年末も年末、とうとう年の暮れ大晦日にやっと龍馬や西郷どんたちの暗殺について書くこととなりました〜!
遅くなって相済みません!  (^o^;)”n ポリポリ。。。

今までの、いろいろな資料などから推察すると、ルシファーなどの悪魔を信じている悪魔教信者の『セム系シェバ』(=ハガルの子孫を中心としたヌビアのシャーマン支配層)と、『ヒットイト』(=カナンの子孫)が、一緒にコンビを組んだり、時には、別々に移動したりしながら他国を征服し世界中に覇権を広げていったことが分かりますよね。

さらに、A.D.60年頃に、ローマ帝国が南ユダ王国(=ミズラヒム・ユダヤ*の一部)を攻めて、完全にパレスチナ地域からこの南ユダ王国ユダヤ=悪魔教信者(昔から前述の二つの血流と婚姻をし混血していたため)を離散させたこと(=ディアスポラ)により、地中海沿岸の都市に拡散していったとのことです。そして、彼らが独立都市ヴェネチアなどで、上記2つのグループと合流し、また、婚姻などにより混血して、この2つのグループに加わっていったたため、それらの勢力は一層強化されたみたいです。おそらく、南ユダ王国の末裔たちは、財政管理能力などに優れていたんでしょうね。それで、ヴィネチアなどの都市が金融都市として発達したんでしょう。

* ノアの子孫をユダヤ民族として、その息子たち3人から別れた3つのユダヤ民族として呼ぶ言い方が、後世になって用いられるようになり、それで、長男の「セム」の子孫ことを「ミズラヒム」(ミズラは「神」の意味だとか?)、次男の「ヤペテ」の子孫のことを「アシュケナジム」、三男の「ハム」の子孫のことを「スファラデム」と呼ぶようになったみたいです。おそらく、シェバ・ヒッタイト勢力がそう呼ぶようになったのではないかしら?
だって、自分たち、セム系シェバは自分たちは「神」とし、カナンの子孫はスファラディム=「選別された者」って思って、そう呼んでいるんでしょう?! ヤペテのことは、アシュケナジムって、確かにそういう民族がいるって聖書には書いてあるけど、それも改ざんされてなのかも? やはり、アッシュ=「灰とかチリ、ゴミの者」の意なのでは?

ところで、16世紀ごろになると、大航海時代*にはいり、貿易・金融の中心地は、地中海からオランダやイギリスへと移っていきます。西洋の列強の国々の植民地支配も拡大していきます。それで、江戸幕府は植民地化を恐れて鎖国をしていて、オランダとだけ交易をしていたわけです。どうして、オランダを選んだのか?ここがゲルマン人の支配を受けていなくて、彼らと混血もしていないノルマン人**の国だったのかな? つまり、ヨーロッパでアングロサクソンに支配されていない唯一の国だったのかな???とか考えているのですが、まだ、よく分かりません。

* 大航海時代
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E8%88%AA%
E6%B5%B7%E6%99%82%E4%BB%A3
(下のほうにイギリス・オランダの優位な活躍が書いてあります)

**ノルウェー .... デンマーク、スウェーデンにゲルマン(=アングロサクソン)の軍事集団がやってきたのは、紀元前20世紀頃らしいですが、ノルウェー(ケルト人の国)を乗っ取っていったのは、かなり遅くて、紀元後8〜10世紀ごろです。それで、騎馬軍事集団だったゲルマンが乗船技術にすぐれたケルトを奴隷として、バイキングなどが活発に行われるようになったようです。(ピーターパンを読むと分かりますよ!)それ以前からもゲルマンたちはそういうパターンでパイキング=海賊行為をしていたようですが、ケルトの最後の砦(とりで)であるノルウェーを征服したので、よりバイキングをするために必要な人材や良い船がそろったということでしょう。つまり、ゲルマン民族がスウェーデンにやって来た紀元前20世紀ごろにケルト民族のかなりの人数がノルウェーに逃げていったと思われます。しかし、ノルウェーとスウェーデンの国境辺りは、高い険しい山脈が連なっているし非常に寒冷な地域なので、ゲルマンにとっては攻めるのには難しかったし、ケルトも激しく応戦していたのでしょう。しかし、人口増加とノルウェーの繁栄を見て、また、征服欲が湧いてきたし、寒い環境にも適合し、地理情勢にも詳しくなったので、うまく攻める戦略もできていったのでしょう。


私のこのブログの中の2010.07.01の書きこ、「北欧(スカンジナビア半島など)とヒッタイト(=ゲルマン)」
http://urarala7.exblog.jp/12889280/



オランダの歴史
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%80
%E3%81%AE%E6%AD%B4%E5%8F%B2

オランダは、ローマ帝国の支配下にあったのですが、ローマ帝国崩壊時の戦争で、フランク人がオランダも占領していたので、ケルト系支配のフランク王国の一部となっていたということです。しかし、1477年に、スペイン(アングロサクソン系の国)系の神聖ローマ皇帝カール5世が支配するようになって専制政治を行い、異端審問など残虐な行為をしたので、スペインとの間に「八十年戦争」(1568〜1648年)が起きたらしいです。


「鎖国」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%8E%96%E5%9B%BD

[キリスト教の禁止]の項目からの引用

家康は当初貿易による利益を重視していたが、プロテスタント国家のオランダは「キリスト教布教を伴わない貿易も可能」と主張していたため、家康にとって積極的に宣教師やキリスト教を保護する理由は無くなった。また、1612年の岡本大八事件をきっかけに、諸大名と幕臣へのキリスト教の禁止を通達、翌1613年に、キリスト教信仰の禁止が明文化された。また、国内のキリスト教徒の増加と団結は徳川将軍家にとっても脅威となり、締め付けを図ることとなったと考えるのも一般的である。

当時海外布教を積極的に行っていたキリスト教勢力は、キリスト教の中でも専らカトリック教会であり、その動機として、宗教改革に端を発するプロテスタント勢力の伸張により、ヨーロッパ本土で旗色の悪くなっていたカトリックが海外に活路を求めざるを得なかったという背景がある。一方、通商による実利に重きを置いていたプロテスタント勢力にはそのような宗教的な動機は薄く、とりわけ当時独立戦争の只中にあったオランダは直近にカトリックのスペインによる専制的支配と宗教的迫害を受け続けた歴史的経緯から、カトリックに対する敵対意識が強かったことも、徳川幕府に対して協力的であった理由と言える。

とは言うものの、オランダやイギリスがポルトガルの代替にならない以上、ポルトガルとの交易は続けざるを得なかった。

(引用おわり)

♡うららおばさん。。。というような経緯があり、オランダが、日本との交易を平戸で許されたということだったんですね〜  

オランダ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%80
八十年戦争
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AB%E5%8D%81%E5%B9%B4%E6%88%A6%E4%BA%89
カール5世
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%AB5%E4
%B8%96_(%E7%A5%9E%E8%81%96%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83
%9E%E7%9A%87%E5%B8%9D)

フェリペ2世 
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%AA%E3%
83%9A2%E4%B8%96_(%E3%82%B9%E3%83%9A%E3%82%A4%E3%83
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フェリペ2世は、母親がポルトガル人でかなりアングロサクソン系の血筋が濃くなっています。なので、この時からスペイン系ハプスブルグ家の治めるスペイン・ハプスブルグ王朝とオーストリア系ハプスブルグ家の治めるハプスブルグ君主国に別れています。フェリペ2世は、かなり残虐で恐ろしい王だったみたいです。(ハプスブルグ家は、もともとケルト系の家系ですが、スペインでは、ハプスブルグ家のフェリペ1世がカスティリア女王イザベラの娘「フアナ」との婚姻の結果、スペインも治めるようになっていたのですが、この孫の頃にはアングロサクソン系の血筋がまた濃くなっていて名前だけハプスブルグを取ったって感じだったのでは?)

「八十年戦争」の後、オランダは貿易国として繁栄を極めます。これって、西洋の国の中では、唯一、日本との貿易を独占していたからかな〜? だから、その他の西洋の列強諸国は、羨ましかったに違いない!!
なにしろ、日本最大の銀山だった石見銀山だけでも、戦国時代後期から江戸時代前期にかけて最盛期を迎えた当時『世界の銀の3割を産出』していたというくらいですから、日本は、それだけ、いや、それ以上の大量の金銀で世界中から買い物をしていたわけで、買い物顧客としては最上等なお客さま、つまり、世界でも有数な金持ち国家だったということではないでしょうか?!

石見銀山
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%B3%E8%A6%8B%E9%8A%80%E5%B1%B1
#.E5.B9.95.E5.BA.9C.E3.81.AB.E3.82.88.E3.82.8B.E9.8A.80.E5.B1.B1.E9.96.8
B.E7.99.BA

また、日本を視察したドイツ人医師エンゲルペルト・ケンペルの本「日本誌」*が1727年に出版され、ゲーテ、カント、ヴォルテール、モンテスキューなどの著名人も愛読し、19世紀のジャポニズム(=’日本調’の流行)につながっていったとのことです。シーボルトもこの本の影響を受けたのだとか。

* 「日本誌」   http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E8%AA%8C

それで、いろいろな国が日本と交易をしようとやって来たのですが、江戸幕府は隣国の中国がアヘン貿易とかで衰退させられたのを知っていたので、オランダ以外の西洋諸国とは貿易するのを拒否し続けていたんですよね。 それで、業を煮やしたアングロサクソン王族たちは、力ずくでの脅迫(=軍事力による威圧で交渉)を開始!!とうとう、1853年と1854年と立て続けに、「マシュー・ペリー」が黒船で横須賀にやってきたんですよね〜! だけど、ペリーってなんだかブッシュ・シニアの奥さん、バーバラ・ブッシュ夫人に似てる〜
 ヘッセン家(=アイゼンベルグ=ドイツのヒッタイト=ザクセン)の系統ですかね?


