2013−09−04


大航海時代のスペイン・ポルトガルによる中南米征服には、エルナン・コルテス(アイゼンベルグか奥田碩=リチャード・パール)やフランシス・ピサロ(ジョゼッペ)、教皇アレクサンドル6世(ジョゼッペ)などのサクソン王族サタニストたちが深く関わっていたようです。

ボルジア家・・・??(←イタズラされてます)A

「アレクサンデル6世」(=ジョゼッペ)は、前教皇だった叔父の「カリストゥス3世」* に推薦され枢機卿に選出されたとか。サクソン王族同士、お互いに大きな権力を握れるように協力し合っているわけですね!その後、ちゃくちゃくと力をつけ、「イノケンティウス8世」** の死後、他の枢機卿を買収し教皇に選出されたのだそうです。

★★★ この「カリストゥス3世」の顔を見て、ビ〜ックリしました〜!なぜって、島根県の、大物サクソン王族たちの居住区『宅野』の最も偉い『藤間家』の現当主の顔にそっくりだったからです!昨年の「アルジェリア人質事件」で、(株)「日揮」の広報担当で頻繁に記者会見をしていた人です。(ポケットビスケットの「千秋」= 女子アナ-小島奈津子の父親です!)つまり、この人も、何万年も長生きしているサクソン王族サタニストの邪悪脳の家系の一人だったようです。

* カリストゥス3世_(ローマ教皇)

カリストゥス3世(対立教皇)

**イノケンティウス8世
異端審問裁判で多くの人を処刑した悪徳なサクソン王族系教皇のようです。

魔女の随伴者として、魔力を持つと信じられた猫たち - Ameba News

歴代教皇表3

オスマン帝国によって東ローマ帝国の首都コンスタンチノープルが陥落して後は、教皇や枢機卿たち、各国の君主たちは、イスラム軍団がいつヨーロッパを侵略してくるかとビクビクだったのかもしれません。というわけで、ヴァチカンやヨーロッパ各国の君主たちが強い結束を必要としていた時期だったはずです。しかし、その混乱期に上手く立ち回って(人々が不安に襲われている時ほどマインドコントロールしやすい)、また、毒殺という手段を用いるなどして、ジョゼッペ&象二郎+ハニートラップ・「シバの女王」たちは権力をどんどん握っていったのかも?

また、「アレクサンデル6世」の息子チェザレ・ボルジアは象二郎ですし、娘のルクレツィア*** は、冒頭の写真??Aのルクレツィアは梶美奈子さんにも少し似ています。下のほうのルクレツィアの写真は、マリエ・ルイーズ・ユージーン・ビアーズ(松本伊代に似てるでしょ!元民主党の岡本英子議員)に似ています。政略結婚し合っているので、混血して両方に似ているのかな?

*** ルクレツィア
ルクレツィア・ボルジア(伊: Lucrezia Borgia、1480 - 1519) ウィキペディア

肖像画 - チェザーレ・ボルジアとその周辺・・・??(←悪意あるイタズラ)B
(サイトのかなり下のほうにルクレツィアのたくさんの肖像画の画像があります)

★ ここでのルクレツィアの写真を見ると、下記の三人がケースバイケースで、ルクレツィアに変装していたということのようです。
◎ジョン・コリア作の「A Glass of Wine with Caesar Borgia」に描かれているルクレツィア。それから、ダンテ・ロセッティ作の夫アルフォンソ・ダラゴーナに毒を盛った後、手を洗っているルクレツィアの肖像画。
◎片方の胸を見せている肖像画(髪の毛はカツラ)
◎黒い服を着ているウルビーノ、ドゥカーレ宮殿の貴婦人の肖像画

★★★ チェザーレ・ボルジア(象二郎)は、恐竜タコ女王の男性形クローンであり、身体を大きく変身させた姿のようです。

しかし、時として、ジョゼッペや『新生ヴィーナス』がチェザーレ・ボルジアになったりして、入れ替わったりする時もあるのかも?


だから、??Bのチェザーレ・ボルジア、教皇アレクサンドル6世、ルクレツィアのたくさんの肖像画では、3人とも、肖像画によって、顔がさまざまに変わっているのですネ!画家(=描き手)の感性や技法による違いだけではないようです。

また、三人のアナンヌキETたちは両性具有であり、タコのように擬態(ぎたい)して、男になったり、女になったりして、さらに、いろいろな顔や姿に化(ば)けて変身するようです。
(さらに、詳しくは「日本にやってきた6人の神々(地球の真の支配者たち)2」という2014.06.07の記事で説明します。)

これまでのボルジア家
(宣伝をするつもりではないのですが、見るといろいろ参考になるかも?わたしはWOWOW契約してないので見れませんが)



ルクレツィア・ボルジアに似ています!

