E8%A9%95%E8%AD%B0%E4%BC%9A
http://www.foreignaffairsj.co.jp/info/about/hendricson.html

**エドワード・マンデル・ハウス
http://www.foreignaffairsj.co.jp/info/about/hendricson.html
(耳の形もちょと変えていますが、これはジョゼッペ自身がそうしたか、あるいは、写真が最近、改ざんされたのかもしれません。上のサイトの内容を読むと、ハウス大佐がジョゼッペであることに間違いないでしょう。「クラウン」(王様:ここでは世界王)=ジョゼッペのことです。1886年の『晋襖戦争』で、鉄の宰相「ビスマルク」*こと後藤象二郎のもとにあるプロシアがオーストリアに勝利した後、ロンドン・ロスチャイルド家の中に結婚で娘(シバの女王)を送り込み、自分はその連れ子の息子としてロスチャイルドの戸籍に入り込み、ロスチャイルド一族全体を乗っ取り、金融を始め全てのの分野のロスチャイルド企業やその権力を乗っ取っています。)

* ビスマルク
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%83%E3%
83%88%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A9
%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%93%E3%82%B9%E3%8
3%9E%E3%83%AB%E3%82%AF
(下のほうのカブトを被った写真を見ると、後藤象二郎=児玉誉志夫にそっくりですよ〜)

また、すでに、その前の1913年に、FRB(米国連邦準備制度)は、このポール・ウォーバーグ(ジョゼッペ)によって創設されています。

ウォーバーグ一族 :さてはてメモ帳
http://satehate.exblog.jp/7966411/
(ローラ・ウォーバーグは、ウィンザー朝のフィリップ殿下(エリザベス女王の夫)より偉いということですね!「世界革命行動計画」はロスチャイルドではなく、ロスチャイルド家を乗っとったジョゼッペ・マッツィーニことポール・ウォーバーグ&シバの女王たちによる人類抹殺の陰謀ですよ〜 もちろん、ジョン・P・モルガン{=象二郎}やアルバート・パイク{=アイゼンベルグ}もですよ〜)


「1907年の金融危機を教訓として1913年、アメリカで連邦準備制度(FRB)が設立されます」 〜愚民党
http://asyura2.com/08/hasan59/msg/401.html

FRBとは
http://www.pitaco.jp/toushi087.html

アメリカ、EUを動かすイスラエル、その背後にランベールとデル・バンコ(ウォーバーグ)
-るいネット
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=162343

白州次郎とは何者だったのか(26)
http://blog.livedoor.jp/k_guncontrol/archives/50511662.html
(おそらく、15〜18世紀くらいにウォーバーグ家もロスチャイルド家(ドイツの)もドイツのフランクフルトのユゲットーで一緒に働いていたというのは、そこが高い塀で外部から守られたの金融街だったからなのでしょう。今で、いうところの米国の'ウォール街'や英国の'シティ'と同じですよね。特定のユダヤ人に金融が限られていたというのも、そうやって他の人々を金融に関与させないための口実だったのかも。実は王族だったということですかね。)

「民間が所有する中央銀行」より 地球上でもっとも巨大なトラストを創設する法律
::さてはてメモ帳
http://satehate.exblog.jp/8417088

The 1907Crisis in Historical Perspective
http://www.fas.harvard.edu/~histecon/crisis-next/1907/key_actors.html
(1907年の米国大恐慌を起こしたのもポール・ウォーバーグみたい。その直後から中央銀行つまり、FRBの創設を唱えはじめたのだとか)

☆比べてみよう!☆
1. 白川日銀総裁(下のサイト)とポールウォーバーグ(上のサイトの中)のお顔〜!!

白川日銀総裁
http://www.excite.co.jp/search.gw?search=%E7%99%BD%E5%B7%9D
%E6%97%A5%E9%8A%80%E7%B7%8F%E8%A3%81&submit=%E9%
80%81%E4%BF%A1&sstype=excite_d&target=combined&look=excit
e_jp&charset=utf8

日銀の白川総裁とポールウォーバーグよく似てますよ〜 眉はちょっと変えてたり、耳も上の先端を少し尖らせてますけどね。彼にとってはそんなのちょろいちょろい!

2. ジョン・ピアポント・モルガンと児玉誉士夫(=後藤象二郎)のお顔(下のサイト)〜!!