でも、オランダだけが日本の交易相手だと思っていましたが、違うんですね〜 

[鎖国中の貿易(四口)]の項目より引用

鎖国は、貿易の権限を徳川幕府が制限・管理した政策である。鎖国の下、外国に向けてあけられた4つの窓口を四口などと呼んだ。

長崎口:対オランダと対清朝中国:長崎会所(天領)経由
長崎は幕府の直轄地として幕府の管理で貿易が行われた。

対馬口:対李氏朝鮮:対馬藩経由
対馬藩の宗氏は中世から対朝鮮の外交、貿易の中継ぎを担ってきた。徳川時代に入っても、対馬藩にはその権限が引き続き認められ、幕府の対朝鮮外交を中継ぎする役割を担った。

薩摩口(琉球口):対琉球王国:薩摩藩経由
薩摩藩が琉球王国を攻略、支配したことで、琉球を通じての貿易が認められた。

蝦夷口:対アイヌ:松前藩経由
松前藩の松前氏は蝦夷地で北方貿易を行ってきた。その権限は徳川時代に入っても引き続き認められ、松前藩の収入のほとんどは北方貿易によって支えられている。

(引用おわり)

ということで、オランダ以外にも、中国(明、清朝)、朝鮮、琉球、蝦夷とは交易をしていたんですね〜 だから、蘭学だけでなく中国の学問や情報などもちゃんと入ってきていたんですね〜

ところで、1851年に、「ジョン万次郎」が薩摩藩に服属していた琉球に小舟「アドベンチャー号」で上陸を図り、番所で尋問を受けた後薩摩本土に送られ、江戸幕府の長崎奉行所などで長期間尋問を受けた。島津藩主島津成彬がその英語・造船知識に注目し、薩摩藩の洋学校で講師をしたり、和洋折衷船の建造にも参加していたり、ペリー来航で、通訳等で活躍。1860年に日米修好通商条約の批准書を交換するための遣米使節団の一人として、咸臨丸に乗ってアメリカに渡る。61年に〜〜〜66年に土佐藩の開成館に赴任。後藤象次郎と長崎・上海へ趣土佐帆船「夕顔」を購入。明治維新後、開成学校(=東京大学)の教授に任命される。1870年に、新仏戦争視察団として欧州に派遣される。

ジョン万次郎(=中濱万次郎)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%B3%E4
%B8%87%E6%AC%A1%E9%83%8E
(ウィキに載っている写真は、違う人の写真だと思います)

ジョゼッペ・マッチー二とアルバート・パイクの野望〜うららのアセアセ;日記
http://urarala7.exblog.jp/13435110/

つまり、何が言いたいかといいますと、アイゼンベルグ=アルフレッド・アルバート(ウ゛ィクトリア女王の次男)が一番最初に日本に来た時は、1951年頃で、ジョン万次郎としてだったのではないかということなのです。あの漁師の子供で漁船が流され、アメリカの船に助けられ、アメリカで教育を受けたとかってみんな嘘でしょう。要するに、アメリカから艦船に乗って、沖縄の近くまで来て小舟に乗り換えて上陸したということでしょう。来る前に、日本語をしっかり習っていたのでしょう。それこそ漂流していた日本人の漁師などをアメリカの船が救助してアメリカに連れていき、彼らに習ったのかもしれません。よくあるスパイの研修方法や潜入手口じゃないかな?

★★★ おそらく、ジョン万次郎ことアイゼンベルグは、1853年のペリー来航に合わせて、先攻潜入したスパイだったのでしょう! でも、今も生きているってところがスゴイ!? しかも、日本にいる!!! のが、ものすごく問題ですぅ〜!!!

ですから、下のサイト「ヴァチカンの日本支部枢機卿」のふたりのうちの、
ひとりが、『濱尾ステファノ文郎』は、「ジョン万次郎=中濱万次郎」=白州次郎=「アイゼンベルグ」=アルフレッド・アルバート(ヴィクトリア女王の次男)=テオドール・ヘルツル=アルバート・パイク=松永安左エ門=アレキサンダー・アラン・シャンドです=社会党の村山元首相ではないでしょうか? 

もうひとりの『白柳ペトロ誠一』が、ジョゼッペ・マッティーニ(イタリアのカボット家=英・米のキャボット家)=佐久間象山=吉田東洋=マッチの大量生産工場の創業者「清水誠」=無線通信機機の「グリエルモ・マルコーニ」*ですかね?! 

*グリエルモ・マルコー二(1874〜1937年) 
日露戦争」の時の日本戦艦で初めて無線通信が使われたらしい!(ジョセッペが日本にいたからでしょう)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B0%E3%83%AA%E3%82%A8%E3%83%
AB%E3%83%A2%E3%83%BB%E3%83%9E%E3%83%AB%E3%82%B3%E3%83
%BC%E3%83%8B
(写真は、親戚の誰かのものだと思われます。私が最近写真を比較していろいろ暴いたので写真が差し替えられてきているのでは?)

枢機卿名のどっちがどっちかちょっと、分からない気もしますが。おそらくこれでいいと思います。ただ、このふたりがヴァチカン枢機卿であることだけは確かでしょうね!

ヨハネ・パウロ二世時代最終枢機卿リスト(暫定公開版)
http://www.balchder.jp/llyfrgell/data/cardinals.html

「ジョゼッペ・マッツィーニとアルバート・パイクの野望」
http://urarala7.exblog.jp/13435110/
「反シオニズムのユダヤ人 (+先導者テオドール・ヘルツルとは)
http://urarala7.exblog.jp/13348880/

★★★ このふたりが、アルバート・パイクの’恐ろしい’「未来計画」(=世界操作計画)J*の立案者だったということですからね〜 ふたりは、「イルミナティ」のピラミッドの最上階付近で、「頂点=ヴィクトリア女王」のすぐ下くらいの最高位メンバーですからね〜 

*アルバート・パイクの世界操作計画〜さてはてメモ帳
http://satehate.exblog.jp/6982937/

彼らふたりは、日本のあちこちの藤原家系、源氏系の名家の戸籍に結婚や養子によって入れてもらい、日本人として活躍、日本人の子供もたくさん、日本のあっちこっちに残している。そして、その子供たちは日本の中枢を担うような重要な役職、役目を果たしているようです。

しかし、ジョゼッペ・マッチー二も、初期は、「土佐」(高知)に基盤をおき、その後、水戸、江戸、東京にて活動をしていたみたいです。現在は、横浜市在住。そして、アイゼンベルグも、初期は、やはり、土佐に基盤をおき(吉田東洋にいろいろ教えてもらうためか?)、江戸、東京で、後に、広島県の福山、大分県、静岡県、愛知県、横浜など各地で活動していたみたいです。そして、やはり、現在は横浜在住。もちろん、ドイツ、英国などのヨーロッパにもたくさん子孫を残しているようですし。アメリカ、カナダ、オーストラリアなどにもかな?どちらかというとアイゼンベルグのほうが活発に動いていますね〜


<龍馬の暗殺事件>

龍馬の背中を追う
http://www.ryomaisback.com/
最後の時
http://www.ryomaisback.com/rekisi/saigo.html

[以下は、あくまでも、わたしの推察です]
とりあえず、坂本龍馬に一番関係のある幕末の志士では、後藤象次郎が一番、龍馬暗殺に関係しているジョゼッペ・マッツィーニの長男と考えられます。彼は、龍馬が暗殺される直前の頃は、なぜか龍馬と親しくしており、襲撃された日(1867年12月10日)に、龍馬が中岡慎太郎と話し合いのため密会する近江屋で出かける際には、「ふたりとも血の気が多いので、切り合いになるといけないから、刀を預けて会うようにと助言したとか。。」ということは、いつも、短銃をふところにしのばせていた龍馬は、短銃も刀とともに、誰か、おそらく、護衛の山田という者に持たせていたのではないでしょうか? その山田が呼び出され、案内している時に後ろから切られた。簡単に彼らの部屋に案内される相手というのですから顔見知りだったのでしょう。ということは、当時、後藤象二郎、その父であるジョセッペ*とアイゼンベルグ**(日本人の誰かに扮装していたことでしょう)が様子を見にきたとか言ってやってきたので、山田が見に行って確認してきて後、龍馬は信用して上がってもよいと許可を出したとか。それで、山田に案内され龍馬たちのいる部屋へと上がっていったのではないでしょうか?

ウィキでは、この数年前に、佐久間象山・吉田東洋(=ジョゼッペ)、緒方洪庵(=シーボルト?)などが相次いで亡くなったことになっています。ご存じのようにジョゼっぺも、アイゼンベルグも今も生きていますよ。アイゼンベルグが松永安左エ門に変装しているのを見ても分かるように日本人にそっくりに化けます。ジョセッペもアイゼンベルグも相当に剣術に長(た)けていたようなのです。そりゃ、以前にも書きましたが、ジョゼッペは、忍者真田衆のところで、スパイ修行をしていたようですしね〜。そうなると、アイゼンベルグも同じ秘密結社の仲間ですから、右向け右で同じでしょう。多分、公式の死亡年は、ちょっと改ざんされているのでは。ジョセッペは、まだ吉田東洋として生きていたとしたら。。。さらに、大阪で適塾を開いていた緒方洪庵=シーボルト? 実は、このっフィリップ・シーボルトは、英国ハノーヴァー朝のヴィクトリア女王の夫の『アルバート公』(=ザクセン・コーブルグ・ゴータ公子)だろうと、わたしは見当をつけているのですが。そして、吉田松陰(=アイゼンベルグ?)もなんだか、アングロサクソン系の顔をしていますからね〜 亡くなった時期も後世改ざんされたのかも?

緒方洪庵
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B7%92%E6%96%B9%E6%B4%
AA%E5%BA%B5

吉田松陰(山口で教えていたのは、わずか2年だけらしいのです)
http://www.yoshida-shoin.com/torajirou/about-shoin.html

★フィリップ・フランツ・フォン・シーボルト(=ザクセン・コーブルグ・ゴータ公子)=楠本イネの父親
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A3%E3%8
3%AA%E3%83%83%E3%83%97%E3%83%BB%E3%83%95%E
3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%84%E3%83%BB%E3%83%9
5%E3%82%A9%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%B7%E3%8
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アルバート公(ザクセン=コーブルグ=ゴータ公子)
(1790?〜1861年、 ウィキの誕生日がこの2ばかりの間に1819年に変更されました)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83
%90%E3%83%BC%E3%83%88_(%E3%82%B6%E3%82%AF%E
3%82%BB%E3%83%B3%EF%BC%9D%E3%82%B3%E3%83%BC
%E3%83%96%E3%83%AB%E3%82%AF%EF%BC%9D%E3%82%
B4%E3%83%BC%E3%82%BF%E5%85%AC%E5%AD%90)

ハインリッヒ・フォン・シーボルト(=エドワード7世? )
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%82%A4%E3%83%B3
%E3%83%AA%E3%83%83%E3%83%92%E3%83%BB%E3%83%95
%E3%82%A9%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%B7%E3%83%BC
%E3%83%9C%E3%83%AB%E3%83%88

エドワード7世(1841〜1910年)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%89%E3%83%AF%
E3%83%BC%E3%83%897%E4%B8%96_(%E3%82%A4%E3%82%AE
%E3%83%AA%E3%82%B9%E7%8E%8B)

☆☆☆ 楠本イネは異母姉とあることから、イネは、『アルバート公の娘』ということに!!!
そして、その息子が「大村寅ノ祐」ということになるのでしょうね! 明治天皇とのうわさがありますが。。。
だから、明治天皇ってジョージ5世に似ているのかしら? でも、大正天皇は違う血流なんだとか?。。。ということは、元の日本人血流に戻ったのかしら? 