<ルクレツィア・メディチの家族=ボルジア家の人々→メディチ家の人々

岡崎ちゃん(私の短大の同級生)=ルイーゼ・フォン・ヘッセン・カッセル=ハトホルに似ています。

このコジモ1世=教皇アレクサンドレということになりますネ!

楽天の三木谷浩史会長に似ています!

イタリアの傭兵隊長*だった。

サクソン人のコンドッティエーレの場合、雇った国を乗っ取っるのが最終目的だったと考えられます。織田信長が、明智光秀(後の徳川家康)や羽柴秀吉(後の豊臣秀吉)に裏切られて、その軍隊を乗っ取られたのと同じです。

この頃、すでにミラノ公国 *ヴィスコンテ家の領地だった)はコンドッティエーレだったフランチェスコ・スフォルツァ(サクソン人)によって、1450年に乗っ取られていたようです。なので、既存の権力機構(サクソンの支配)に組み込まれているとウィキに書かれているのです。
こちらは、サクソン人の煽動(せんどう)した住民の暴動によってサクソン人の支配する領地に替わったようです。


(一部引用)
メディチ家の伝統ともいえる文芸・芸術の保護・振興にも務め、積極的な建設事業を行った。・・・フランスへの結びつきを深め、 1605年には、元枢機卿の立場からメディチ一族であるレオ11世をローマ教皇に選出させるなど影響力を誇った。

おそらく、フェルディナンド1世は人間のような。。。すると、ルクレツィアの父親コジモ1世、母親のエレオノーラ、兄のフランチェスコ、姉のルクレチアはサクソン王族でメディチ家の戸籍に乱入していたということでしょう。

教皇就任直後に暗殺されたようです。**

*や**から考えると。。。
★★★★★ メディチ家はもともとは人間の王族家系であり、ボルジア家に乗っ取られていたということのようです!!!


<< アレクサンデル6世とトルデシリャス条約 >>


スペイン人ローマ法王とボルジア家 l スペイン海外現地情報ブログ l 阪急交通社

アレクサンドラ「6世」とは - コトバンク

ジュリア・ファルネーゼ

トルデシリャス条約とサラゴサ条約 - 西野神社 社務日誌 

トルデシリャス条約

トルデシリャス条約 - Yahoo!百科辞典

大航海時代 その5 トルデシリャス条約 - 今を知る為の歴史探究

★★★ ローマ教皇「アレクサンデル6世」が公(おおやけ)に、「アメリカ大陸におけるスペイン軍の略奪・征服の許可を出したということですね!教皇のお墨付きをもらったのですから、スペイン軍を率いて "堂々と" 中南米に征服に行ったわけです!!!

つまり、の指導者だった悪徳「フランシスコ・ピサロ」(=ジョゼッペ)が、当時の教皇 "アレクサンデル6世" (=ジョゼッペ)としての自分の立場を利用してスペイン・ポルトガルの2国で世界の植民地を二分するという自己中で勝ってな「トルデシリャス条約」を承認し、うまく一人二役をこなして前代未聞の悪行をやってのけたのでした!これにより、両国は他国を制して堂々と中南米征服に向かうことができ、サクソン王族サタニストらに率いられた軍団は、現地で悪事の限りをつくし、ものすごい財宝を自国に持ち帰ったのでした。もちろん、ジョゼッペを陰で操っていたのはアイゼンベルグでしょう。


これにより、中南米の「アステカ文明」*、「インカ帝国」** が滅ぼされたのです。

* 「アステカ文明」というのは、UFOに乗ってどこへでもひとっ飛びで行けるサクソン王族たちが現地のサクソン系原住民(アイゼンベルグが造った生物学的人造ロボット)を使って、現在のメキシコ辺りにあった「マヤ文明」(ヤハウェ王族たちが築いた文明)を崩壊させた後に、マヤ文明とほぼ同じ地域に築いた文明だったということです。

その自分たちの部下であるサクソン系原住民の住むアステカ文明をジョゼッペたちは滅ぼして、財宝を奪ってスペインに持ち帰ったのです。

** インカ帝国
マチュピチュガイド l ペルー旅行・ツアー l 中南米の旅 l クラブツーリズム
「生贄の台」などは、スペイン軍団に滅ぼされた後に、サクソン王族サタニストたちが使用していたものでしょう。
ペルー l 観光地情報 l クラブツーリズム

