今日8月9日は、68年前の1945年に長崎に原爆が投下された日です。犠牲者の皆様へ哀悼の意を捧げますと共に、そのご遺族の皆様、被爆の後遺症により病と戦っておられます皆様に心よりお見舞いを申し上げます。

また、今、秋田県を始め東北各地を襲っている豪雨によって被災されました皆様にも心よりお見舞い申し上げます。東北は立て続けに災害が続き、ほんとうに大変だろうなあと心配しています。どうか心を強くもって耐えてください。きっと晴れの良い日々がやってくると信じています。

本日、長崎の平和公園で行われました「原爆犠牲者慰霊平和祈念式典式典」では、今年はインドが式典に初参加したということで世界にも原爆の恐ろしさ、いかに非人道的兵器であることへの理解が徐々に深まりつつあるのでしょうか?!(もちろん、兵器はみな非人道的であることに違いはないけれど防衛としての兵器の役割もあるのです。しかし、核兵器は並外れて非人道的ということです。)

また、被爆者の築城さんが被爆体験を語られ「平和の誓い」を述べられました。身内に犠牲者のいるわたしは黙祷の時から涙が出そうになっていたところだったのですが、築城さんの語られる実体験の凄まじさに、一層、涙しました。


若者への思い、誓いに込め=被爆者の築城さんー長崎原爆忌

また、築城さんは高校生が中心となって高校生平和大使として活躍したり、核兵器廃絶の署名活動を展開するなどしていることにも期待感をもっていると話されていました。

高校生平和大使・高校生1万人署名活動HP

「高校生平和大使」とは
最初、長崎から始まり、九州の他の県や、広島、神奈川、東京、東北の高校生たちにも活動の環(わ)が広がってきているようです。

第15回高校生平和大使 平和の旅

高校生1万人署名活動
2001〜2011年で69万筆ということですから、単純に1年平均にすると約6〜7万人の署名が毎年集まったことになります。当初の1万人署名という目標を大幅に越える署名が集まってきているということで、彼ら高校生たちの"頑張り度" がよく分かります。

高校生平和大使・国連へ核兵器の廃絶署名を提出

こういった高校生の平和への切なる願いと、世界平和のために自らが積極的に世界に働きかけたいという意欲的な態度が高校生たちに養われていっていることにとても感激し、平和な未来への期待感が高まりました。

ところで、わたしの祖先トーマス・グラバーの娘ハナ(華?)の兄「倉場富三郎」を始め、その親戚たちも長崎で大勢亡くなっています。富三郎は外国人収容所で被爆し、その後に自殺したとなっていますが、自殺なのか殺されたのか本当のところはよく分かりません。しかし、重傷を負った富三郎が彼を付け狙っていた恐ろしいサタニストたちからどんな残虐な目に遭わされ亡くなったのだろうかと想像するだけで涙涙です。他のグラバーの親戚たちも同様の目にあったかもしれないなどと思うとさらに涙涙涙〜〜。。。。。。です。 ?? ?? ??

ご先祖様たちの供養のためにも、わたしもまた頑張らなくっちゃっと思いを新たにしたところです〜!

(#_#)/***  がんにゃるど〜! とマジックウォンド(魔法の杖)を振りかざす。。。(を想像)


2世への継承「最後の機会」=進む被爆者の高齢化:時事ドットコム
どんな被害でも、その当事者というのは、ほんとうに様々な問題を抱えているものです。特に原爆のような筆舌に尽くしがたいほどの恐ろしい体験を語るということは、今だに被爆者ご自身とって非常に辛いことなのかもしれません。さらに、放射能被爆という、その特殊性から、身内の方々のことを考慮すれば一層、公の場でご自身が語るということがはばかられるというのも当然といえば当然な話です。より重い被爆をされた方ほど一層そのような思いを持っていらっしゃるのではないでしょうか?

★★★ 確かに、被爆2世の方々を含め、そういった被爆体験を被爆者に代わって語ってくださる方々がいれば、よりいいかもしれませんね?!


平和を願い放たれたハト - メガピクチャー

前日8日には、約5000本のキャンドル(平和のメッセージが書かれた)に火を灯して犠牲者を追悼する「平和の灯(ともしび)」が行われたそうです。
犠牲者を悼む5000本の火

犠牲者しのび「万灯流し」=平和への願い乗せ
天国の御霊が安らかであるように、せめてもの供養をしてあげたいですよね〜!わたしもご先祖様たちにしたいです〜!
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by Ulala-lov | 2013-08-09 23:45 | 原爆 | Comments(0)

??びぃ〜っくり!! こんなビデオがありました!!

原爆投下を決定した悪魔たち
1945年5月、国連憲章を作成するために、「宇宙の主」??と自称する人々が、サンフランシスコ市パレスホテルに集合。
呼びかけ人:合衆国代表団長 ◎「エドワード・スティティニアス」* <原爆投下を主導>
[参加人3人]
○大統領主席補佐官・ソ連のスパイ 「アルジャー・ヒス」**…..多大な犠牲者がでるとの意見を言い、どちらかと言えば消極的なような。
◎サリバン・アンド・クロムウェル法律事務所」「ジョン・フォスター・ダレス」***……..”100万人の犠牲が必要だ。”などといい、積極的に同意。
◎匿名全権大使としてモスクワにおいて2年間スターリンの戦争を指揮していた
「W・アヴェリル・ハリマン」**** …….このビデオでは黙っているが、積極的に同意した人物なのは明らか。

>>日本は、鈴木貫太郎を中心にすでに『非公式講話』に向けて動き始めていた。

◎「バーナード・バルーク」*****が、トルーマンに原爆投下のサインをするように説得した。

* エドワード・ステティニアス 下のハリマンのところの説明で、ブログ「広島はなぜ破壊されたのか」を読んだら、なんと〜ステティニアスJr.は、J.P.モルガン(=象二郎)の息子でした〜!@@;

ジョディ・フォスター、森繁久彌、ハリマンとスティティニアスそいでヴィクター・ロスチャイルド

ヤルタ会談
ロシアのスターリン(奥ヒロシ)も、イギリスのチャーチルも、米のルーズベルトもみなフリーメーソンやイルミナティのメンバーで、根底ではみな一致したサタニストの方針で動いている。