★アレクサンダー・フォン・シーボルト(=アレキサンダー・アラン・シャンド=アイゼンベルグということに!!!)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AC%E3%82%A
F%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%83%80%E3%83%BC%E3%83%
BB%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%
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☆このアレクサンダーことアルフレッド・ヴィクター=アイゼンベルグが、エドワード7世の弟なのか、長男なのかちょっと、紛らわしくてよく分かりませんが、おそらく、弟だと思われます。歴史が改ざんして、分かりにくくしてあるように思います。



♡ まだ、ちょっと書きたいことがあるのですが長くなってしまったので、続きはまた後日に書き込みたいと思います!

p.s.
訂正します。どうも、生年月日から逆算すると、「ジョン万次郎=アイゼンベルグ」のほうの可能性が高そうです。そうなると、ジョセッペ・マッチー二がどうやって、日本に入れたのか疑問ですが、その当時、四国にはクジラを追っていて黒潮に流されたアメリカ漁船が漂流してたどり着いたりもしていたそうですから、アメリカの漁船に乗ってやってきて、うまく闇にまぎれて侵入したのかも?そして、そのクジラを捕る漁師にはドイツ系のアメリカ人が多かったそうです(ジョセッペは元の先祖はイタリア系ですが、後、その子孫は英、米と移住しています)。というのも、電球が発明されるまでは、ランプの灯油としてクジラの油が使われていたからなのだそうです。だから補鯨が非常に盛んだったそうなのです。これは、1980年代、日本のクジラ漁のことが世界捕鯨委員会で問題になった頃に、わたしがニュースや新聞、雑誌などで知った情報です。ジョセッペは、おそらく、1830〜40年代に日本にやっていたと思われます。アイゼンベルグのほうが、潜入にちょっとしくじって、役人に見つかってしまったんでしょうね。でも、うまくごまかしたところは、さすが〜やはり優秀スパイでした〜

電灯照明の原理と歴史 1800年代後半には電灯が発明されています。
http://www.geocities.jp/hiroyuki0620785/lamp/lighting.htm

本文はすでに訂正しました。ほんとにウッカリしていて済みませんでした〜! 〜〜°°°ぼけぼけ
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by Ulala-lov | 2010-12-31 16:39 | 幕末と坂本龍馬 | Comments(16)

ノアの大洪水- ほんとうに起きましたか?
http://www.geocities.co.jp/Bookend-Soseki/8769/kagaku/daikouzui.htm#piramid

なんかエホバの証人のサイトのような感じもありますが、多分、違うのでは? でも、内容はなかなか興味深いですね。


(引用)

<ピラミッドは洪水以前に建てられている>

大洪水は今から4400年ほど前に起きたとされていますが、その時すでにエジプトにピラミッドが建っていました。 (年代はすべてB.C)

6000年ごろ 西アジアにジャルモ文化(農耕、牧畜の開始)
4000年ごろ エジプトの都市国家
3500年ごろ シュメール人の都市国家
3000ごろ  エーゲ文明おこる
2850年   エジプト第一王朝
2781年   太陽歴の創始
2600年代  クフ王、最大のピラミッド建設
2500ごろ  インダス文明おこる
2500年ごろ ウル第一王朝
2370年 ノアの大洪水
2350〜2180年 アッカド時代

ということは、当然のごとく、ノアの大洪水以前から高度なシュメール文明がすでにエジプト文明や、メソポタミア文明、インダス文明、黄河文明は存在していたんですね〜 !! あ〜、気がつきませんでした〜!! メ、目からウロコです〜!!  そして、この洪水は地球規模のものではなく限定された地域の洪水だったとのことですが。。。いったいどのくらいの規模だったのでしょうかね〜? 気になるところですね〜 とくかく、それを考慮して、またまた、うららおばさんのご勝手、歴史探検の旅をしてみると〜。。。


ノアの時の大洪水により、エジプト文明とメソポタミア文明のシュメール民族?はノア一家以外絶滅したので、ノアが三男ハムに西へ行って子孫を広げるように言ったのは、エジプトに行って定住しエジプト文明を引き継げということだったのでしょうね。それで、その後には、ハムの長男クシュに引き継がれていったということですね。 と考えると、ハムのお嫁さんは、洪水以前にエジプト王朝から嫁いできた王女だったのでしょうかね?  


そして、メソポタミア中南部では、おそらく、ノアは亡くなるまでセムと共に住んだのでしょうね〜。 その後、メソポタミア南部をハムの長男クシュの息子「ニムロデ」に継がせ「バビロニア」になっていたように聖書には書いてあります。セムやその子孫は中北部や東に移動し、おそらく、アッカドはセムの末息子「アラン」の国なのでは? また、セムの長男の「エラム」はエラム族として東の「スサ」周辺に住み、その後、インドに。「アシュラ」という息子はメソポタミアの北部の「アッシリア」という国をつくり、「アルパクシャデ」という息子はアラビア半島に定住した(だから、アラビアという名になったんじゃ?!)というのではないでしょうかね〜? その他、北から東のロシア方面に進みスラブ系になったセム系子孫もいたかもしれませんね。

おそらく、ノアの長男「セム」はインドの「インダス文明の王朝」、あるいは、ペルシャの「???王朝」くらいからお嫁さんをもらっていたかもしれませんよ? 当時としては政略結婚は当たり前だったのでしょうし、平和主義者のノアは平和的な民族融合を念頭において、息子たちに嫁取りをさせていたかもしれませんから。。。


そして、ヤペテは、同じ白人同士で結婚していたので、ヨーロッパのノアの祖先の故郷へと向かわせたということでしょうか?それで、その途中の、アナトリア半島、ギリシャを通り、ヨーロッパ全域に広がっていったのでは。でも、すでに同族のケルトやそれ以外の種族もヨーロッパには存在していたということになりますね。しかし、この頃は、そんなに人口密度は高くなかったので、戦争などせずに移住していけたのではないでしょうか?

ところが、やはり、エジプト王朝の歴史からいくと、やっぱり、これっておかしい?よ! だって、一定の地域だけに起きた洪水といっても、聖書にあのようにノアの家族しか地上に残さないというくらい大規模な洪水ならナイル川のほうも洪水になってたんじゃないの? なのに、その洪水に関する何の記録も残っていないなんて。もし、エジプトで起きなくても、近くのメソポタミアとか、チグリス・ユーフラテス川の上流とかは小アジア一帯を流れているから、そんな近くで起きた大洪水があれば、エジプト王朝にも相当な変化が見られるはずですよね〜


となると、結局、ノアの大洪水は、B.C.9000〜 10000年の間くらいかな?  聖書のノアの系図が途中で省いてあるんじゃないかしら? それで、特に、北半球の一定の緯度の地域の大部分ー亜熱帯〜温暖地帯ーに渡って大洪水になったんではないかしら? でも、北極に近い高緯度の地域や反対に赤道付近とかの大部分は大丈夫だったような気がします。ちなみに、エジプトは赤道よりけっこう北にあります。 アフリカ南部は熱帯だから関係ないし。それから、南半球のほうの亜熱帯とか温暖地帯は、あんまり、関係なかったのかも。同じ年代頃に、南半球で起きたのかもしれませんが。。。記録にないというか、あったのかもしれませんが消滅させられたかもしれず、記録が残されていないので、まったく分かりませんよね。

とにかく、メソポタミア地方では、ノアの家族だけが生き残ったけれど、外の北半球の高い山脈地帯の民族なんかもわずかづつ残ったんじゃないかな?  チベットに太古の知恵が残されているというのもそのせいかも? 


ちゃんちゃん! でした〜


でも、アラビア半島に移住したのがアルバクシャデで、そこから、アラビアって名付けられたのが分かって良かったし、ハムがエジプトあたりからお嫁さんももらったかもしれない? とか、セムの息子がどの国を創ったとかも推察できたので良かった良かった!!


それから、古代文明は、シュメール人によって、メソポタミア→エジプト→インダス→黄河と伝わっていったんじゃないかな? やっぱり! ってますます思った次第です。
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by Ulala-lov | 2010-12-26 19:25 | Comments(0)

今晩は「クリスマス・イブ」ですが、12月8日の「(続)イシス女神とは。。。(プラス、アメン教やアテン教も)J」をやっと今修正して書き終えたところです。ぜひ、もう一度ご覧くださいマセ〜!!♡

ところで、この「(続)イシス〜」の記事をいろいろ調べながら書き終えてみると、シェバ人、というよりも、ヌビア人のことがほんとうにいろいろとよく分かってきまして。。。 、   「アメリカのオバマ大統領やミシェル夫人がヌビア人の王や女王でなければよいのだけれど。。。」と、非常〜に心配です!!!  アメリカという国は、たとえドルが崩壊したとはいえ、やはり「腐っても鯛!」*、実際、なんといっても世界に一番影響のある国なのですから。

* ことわざ「腐っても鯛」
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C9%E5%A4%C3%A4%C6%A4%E2%C2%E4
http://www.sanabo.com/kotowaza/arc/2004/07/post_75.html
http://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%85%90%E3%81%
A3%E3%81%A6%E3%82%82%E9%AF%9B

もし、たとえオバマ大統領夫妻がヌビア人だったとしても、『ハガルの夢』=『ヌビア部族の悲願』を断念して、『人類全体の平和を考えた新しい世界をみんなで築いていく』という発想に切り替えていただければいいのですが。。。(もし、わたしの誤解で、オバマ大統領夫妻がヌビア人ではなかったらほんとうに済みませんが。)


以下は11.26頃に書キコしたものですが、こちらに移しました。

<11.23に起きた北朝鮮軍の延坪島砲撃後の南北朝鮮の軍事的緊張について>


米韓、28日に合同軍事演習の実施を決定へ
http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2010&d=1126&f=politics_1126_005.shtml

ユダヤ教の絶対三神と「ヤハウェ」の謎 09/4/18 - 神仙組
http://blogs.yahoo.co.jp/yhwh_lucifer/494414.html


バラク・オバマ  〜 「ノーベル賞の資格なし」 米で66%
http://jugem.jp/theme/c237/6349/

バラク・オバマの聚落(しゅうらく)
http://jp.wsj.com/Opinions/Opinion/node_91062

バラク・オバマの欺瞞(ぎまん):暗いニュースリンク
http://hiddennews.cocolog-nifty.com/gloomynews/2007/08/cnnyoutube_762f.html


な〜んだ、オバマ大統領もブッシュ元大統領と同じアングロサクソン王族か〜 ブッシュ大統領も最初は、良い理想を掲げて国民から期待されていたんですよね。どうも、アフリカのシェバ人の原産種のようですね〜
いつものごとく、彼らのプロフィールはほとんどデタラメな大ウソなんですよね〜

『オバマ、おまえもか〜?!』



(以下は12.23追記)
現在の状況は、アメリカの圧力による韓国の軍事演習で、さらに北朝鮮を挑発しているようですので非常に危ないです! ! 韓国の人々は戦争反対、演習反対のメッセージをきっぱりと政府に伝えましょう!!!