インカ帝国の首都は「クスコ」で、クスコよりさらに高い断崖にあるのが「マチュピチュ」だったんですね〜!やっと、分かりました〜!スペイン軍の攻撃は逃れたとのことですが、その後、また別の時代に、サクソン王族たちに攻撃されて滅亡したんでしょうね。

***マヤ・アステカ・インカ文明に関する、このブログ内の関連記事:
シバの女王たち&シェバ族:アフリカ〜アラビア半島〜ボルネオ島サバ州〜バイカル湖〜南アメリカ<3>
大航海時代の西欧〜スペインの新大陸侵略の背景


なので、大航海時代を経て、スペイン軍を率いたピサロ(=ジョゼッペ)、象二郎、アイゼンベルグやシバの女王たちサタニスト・トップたちが再略奪して、その財宝を堂々と自国に持ち帰ったということなのでしょう。

イギリスの「エリザベス1世」は、ヘンリー8世 *(=象二郎)と2番目の妃「アン・ブーリン」(=『新生ヴィーナス』のクローンのうちの誰か)の娘で、時の宰相は「ウィリアム・セシル」(=多分、ジョゼッペか、アイゼンベルグ)です。

ですから、当時、イギリスの海賊船が、中南米から財宝を積んで出航したスペイン艦船を、度々(おそらく2回に1回とか)、襲撃して財宝を略奪していったのは、要するに、どちらもアイゼンベルグ&ジョゼッペ&象二郎&スリーシスターズに深く関係していたアングロサクソン王権下にあったスペインとイギリス両国が、お互いに了承済みで財宝を分け合っていたということなのでしょう。

* ヘンリー8世
エドワード7世(イギリス王)
上のふたりは祖先と子孫の関係のようなので外見は多少違うところもありますが、とてもよく似ています。つまり、英国テューダー朝**の「ヘンリー8世」(も)"象二郎"だったのです!(エドワード7世は以前から象二郎と書いてきました)
そして、英国のキリスト教会をカトリック信仰から、独自の『英国国教会』というプロテスタント信仰に改宗させた大変革をやってのけたのです。「離婚して二度目の結婚をするため」なんてただの口実だったのです。教会の寄付金という多大な利益を独占するためだったのでしょう!

(↑訂正:2015.10.02)エドワード7世は、アングロサクソン王族の捕虜となり奴隷&種馬にされている旧ハプスブルグ家の男性のようです。なので、エドワード7世の顔は、(ヘンリー8世に似ているのではなく、)ヘンリー8世に似た顔に造らされていたということです。

** テューダー朝

替え歌で覚えるヘンリー8世と6人の妻

チューダー朝

薔薇戦争

白バラ=ヨーク家(領地はヨークシャーと関係なく、ミッドランドとウェールズ境界地方)〜人間の王族の領地

赤バラ=ランカスター家(ノーサンバーランドの南でイギリス北東部)〜アングロサクソン王族の領地

リチャード3世(イングランド王)

ボズワースの戦い

ヨーク家リチャード3世の味方だったはずのノーサンバーランド伯(パーシー家=元米大統領のブッシュ家の先祖)とスタンリー卿が君主のリチャード3世の命令に従わず、裏切って敵軍のほうに就いて、リチャード3世は殺害され、ヨーク派はこのボズワースの戦いに負けてしまったのです。やっぱ、ブッシュ家は卑怯者のとんでもないファミリー(家系)です!


そして、白い色や白いバラがヤハウェ系(人間の王族)で、赤い色や赤いバラがアングロサクソン系だということも、近頃だんだん分かってきました。ほら〜、アフリカのマサイ族も赤い色の服とか好きみたいだし〜 共産主義国の旗も赤だし〜 


暴君っぽくない顔に復元された悪名高きリチャード3世 - NAVER まとめ

わたしも、20代の時にBBCのシェークスピア・シリーズ『リチャード3世』を観て、びっこを引いて人相も悪く残虐な王として描かれていたので、てっきり、『リチャード3世』=と〜っても恐ろしい王だと思っていました〜!でも、これも〜、またまた〜、サクソン王族たちのでっちあげ!歴史の真実を極端に歪められた典型的な例だったんですネ〜!