** アルジャー・ヒス ソ連のスパイといっても、ソ連もアメリカも、ウィンザー朝、特に「エリザベス女王」や「ジョゼッペ」たち(さらに、その裏でスメラミコトやタコたちが操る)に操られていたんですから、サタニストたちにとって両者は単に争わせて世界を二分して軍拡競争させるための
道具にすぎない。
***有名なダレス兄弟
ジョン・フォスター・ダレス(兄)
アレン・ウェルシュ・ダレス(弟)
ヒトラーの資金調達に貢献したロンドン・コネクション〜さてはてメモ帳
「シュローダー銀行」の家紋を見ると、どうやらドイツにあったロスチャイルド銀行のようです。おそらく、ドイツのフランクフルトにあったロスチャイルド家本家は1800年代に断絶したということです(暗殺されたのかも?)から、その後、ダレス兄弟に乗っ取られたということでしょう。クルト・フォン・シュローダー*というのは、象二郎[=イタリアのムッソリーニに似ています]のことかもしれません。(彼らにはクローンが何体かいて、複数の場所での活躍が可能だったようです)イングランド銀行の総裁も、ロスチャイルド系の人がなっていて、裏でサクソン王族たちが操っていたのでしょう。(ジョゼッペたちには自分たちで銀行の運営をしていく能力はないので)
クルト・フォン・シュローダー(ハンマーシュタイン=シュローダーのことみたいですね〜ハンマーはサクソン王族の好きなバールと同じですしね。ゲップハルトっていうのも、以前、英国の初期の機関車の名前にもなっていたけれど象二郎がゲップをよくするからですよ〜)
軍事法廷で裁かれなかったシュローダー男爵〜さてはてメモ帳
シュローダー男爵とダレス兄弟の暗躍〜「ゲーレン機関」の実態〜 
1866年に晋墺(ふおう)戦争(プロシア・オーストリア戦争)でオーストリアのハプスブルグ家がプロシアに負けると、その同族のロスチャイルド一族は銀行グループを始め、そのすべてをサクソン王族たちに乗っ取られてしまいました。アメリカのロスチャイルドの代理人?(とにかく非常に近い親戚)のロックフェラーが同じ運命をたどったのは容易に推察できます。彼らもサクソン王族たちのいいなりに動くより仕方がなかったのでしょう。
ロンドン・シュローダー・レーガン〜さてはてメモ帳
「カルト273」って、イスラエルの「ソロモン王」の時にできたスファラディム・ユダヤのお金を扱う専門職なんだとか。それで、スレイマーン(=ソロモン)の奴隷にされた「ジン」=アシュケナジム・ユダヤの王族たちが強制的にソロモンたちの財産管理や金融などの仕事をさせられていたのかもしれないですね。しかし、悪魔モレクを崇拝していたのは、スファラディム・ユダヤのほうに違いありません!
**** W.アヴェレル・ハリマン
エドワード・ヘンリー・ハリマン
(アヴェリルの父親は、ジョゼッペと象二郎の両家の結婚で生まれた人のような顔をしていますよ。)
広島はなぜ破壊されたのかー語られない歴史(2)l akazukinのブログ
私たちの小さな惑星は平和ホピの星 - 違うことこそ素晴らしい
3人のジョージ・ブッシュ
[上の内容で間違っているところを訂正]
3. ジョージ・ブッシュ元大統領の祖父は、"プレスコット・シェルダン・ブッシュ"。(でも、本当は祖父もジョージ・ブッシュなのかしら?)ブッシュ家の長男がジョージなのは、ハノーヴァー朝(ドイツのハノーヴァー家)から英国王室に入っていった英国ハノーヴァー朝のジョージ1世の家系だからなんですってぇ〜!ウッソ〜!!〜〜?信じられな〜い!((ーー;))首をフリフリ....でも〜、そうなんでしょうね〜 ありえそう〜 やっぱ、本当っぽいですぅ〜 
7.クーン・ローブ商会は、"サクソン王族"のアメリカ代理人
隠された真実 クーン・ローブ商会
8.ロスチャイルドはサクソン王族に乗っ取られていて、マリエ・ペルギア??やマリエ・ルイーズ・ユージーン・ビアーズ??(シバの女王たち)が名前はいろいろ変えていますが、ロスチャイルドの戸籍に何度も繰り返し乱入しています。現在は英国のアンソニー・ロスチャイルドの息子エブリン・ロスチャイルド??の家系、09年に亡くなったエドマンド・ロスチャイルド??とその2姉妹??の家系です。フランスでは、エドモンド・ロスチャイルドの息子バンジャマン・ロスチャイルド??たちがサクソン王族の子孫です。これらのサクソン王族たちが本物のロスチャイルド家の人々に君臨していて、実質、本物のロスチャイルド家の人々を、奴隷のように忙しく働かせています。ーー*

なんといっても、世界支配ヒエラルキーの第一位階は”スメラミコト(=須田)”??とその血の入った家系(昆虫や爬虫類などの血も入ってるけど)で、??シバの女王たち(エリザベス女王&アレクサンドラ女王、マリエ・ペルギア&マリエ・ルイーズ姉妹)の家系で欧州の王族、貴族階級でしょう。日本では、??柏木(=荒木)タコ、大谷(=東伏見、西本)タコ、境(=酒井)タコ、鹿島タコ、藤原タコ(藤タコ、原タコ)、柳タコ、安○タコ(○に、田、井、藤など)??山田(=岡田)タコ、田部(=中島)タコ、梶タコなどのタコ??たちでは?

それから、第二位階には、ロックフェラー家に乱入しているニック(=ニコラス?)・ロックフェラーだとか、ウィリアム・ロックフェラー(=ビル・クリントン)などがいるみたいです。本物のロックフェラー家の一族も、本物のロスチャイルド家のようにサクソン王族の奴隷にすぎません。さらに、??象二郎系のモルガン家、??ジョゼッペ系のハリマン家、日本では、藤原家、森(田)家、奥(田)家、橘家なども第二位階のようですね。

そして、第三位階にはブッシュか?アイゼンベルグか?のようなヤハウェ系の裏切り者でしょうか?