またまた、済みませんが、この記事もまだ書きかけです。  〜〜; とほほ〜


とはいえ、 

『メリー・クリスマス!♫〜 
みなさんのすこやかな健康と幸せをお祈りします!♡♡♡♡☃』
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by Ulala-lov | 2010-12-25 03:03 | Comments(0)

中東の歴史

中東に関して書こうと思いますが、今、本を読んで勉強中で、資料を集めています。とりあえずUpしておきます。



ブログ「今を知る為の歴史探究」より
中世の西ヨーロッパ その5 奴隷貿易
http://blog.goo.ne.jp/abc88abc/e/52e46b3dbb5abf0738e8c333db05eaba
中世の西ヨーロッパ その4 ヴァイキング=ノルマン人
http://blog.goo.ne.jp/abc88abc/e/1d59238acd90bd61f351764bab479b69
中世の西ヨーロッパ その3 フランク王国
http://blog.goo.ne.jp/abc88abc/e/4ce6d96ec6dd272ed153f3ef9d0c8ead
イスラム帝国 その1 アラビア半島の発展
http://blog.goo.ne.jp/abc88abc/e/b56c1b1d2a93f90da7182329b6fa11ae
イスラム帝国 その2 イスラム教の成立
http://blog.goo.ne.jp/abc88abc/e/90bbaac9f14575f7d78c7cbb5b677d31
エジプト文明の完全なる終焉
http://blog.goo.ne.jp/abc88abc/e/65eb155e622895a19778759752d513d7
イスラム帝国 その3 イスラム教と市場経済
http://blog.goo.ne.jp/abc88abc/e/2ee01cb2ca1f8130e23e69f8f2e9cf21
イスラム帝国 その4 イスラム世界の中の経済(備忘録)
http://blog.goo.ne.jp/abc88abc/e/f0409d9e8a750fd3a4fe5f8883999bc6
イスラム帝国 その6 ウマイヤ朝 
http://blog.goo.ne.jp/abc88abc/e/114c70be8cc07eb788a9aa090f9257d8
イスラム帝国 その7 シーア派とスンナ派
http://blog.goo.ne.jp/abc88abc/e/80eab19f413883553618b8f08c287ebb
イスラム帝国 その8 言語と貨幣の統一
http://blog.goo.ne.jp/abc88abc/e/3a2df535c4cfb9c4ea5ff6e0e8f125a4
イスラムのコイン
http://homepage3.nifty.com/~sirakawa/Coin/A015.htm
イスラム帝国 その9 アッバース朝 
http://blog.goo.ne.jp/abc88abc/e/21bd04f29d6d40cfcda58f8c30e1adfc
イスラム帝国 その10 後ウマイヤ朝
http://blog.goo.ne.jp/abc88abc/e/e9b5a2e8ed0aeaba64e848c9a340141d
イスラム帝国 その12 マムルーク
http://blog.goo.ne.jp/abc88abc/e/3f4cecf5e49ebf02a1bb6a7138f7692e
イスラム帝国 その16 Islamic Golden Age(1)
http://blog.goo.ne.jp/abc88abc/e/08057812c0a3e8afc1debc601d441226



今、読んでいるもので、かなり面白そうなのが、小山茂樹著 「最新 - 誰にでもわかる中東」 時事通信社
です。もし、興味のある方は読んでみてくださいね!  

あっ、それから、ニコラス・クラップ著 「シバの女王」 矢島文夫監修 柴田裕之訳 紀伊国屋書店 という本も図書館で借りてきて、次に読む予定です。これも、興味深そうです。
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by Ulala-lov | 2010-12-22 06:19 | Comments(1)

今、日本も朝鮮半島も不穏な雰囲気が漂っていて、と〜〜〜っても心配で〜す!!! 
でも、米軍、北朝鮮軍、
韓国軍、ひいては、中国軍の不穏な状況を押さえるには、米国議会が重要な役目を果たしているらしいのです〜! そして、その米国議会に影響を与えることができるのは、もっちー、米国の国民なのですよ〜〜〜!!!

そのことで、ベンジャミン・フルフォードさんがブログで以下のように訴えていらっしゃいます!とっても大事なことで、すばらしいことを提案していらっしゃいますので、ぜひお読みくださいね!

「An open letter to Representative Ron Paul from Benjamin Fulford」
(ロン・ポール*議員への公開状)
http://benjaminfulford.typepad.com/benjaminfulford/2010/12/
an-open-letter-to-representative-ron-paul-from-benjamin-fulfor
d.html#comments

* ロン・ポール
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%83%B3%E3%83
%BB%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%AB

つたない訳ですが、どうぞ〜お読みください〜!

「ロン・ポール議員への公開状」

ポール議員へ、

僕の名前はベンジャミン・フルフォードです。僕は、ブラック・ドラゴン、ホワイト・ドラゴン、ゴールデン・ドラゴン、及び、中国の紅幇(ほんぱん)、 青幇(ちんぱん)という5つの組織を代表する報道官です。これらの古代からの秘密結社は、地域の武道団体としても部分的に見ることができるのですが、地球規模に広がっている組織であり、緊急時には、一声かければ、1億人を徴兵することができます。これらの古代からの組織は、今まで、眠っていたようであったり、半端な行動しかできないでいました。なぜなら、盗聴を得意として勝利してきた、あなたたちエリートの数々の会(数々の秘密結社)がいたからです。それらの会というのは第三次世界大戦を起こす計画を練ってきていて、その戦争によって、少なくとも40億人を殺し、北半球のほとんどを破壊しようとしている秘密結社たちのことです。

私たちがあなたに公開状を書いている理由は、なぜ米国の連邦準備銀行**は廃止される必要があるかということと、なぜ地球規模の金融構造が再構築される必要があるかということを説明するためです。
(**はこの文の一番下に説明サイトのアドレスが示してあります)

アメリカ政府は破産しています。この過去の何十年かは、地球の善意の人々によってアメリカ政府はその運営を保持することができていたのです。その善意も、もう尽きようとしています。

あなたがた金融エリートは米ドルの価値を下げるか、アメロという新しい通貨に変えることで密かに価値下落を実行するかのどちらかを主張してきました。そのどちらの提案も拒絶されました。その理由は、ほとんどの米ドルはもはやアメリカ人の所有ではないからです。それに、もし、これらの米ドルが急に半分の価値になってしまえば、多くの貧困者たちがたいへんな窮状に陥(おちい)ることでしょうから。

私たちのグループらは、対案を提案します。私たちは、20世紀の間に中国から盗まれた金(きん)を中国に返すことによって、アメリカが中国に負っているすべての負債を中国に返還することをすでに申し出ています。加えて、私たちは、アメリカ人以外によって所有されている米ドルを受け取り、それらを金(きん)で保証するとともに、それらを新しい世界的な成績重視主義の組織のコントロールのもとに置くことによって、アメリカ以外の国々に対するアメリカの債務を帳消しにしようと計画しています。この組織は決して正金に換えられないよう紙幣は創らないでしょうし、ただ単に、政府や企業や金権政治家のための中立的な手形交換所となるだけでしょう。

これで、負債なしの新生アメリカ政府は、政府コントロールの貨幣を自由に発行することができるようになるでしょう。そのような貨幣は、現在の米ドルが持っている価値より低い価値になるでしょう。その結果、アメリカの輸出は競争力を盛り返しますが、一方で、アメリカ人にとって中国の品々は今より割高になるだろうということです。このことが、アメリカにほんとうの経済を再構築させることにつながるのです。

しかしながら、円やプラザ合意の歴史が示すように、価値の下落ということが、必ずしもアメリカの慢性的な対外赤字問題を解決することにはならないでしょう。
アメリカの赤字は、軍産複合体が貿易に適した商品を製造しないという事実によって生じた構造的な問題でもあるからです。

ペンタゴンの官僚たちも、また、「ソ連時代の将校たちが、突然、タクシーを運転している自分自身を見いだした状況になるよりは戦争を始めた方がよい。」とはっきりと私たちに告げました。

それゆえ、私たちは、世界の人々が軍産複合体が徐々に「剣から鋤(すき)へ」と移行していくのに必要な資金援助をしてくれるように提案します。米国科学者協会によれば、今までに6000以上もの特許が「国家の安全上の理由」で封印されてきたということです。私たちは、これらの特許を専門的に再検討することが、アメリカ国民やアメリカ経済にハイテクによる大儲けがもたらされ、この移行(剣から鋤への移行)をたやすくする助けになるだろうと信じているのです。

私たちは、また、地球規模の経済計画研究所の創設を提案しています。この研究所は「私たちは願いと現実との間に立つ」というのをモットーにして運営されるでしょう。その組織は、貧困を終わらせるため、環境破壊を止めるため、また、人類の未来への飛躍的な発展への道筋をつけるため、それらのための集中的なキャンペーンを実行することにより、世界銀行やIMFの悲しい記録を塗り替えるべく懸命な努力をするでしょう。

アメリカ国民には、この組織によって、どんな重荷も加えられることはありませんし、アメリカの主権へのどんな脅しもないでしょう。というより、きっとアメリカの個人や団体のために大きく広がる新しいチャンスを与えるはずです。

最終的に、これは純粋にアメリカの国内的な問題ではありますが、わたしたちは、あなたがたが、この百年のうちに道徳観念に欠ける、犯罪的な金融家によって、アメリカ国民から盗まれたお金(預金?)を公的に押収し、それらのお金の正当な持ち主に返すことを強くお勧めします。ウラジミール・プーチン首相は、彼が大統領時代にロシアで同じようなことをした時に、ロシア人の生活水準を5倍にすることができたということです。

私たちが最後に言いたいポイントは、世界の人々は平和を強く願っているということです。米国の連邦準備銀行の背後にいる絶望的な犯罪者の血流家族たちは、まだ、多大な権力をふるっているし、まだ、第三次世界大戦を勃発させようとやっきになっているのです。私たちは、この人類と地球に対する道理に反した脅迫を終わらせるためにアメリカ国民の助けを求めたいのです。

親愛を込めて、

ベンジャミン・フルフォード

PS: もし、あなたが、もっと私の話を聞きたいなら、東京のアメリカ大使館を通して私にコンタクトしてください。

** 連邦準備銀行
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%80%A3%E9%82%A6%E6%
BA%96%E5%82%99%E5%88%B6%E5%BA%A6


〜〜〜 以上で訳おわり

ロン・ポールで調べていたら、こんな訳もあるし、その下にはロン・ポールの主張が述べられていたりします。
豆長者
http://mamechoja.blog22.fc2.com/

ドルの終焉
http://blog.goo.ne.jp/princeofwales1941/e/17e00ac8bbebb39a36575c083c1874be
http://blog.goo.ne.jp/princeofwales1941/e/6365844b04c75b5883575a959db93d7b


連邦準備銀行と日銀の違い
http://sun.ap.teacup.com/souun/796.html

な〜んだ〜 日銀の独立性を保つために官僚から日銀総裁を出さないというのはサタニストたちからの外圧だったんですか〜?!  ビ〜ックリ! @~@"

FRB、ヘッジファンドは単独では金融システム脅かさずと認識=関係筋
http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/world/frb/

あんなインチキまがいのヘッジファンドをまだ続ける気みたいです。早く崩壊したほうがいいですね〜



とにかく、米国民の皆様よろしくお願いしま〜す!! 議会にいろいろ働きかけてくださいまし〜〜〜!!!♡
朝鮮半島での戦争を起こさないということと、それから、日本へ北朝鮮???などの軍隊が上陸してイルミナティの秘密軍事基地を中心とした武装蜂起が心配されています!!! こりゃ〜大変だ〜!!! 〜〜; zooo~~

米国の皆さん、日本人、韓国人の命を守るため、どうかどうか議会に約束させてください!!戦争は絶対に起こさないと〜!!! それから、連邦準備銀行は廃止してくださいって〜!!!