復元された顔と子孫の方のお顔とは共通点が多いのがよく分かります。この復元技術は大したものです〜!でも、復元された方にはちょっと申し訳ないけれど、子孫の方のより一層、優しいお顔のほうが、本当の「リチャード3世」の顔により近いかな?って気がします〜。まあ、復元で表情まで出すのは難しいでしょうからね〜。

(2013.09.07 6:50 a.m. 記述完了)

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by Ulala-lov | 2013-09-04 22:03 | キリスト教 | Comments(1)

昨年の秋頃に、「ローマ人の物語XⅣ〜キリストの勝利」 塩野七生著を読み終わって、「キリスト教」(ローマ・カトリック)がいつ頃から、どのようにして、どんなところをサクソン王族たちに改悪されていったかを早く書きたいと思っていたのですが、それよりも、現実世界で、どんどんとさまざまな重要事件が起きていったため、なかなか書けませんでした。

今日から、次の教皇を決めるコンクラーベも始まるというので、これは書かかねばと思い、すご〜く重い腰を"うんとこどっこいしょ〜!" と持ち上げて書くことにしま〜す!

この本で取り上げられているローマ帝国の王朝(=期間)は、以下のとおりです。

<<ローマ帝国:コンスタンティヌス朝〜ウァレンティニアヌス朝〜テオドシウス朝>>

歴代ローマ皇帝 [ピクシブ百科事典]
ローマ皇帝一覧表 wikipedia
(上サイトの訂正:コンスタンティヌス大帝(1世)の息子は3人いて、コンスタンティヌス2世、コンスタンティウス2世、コンスタンス1世です。)

[コンスタンティヌス朝] A.D.307〜363年 <6代>
「首都ヴィザンチウム」(コンスタンチノープル=現在のイスタンブール)
・50代... コンスタンティヌス1世=コンスタンティヌス大帝
A.D.313年「キリスト教」を公認

・51代... (分割統治=3頭体制で発足)コンスタンティヌス2世、コンスタンティウス2世、コンスタンス1世、ヴェトラニオ
・52代... マグネンティウス
・53代... コンスタンティウス2世
・54代... ユリアヌス
・55代... ヨウィアヌス

[ウァレンティ二アヌス朝] A.D.364〜392年 <4代>
・56代... ウァレンティ二アヌス1世
・57代... ウァレンス
・58代... グラティアヌス
・59代... ウァレンティニアヌス2世

[テオドシウス朝] A.D.379〜(東ローマ457年)(西ローマ424年)<6代>
・60代... テオドシウス1世 
(東ローマ元首 364〜374年)(東西ローマ元首 379〜395年)
A.D.388年「キリスト教」の国教化
(以下省略)


まず、最初に「コンスタンティヌス大帝」死後の「ローマ帝国」皇帝の親族間の権力闘争と外患(ゲルマン族、ペルシャからの攻撃)と内政について書かれていて、
第一部は「皇帝コンスタンティウス」(1世)、第二部は「皇帝ユリアヌス」となっています。

コンスタンティヌス朝〜東西分裂

サクソン王族の改ざんした歴史上では、キリスト教の「背教者」とされている『ユリアヌス帝』は、一神教であるキリスト教の排他性を憂慮し、それ以前の古代から信仰されていた宗教をも認める寛容な政策をとっただけであり、キリスト教を排除しようとしたわけではないのです。ユリアヌス帝は、哲学を深く学んだ、知性的で、非常に優秀な皇帝だったのです。*

コンスタンティヌス大帝の父親の二度目の妻は、最初の妻(居酒屋の娘)より格段に身分が高い女性で、その息子2人(つまり、コンスタンティヌス大帝の腹違いの兄弟)には2人ずつ息子がおり、4人の甥がいたことになります。その4人のうち一番年下だったのがユリアヌス帝でした。彼は、父の二度目の妻(おそらく、ヤハウェ王族)の子で、兄とは腹違いだったようです。そして、父親は、337年の5月末にコンスタンティヌス大帝が亡くなった後の6〜7月頃の葬儀の際に「血の粛正」が行われ、コンスタンティウス2世を除く肉親の全員が殺され、まだ幼かった12歳のガルスと6歳のユリアヌス2人の兄弟のみでした。

そして、2人は父を殺させた人であるコンスタンティウス2世の保護(=監視)のもと、父の死後6〜7年は、コンスタンティノープルのどこか、その後は、ニコメディアに住んでいた母方の祖母のもとで暮らし、厳格なアリウス派の聖職者や、古代スキタイ(=現代のウクライナ)生まれの老いた宦官(かんがん、去勢奴隷)の「マルドニウス」に教育されます。マルドニウスは、古典ギリシャの哲学・文学とを熱心に2人の兄弟に教えたのでした。

*ユリアヌス帝 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜

?? ユリアヌス帝が構想したような全ての価値観が等しく尊重される社会、あらゆる宗教の共生が可能となる世界は実現されていません。TORA〜阿修羅掲示板 ??