***** バーナード・バルーク
伝説の相場師バーナード・バルーク〜ななしのいいたい放題
殺菌消毒・浄化〜さてはてメモ帳 
スファラディム・ユダヤの資産家とかいう「バーナード・バルーク」は、終戦の5〜6年くらい前に脳移植をして「甘粕正彦」から「ジョン・F・ケネディー」になったジョゼッペで、同じく、当時の日本での瀬島龍三(せじま りゅうぞう、伊藤忠商事会長)です。ハリマンの下僕なんてとんでもない。ハリマン家の創設者でしょう。なので、ヒットラーは(本物の青年ヒットラーは殺されて)、ロシアの「トロツキー」(背が高い)→日本の諜報機関を操っていた「甘粕正彦」(背が低い、この人は宇宙人グレイによく似ていて10人くらいの自分のクローン人間を創っていました!ー満州でのある写真より)→アメリカの議員「ジョン・F・ケネディ」*(背が高い)にと、終戦までにころころと身長が変わったはずです。(普段は、甘粕正彦のクローンにヒットラーに化けて仕事をさせていて、終戦前に自殺したのも甘粕のクローンだったのでしょう)

* ジョン・F・ケネディ....ダラス訪問中の銃撃による暗殺は茶番劇で、ケネディ=ジョゼッペはパレードの車からマンホールをくぐって地下に逃れていました。そして、日本に行って、「山根光男」という警察官になって、愛知県警本部の公安部外事課などに勤務し、そこから日本や世界の警察を操ってきたもよう。すでに、定年退職しています。しかし、依然として公安との強い連携は保たれているはず。最初は、平(ひら)の巡査から、最終的には、警視(副署長級)になっていたようです。

殺され脳移植された本物の山根光男の母親(ジョゼッペの元妻だったのかも?)は、チンパンジー系の新人ようなタイプで、そのため山根光男は非常に筋肉質であり、自分でも鍛えているのもあって、ものすごい腕力を持っているようです。日本で派手な左翼の学生運動を巻き起こし、左翼を煽っていろいろな政治、世論に対して仕掛けをしていたのでしょうが、学生運動などに参加するためには、丈夫で、ものすごく腕力も必要だったため山根光男を選んだのでしょう。

おそらく、本物の山根光男は15歳くらいでオートバイ事故?で死亡しているはず=ジョゼッペの子供か孫、身長は163センチくらい、内田と名乗ったり渡辺、小林、橋目、大木戸、渡津、川岸、曽田、ミュージシャンの「松任谷正隆」*、作曲家の「来生(きすぎ)たかお」、お笑いのタモリなど数多くの姓や芸名を名乗っています。

松任谷正隆 l ヒューマン l WEB GOETH(ゲーテ)
わたしは、3年くらい前から去年の夏くらいまで、松任谷正隆に似たマッサージ師が経営している治療院に通っていたのですが、去年、その先生(治療師)がジョゼッペだろうと気がついて行くのを止めました。なので、ジョゼッペ=松任谷正隆であることは知っていました。そして、バーナード・バルークも、もしかしたらジョゼッペかな?って考えていたら、まもなく、松任谷正隆のあの顔に似ているって気がつきました!上の松任谷正隆のサイトにある彼の写真と先のWikipediaのバルークの写真とを並べて、よ〜く見てください。両方とも実際の顔ではなく変装した顔ではありますが、同じような顔に化けています。そういう顔の被(かぶ)り物を被っているのかもしれません。また、WEB GOETHゲーテとかっていいますが、ジョゼッペ自身には、そのような文才は全くないようです。全て奴隷にしているヤハウェ王族たちに書かせて、自分が書いたことにしているらしいです。ウェッブなども彼らヤハウェ王族たちに作らせているようです。シバの女王たちもすべてジョゼッペと同じパターンです。彼らサクソン王族の神々(イルミナティの第1、2、3位階くらいまでの宇宙人や怪人)たちが得意なのは歌や演劇やスポーツなどで、それもヤハウェ王族から熱心な指導を手取り足取り受けてのことのようです。

ところで、ケネディ家は、サクソン王族やマフィアの家系ではなくヤハウェ系のまともな家系のようです。ジョゼッペはヤハウェ系の有力家系「ケネディ家」の戸籍に乱入し、次男のジョンを暗殺して、自分がジョンになったのでは?ジョンの家族(親、兄弟)は、当然、気がつくはずですから、それで、ジョン・F・ケネディの兄弟は暗殺されたり、事故に遭ったりして命を狙われて来た人が多いのではないでしょうか?

また、当時のアメリカ大統領「フランクリン・ルーズベルト」は、おそらくアイゼンベルグのような。。。
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by Ulala-lov | 2012-09-20 00:19 | 原爆 | Comments(0)

みなさん、長崎の原爆の日に『長崎の鐘』の歌を歌うのは止めてください!

どうかお願いします。

なぜって、あの歌は、原爆を落とした張本人が作詞作曲し、みずから歌っているからです。まさに、悪魔のしわざとしか思えません! 

それでは、原爆で亡くなった人々や原爆病を今も患っている人々たちをひどく冒涜していることになりますし、あまりにも気の毒です。 〜〜。。。


以前から気づいていましたが、藤島一郎はジョゼッペ・マッティーニです。戦時中は日本国民の戦闘意欲を煽る軍歌を作詩、作曲するなどし、その歌も自(みずか)ら歌っていたようです。さらに、原爆を落とした超本人がジョゼッペ、エリザベス女王、アイゼンベルグ、ハリマン(=ハリアン=ヒッタイト)家一族、モルガン家一族、トルーマン(=トル{ク}マン)米大統領たちです。そして、藤島ことジョゼッペは、しゃしゃあと「長崎の鐘」を作詞、作曲し、歌っていたのです〜  まさに、’珍’ 魂歌(チン!こんか)です!