なにとぞ、よろしく、よろしく、お願いします!♡♡♡♡    ーmー  アーメン! 南無阿弥陀仏!
むにゅむにゅ〜〜! とにかく神様仏様よろしくお願いします〜  

(たいがいの日本人は神様と仏様の両方を拝んで育ってますから。その為か、他の宗教に寛大なのです。わたしは、後年クリスチャンになっていますのでアーメンも。。。しかし、それだけにいろいろな新興宗教にだまされやすい人も多いという欠点も。。。アレッ?! >< これは困ったことです二ャ〜  n^x^;n )


☆ この記事を書く前に、ベンさんのブログに和文訳を投稿したんですが、後から、いくつかの間違いが分かって修正してこのブログに載せました。したがって、おそらく、こちらの和訳のほうが正しいと思います。というのも、どちらに意味をとればよいのか分からないところが2〜3箇所あるからです。(まだまだ能力不足で済みません)
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by Ulala-lov | 2010-12-21 07:22 | Comments(4)

(12月7日の「イシス女神とは。。。2」の続きです)


<ヌビアとハガルについて>

歴史的ヌビア地域略史 : Blue Rose Wiki
http://hiki.trpg.net/BlueRose/?BriefHistoryAbout+HistoricalNubia

上のサイトに、「第5王朝期(B.C.2494年頃〜 B.C.2345年頃)のヌビアにCグループと呼ばれる新たな集団がヌビアに現れる。彼らは、遊牧民的な文化を持っていたが、定住化し中継交易にも従事していった。」とありますが、このCグループというのがアラビア半島南部のイエメンから移住してきたアラブ人なのではないかと思います。その中には、イシュマエルの子孫*も含まれていたんでしょう。

* イシュマエルは、セム人の父とアフリカ人の母でアラブ(セム)系アフリカ人であり、その妻がエジプト人(=奴隷と書かれていないので、おそらくハム系シェバ人)なので、『その子供』はユセム系のアブラハムユの血と、(おそらく)ユアフリカ原住民ユの血と、ユハム系シェバ人ユの血を受け継ぐ「アラブ人」で、これが、おそらく、聖書「創世記」の「ノア」の子孫の系統のうちの「セム」の子孫として書かれている『セム系シェバ人』なのでしょう。

つまり、聖書「創世記」からのわたしの推測でお話ししますと。。。ユダヤの祖「アブラハム」の妻「サラ」には年老いても子供ができなかったので、サラは自分のエジプト人の奴隷ハガル*をアブラハムに与えて子供を得ようとしたのでした。それで、イシュマエルという息子ができたのです。しかし、ハガルは妊娠すると、サラに対して横柄な態度をとったため、サラもいじわるをするようになり、ハガルは逃げ去り、荒野にやってくると「主(=神)の使い」に諭されて、また、女主人であるサラのもとに帰っていったのです。しかし、主の使いがハガルに言うには、「あなたの子孫は大いに増やすと。また、産まれてくる子が男の子であり、イシュマエルと名づけなさい。彼は野生のろばのような人となり、その手はすべての人に逆らい、すべての人の手も、彼に逆らう。彼はすべての兄弟に敵対して住もう。」(なんだか恐いですね〜ほんとうにこんなこと言ったのかな???)
← <本文の一番下のところに、P.S.で補足説明しました。>

* ハガル.... エジプト人の奴隷ということは、もともとのエジプト人ではなく、つまり、当時では古代エジプト王朝は「ノア」の三男の「ハム」の長男「クシュ」の子孫であるクシュ人が創った国なのではないかと思われます。「クシュ」の孫の一人に「シェバ」がいます。上のサイトのエジプトの古王国時代の第一王朝期(B.C.3100 年頃〜B.C.2890年頃)〜ヌビアに侵出、とあります。それで、おそらく「ヌビア」をハム系の「シェバ人」が支配していたのではないでしょうか? そして、そこで得たヌビア人奴隷がエジプトに連れていかれていたのでは? ハガルは、ヌビア人(シュメールのノアの子孫ではなく、アフリカの原住民)だった可能性が高いような気がします。


しばらくの後、すでに年老いていてとうてい妊娠できないと思われたサラに子供を与えると神からの啓示があり、そして、とうとうサラとアブラハムの息子が生まれるのです。それが、イサクです。

そして、イサクの乳離れの日にアブラハムは盛大な宴会を催したのですが、その時、イシュマエルにからかわれているのを目撃したサラは、激怒!、サラはアブラハムにハガル親子を追い出すように迫ります。アブラハムは非常に悩みますが、その時、神が現れ、サラの言うことを聞くようにと告げられます。また、「イサクから出るものがあなたの子孫と呼ばれるからだ。」とはっきり示されます。「しかし、はしため(=ハガルのこと)の子も、わたしは一つの国民としよう。彼もあなたの子だから。」とも言われています。(創世記21)

そして、ハガル親子はアブラハムの所を出ていき*、荒野をさまよった後、神に導かれてパランの荒野に住み着いたとあります。彼の母親はエジプトの国から妻を迎えたともあります。(創世記21:20-21)
下のサイトの「4. 牧場キブツでアイスクリーム」のところに「パランの荒野」について書かれています。地図もリンクで載っていますし、また、『アラビアの遊牧民の父祖イシュマエルが育った地でもある』とあります。

* 聖書「創世記」では、ハガル親子は着の身着のまま、水筒だけもって追い出されたかのように書かれていますが、おそらく、後世のローマ帝国の国教となった後に改ざんされたのでしょう。実際は、アブラハムは
そうとうな資産を渡したものと考えられます。だから、その子孫があちこちに「シバ王国」を創り、シバの女王として君臨することができたのだと思います。ハガルは夫なしで、そうとうな資産をもつことができたので女王のような権力者だったのでしょう。それで、自分の子孫に女王が王位を継承するような仕組みの王国を創らせたのではないでしょうか?(それとも、アフリカのヌビアがそのような女酋長が君臨した社会だったのか?)


★★★イスラエル南部からシナイ半島一帯に広がるネゲブ砂漠、ここらあたりには、カナン人(=ヒッタイト=サクソン)も住んでいたようです。シナイ半島のパランの荒野に行った、お金持ちの有閑マダムになった「ハガル」が「カナン人の愛人」(おそらく身分高い)をつくって、シェバとヒッタイとが後世ずっと仲良く協力しあう関係の基礎を築いたのかもしれませんね?! お互いにアブラハムの一族には恨みがあったという点で一致したのではないでしょうか?
 (ノアはカナンに、「セムやヤペテの奴隷となれ!」と言ったくらいですから、カナンには正当な継承権、つまり「王となる権威」や「多くの財産」を与えなかったのでしょう。多少の遺産はもらったでしょうが。)


イスラエル・エジプト旅行記
http://www.logos-ministries.org/israel/israel+egypt08_21-2.html


そうすると、パランの荒野から、紅海沿いにアラビア半島のほうにやや下って行くと、ミディアンの地となり、その首都だったかもしれない「クライヤ」*という都市があります。「シバの女王」の国かもしれないされる候補地の一つです。

* 「シバの女王」; ブログ、不思議館〜古代の不思議〜
http://members3.jcom.home.ne.jp/dandy2/works/works_14_p.html
(サイトの一番上の「タイトル」の横のリンク『マップナビ』をクリックするとシバ王国の推定地域が分かります)

小山茂樹著の「最新 誰にでもわかる中東」という本のp63〜4の「アラブ人とは何か」を見ると、アラブとは、本来は、アラビア半島に住むセム系住民の名称である。6世紀ごろ、一般にこの本来の意味で用いられていたが、7世紀のアラブ勢力の大発展のあとでは、より広い意味で用いられるようになり、現在では、アラビア語を母国語とするほとんどすべての人々がアラブと呼ばれている。」とあります。また、もともと、「アラビとは、紀元前9世紀ごろにアッシリアに反乱を起こした部族のなかにアリビがおり、彼は反乱軍に1000頭のラクダを贈っていた、と記されている。アリビとは明らかに北アラビアの遊牧ベドウィンの部族連合を意味していた。」ともあります。

また、「アラビア半島に住むアラブを二つのグループに分ける考え方が、アラブ自身に古くから伝わっている。
一つは南アラビアを起源とするアラブで、このグループは「真のアラブ」と呼ばれ、カフターンという部族の族長の子孫といわれる。カフターンは、旧約聖書「創世記」10-25に記されている「ヨクタン」*と同一人物とされ、別名ヤマン(イエメン族)とも呼ばれる。他のグループは、北部アラビアの「アラブ化されたアラブ」と呼ばれるものでアドナーンはアブラハムの息子であるイシュマイルの子孫と思われる。このようにアラブ人を南北二つの起源に分ける考え方は今日でも一般的で、大半のアラブ人はそう信じているという。」とあります。

そして、「同じアラブと呼ばれている人々の中にもさまざまなアラブが存在することがわかる。もっとも狭い意味でのベドウィンとしてのアラブ、イスラム以前のアラブ、イスラム以後同化されていったアラブ。。。これらを十把ひとからげにして等しくアラブと呼ぶが、われわれはそこに微妙な差異を感ぜずにはいられない。」ということで、まあ、イシュマエルの子孫は、もちろん、もともとのベドウィンではないけれど、ベドウィン化していった。つまり、アラブ化していったアラブ人ということになるのでしょうね。