[元ネタブログ①]
塩野七生『ローマ人の物語ⅩⅣ キリストの勝利』の書評:ギリシア・ローマの伝統の衰退とキリスト教の台頭
(重要部分の抜粋)
そもそも全知全能の創造神を信仰し、その宗教教義を広範囲に布教拡大しようとするキリスト教やイスラム教のような一神教は、他宗教の教義や世界観と共存共栄を図ろうとする意志が初めからない。
一神教の宗教原理に忠実であれば、世界全体の支配者である天上の唯一神以外の神を信仰する集団・個人を看過できないはずである。また、唯一神の存在を否定するような言論・表現の自由を容認することも難しいので、『価値観の多様性』を尊重する社会との宥和性は基本的に高くないだろう。

権力者が支持してくれなかったり、信者数が圧倒的に少なかったりして自分達が劣勢な場合には、他の宗教や価値観を容認せざるを得ないというだけである。一神教の教会側に十分な権威(世俗の人々の支持)と財力(世俗の人々の寄進)があれば、異教徒や異端者との共生よりもそれらを排除して宗教的な同質化を進める行動を選択するだろう。(うらら....初期のキリスト教はそうではなかっただろうと推察するのですが。。。)

キリスト教の保護者であり続けたコンスタンティウスは、ユピテル(ゼウス)やポセイドン、アテネなどの多神教信仰に代表される伝統的な古代宗教を抑圧する為に、供犠・祭儀・偶像崇拝という宗教信仰に欠かせない要素を段階的に禁止していった。哲学的な本質考究の営為を好み、当時、勢力を増していたキリスト教の特権的待遇を廃絶する『背教者(ユリアヌス・アポスタタ)』の称号を得たユリアヌスだが、『複雑化した官僚制度や行政機構の大幅なスリム化』という大規模な歳出削減につながる行政改革にも着手していた。

?? 背教者ユリアヌス帝は、絶大なるローマ帝国皇帝の権力を自由自在に行使して、財政を逼迫する既得権益層の解体に尽力し、価値観の多様性や信仰の自由を認めない排他的なキリスト教会の動きを牽制した。
ユリアヌスという皇帝は、キリスト教史観から見れば、唯一神の権威に服従しない罪深い反逆者であるが、非宗教的な歴史観から見れば、『多神教と一神教の共生』というその後の人類の歴史で多くの戦争の原因となってきた課題を克服しようとし、宗教階級や官僚機構の不正な既得権益を廃止しようとした偉大な皇帝であった。
<結論>
現代社会に存在する国際紛争やテロリズムの解決の道筋は遥かに遠いですが、異質な他者を弾圧する排他的感情を抑制して、宗教や価値観の多様性をお互いに尊重する古代ローマ的な『寛容と公正の精神』を政治指導者と民衆が培っていくことが大切だと思います。

[元ネタブログ②] 
多神教のローマ帝国の同化政策(ローマ化)と一神教のユダヤ人のディアスポラ(離散)
多種多様な価値観を認めたローマ人があのような大帝国を1000年にわたって維持できたのに対して、ユダヤ人は排他的な選民思想で戦争を繰り返して祖国を失ってしまった。現在のイスラエルも周囲のアラブ諸国と絶えず戦争を繰り返し、パレスチナの住民を排斥し続けている。そのことが祖国を失うもとだとなぜユダヤ人は気がつかないのだろう。
(「失われた10氏族」がアシュケナージ・ユダヤですから、ローマ帝国時代にイスラエルに住んでいたのはスファラディム・ユダヤです。なので、ここで話されているユダヤ人とはスファラディム・ユダヤのことです)

< 'うららおばさん' のコメント>
ETタコたちが望んでいるのは、わたしたち(特にヤハウェ系の人々)が国と国、宗教と宗教、経済と経済、社会、学校、家族などで互いに争うことです。宗教的な争い、経済的な争い、集団の争い、個人同士の争いなど"あらゆる対立"を煽って互いに憎み合わせたり、殺し合いをさせたり、戦争をさせたりして、この世を崩壊させいく( "ハルマゲドン"に導く)ことです。でも、自分たちだけは地下に逃れるなどして生き残り、どんどん子孫を増やすつもりなのだとか。そして、自分たちの生活を支えてくれるように少数の奴隷は生かさせておくつもりらしいです。