藤島一郎〜スパイシー
http://spysee.jp/%E8%97%A4%E5%B3%B6%E4%B8%80%E
9%83%8E/1302979/
(「影を慕いて」のビデオの画像に藤島一郎が出演しています。ただし、サイトの冒頭の少女の写真や関係のある人々のところは藤島一郎とは関係がなく違っているようです)

長崎の鐘
http://takurou.co-site.jp/natumero/26-30/nagasakinokane.htm

世界名鐘物語「日本」ー 長崎の鐘 
http://www.carillon.co.jp/nagasaki.htm

広島の原爆投下*は8月6日8時6分で、長崎原爆投下**は8月9日11時2分です。9.11はエチオピア暦の正月、元旦1月1日です。つまり、6はシュメール人にとって時や生死を表す重要な数字であり、これを逆さにして、9にするということは、今までのゼウスを中心としたシュメール人世界を完全に転覆して、ジョゼッペを中心としたサクソンの新しい世界にするクーデターを象徴しているようです。

* http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BA%83%E5%B3%B6%E5%B8%82
%E3%81%B8%E3%81%AE%E5%8E%9F%E5%AD%90%E7%88%86%
E5%BC%BE%E6%8A%95%E4%B8%8B

**http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%95%B7%E5%B4%8E%E5%B8%8
2%E3%81%B8%E3%81%AE%E5%8E%9F%E5%AD%90%E7%88%86
%E5%BC%BE%E6%8A%95%E4%B8%8B

また、広島の原爆のコードネームが「リトルボーイ」だったということから、これは背の低いジョゼッペを表しているような気がします。(以前は、’ちっちゃなかわいい坊や’との皮肉だと言いましたが、その意味も考えられますが、’ジョゼッペから’という意味も考えられます。そして、長崎の原爆のコードネームが「ファットマン」だったのは、やはり、その当時日本への対日焦土化作戦を考え出した太平洋第20爆撃集団司令官だったカーチス・ルメイ*こと、おそらく、ヘンリー・モルガンかジーニアス(ジュニアス?)・モルガンかのどちらかでしょう。

カーチス・ルメイ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%81%
E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%AB%E3%83%A1%E3%82%A4

「長崎の鐘」の作詞はサトウハチロー、作曲は古関裕而(こせきゆうじ)です。

サトウハチロー
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%B8%E4
%BA%95%E9%9A%86_(%E5%8C%BB%E5%
AD%A6%E5%8D%9A%E5%A3%AB)

サトウハチロー略歴〜サトウハチロー記念館(岩手県) 
http://www.okaasan-no-uta.jp/hachiro/index.html

父:佐藤紅緑(さとうこうろく、1874〜1949年)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BD%90%E8%97%A4%E7%B4%85%E7%B7%91
この紅緑が海外文学の翻訳などもしており、おそらく、ジョゼッペなのではないでしょうか。従って、ハチローはその息子ということでしょう。

おそらく、「長崎の鐘」は、作詞、作曲ともジョゼッペ・マッツィーニがして、藤山一郎として歌っていたのでしょう。ハチローを作詞家として有名にするため、また、そこからの著作権料で食べていけるようにするため息子に作詞の著作権を与えたのでしょう。

古関裕而(こせきゆうじ、1909〜1989年、作曲家)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E9%96%A2%E8%A3
%95%E8%80%8C
福島市古関裕而記念館:プロフィール
http://www.kosekiyuji-kinenkan.jp/profile/index.html

ちょっと、変装して額の生え際のラインをツケ毛などで変えていますが、額がすごく広いことや、何となくの感じで、ジョゼッペ=佐久間象山の顔に似ていますよ〜

ジョゼッペ・マッツィーニ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A5%E3%82
%BC%E3%83%83%E3%83%9A%E3%83%BB%E3%83%9E%E3%
83%83%E3%83%84%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%8B

佐久間象山
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BD%90%E4%B9
%85%E9%96%93%E8%B1%A1%E5%B1%B1

福島市とも縁が深いらしいのに、自分が勝俣会長として陣頭指揮して今年3.11に福島原発事故をわざと起こさせるなんて!まあ、広島県にも縁が深いのに原爆落としてますからね〜 やはり、本質的に他人に恨みを持ちやすい異常性格なんでしょうね!

戦時中に軍歌をたくさん作曲していますし、戦後は、陸軍自衛隊の歌もたくさん作曲しています!

この「長崎の鐘」の歌のもととなった小説「長崎の鐘」を書いた永井隆という医学博士について調べてみました〜 すると、やっぱり、ジョゼッペ=スライマーンでした〜!

永井隆(医学博士)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%B8%E4%BA%95%E9%9A%8
6_(%E5%8C%BB%E5%AD%A6%E5%8D%9A%E5%A3%AB)

永井隆画像
http://imagesearch.excite.co.jp/detail/?search=%E6%B0%B8%E4
%BA%95%E9%9A%86&start=0&look=excite_jp
(目蓋の目尻のところアイラインが見えてますよ〜!つまり、変装してるってこと)

永井隆 略歴表
http://www.geocities.jp/bane2161/nagaitakasi.html

永井博士の経歴も随分怪しく、島根県の雲南市で育ったとありますが、これは、比喩で、おそらく、永井博士はジョゼッペ=スライマーンで、中央アジアではテュルクの祖「オグ」と呼ばれ、朝鮮半島の百済からやって来た布都(フツ)のことでしょう。その前には、中国の雲南省に住んでいたのでしょう。そして、朝鮮の百済で新羅との戦いに破れて日本にやってきた。つまり、フツ=百済の豊璋(ほうしょう)=中臣鎌足=藤原鎌足で、フツの息子フツシ=自称「須佐男命」と共に、日御崎(ひのみさき、島根県)より奥出雲、つまり、島根県雲南市三刀屋あたりに入り、そこで定住していた。しかし、その一方で、九州の宮崎県の日向へも赴(おもむ)き、卑弥呼と婚姻を結び子供を得ていた。その後、「大国主命の後継者問題」*を機に九州勢と三刀屋のフツシたちが共謀して、’待ってました’とばかりに蜂起し、山を越えて石見銀山にいた大国主の命たち一族を裏山から攻め込んで征服したか、あるいは、裏山と海側からとの挟み撃ちにし、さらに奈良の元祖大和朝廷へも攻め入ったというところでしょう。それが、紀元後3世紀ごろのことなのか、7世紀の「大化の改新」の時なのかよく分かりません。ジョゼッペ=スライマーンを中心としたサクソン軍団による事変=クーデターがあったのは確かですが、年代は改ざんされているのかもしれません。