* ヨクタンは、セムの子孫で、ノア→セム→アルパクシャデ→シェラフ→エベル→ヨクタン→(何代か後)→シェバとなっています。つまり、ハム系シェバはハムの孫(3代後)なのに、セム系シェバは、10代くらい後ということに。聖書「創世記」にイシュマエルはエジプト人女性と結婚したとありましたね。その妻がシェバ人だった可能性があります。そうであれば、イシュマエルの子供はセム系のシェバ人になります。それから、その後、アラブ人化したイシュマエルの子孫(セム系シェバ人)がアラビア半島南部イエメンにいたアラブ人ヨクタンの子孫と結婚したか、戦争で乗っ取ったか?などで合流し、イエメンに住むようになり第2の「シバ王国」を創ったのかも? その後、彼らイエメンのアラブ人(セム系シェバ人)が対岸のアフリカの湾口の街ジブチを通り、すると、すぐに現在のエチオピア当たりになります。そこの辺りから移住していき、ヌビアへと移住していったのでは。この辺りは、ハム系シェバ人が支配していたので、イシュマエルの子孫ならシェバ人の支配するヌビアとは親戚関係になるので、平和的に侵出していき(結婚などでも?)、また混血したということなのではないでしょうかね〜? なので、ここの時代からアフリカにいるシェバ人は、アフリカ系とアラブ系の混血になっていったということでしょうかね?
(参考:人類史の系図・始祖アダム〜イエス・キリスト   http://www.chojin.com/keizu/adam3.htm)


ルクソール神殿
http://yt-forest.web.infoseek.co.jp/egypt/egypt-luxor.html
http://www.yugakusha.net/study/yoshimura_egypt/200710/200710-4.html

ロンドンの時計台「ビッグ・ベン」も、パリの「エッフェル塔」も、「東京タワー」も「東京スカイツリー」も、結局は、オベリスクの代わりということらしいです〜

オベリスクやそれに似たシンボル塔は世界中のシェバ王族つまり、『シバの女王』占領地に広がっているんですね〜

ところで、その30本のオベリスクのうち、実際にエジプトから運びだされた本物のオベリスクで2本で一対になって建造されたものをなぜ一本ずつにして、「クレオパトラの針」というニックネームで、ウ゛ィクトリアの女王の征服した国々に立ててあるのでしょうか?(V女王がフリーメーソンを使って革命を成功させた国々に)。。。きっと、「高〜い塔の頂上に支配体系のピラミッド」があることとか、また、その形が「ヘビ」にも似ていることに関係があるのではないでしょうか? それと、多分に『カルト的なシンポル』の意味があるのではないかと私は推察しています。


クレオパトラの夢
http://www.yugakusha.net/study/yoshimura_egypt/200702/200702-4.html

クレオパトラの世界帝国を樹立するという野望は、シェバ人の祖先で、聖書にでてくる「ノア」の息子「ハム」の子孫である(=ハムの孫になる)「シェバ」以来の野望なのでしょうか?


下のブログで、ちょっとワープして観光気分になれそうです〜!

エジプト紀行3 〜古代都市テーべの巨大建造物群と鮮やかな色彩の世界 ルクソール
http://go.travel.mag2.com/e/mag2/traveler/kissydney/album/10524002/

オームの世界的な広がり - 神楽坂系「癒しの広場」            
http://plaza.rakuten.co.jp/ent999/diary/201001120000/

さすがのアメン教も日本では毒抜きされたんでしょうかね?日本人って、なんでも外国のものを受け入れて、自分流に変えてしまうのが得意らしいですからね〜!←訂正:アメン→アーメンでキリスト教(新教)で、アメン教は古来からのファラオたちが崇拝していた神のようです。

しか〜し、このような恐ろしいアメン神崇拝の歴代エジプト王たちの中にあって、危機意識を感じて、アメン教を排除した賢い王たちもわずかながらいたのです〜 !
18王朝*のアメンホテプ3世は、アメン神官たちの横暴に不満をいだいていて(母親のコントロールだったのでしょう!)、彼らを排除しようと努力したらしいのですがなかなかうまくいかなかったみたいです。でも、その息子のアメンホテプ4世はついにアメン教を排除すべく、テーベから「アマルナ」に遷都し新しく「アテン教」**を国教としたのです。

アメンホテプ4世の宗教改革
http://www.ican.zaq.ne.jp/euael900/world_history05.html

* エジプト第18王朝
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%82%B8%E3%83%97%
E3%83%88%E7%AC%AC18%E7%8E%8B%E6%9C%9D

** アテン
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%86%E3%83%B3


アトンとアモンの崇拝の系譜 その1 : 〜 虚空と君とのあいだに〜
http://www.mkmogura.com/blog/2009/12/07

♡上のブログは、ちょっと難しくて部分的にしか分からないけれど、アテン神→ユダヤ教→古代キリスト教=コプト教→旧約聖書→イエス・キリストの教えなどを書いた新約聖書になったというところははっきりしているみたいです。

これらの宗教(新約聖書を除く)はアングロサクソン王族=悪魔ETモンスターヴァンパイアたちによって創られた宗教には違いありません。そして、イエス・キリスト(養父がアングロサクソン?母親は人間の祖ルーシーの直系である皇帝アウグストゥスの娘「大ユリア」)を除いて、彼らアングロサクソン王族たちは宗教などみじんも信じていないのです。彼らアングロサクソン王族が太古の昔から大衆に普及させてきた数々の宗教は大衆をダマして操るための装置です。

このブログ内の関連記事:
ローマ帝国2大皇族血流:「ユリウス家」と「クラウディウス家」

* このブログの中で以前書いた「シバの女王」の記事
http://urarala7.exblog.jp/12865568/  この中で書いた私の予測「シバ王国は、ヒッタイトからのバテ・シェバへのご褒美なのでは?」はみごとにユハズレ!ユでした〜!
http://urarala7.exblog.jp/12906318/


P.S.  なんだか、旧約聖書をあらためて、ひも解いてみると、やっぱり、ローマ帝国がキリスト教を国教とした後に、サビニ人(シェバ人)であるクラディウス派のパトリキ(貴族)や教会の教皇・枢機卿たち(現在と同じく両者はかなり重複もしていたのでは)が、旧約新約両方の聖書を、大衆やユリウス派の貴族たちに気付かれないように、少しづつ少しづつ、長い年月をかけて改ざんしていったのではないかと。
↑訂正:旧約はもともとシバの女王とソロモン王がでっち上げたデタラメと分かりました!新約聖書はイエス・キリストが旧約のカルトから人々を解放するために布教していた宗教です。(インドのバラモン教に対して仏陀が仏教を布教したのと同じ理由です。しかし、後世、そのキリスト教も仏教もアングロサクソン王族たちに乗っ取られてしまって今日に至っています。

上のわたしが書いた本文にも、旧約聖書「創世記」16の文から、ハガルに主の使いがあらわれイシュマエルについて、「彼は野生のろばのような人となり、その手はすべての人に逆らい、すべての人の手も、彼に逆らう。彼はすべての兄弟に敵対して住もう。」と言った、との箇所を引用したのですが。わたしは、(なんだか恐いですね〜ほんとうにこんなこと言ったのかな???)と書きましたが、ユ主の使いユがそう言ったということは、神が言ったのに等しく、実際よく考えてみれば、そのようなことを神が身ごもっている母親に言われるかな?って気がします。(←旧約聖書を書かせたのが冷血人間の『シバの女王』と『ソロモン王』(両者ともアングロサクソン王族・悪魔ETモンスターヴァンパイアだったからです。)

そもそも、子ロバ*はイエスが十字架にかかる前に、エルサレム入場に際し、それに乗って入られた動物で、キリストの比喩ともされる動物のようです。それを皮肉って『野生のろば』のような人となって人類に敵対するということは、これは、『野生のキリスト』(野蛮な宗教指導者)のようになって人類に敵対すると言っているに等しく、キリスト教をやむおえず国教にしたものの本心ではキリストを憎んでいるローマ帝国のサビニ人系貴族(「シェバ人≒ヌビア人」の血流はカナン人やセム系(ノアの子孫)とも混血しているけれども)が『新約聖書』を徐々に改ざんしたんじゃないでしょうか? そうやって、イシュマエルの頃からの彼ら民族の決意表明をしたというか、ヌビア人やカナン人以外のノアの子孫をのろって敵対するということ、そして、世界征服するという彼らの民族的な悲願を新約聖書を改ざんして上書きしたのではないかしら?!

* 子ロバ〜「ロバに乗った王 」
http://blog.goo.ne.jp/ybunya/e/77086732c52d2d5028846da8a603596d
(長い説明ですが、お急ぎの方は一番下のところに結論が分かりやすく書いてあります)

となると、★「クレオパトラの夢」★である世界帝国は、ハムの孫カナンのハム系シェバ人の夢=ヌビア人の★『ハガルの夢』★ということになるでしょう! 

それを受け継いだのがハガルの子孫なので★『セム系(ほんとうはハム系)シェバ人(聖書でいえば)の夢』★ということに!!

しかし、ハガルはヌビア人(黒い肌のネグロサクソン王族の『シバの女王』)であることから、セム系シェバというのは、ノアから受け継がれた、また、アブラハムから受け継がれた権威を主張するための道具にすぎず、

★★★本心は、アフリカ人である『ヌビア人シャーマンの世界帝国』(=悪魔ETモンスター吸血鬼の世界帝国)を樹立したい★★★

ということだったのではないでしょうか? ハガル(=セツ=レアのことか?)は、その悲願を子孫代々受け継ぐよう遺言し、それが今も忠実に守られているのでは。

♡ 上の本文の幾つかの箇所を修正したり、加筆したりしました。済みませんが、もう一度ご一読していただけたら幸いです。(2010.12.25)

大和未来のヒーリング三昧


* コメント欄も見てくださいネ!
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by Ulala-lov | 2010-12-08 08:54 | イシス女神〜エジプト王朝 | Comments(24)

イシス女神。。。2

先日、2010.11.21「イシス女神」の続きです。21日のものは、今日、やっと、まとめてなんとか書き上げましたので、どうぞ、もう一度お読みいただけたらと存じます! いつも、要領が悪くて相済みませんがよろしくお願いいたします〜♡


前回のつづき、のところは、エジプト中王国時代の第12王朝で王が変わり、イシス神信仰からアメン信仰に移り、その首都もメンフィスからテーベ(=現在のルクソール)に移され、そのテーベ神殿(=現在のルクソール神殿のオベリスク2本で一対の一つがパリのコンコルド広場にあり、その他にも、世界中で30ヶ所に30本同じようなオベリスクが立てられているということでしたね〜  ちょっとイシス女神からアメン神についての説明に変わってしまっていますが。。。いろいろ現在の世界情勢に関係ありそうですし。。。


「魔法使いジュディ」 
ウェストカー・パピルス(エジプト第2中間期*=ヒクソス時代**に書かれた文献)

**第15王朝がヒクソス王朝で、B.C.1663〜B.C.1555年頃
ヒクソス
西セム系の人々=セム語系の人々とか書かれていますが、アングロサクソン王族の率いるサクソン軍団の人々の中でもアムル人(元々はアムール河流域出身の民族=ヤクート族・ブリヤート族など)のことのようです。
(引用)ヒクソスに先行する紀元前3千年紀の最末期から紀元前2千年紀前半に、西セム系のアムル人がメソポタミア各地に移住して王朝を次々と打ち立てた事は極めて興味深い事実である。このアムル系王朝が栄えた時代は慣例的に古バビロニア時代と呼ばれ更に前期(イシン・ラルサ時代)と後期に分類される。ヒクソスの政権奪取はまさに西アジアにおけるこの民族移動の時代に起きた出来事であった。上記したヒクソスと関係性のある「アジア人」の中でもアムル人の存在はしばしば指摘される所である。


上の「ジュディ」というのはクフ王の父王の墓の墓守で、クフ王*の息子が父王に墓守「ジュディじいさん」を連れてきて予言を話させたというのですが、そのおじいさんというのが魔法使いで予言者という設定にしたててあるのですが。。。全部大ウソで、ヒクソスが大衆懐柔のために創った’おおぼら話’みたいです〜!!