だから、彼らのワナにハメられて互いに争いを起さないよう十分に気をつけましょう!!!ダマされないように "賢く" 動き(立ち回り)ましょう!!!
しかし、オカしいことや不当なことなどをシッカリ訴えることはとっても大切です!!!
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ローマ皇帝一覧 アンサイクロペディア
「アウグスゥス」*が初代皇帝になったのは、おそらく、元老院のサクソン王族たちの策略によるものだと思われます。以後、サクソン王族の愚かな皇帝が続きます。)

*以下のサイトが「アウグストゥス」に関してかなり真実を述べているようですが、その後のサクソン王族系の皇帝に関する説明は、サクソン王族の改ざんした歴史でも隠せなかったほどのこれらの王たちの愚行に対する歴史家や庶民の痛烈な批判を、かなりそらしているように思えます。
歴代ローマ皇帝列伝
(暴君ネロの墓に死後も花が絶えないのは、元老院のサクソン王族議員たちがお金を使ってそうさせているからでしょう。それだけネロはサタニストたちに貢献したということです。)


(本ページ114〜115からの引用)
<ローマ元首政時代の税制> 
◎国家(レス・プブリカ)....納められる税でやれる範囲のことをやる。
◎地方自治体(ムニチピア)....地方自治体なりに。
◎私(プリヴァートゥス)....上の二つの「公」(プブリクス)でも足りない分野は「私」が補(おぎな)う。
[例]帝国中に張りめぐされたローマ街道網である。国が敷設したのは8万キロ、地方自治体敷設が15万キロ、「私」が敷設して「公」にも解放した道が合計で7万キロ、この総体がローマ街道網であった。また、街道が機能し続けるには常日頃のメンテナンスが不可欠だが、それも、国と地方自治体と「私」の3本立てで行われていた。初代皇帝アウグストゥスが私財を投じて北への幹線フラミニア街道の全線改造を実施して手本を示せば、一私人にすぎない元奴隷の新興成金もそれにならって、南への幹線アッピア街道のうちの、ほんの一区画にしろ修復に要する金額を寄付する、という具合。

この「国家」、「地方自治体」、「私」の三本立てで行われていたからこそ、直接税は収入の10%、関税が5%、消費税としてもよい売上税は1%、でもやっていけたのである。アウグストゥスの税哲学であった、税制度はシンプル、徴税は広く浅く、も現実化できたのであった。

<ローマ帝国後期の税制>
◎国に一本化...ディオクレティアヌス帝(在位284〜305年)の治世から、税は国に一本化され、徴収額もあらかじめ決められる。地方自治体は、中央が決めて通達してくる額を納税者に課し、それで集まる額を国に納入するだけの機関になったのだった。そればかりでなく、地方自治体の議会の議員たちは、納税総額が決められた額に達しない場合の、自腹を切っての穴埋めさえも義務づけられた。

その結果、次の現象が生じた。元首政時代のローマ帝国では、属州出身の有能な人材にとっての憧れがローマの元老院議員になることであり、社会の低層の出身者の夢が地方議会の議員になることだと言われていた。すでに、ユリウス・カエサルが、軍団出身者と解放奴隷に地方自治体の公職への道を開いている。それが帝国も後期になって、成り手がいなくなってしまったのである。

しかし、ディオクレティアヌス帝とコンステンティヌス帝(1世)により"職業を世襲化"され、これが、帝国後期独特の脱税の一手段を生み出した。つまり、"本音は脱税にある、聖職者コースへの転出"である。キリスト教を公認したコンスタンティヌス大帝と息子のコンスタンティウス帝の2人によって、キリスト教会に属する聖職者は免税と決まった。地方自治体の有力者層が、雪崩(なだれ)を打ってキリスト教化した真因は、これにあったのだ。

しかも後期のローマ帝国は、兵士と行政官僚の数を倍増している。そのうえ教会関係者という、非課税の階層をつくってしまった。さらに、ライン河やドナウ河に近く蛮族の襲来に見舞われつづけている地方では、それによる生産性の低下からくる税の減収が重なる。古代の主産業は、何と言おうが農業であったのだから。この状態でもなお、皇帝は税制を変えない。その皇帝から税の減収の穴埋めを迫られた官僚が、特別税や付加税の名目をつくっては税をかき集めるようになったのも当然の帰結だった。こうして、後期ローマ帝国の税制はシンプルどころか複雑化する一方になり、元首政時代の「広く浅く」から、「狭く厚く」に変わってしまった。