* 大国主命の後継者問題
詳しくは、このブログ記事の左端の「カテゴリ」の欄の「藤原氏」のところをクリックして、3月22日の「藤原氏とアングロサクソン王族〜きつねのさいばん」の記事を見てください。

そして、永井博士は、長崎医科大学で放射線科を専攻したとあり、この辺からも、核爆弾と人体への影響などに興味をもっていたり、詳しかったのではないかと思います。というのも、スライマーンは、旧約聖書の中でも、ロトとして登場し、ソドムとゴモラの町を核爆弾のようなものを使って壊滅させているからです。その時に、おそらく、わざと妻をその地に残して死なせています。(長崎の原爆投下でも緑さんという奥さんを放ったらかして死なせています)そして、その後、ロトは自分の娘たちと交わっています。(旧約聖書では、娘たちが父を酔わせて、子供をつくるため交わったとありますが嘘でしょう)その娘たちから生まれた子孫が、長女からのモアブ人、次女からのアモン人(=ベンジャミン族=マケドニア人=オグ族などのセルジューク・トルコ)ということらしいです。ということは、モアブ人が(=ユダ族=サバ人=スパルタ人=「オスマン・トルコ?=ヒッタイト」+シェバ)ということですかね?
<創世記:19章24〜38 http://homepage3.nifty.com/IUCC/bible//o0119.html>

また、浦上天主堂の近くに住んでいたというのも、この辺りに住んでいた本当に心の清らかなクリスチャンたちの動向をスパイしたり、トーマス・グラバーの息子「倉場富三郎」(フリーメーソンと相反するの立場のグループのリーダー格だった可能性あり)の動向を探ったりしていたのではないかと思われます。満州でも甘粕正彦としてあれこれ活躍していたようですが、飛行機で日本と中国を行ったり来たりしていたんでしょうね〜!

さて、1945年の永井博士に関する記述はとても奇妙です。
・6月...長年の放射線研究による被爆で白血病と診断され、余命3年の宣告を受ける。
・8月9日...長崎に原爆が投下される。爆心地から700メートルの距離にある長崎医大の診察室にて被爆する。右側頭動脈切断という重傷を負いながらも布を頭に巻くのみで、救いを求める人々の為に尽力する。そんな重傷を負って動けるんでしょうか?おそらく、遠く離れた地へ避難していたんでしょうに。
・8月10日...帰宅。台所跡から骨片だけの状態となった緑の遺骸を発見、骨片を拾い埋葬する。(自分だけ逃げていた地から帰ってきたというわけです)
・8月12日...救護班を組織し、被爆者の救護にあたる。(二次被爆が考えられるので、本当に救護していたかどうか疑わしいものですが、もし、救護班として働いていたとしても、放射能被爆の影響の研究のためで人々を本当に救うためではなかったと思われます。)
・9月10日頃...昏睡状態に陥る。直前、辞世の句として一句。「光りつつ秋空高く消えにけり」だれの句だったんでしょうかね?ジョゼッペの句ではないような。。
・9月20日...再び昏睡状態に陥る。このため救護班は解散となる。
・10月15日...「原子爆弾救護報告書」(第11医療隊)を作成。長崎医大に提出。

昏睡状態に二度も陥った重病人がわずか一ヶ月足らずの間に、回復した上にレポートを作成して提出って。。。なんか信じられない。。。??? 原爆という超珍しい爆弾での多くの人の怪我や病気の報告だけでも、元気一杯の人がレポートまとめるとしても、最低でも2週間、いや、1ヶ月くらいはかかるでしょうにね〜 きっと、部下みんなに指示してレポートをまとめさせて、自分が最終チェックしてアメリカのサクソン系医療研究機関に提出したんでしょうね〜! その極一部で、あまり重要ではない部分を長崎医大に提出したのかもしれません。

また、海外の大物たちや天皇陛下までが次々と見舞いに訪れています。やはり、普通の人間じゃないでしょう!

・1948年にヘレン・ケラーが見舞いに訪れる。
・1949年
5月27日...昭和天皇に謁見する。
5月30日...ローマ教皇特使としてギルロイ枢機卿が見舞いに訪れる。
8月1日...長崎市長から表彰を受ける。
12月3日...長崎名誉市民の称号を受ける。
・1950年にローマ教皇特使としてフルステンベルク大司教が見舞いに訪れロザリオを下賜される。
・1951年に亡くなり、献体(けんたい、医学の向上のための解剖に自らの遺体の使用許可を生前に承認し、死後一時的に病院側に捧げること)し、長崎市公葬になり国際外国人墓地に葬られる。

なんだか〜嘘ばっかり、献体だなんて〜今も生きてるし〜 カトリックになって間もない信者にいくら原爆の救護に当たった医者だからって、ローマ教皇の特使や大司教、昭和天皇までが次々と見舞いに来ますかね〜? そうとうな大物だから、連絡のために会いに来たんでしょう。

永井記念館
http://www1.city.nagasaki.nagasaki.jp/peace/japanese/abm/
insti/nagai/index.html

ここは、長崎ん町 如己堂(にょこどう)・長崎市永井記念館
http://isidatami.sakura.ne.jp/heiwa3.html

永井隆記念館-雲南市ホームページ
http://www.excite.co.jp/search.gw?search=%E6%B0%B8%E4%
BA%95%E9%9A%86&submit.x=0&submit.y=0&sstype=excite_
d&target=combined&look=excite_jp&charset=utf8
(ここの銅像が一番内田一九に似ているかも。まあ、甘粕正彦から眼鏡をとって髪型を変えたりすれば、一九さん!=佐久間象山のチョンマゲ頭から現代風のおじさんの髪型にしてもそうなるかも?)