ジョン・ピアポント・モルガン
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%A2%E3%83%AB%E3%82%AC%E3%83%B3

児玉誉士夫 在日説の異聞 〜東アジア黙示録
後藤象二郎

似てませんか〜?!児玉の一番上の写真や、下の方のロッキード疑獄の時の写真とかモルガンに似てますよ〜

p.s.

19世紀のイタリア統一の前にもその伏線のような出来事がありました。15世紀末の教皇アレクサンドル6世とその息子チェーザレ・ボルジアのボルジア一家の時で、この時もアレクサンドル6世はバチカンを乗っ取り、イタリア全土を乗っ取っていたようです。

中世の血塗られた史実〜不思議館l

当時の教皇アレクサンドル6世の写真は多分違っていて、他の教皇の写真でしょう。アレクサンドル6世はアレキサンダー大王の名前から自らが命名したということですが、アレキサンダー大王もアレクサンドル6世もジョゼッペでしょう。その息子チェーザレ・ボルジアはジョゼッペの息子象二郎か、あるいは、他のイタリア生まれのジョゼッペの息子でしょう。象二郎は、児玉誉志夫の時はわりと不細工っぽいおじいさんですが、若い象二郎の時はそう不細工でもないので、化粧などで美顔にもなれるのでしょう。それから、ルクレチア・ボルジアは、アングロサクソン系(白人)「シバの女王」のひとり1975年に死んだことになっているデボンシャー伯爵夫人メアリー・キャバンディッシュ*こと『マリエ・ルイーズ・ユージーン・ビアーズ』#(現在、死んだことになっているライオネル・ネイサン・ロスチャイルド**夫人)だと思われます。要するに彼女も何千年も生きてきたジョゼッペの娘なのでしょう。彼らはずっと昔から近親相姦しているので他人と結婚しても親子、兄弟姉妹での特殊な関係が断ち切れないので上記サイトのような嫉妬から暗殺されたりもするのでしょうが、主に、利害関係からの暗殺が主でしょう。つまり、彼らのポリシーでは、『邪魔な奴、御用済みの奴は 消せ!』ということなのでしょう。

** ライオネル・ネイサン・ロスチャイルドの家系
(ところで、家系図をたどっていって、最近のところを見てび〜っくり!エドマンド・ロスチャイルド(1916〜2009年)の娘エリザベス・レンター(1923〜1980年)から、そのまた娘のキャサリン(1949年〜)を見て、そのまた娘には『マリエ・ルイーズ』#(前の#を見てください)がいるのです。マリエ・ルイーズ・ユージーン・ビアーが1975年に亡くなっていて、1977年にマリエ・ルイーズが生まれたことになっているのです。日本に来ているマリエ・ルイーズ・ユージーン・ビアーが、叶晴栄(かのうはるえ)で、松本伊代で、羽根田征子で、飯星景子*であることからも彼女は若い子ギャルやちょっと年配のキャリア・ウーマンなどさまざまに変身できることが分かるはずです。とすると、ユージーンは死んだ2年後に、今度はエドモンドのひ孫としてロスチャイルドの戸籍に入り直したということすかね。現在、’一応’34歳ということに。)
* 飯星景子
http://image.search.yahoo.co.jp/search?ei=UTF-8&fr=jinbutsu&rk
f=1&p=%E9%A3%AF%E6%98%9F%E6%99%AF%E5%AD%90

チェーザレ・ボルジアとその周辺
http://cesareborgia.ciao.jp/
(ブログ内のビデオを見ると、アレクサンドル6世がどんな感じの人だったかよ〜く分かります。やっぱり、ジョゼッペって!)

あまりに残虐を尽くしたボルジア家の親子は、イタリアの多くの人々からのすごい批判を受けるようになったのでしょう。身の危険を感じたアレクサンドル6世はイタリアから逃げ出し、身代わりを毒殺させて死んだことにしたのでしょう。同様に、その息子のチェザレ・ボルジアも死んだとされていますが、本当は死んでなどいなかったのです。彼らは、すでに十分な金品をイタリア全土から強奪していたのでその役目を終えていたともいえるのです。そして、この時、バチカンに多くのサクソン系王族の枢機卿を送り込むことにも成功していたのです。これが、その後ずっと、バチカンに多大なサクソン王族の影響を及ぼすようになったのではないでしょうか。

(2011.12.18 0:10 a.m. 記述完了)

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by Ulala-lov | 2011-12-01 01:46 | Comments(3)