このような税制下で、私人に、公益に積極的に関わる気持が生まれるであろうか?
それまでに「私」が三本立ての一本になっていたのは、自分が成功できたのは社会がその機会を与えてくれたからであり、それに対して寄贈という形でお返しをするにすぎないという、現代的な言い方ならば「利益の社会還元」的な考え方、に基づいていたからである。これについては、凱旋将軍も皇帝も元奴隷もまったく変わらなかったのがローマ(=元首政時代のローマ)だった。
 
(引用終わり)

(つづく)

(2013.03.11 5:35 p.m. 記述完了)
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by Ulala-lov | 2013-03-12 00:21 | キリスト教 | Comments(0)

大変すみませんが、この記事はまだ書きかけです。

先月、2013年2月28日をもって、ローマ教皇・『ベネディクト16世』が高齢に伴う健康不安を理由に退位されました。生存中の教皇の退位は、600年ぶりと極めて珍しいことなのだそうです。次の教皇を選出する会議「コンクラーベ」が明日3月12日から開催されるとのことです。

ローマ教皇・ベネディクト16世の辞任〜闇株(やみかぶ)新聞 2013.02.13

ローマ教皇・ベネディクト16世の辞任〜闇株(やみかぶ)新聞 2013.02.13

バチカン銀行の闇 その1〜闇株新聞 2011.02.01

バチカン銀行の闇 その2〜闇株新聞 2011.02.02

(その他の参考記事)
ここにもあった銀行の「あこぎなやり方」〜闇株新聞 2011.01.27

近年、ヨハネ・パウロ1世、ヨハネ・パウロ2世、ヴェネディクト16世と本物のロスチャイルド家系の人々が教皇になっていたのですが、それらの教皇たちは「オプス・デイ」の操り人形にすぎませんでした。最初のヨハネ・パウロ1世を暗殺し、その後の二代にわたる教皇たちを悩まし続けてきた「オプス・デイ」とは、いったいどんな組織?

<オプス・デイ>
Opus Dei - 日常の仕事と生活に神を求めながら。
ここでは、表向きの建前だけ書かれています。イエズス会もイルミナティも同じカラクリです!

オプス・デイ〜阿修羅掲示板

副島隆彦氏の、オプス・デイに関する《無知・無研究・思い込み》には、絶望を感じたl ベーシックインカム党
今話題の小説・映画『ダヴィンチ・コード』が描く欧米の秘密結社なるものの正体を副島隆彦が、徹底的に解明する〜阿修羅掲示板

この「副島隆彦」氏の記事は、全く信用できません!ただし、小説・映画「ダヴィンチ・コード」はほぼ真実を語っています。ただ、冒頭の「シオン修道会」の性的な儀式の部分はまったくのウソです。著者は、おそらく、ヤハウェ系の人で、そういうウソを混ぜないと出版も映画公開もできなかったのでしょう。わざと「シオン修道会」を貶(おとし)めるような場面を冒頭に設定したので、サクソン王族たちを大いに喜ばせ、出版することができたのでしょう。

テンプル騎士団(後のシオン修道会)=ヤハウェ系貴族たちの騎士団で、英国が「ノルマン・コンクエスト」*(サクソン史からの"征服"で、ケルト史では"解放"になる)により、ケルト人の国家として統一されたので、その安定していた時期に「第一回十字軍」にテンプル騎士団がエルサレムに派遣されました。「十字軍遠征」の理由は、セルジューク朝の軍勢に領土の一部を侵略されたいた「東ローマ皇帝」(ヴィザンチン帝国皇帝)がローマ教皇に助けを頼んだためとか。。。しかし、まともな十字軍らしい遠征はテンプル騎士団が主力の「第一回」と、「第四回」の英国王「リチャード1世」などが参加した遠征などで、その他の「第八回」までの多くは、サクソン系の「ドイツ騎士団」、「ヨハネ騎士団」(=マルタ騎士団)が主力のただの強盗集団の遠征と化していたということです。