永井”ホトケ”隆 OFFICIAL SITE
http://www.hotoke-blues.com/phtograph/photograph_tobita.html
(右側の人、内田一九さんと似てますよ〜!PHOTOGRAPH の PHOTO DIARYのところに、「俺と悪魔のブルーズ第○巻」というのが幾つか出てきますよ!!)


☆ 必聴!!  「長崎の鐘」 〜写真紀行・旅おりおり
http://www.uchiyama.info/oriori/sonota/uta/nagasaki_kane/
(悪魔が自分の悪事に陶酔しているかのような無気味さが伝わってきます)

要するに、罪の意識ゼロ! 脳に欠陥があるとしか思えません! こういう遺伝子の突然変異で脳に感情障害のある人間が時々いるんですよね〜 やっぱり、そういう人は病院に入院して治療を受けるべきだけど。。。 ジョゼッペたちの犯してきた罪はあまりにも重いから、病院云々よりも刑務所に入って、裁判で罪を明らかにし、死刑を待つしかないんじゃないでしょうかね? それに、ほんとうだったら、数千年も前にとっくに死んでいるはずの人間ですからね〜


藤山一郎 クラシックと流行歌
http://biz.second-academy.com/lecture/SUK12405.html

毎月9日 長崎の鐘が鳴る 2011.07.10
http://www.janjanblog.com/archives/45414

長崎の鐘
http://yutaka901.fc2web.com/page2nax06e.html

すぐ上のサイトの被爆者手帳友の会の会長さんの名前が深堀勝一さんというので、ちょっと気になって。。。というのも、「勝」というのは、ジョゼッペ、アイゼンベルグ、エリザベス女王などが好きな名前らしく、東電の勝俣社長がジョゼッペというのも、そういうわけです。なので、調べてみると、なんと、つい最近8月2日に亡くなられたとニュースになっていました。本当に亡くなられたのか、亡くなったことにしたのか。。。ジョゼッペの子孫ということも考えられますが。。ジョゼッペ本人かもしれません。あちこちに家庭を持っていて、それぞれの家族はジョゼッペの本当の姿を知りません。ですから、本当に亡くなったと思っているかもしれません。

深堀勝一氏死去 長崎県被爆者手帳友の会会長
http://yutaka901.fc2web.com/page2nax06e.html

なぜか以下のような会合にも出席しておられましたよ〜

「日中関係の強固な発展を」
http://www.jlp.net/news/980215b.html
(1998年の記事ですかね〜?中国共産党はサクソン王朝絶対主義全体主義国家だということをお忘れなく。)

『空白の20時間ー原爆被爆惨状絵図』〜磯野鱧男Blog
http://blog.goo.ne.jp/ryuzou42/e/50629b06b639fe69c9fc43b0b2a4315a

フチの太い眼鏡で顔が分かりにくいですが、深堀勝一氏は、ほぼジョゼッペに間違いないでしょう。内田一九にはその頃にそんな人だとは知らずに私の近所にあるキリスト教会や社会問題の集会で会ったことがありますので(サタニストのボスたちはいつも向こうから私に近づいて来ていたらしいもんで)、頭のハゲ具合とかまったくよく内田一九に似ています。その教会の執事もしていた内田氏は、すごく善人ぶって平和活動や従軍慰安婦問題などの社会活動に熱心でした〜!今から思えば、自分が問題を起こした張本人のくせに〜、まったくぅ〜何よ!

また、深堀勝一氏は、原爆投下後の惨状の絵をたくさん書いているというのも、救護班としてあちこちけが人を見て回ったりしているからでしょう。しかし、そういった活動をしても、2次被爆による後遺症も出ずに元気で長生きしているところを見ると、放射能被爆に対してなにか良い対処法というか治療法を知っているのかもしれないですね〜 これは、聞き出す価値がありますよ〜!! Q _Q"


><; とにかく、ジョゼッペ=スライマーンは、自分とは全く反対の主義主張の集団に潜入し、または、それを設立し、善人ぶったリーダーとしてみなさんをうまく誘導したりしますからシッカリ気をつけましょう!


少し文章を修正加筆しました。(8月10日 0:15)

p.s.

大国主命の後継者問題は、かなり複雑ですが、私のこのブログのカテゴリの「古代日本朝廷」を見てください。ただし、徐福船団のところはわたしが間違って解釈していました。彼らは、秦の始皇帝の命令で日本征服のために渡来したサクソン系軍団でした。また、フツシは自称の「須佐男命」であり、ほんとうは、大国主命が本物の須佐男命(=すめらみこと=スメル=統める、統治する)、つまりl、シュメール人の王なのでした。

東出雲町の古代の出雲国府跡 〜八雲立つ風土記の丘(ミュージアム)
http://www.yakumotatu-fudokinooka.jp/jyousetuten.html

7世紀に出雲国府ができたということは、その頃に「出雲」が島根の中心になったということで、それまでは、「石見」が島根の中心にあり、かつ、日本の中心である「元祖大和朝廷」(奈良県)Jとも深い関わりがあったということではないでしょうか? ということは、「大化の改新」がシュメール人の元祖大和朝廷が九州を中心勢とするサクソン系王族の倭国連合軍(奥出雲や他の日本の各地からのサクソン軍も参加)に乗っ取られたクーデターの時だったということになるのはないでしょうか?

あっ、それから、奈良の元祖大和朝廷の出自は多分、石見の大国主命の一族で、その石見の一族の者が先に九州勢を中心とする倭国連合軍(出雲軍など他の地の軍も参加)に襲われ、人質にされてしまっていた。その後、倭国連合軍は、その人質たちを先頭に掲げて奈良の元祖大和王朝軍の前までやってきたので、元祖大和王朝軍の王だった長髄彦(ながすねひこ)は自分の身内を殺すことはできず、戦うことができずに降伏してしまった。結局、長髄彦は敵軍に殺害されてしまい、元祖大和朝廷は乗っ取られてしまい、その後のいわゆる「大和朝廷」になったのでは?
(8月10日 2:20 a.m.)
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by Ulala-lov | 2011-08-09 16:32 | 原爆 | Comments(4)