* クフ王...
クフ王ピラミッド近くに労働者の墓、「奴隷が建設」の通説と矛盾 エジプト:AFPBBニュース
確かに奴隷だったら、ちゃんとした墓も造ってもらえなかったでしょうからね。
やはり公共事業の一環とみるべきでは・・・:微生物のいろいろ日記
ギザの大ピラミッド ウィキペディア
王の間のシャフトがオリオン座の三ツ星の方向をさしているのは、オシリスさん(爬虫類人間)とはまったく関係ありません!同様に女王の間のシャフトがシリウスの方向を示しているのも、イシスとはまったく関係ありません!!(ここの部分の書き込みはエリザベス女王たちのわたしへの嫌がらせです)

ピラミッド:星座編


「トート」というなんだかおどろおどろしげな「知恵の神」というのは、太陽神「ラー」の後に、地上にハルマゲドンが来て、その時に活躍する神が「トート」みたいなのです。つまり、自分たち「ヒクソス」*と「ヌビア人」(≒シェバ人)が力を合わせて、クシュ人**のエジプト王朝を乗っ取ったのですが、そのことを正当化するために’ご都合主義のねつ造予言ばなし’を創ったということなんじゃないかな?! それで、逃げたクシュ人はナイル上流に遷都し、「メロエ王国」を創ったということなのでは。(ウィキの年代はかなり違っていますが。歴史はかなりねつ造されてきましたので)そのメロエ王国も、A.D.4Cに、またしても、シェバ人の「アスクム王国」に滅ぼされてしまっています。
(*ヒクソス
(** クシュ人.... 聖書の創世記に書かれている「ノア」の三男「ハム」の長男「クシュ」の子孫)

トート(=トト=知恵の神)
トート
主に、トキ(鳥)のことを指しているようです。
アフリカクロトキ
『人間との関係』より一部引用「エジプトでは神聖な鳥として崇められていた。ヘビの侵入を防ぐとして崇められ、疫病をもたらす害虫はこの鳥を作法に則って神に捧げることによりたちどころに死滅するとされた。」

このトートというサルの化け物は、アメン神のひとつの属性であるようです。アメン≒アモンとも言われていますので、アメン≒アモン≒トートということでしょう。以下のサイトにあるようにアモン(悪魔)も、サルによく似たヘビの尻尾、フクロウの頭、オオカミの胴と前足を持っているとされる悪魔神のようです。(あ〜気持ち悪〜〜〜)

アメン

アモン
アメン=アモンという説もあるようです。

しかし、このトート神≒アモン神の活躍ぶりは、今現在の世界情勢とそっくりですね〜!! そりゃあ、悪魔を崇拝する王族たちがこの世をコントロールしていてハルマゲドンを起こし、王族たちが絶対支配できるご都合主義の新世界を造ろうとしているのですから。。。やれやれ〜〜 こんなこと、いままでの過去の世界でも何度でもやってきて世界中に植民支配を広げてきたわけね〜そして、ついに世界統一に向けての最終段階が今ということですか?!

それから、「魔法使いジュディ」のジュディという名前は、ジュディス=ユリウスなので、きっと、太古の昔から、ヒクソスやシェバ人たちハム系民族は、ヤペテ系民族、とりわけ名門ユリウス氏族とは’天敵の仲’だったので、魔法使いにジュディと名付けて一般市民にユリウス家の悪い印象を刻ませたかったのでしょう。


しかし、アメン神は、「猿」の属性も持っているものの、おそらく、一番よく現わされている動物神は「牡牛」でしょう。つまり、バアル神と非常によく似ている神だということです。だからこそ、アメン神殿のオベリスクは通常二本対になって建てられているのではないでしょうか? 

聖書「出エジプト」で、モーゼがイスラエルの民を引き連れてシナイ半島の荒れ野を彷徨(さまよ)っていた時に、いつまでも約束の地に入られず’やけくそ’になった人々のなかに金の牡牛の像を拝む者たちがいたとあります。これは、エジプトにいた時のアメン神を拝みだしたものがいたということでしょう。(★つまり、エジプトでは、ヌビア出身(≒シェバ人)のエジプト王や貴族や金持ちなど(これら支配層はヌビア人≒シェバ人と、ヒクソス人)は、’金’が豊富なヌビアという土地を背後に持っていたので、’金’の牡牛神の偶像を造り、「アメン神」として拝んでいたからでしょうね。)

しかし、その後のエジプトは、下エジプトにいたヒクソスの大半がリビア=カルタゴに去っていったり、アッシリアやアラブ人のウマイヤ朝に征服されたり、ササン朝ペルシャに征服されたりした後、B.C.330年頃には「アレキサンダー大王*の東方遠征」によって征服されるのですが、この時ばかりは、エジプト市民に拍手喝采で歓迎されたということです(つまり,市民にシェバ人が多かったってこと)。シェバ人(≒ヌビア人)=マケドニア人の王が圧倒的に優位な王朝となり、古来から拝まれていたヘビ神崇拝の「イシス」が、アメン神に替わって、また最高神の座を取り戻したということなのではないでしょうか? もちろん、イシス信仰の中でも、牡牛神を敬うという属性をもっていますが。

* ギリシャの統一王でマケドニア出身。母はマケドニア人かエジプト人(どちらにしてもヌビア人≒シェバ人)、
父はマケドニア人でギリシャを初めて統一した王。しかし、母が本当の父はゼウスと母が告白。ゼウス=アイゼンベルグでした!)


とにかく、アメン神はアメンラーという習合神になるのですが、それまでの、太陽神ラー*と比べると、ラーは頭がハヤブサなんだけど、アメンラーは’先が二つに別れた山高帽’をカブッっていて、まるで、牡牛の角みたいなんです。だから、牡牛神の影響が強いってことでしょうね〜! これは、ヒクソスが、その後、リビア(=カルタゴ)に行って王朝を建てたということや、また、その名前からもちょっと分かるのですが、多分、ヒクソス=ヒッタイトということでしょうね。ヒッタイトがバアル神(=牡牛)信仰であることは有名ですよね!

太陽神ラー

要するに、人心を引き付け支配するためにいろいろな神が習合していったということかな〜?

なにしろ、B.C.900年頃(実際はBC600年代)のイスラエル王国のソロモン王などは敬けんなユダヤ教徒だったのに、シバの女王*にすっかり心を奪われ、騙されて、72もの悪魔神を教わったみたいだし〜 (* 本文の一番下に)

これを「ソロモン72柱」って言うらしいんですけど、これってほんとうは『シバの女王72柱』のほうが正しいみたいなんですけどね〜  

それで、ソロモン王は素晴らしい知者と謳われた王で、治世の前半は数々の良い政策を施したにもかかわらす、その後半は悪政を行ってダメダメ王になってしまったらしいのです。
 >_< 'とほほ〜なソロモン’さんでした〜 

(素晴らしく悲しい歌「シバの女王」なども作った感性豊かな王だったみたいなのですが。。。)

さらに、ソロモンの死後、イスラエル王国は、北のイスラエル王国と南のユダ王国(南が悪魔教信仰の国)分裂してしまったということですから、シェバ人(≒ヌビア人)の女スパイ「シバの女王」の威力はスゴイ!!
’悪女だな〜〜〜’
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by Ulala-lov | 2010-12-07 22:51 | イシス女神〜エジプト王朝 | Comments(0)

「サウンド・オブ・ミュージック」! この有名なミュージカルは、わたしも大好きで、特に、あの「エーデル・ワイス」とか「マイ・フェイバレット・シングス」とか、「ドレミの歌」とかステキな歌がたくさんあって、ジュリー・アンドリュースの歌声もすばらしく透き通っていて、自然の風景もすばらしく美しくって、ほんと、楽しい素晴らしいミュージカルです!

だから〜、そんな素敵なミュージカルを、こんなことを言って幻滅させたくなくって、黙っていよう!って、ずっと思っていましたが、しかし、そういうわけにもいかなくなってきました。

サウンド・オブ・ミュージック

主人公のトラップ大佐(ほんとうは少佐)ですが、実は、本名は違うはずです。以前のウィキには正確な名前が載っていましたが、今は、トラップとなっています。このトラップはおそらく、ワナに掛かった大佐という意味で、マリアの自叙伝の物語の中で使われるようになったのではないでしょうか?(実は、これも被害者のふりをするための演出だったようです)

オーストリアの「男爵」とあります。第一次世界大戦(1914〜1918年)で数々の功績を挙げて叙勲されています。とにかく、オーストリアのザルツブルグ*に住んでいた一家は、1938年頃にナチに追われて、一家全員を引きつれアルプス越えをして、スイスに逃れ、英国などを経て、アメリカに移住したというのは正しいようです。そして、実は、このゲオルグ・フォン・トラップ大佐**というのは、アメリカでの芸名は「ヘンリー・フォンダ」です。フォンは貴族を表す言葉ですけどね。また、ウィキのトラップファミリー合唱団をつくり世界を回っていたいうのは、もしかしたら、ゲオルグ&マリアのスパイ活動のためかもしれません。

*ザルツブルグ
(1809年から、一時期、バイエルン王国の所有になっていましたが、1816年のウィーン会議で、最終的にオーストリアに併合され、そして、1938年にナチス・ドイツに併合されたということです)

サウンド・オブ・ミュージックの撮影場所の写真集 ザルツブルグ

「ホーエンザルツブルグ城」・・・名前からすると、アングロサクソン王族ホーエンツォレルン家所有の城みたいですね。

**ゲオルク・フォン・トラップ

ヘンリー・フォンダ(1905〜1982年)

それから、マリア***については、以下のサイトを見ると分かりますが、この方の風貌からして、あの映画のジュリー・アンドリュースとはかなり違う感じがしますが、実は、マリア(=ゲオルグ・フォントラップ少佐の2番目の妻)とゲオルグ(=ヘンリー・フォンダ)の娘が、ジュリー・アンドリュース(=ジェーン・フォンダ)、あるいは、ジュリー・アンドリュースとジェーン・フォンダ姉妹です。それから、ピーター・フォンダという息子もいます。つまり、ジュリー・アンドリュースとジェーン・フォンダはどちらかというとお父さんのヘンリー似で、ピーター・フォンダが母親のマリア似ということですかね!