第一回十字軍遠征の時、テンプル騎士団は、自分たちケルト人王族=ヤハウェ王族の祖先たちが、ずっと昔、エルサレムに隠していた財宝を取り出して帰って来たということです。それを知ったフランスのカペー朝(サクソン王族の王朝)の「フィリップ4世」が、フランスのテンプル騎士団を拷問・処刑して、彼らの持っていた財宝を横取りしてしまったのです。

*ノルマン・コンクエスト〜塩はうまくてまずいです

下の以前の記事*にも書きましたが、ブリテン島は、もともとケルト人の島だったのに、A.D.4Cには、ローマ帝国の占領と、サクソン(=ゲルマン)人の侵攻でケルト人はスコットランド北部にまで追いつめられていたが、ローマ帝国撤退後に、ケルト人の「アーサー王」により全土を統一された。しかし、その後、服従していたゲルマン人たちが反乱を起こし、南部に「サクソン(ゲルマン)7王国」を建国し、ケルト人の国々を侵略していた。そのため、フランス北部のノルマンディー地方を治めていた同じケルト人貴族のノルマン公「ギヨーム」(=後の英国の「ウィリアム1世」)が1066年に英国に侵攻し、サクソン王たちの残虐な支配の下で、奴隷にされていたケルト人解放を解放したということです。
*ユダヤ人って何か?〜ちょっと探検してみました。

<オプス・デイとイルミナティの関係は?>

下のサイトを見ると、どうやら「イエズス会」指導層と「オプス・デイ」指導層とイルミナティ指導層はほぼ同じと考えた方がよいみたいです。

イエズス会: zeraniumのブログ
上のサイトの説明で間違っている部分:
◎テンプル騎士団はヤハウェ王族の騎士団なので違うと思います。しかし、もし、そうだとすれば、それは、おそらく、19世紀後半にサクソン王族に隷属(れいぞく)させられて、仕方なくイエズス会に入ったのでしょう。
◎本物のロスチャイルド家は、「30年戦争」以降、急速に弱体化し、19世紀初頭くらいからサクソン王族の奴隷状態になっていますので、イルミナティの真のリーダーがマイヤー・アムシェル・ロートシルト(ロスチャイルド)ということはありえません。おそらく、真のリーダーはサクソン純血種、つまり、ET純血種の女性たちで、田部タコ系の田部陽子(はるこ)、先日、スーパーで新しく見つけた「彰常王」に似た年配のタコ女性=「川島芳子」(まだ生きてました!)、「新生ヴィーナス」のマリエ・ペルギア、、マリエ・ルイーズ・ユージーン・ビアーズや、「シバの女王」で大谷タコ系の大谷◎◎(おばさん)、藤間明子、植松恵美子、アレクサンドラ王女、エリザベス女王、メアリー・オブ・テック(偽エリザベス女王)、ローラ・ブッシュ、バーバラ・ブッシュなどでしょう。
*大本帝国陸軍 軍装関連XXXI
栗田彰常(彰常王)
(橋を隊列を率いて渡っている"うりざね顔"の隊長が彰常王です)
わたしの同期だった内藤さんによく似ています。彼女は、「大藪」さんという方と結婚していますが、大藪ってブッシュ家と関係あるんでしょうかね?その人も知っていますが、ブッシュ親子にはあまり似ていませんでしたが。。。大東亜戦争・第二次世界大戦中に活躍した「男装の麗人」こと川島芳子の画像集を見て、つい先日スーパー内で見たタコが彼女だと分りました!まだ生きていたのです。おそらく、ES細胞移植での若返り治療でもしてもらっているのでしょう。でも、田部タコ系女王の脳は、現在は田部陽子の脳にあるはずだと推察しますが。。。それとも、クローン人間を造ってタコ女王の脳の数も増やし、タコ女王の複数の子孫に移植することが可能になったのでしょうか?
(タコ女王については、後の記事で詳しく説明します)

また、偽ロスチャイルドである英国のエドマンド・ロスチャイルドやイヴリン・ロスチャイルド、フランスのエドモンド・ロスチャイルドやバンジャマン・ロスチャイルドの家系は、サクソン王族純血種なのでイルミナティの真のリーダー的存在でしょう。嫁や娘は、タコ女性やシバの女王とダブっているらしいです。これらの女性たちが、本物のロスチャイルド家系の戸籍に乱入し、妻として操っているらしいです。つまり、タコ女性、新生ヴィーナス、シバの女王たちは、何十人もの夫を持っていることです。自分たち自身のクローン人間も10人くらいいて、替え玉として使っています。
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by Ulala-lov | 2013-03-11 19:17 | キリスト教 | Comments(4)