今日8月9日は長崎の原爆記念日です。1945年、65年前の8月6日、広島での「悪魔の爆弾」による大量殺戮に引き続いて、その3日後に、今度は長崎に、また、原子爆弾が落とされ悪魔の虐殺が再び繰り返されたのです。

広島が候補地として選ばれた理由は、わたしの8月6日のブログに書きました。あくまでも、わたしの推測ではありますが、まったくの的外れとは言えないと思います。そして、8月9日に長崎が候補地として選ばれたのはどうしてなのか?あることを調べていたら、偶然その理由につながる情報を得ることができたのです。

まずは、下記のサイトから「長崎」の被爆地では、どのような被害だったのか、アメリカの言い分は何で、そして、このことがどういうことだったのかなどを知って考えてみてください。

「原爆の長崎」(美輪明宏「長崎で、私は一度死んだ」
アメリカによる広島・長崎への原爆投下こそ「人道に対する罪」
カーチス・ルメイ (日本に「対日焦土化作戦を立案した米軍人司令官)
原爆投下を裁く国際民衆法廷・広島
原爆投下が米兵百万人救う」アメリカの大ウソ
ヒロシマとナガサキの相違

「カーティス・ルメイ」は、あの東京大空襲や原爆投下の指揮官であり、積極的に木造家屋を効率的に破壊延焼する専用焼夷弾を開発して大都会の住宅地を焦土と化し、何十万人もの人々を焼き殺し、最後には原爆まで広島・長崎に落とした第二次世界大戦中の米国の軍人で、グアムの第21爆撃集団司令官でした。モルガン家の人間だとわたしは思います。戦後に、勲一等旭日大綬賞*を授与されたとかで、多分、モルガン家の人間は多くの娘も軍人と結婚しているくらいですから、当然、男子もかなり軍人になっていることでしょう。ルメイの顔写真は下記のサイトのJ・P・モルガンの顔写真に似ていませんか?名前も生年月日も嘘でしょう。もしかして、この人がジョン・アダムス・モルガンでしょうか?
J・P・モルガン
勲一等旭日大綬章
(この勲章は、皇族や首相クラス、または、大企業のトップなど超大物しかもらえないような勲章です。「カーチス・ルメイ」(偽名)がただの軍人ではなく、相当な大物だということが分かります。しかも、日本に対して良いことはひとつもしてなくて極悪非道なことをしたのに、こんな勲章をもらうなんて。。。)

「モルガン家」の祖先はもとはケルト系のブリトン人で、A.D.5世紀に、サクソン戦士とその家族を英国に入植させ、英国の国土をもっとも危険な外国勢力に売った『元祖大売国奴』だと思われます。その当時から、サクソンの王族と積極的に結婚を繰り返しているようです。サクソンの王族の血のほうがかなり多く入っているので、サクソン族と同じに見た方がいいでしょう。



★★★★★

さて、『どうして’長崎’に原爆が投下されたのか?』についてですが、それは、はっきり言って、サタニストたちが「トーマス・グラバー」のひとり息子「倉場富三郎氏」を狙っていたからです。

明治維新前にトーマス・グラバーはスコットランドから貿易商人として長崎にやってきます。最初からなのか少したってからなのか分かりませんが、彼は上海の東インド会社(この時はもうウィンザー王室が所有。多分、1750年前後から。)から分離したジャーディン・マセソン商会の代理人となっていたようです。(マセソンはちゃんとしたまともな商品の商いをしていたと思われます。麻薬取り引きをしていたのは、ウィンザー朝の所有の東インド会社その他の英国の会社でしょう)

明治維新の折、銃の取り引きが主な取り引きではあったようですが(当時の日本は、米国軍=サクセン側に開国を迫られ国防を強化せざるを得ず、必要にせまられていた為)、維新後は、日本人の妻、「五代友厚」*の紹介で「談川ツル」と結婚し、仲睦まじい夫婦としてツルが亡くなるまで仲良く暮らしていたようです。

五代友厚
談川ツル
(「蝶々夫人」のお話はグラバー邸のような場所とツルの墓などにあった紋からヒントを得ただけのか?それにしても、小説の内容は、まったくのフィクションだったんですね。さらに、オペラのほうはもっと脚色してあるようですね)

グラバー邸はよくオペラ「蝶々夫人」のモデルとなったところと言われていますが、事実は、あのオペラとは全然逆で良かったですね。それにしても、あのオペラのせいで日本人女性は受け身過ぎてダメだとかなんとかって、日本人女性がバカにされているとかって聞いたことがありますが、イヤですね〜 なんか変なオペラになっているみたいなんですよ〜 これってサクソンの陰謀ですばい!

維新後は、トーマス・グラバーは日本の発展のために大変な貢献をしていますよ。それなのに、負債を背負ったとかっていうのもちょっと怪しくて、ほんとうかどうか?とにかく、息子の倉場富三郎は、第二次世界大戦の終わり頃には、軍の機密のためにグラバー邸を開けてほしいと要望され、夫婦ともに刑務所だか収容所だかに入れられていて、その刑務所とかが長崎の被爆地にあったらしいです。ですから、頑丈な建物の中にいたから、即死はしていなかったのでしょうが、夫人が先に亡くなって、終戦後すぐに、倉場氏は自殺したことになっていますが。原爆にあっていて重傷でなくなったのか、殺されても自殺とされていたかでしょう。

とにかく、GHQのマッカーサー元帥(名前からも分かるように祖先はスコットランド人)が来て、倉場氏に会ったら自分たちのした悪事がばれてしまうので、その前に倉場氏が亡くなっていないとまずかったのでしょう。ほんとうにひどい奴ら(売国奴たち)です!!陸軍は幹部はドイツに留学して勉強してきていたようです。サクソンの言いなりというのもあるのでしょうが。なにしろ、実質、明治維新により、日本は英国というかドイツ・ウィンザー朝(ザクセン・コーブルグ・ゴータ家)の植民地となっていたのですから。

倉場氏は、多分、父親の遺産も含めてでしょうが、莫大な財産をもっていたらしいのですが、彼の全財産を長崎市に寄付すると遺言状に書いていたとか。えぇ〜っ、それって、なんか〜できすぎてやいませんか〜?きっと長崎市にそんな莫大なお金は渡っていないと思いますよ。そのお金は、きっと、サクソン・サタニストや日本のサタニストの手下の売国奴たちに分捕(ぶんど)られたことでしょう!’間違いない!!’