***マリア・アウグスタ・クチュラ(1905〜1987年)=マリア・フォン・トラップ

そして、このマリアさんも、ウィキのプロフィールはかなりウソみたいです。このマリアさんは父母に幼い時に先立たれた孤児のような感じになっていますが、実際は、おそらく、「シバの女王」のひとり(おそらく、マリエ・ルイーズ・ユージーン・ビアーズ?)ではないかと。おそらく、マリア=マリエと同じですから、もともとシバの女王と関係のあった家系の娘だったのでしょう。そして10代後半のどこかで「シバの女王」の脳を移植されたんでしょう。

このトラップ一家の亡命成功は、マリアとゲオルグとナチスと修道院がうまく連携して、ナチスが追っかけるふりをして、わざと逃れさせたのではないかという疑問が新たに湧いてきました。

マリアもヘンリー・フォンダも、幼い時からアングロサクソン王族秘密結社フリーメーソンのメンバーだったに違いありません!ナチから逃れ、一家を引き連れアルプス越えし、アメリカに移住したのは、結局、ヤハウェ王族勢力に信用され、アメリカなどでのスパイ活動をしやすくするためだったのだろうと思われます。マリアは精神病になり自殺したということですが、また脳移植で他の誰かに入れ替わっただけでしょう。

ところで、マリアが修行していたベネディクト系修道院*って? 以前、カトリック教会での幼児性虐待が世界中で暴露され告発が多発してきた時にもこのブログで取り上げましたが、このベネディクト修道院が若い修道僧たちが性虐待を受けたという告発が一番多かった修道院だったのですよ。まあ、マリアさんは女性ですから、女性の修道院は、そことは違う別の場所にあるのでしょうから性虐待は受けていなかったでしょうが。しかし、いったいどんな修道院だったのかな〜?とちょっと疑問に感じてしまします。多分、あのサウンド・オブ・ミュージックのようなやさしい先輩修道女たちばかりだといいんですが。

なんでも、マリアはとても短気で怒りっぽかったとか。あのミュージカルのマリアとはぜ〜んぜん違う性格だったみたいなんですぅ〜 ガッカリ。。。(><)

ベネディクト会

中世を映し出すミュスタイアの聖ヨハネ・ベネディクト修道院

世界遺産に認定されたミュスタイアの修道院の難題

ミュスタイア谷と国立公園

上のミュスタイア谷は、おそらく、このあたりから、アルプス越えをしてスイスに逃れたんじゃないかしらという地域です。もしかしたら、この聖ヨハネ・ベネディクト修道院がマリアがほんとうにいた修道院ではないかという気がします。

さらに、ジェーン・フォンダは高位のフリーメーソンの母親である、このマリアに育てられていますから、当然のごとく、フリーメーソンとイルミナティの女性リングの高位のメンバーだったと考えられます。

そして、ジェーン・フォンダは、イルミナティの計略により、地位の高い、ケルト系の王族をハニートラップのターゲットにしたようです。それが、イギリスのレオポルド・ロスチャイルド(1927年〜)です。彼の息子がタムドクもどきですが、タムドクもどきの弟が生まれた直後に、レオポルド・ロスチャイルドと、最初のヤハウェ王族の妻は離婚し、すぐに、ジェーン・フォンダが2度目の妻に収まっています。

もともとは、ハプスブルグ家のほうが栄えていたけれど、ハノーウ゛ァー朝は、フリーメーソンという闇の秘密結社を使って、フランス革命、ロシア革命、それに世界じゅうの未開発地をどんどん略奪して植民地化していったり、第二次世界大戦で原爆を用い、その後ヨーロッパに原爆を配備するなど、実質のところ、ウィンザー朝は、ハプスブルグ家を超える巨大な存在となり、世界的脅威になってしまっていたということです。しかし、一応、昔からの習いで、ハプスブルグ家の王室のほうが権威としては上にあるので、その地位をハノーウ゛ァー=ウィンザー朝が欲しがっている〜。。。みたいな?

今でも、アングロサクソン王族サタニストたちは、ウィキペディアのマッカーサー(=ライオネル・ネイサン・ロスチャイルド=1845年生まれのレオポルド・ロスチャイルドの息子)の項目の内容にありもしない悪口をいろいろ書き込んでいて、死んでからもその人柄を貶(おとし)めようとしています。あなたたちとは比べものにならないくらい高潔な人だったから悔しいのですか?戦後にマッカーサーと会談した後、昭和天皇は、「西洋人でも、侍のようなりっぱな心をもった人がいるものだ!」と感激して言われたそうです。

マッカーサーは名前からも分かるように、マックはスコットランドのクラン(部族)に多い接頭語みたいな「〜部族」みたいな意味みたいです。そして、マック・アーサーというのが続けて読むとマッカーサーとなるわけで、つまり、アーサー家ということですかね?ということは、あの伝説の『アーサー王』の子孫の家系ということなんじゃないでしょうか? じゃあ、なんで?ダグラス・マッカーサー将軍はアメリカに住んでいたの?って思うかもしれないけど、実際は、英国に住んでいたり、アメリカに住んでいたりしていたんじゃないかしら?いろいろな事業をしていたみたいですからね。

それゆえ、多分、マッカーサー家はスコットランドの王の王くらいに権威のある家柄みたいです。そのマッカーサーの息子の1926年生まれのレオポルドが結婚して誕生した「男の子」の世継ぎが「タムドクもどき」だったということらしいです。アングロサクソン王族にとっては、自分たちが世界一の王になることが至上命題なので、最後のケルト王族の砦を崩壊させる必要があるのです。 そのためには、「タムドクもどき」が邪魔になるので、自殺させるか、犯罪者にさせるか、精神病者にさせるかと脅迫し、自分たちのシェバ族の女と結婚させ、その子供に王位を取らせるか、どちらかを選択させようとしているわけです!

まあ、それでも、「タムドクもどき」は彼らの言うことを素直にハイハイと聞いて、いままで、なんとか生き延びてきたみたいなんですよ〜! クスン。。。ーー。。。 

ま〜たく、ひどすぎる〜〜〜〜 野獣のような奴らなんですよね〜〜〜!!!!!

まあ、前から分かってるけどさ(そりゃ、だって、吸血鬼モンスターたちなんだもんね!)。。。

でも、でも、何度でも言いたくなるわ〜〜〜 ひどすぎる〜〜〜 ーー***

まあ、わたしも生まれる前から(つまり、母親の代から)、モンスターたちにはいろいろひどい目にあってますからね〜 

でも、それでも、タムドキもどきは、くじけずに、一生懸命平和のために、みんなの幸せのために日々身を粉にして頑張っています! どうか、みなさんもご協力をよろしくお願いします!ネッ!


☆このことは、「タムドクもどき」にも、わたしにも辛(つら)い話ですが、タムドクもどきや私自身の身の安全のためにも、平和のために戦ってくださっている関係者の方々の身の安全のためにも、敢(あ)えて、暴露しました! ある程度のわたしの分かる範囲内のことではありますが、おそらく真実に近いであろうと推察できることをです。
(でも、ちょっと間違っていたところや、ここで説明するには複雑すぎることがあったので、その部分は削除しました)

p.s.
エリザベス女王も、アイゼンベルグも、ジョセッペ・マッチー二も、そのロスチャイルドも、み〜んな、今現在、日本にいます。そして、これから、世界戦争を引き起こし、自たち以外の世界中のほとんどの人間を残虐な方法で殺そうとしているのです!

しかし、日本の検察も警察も、欧米の闇権力、王族・貴族などのお金持ちたちのためにだけ仕事をしていて、逮捕することができないのです! 

☆☆ どうか、日本国民のみなさん、日本の検察・警察が正常化するように声をあげてください! ☆☆

署名、デモ、メール、ファックス、電話、投書などの、どの手段でもいいですから、検察庁、警察庁、政府(特に、法務省)や民主党、国民新党、各野党、メディア(テレビ、ラジオ、新聞社)などへ抗議をしてください!!! 

<抗議内容> 

 (「カナダde日本語」さんの2010.12.04のデモの内容記事からの引用)

検察制度の根本的な改革を求める。腐敗の根本にある裏金問題を国民の目に明らかにし、裏金を使用した検察幹部(OBを含む)に対して国庫に返還させる。
村木事件を始め、数々の冤罪を生んできた取調べ方法の抜本的改革を求める。(可視化、押収物・残記録の公開等・・可視化法案の成立へ)

■検察の裏金問題を国民の目に明らかにしその責任を追及し裏金の返還を求める。
■村木事件の検察の責任を追及する。
■取り調べの全面可視化、押収証拠物及び残記録の全面開示を要求する。

「大林宏検事総長が自ら使った裏金を返すべきである」
「村木事件で事前決済した最高検伊藤次長検事は辞職すべきである」
「前田主任検事、佐賀副部長、大坪特捜部長だけを起訴したトカゲのしっぽ切りはやめ、最大の責任は検察トップの責任を問う」
「検察が自分自身を問い直すべき時である」
「検察がやっている裏金づくりは犯罪ですから、裏金をちゃんと国民に返すこと」
「冤罪で人生や生活をめちゃくちゃにされた人たちにちゃんと謝罪すべきである」
「法律は国民生活の基本中の基本なのだから、正しく運用すべし!」
「私たち国民は、検察権力がやったことを決して忘れないだろう!」
「管総理は、法務・検察の犯罪を隠蔽しないで公表し、きちんと処分し、対策をとってほしい」

今後の検察改革の原則
1.自分達にとって都合の悪いものは隠蔽しない。
2.意見や考えが異なる団体や個人を排除しない。
3.情報は操作しない。

<うららおばさんからの付け加え>
4.ほんとうの犯罪者はだれであってもちゃんと逮捕する!

♡ どうかよろしくおねがいします!! ♡

* コメント欄も見てくださいネ!
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by Ulala-lov | 2010-12-03 23:30 | 西洋史 | Comments(16)