2014−10−13

のつづき)


現代に伝わる『ギリシャ神話』

古代ギリシャのペロポネソス半島に、侵略者アングロサクソ脳族に率いられたサクソン(=ヒッタイト)軍団* が何度かに分けて次々とやって来て、アテネを中心都市としたエーゲ文明を築いていたヤハウェ系「イオニア人」**のポリス群をだんだんと侵略していきながら、自分たち(アングロサクソ脳族の神々=この時はトール・ホワイトの着ぐるみを着ていた)が、ヤハウェ系の神々を殺したり、奴隷にするなどし、かつ、彼らに代わって成りすましてポリスの神となったのでしょう。(なので、神々の名前はヤハウェ系のエーゲ文明の神々の名前と重複しているものが多いようです)

その時のことを書き残した史書を、後に、真実の歴史が分からないようにヤハウェ系の神々の史実などもサクソン系に都合よく歪(ゆが)めて織交ぜ、カオスに近い状態で史実を描き、かつ、ゼウス(三船)などの神々の数多くの破廉恥な浮気の事実(彼らにとっては自慢なのでしょう!)を描いたりしたのがギリシャ神話のようです。(しかし、その後も、自分たちの都合のよいように何度も書き換えられたり、書き増された可能性もあります。)


* ヒッタイト人たちは、古代ギリシャでは『アカイア人』(アカ=赤ね〜!)と自称し(言語的には『ドーリア人』とされる)、ルシファー(ジョゼッペ)に率いられたマケドニア人と、ゼウス(三船)に率いられたスパルタ人に別れてやって来たようです。

** イオニア人

ヘレネス
フィリッポ王がギリシャを統一した後の話ですが、もともといたヤハウェ系イオニア人の妃もヘレネ(=英語ヘレン)という同じ名前だったようです。なので、名前を真似たのは、スパルタのヘレネのほうです。

アテネ
イオニア人はアテネに昔から住んでいたヤハウェ系のようです。後にマケドニア人と同化させられたようです。それで、後にアカイア人の一部になったということでしょう。

エーゲ海周辺地図

レバント

【 世界史年表1 】(理解する世界史)

BC2000年ごろを見ると、「インド=ヨーロッパ語族の大移動が始まる」とあります。ヒッタイトとなって大暴れ、侵略戦争を繰り返したということでしょう。

エーゲ文明

古代ギリシア

BC2000年頃にアカイア人の一部イオニア人(侵略されて古来から住んでいたヤハウェ系が捕虜となって奴隷に、または、その混血種)がテッサリアから、同じくヤハウェ系の人々が古来から住んでいたペロボネソス半島南部に侵略を始めてだんだん征服していったようです。

ドーリア人=スパルタ人
スパルタ

トロイア戦争

アマナイメージズで「ハインリッヒシュリーマン シュリーマン」イメージをもっと探す

この人はアングロサクソ脳族です。顔の輪郭が宇宙人グレイのような形をしています。眉尻も下がっていますし。。。鼻先もやや下に下がっています。鼻ヒゲの習慣は、おそらく三口を直すために手術で縫った跡を隠くすために広まったのでしょう。

あ〜、想い出しました!このシュリーマンの顔は、小野田博郎少尉こと隅田のおじいさん=昭和天皇=李明博前大統領の顔に似ています!!!

22カ国語を話すシュリーマンに学ぶ短期間で英語をマスターする方法

ハインリッヒ・シュリーマン

シュリーマンの功と罪

シュリーマンはトロイアの真実の歴史を分からなくするために、わざとトロイア史跡を破棄し、正しい考古学的な検証を難しくするように工作したのでしょう!

『トロイアの真実』 シュリーマンは何を見つけたのか

そうそう、アナトリア半島はBC2000年ごろにはヒッタイト帝国が支配していたのです。核爆弾を落としてヤハウェ系の中心都市ハトーシャを木っ端微塵(こっぱみじん)にし、この地方を征服したのでした!!!

トロイア戦争 グレゴリアス講座

スパルタ王メネラーオスは、トロイア戦争を起すための謀略に従って、何もかも承知でヘレネーにパリスを誘惑してトロイアに駆け落ちするようにさせたのですから、よくやったと誉めこそすれ、殺すわけがありません。このヘレネーとクレオパトラと楊貴妃が世界三大美女と云われているのですが、下のプログの彫刻や肖像画を見ると、どうやら全員『シバの女王』のようです。

世界三大美女と言えば...

イリオス

トロイア戦争はBC1200年頃と推定されています。戦争の期間は10年もの長きに亘(わた)っていたそうです。

ミケーネ文明

ミケーネ文明(サクソン文明)はBC1450年頃、アルゴリス地方(=アルゴス)から発祥したとあります。つまり、その頃までにはギリシャのサクソン軍団は、古代ギリシャのペロポネソス半島のかなりの部分を征服していたということです。そして、アナトリア半島(現・トルコ)のイオリスをトロイア戦争で征服した頃と時を同じくして、クレタ文明(=ミノア文明とも呼ぶ。ヤハウェ系)をも征服したとのことです。

そうすると、ペロポネソス半島にサクソン軍団が最初に侵略してきたのは、BC2000年以前だったのかも?


そして、エーゲ文明のヤハウェ系ポリス群がサクソン軍団によって完全に征服されたのは、ピリッポス2世の時です。

ローマ建国について質問です。 ローマ建国は、 トロヤの英雄アエネアスの子孫に...

イオンという若者は、父親がアポロン(アポロ)で、母親がシバの女王?だったらしく、その子の子孫がヌミトル王の弟アムリウスに成りすまして兄に反乱を起したようです。ヌミトルの娘を犯して、ロムルスとレムスを生ませたということのようですが、実際は、ヌミトル(あるいはアポロ)とシバの女王の子供だったのでしょう。それで、シバの女王が川に捨てられたロムレス・ロムスをアングロサクソ脳族の手下に川から拾ってこさせて、シバの女王か新生ヴィーナスに育てさせたけれども、気が荒いのはアングロサクソ脳族の特徴なので、ふたりは争って、ロムルスがレムスを殺してローマ王国初代になったということのようです。なので、そういう乱暴者のロムレスが元老院の会議で消えたのは(殺されたのは)、それ相応のしかるべき理由があったからでしょう。しかし、逆恨みをした『シバの女王』は、その復讐として、ローマ共和制時代になって、ほぼアングロサクソ脳族のパトリキ(元老院メンバー)だらけになっていた元老院の会議で、カエサル(シーザー)を殺害させたのかもしれませんネ?!(うららのご勝手推測だけど)


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ローマ帝国とシバ王国
ユダヤ人って何か?〜ちょっと探検してみました。

につづく
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by Ulala-lov | 2014-10-13 10:04 | アングロ・サクソン王族 | Comments(0)