さらに、お金のことだけではなく、グラバー家(本名かどうか分かりません)は、きっと、スコットランドの貴族の出身か何かで、あのサクソンやシェバ人の王族・貴族たちにとっては、ライバルのケルト系シュメール人王族・貴族たちということになり、ケルト系の王族・貴族たちに「原爆の恐さ」を思いっきり見せつけて、世界戦略において自分たちサクソンやシェバ人が『絶対的な優位』に立とうとして、この’悪魔’計画は遂行されたんだと思います。もちろん、日本の皇室や世界の他の国々への『脅し』のための’見せつけ’も含まれていると考えられます。

<トーマス・グラバー>

多田茂治 トーマス・グラバーの生涯

<トーマス・グラバーの息子>

倉場富三郎1
倉場富三郎2
居留地物語〜倉場富三郎さん
グラバーの息子、倉場富三郎が注目されているわけ
ちゃんぽんコラム「富三郎とグラバー図鑑」
掬(すく)ってみれば無数の刹那(せつな)
明治維新:トーマス・グラバー、実業家・倉場富三郎
(倉場氏のミドル・ネームがアルバートになっていますが、多分、サタニストの改ざんです。このところネットでの改ざんが多くて困ります)

上記のいろいろなサイトを見ると、トーマス・グラバーも倉場富三郎氏もたいへんこの日本という国を愛していらっしゃったのだろうと思われます。その方々に対して、サクソン・サタニストたちはもちろんのこと、あの売国奴日本人たちがやったことは、同じ日本人としてほんとうに恥ずかしいやら、情けないやら。。。なことだ感じて空しくて、悲しいです。『恩を仇で返す』ってまさに、こういうことですよね! (((~~;)))。。。


GHQの「マッカーサー」はフィリピンなどの東南アジアでの戦闘に関わっていて、日本で何が起きているかよく知らされていなかったのだと思われます(マッカーサーは日本好きだったようですから)。そして、マッカーサーのいろいろな記事などを見ると、マッカーサーは来日後に、やっといろいろな事実が分かって、広島・長崎の原爆にもとても驚いて、そのせいもあってか、日本にとって、よい政策をたくさんしてくれたような感じがします。だから、多くの日本人からも、とても慕われていたとか。アメリカに帰国した際も、非常に多くの国民が出迎えたとかで人気があったようです。なんかあのアニメの「ポパイ」は、マッカーサーがモデルだったのではないかとちょっと推理しているのですが。。。?

しか〜し!、あの「マッカーサー」でさえも、彼らの’邪悪な毒牙’にかかって。。。1966年ころに、サタニストたちに暗殺されたらしいのです!!その当時、警察とか病院は共にグルになって、「自殺」ということにしていたらしいです。

実際は、『イルミナティ』の(多分トップクラスの)メンバーたちに「なぶり殺し」にされたようです!

>>>>>  ほんとうに残忍な奴らです!!! (((><)))。。。   <<<<<


マッカーサーがフリーメーソンとか、朝鮮戦争で原爆を使いたがっていたとかってウィキペディアにでていますが、みんなサタニストたちが改ざんしているためです。

もし、万が一、マッカーサーがフリーメーソンの幹部だったとしても、その場合は、サタニストたちがマッカーサーをだまして入会させ、階級の下のメンバーと同じように表向きの「友愛」とかっていうのだけを見せていた可能性が高いです。各国の大統領や首相などのような名誉職の高位のメンバーたちにも、本当の実態は見せないでいたようですし。今は、バレバレなのでもう隠していないかもしれませんが。今は、その分、おおやけに脅迫したりしているかもしれないです。とにかく、その当時には、スコットランドの王族・貴族などには(売国奴は別ですが)悪の秘密結社とは分からないようにうまくカモフラージュしていたのでしょう。それが、バレそうになってマッカーサーは殺されたんだと思います。

* 少し、分かりにくいところを修正したり、説明不足のところを補ったりしましたので、よかったら、またお読みください。

p.s.
トーマス・グラバー夫妻とその息子倉場富三郎について、以下のブログを見つけました。戦時中のことも書かれています。

「江戸・東京ときどきロンドン」〜グラバー親子と蝶々夫人〜
「大分のまなべの歴史」〜貿易商トーマス・グラバー夫人ツルについて〜

p.s.
済みません。『長崎に原爆が投下された理由(ワケ)』について、もう一つ考えられる理由があることに、後から気がつきました。以前に読んだサイトかなにかでそのようなヒントを得ていたと思うのですが、ウッカリしていました。それで、このブログの次回、8月11日の「悪魔の血流とは?」のところに、「p.s.」として、追記しましたので、そちらをご覧いただけますようによろしくお願いいたします。

p.s.2
最近、はっきりと分かってきたのですが、長崎に原爆が投下されたのには複数の理由があるようです。上の本文では、その理由を倉場富三郎を暗殺するためと書きましたが、もちろん、長崎で外国人と現地人の社交クラブのようなものを立ち上げていた富三郎をサタニストたちは警戒していたことでしょうし、彼の莫大な財産も略奪したかったのでしょう。これらもサタニストたちの重要な暗殺理由になるのでしょうが、他にも考えられる重大な理由は長崎の「浦上天主堂」です。これも、8月11日の記事「悪魔の血流とは?」で理由の1つに挙げていました。キリスト教教会の崩壊、つまりキリスト教の崩壊を狙うカルト的な意図からでしょう。さらに、今回新たに気がついたのは、この浦上天主堂は、浦上(=ウラ神)とあることからも、ヤハウェのウル(=ウラ、浦)を教会名に挙げていることから、ヤハウェ系民族すべての絶滅を祈願するカルト的な意図があったのではないかということです!サタニストたちってほんとカルト好きですから〜
(2012.10.18 5:10 a.m. 追記)


* コメント欄も見てくださいね!
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by Ulala-lov | 2010-08-09 06:17 | 原爆 | Comments(4)