KGB作成の「宇宙人の地下秘密基地(UFO基地)を示す世界地図」を調べ驚愕の陰謀を発見! B1 南米・中米・北米編

2010−01−12

大変済みませんが、この記事はまだ書きかけです。

ネット上で見つけた地理が分かりやすいブログを勝手にリンクさせていただきました。どんな場所かを理解する上でほんとうに助かりました。ありがとうございます。Thanks A Lot ! ??



1 アルゼンチン

(1)フィッツ・ロイ山群とロス・トレス湖?カプリ湖?

アルゼンチンの南端にありチリと国境を接する険しい山(3375m)です。


(2)イベラ沼沢地にある都市ゴヤの辺り?











2 チリ共和国 

(1)(北部の都市)イキケ

冒頭の世界地図Aを見ると(これでもあまりハッキリしませんが私の持っている地図帳ではハッキリと表されています)、『アカタマ砂漠』はチリの最北端から国土の1/3くらい南まで続いていてカルデラやコピアポという町あたりまで細長く広がっているようです。


イキケは近代的な高層ビルが立ち並ぶ大都会のようです。一番下の写真を見ると、海岸にはリゾートホテルが建ち、ビーチで観光客たちが日光浴をしているようです。さながら「砂漠の中のオアシス」のような感じ。。。




(概説より引用)
銅、銀、ニッケル、リチウムなどの資源に富んでいる。天然の硝酸ナトリウム(チリ硝石)の産出は世界最大であり、1940年代初期まで大規模に採掘されていた。また、世界最大のリチウム産地である。約5000もの地上絵がある。この地上絵はナスカのような巨大な地上絵ではなく、また斜面に描かれている。


上の引用から、アングロサクソン王族たちにとって、よだれの落ちそうな鉱物資源に非常に恵まれた土地であり、多くの地上絵が斜面に描かれていることからも大昔から宇宙人グレイ(アングロサクソン王族)たちがやってきていた土地だったことも分かります。


(地球物理学的解説より引用)
アタカマ砂漠内には過去に海であった証拠として中央部の低地帯にアタカマ塩湖(Salar de Atacama)が形成され、ここを中心として岩塩や石灰からなる山地が形成されている。


アタカマ塩原
(特徴から引用)
アタカマ塩原のリチウム埋蔵量は全世界の27%にもおよぶ[7]。同じ南米にあるウユニ塩原、リンコン塩原と合わせると全世界の8割を占め、電気自動車の充電式電池として使用されるリチウムイオン電池の原料生産地として世界的に注目を集めている。


★なので、塩の原料としての価値はもちろんのこと、非常に貴重なレアメタルの産地としても価値のある場所となっているのです。

「ウユニ塩湖 ボリビア」 H.I.S.絶景

第二のウユニ塩湖?死ぬまでに行ってみたい世界のまだ見ぬ秘境5選 - RETRIP リトリップ

アタカマの巨人
(明らかに宇宙人グレイの描いた絵で、これはUFOの発着に必要な方向を示しているようです)




上の二つのブログを見ると、イキケはアカタマ砂漠の中にある町で、かつては硝石の工場も操業していたようですし(現在も地下の工場で操業しているのかも?石見銀山などと同様のケースのような。)

また、イキケには巨大な地上絵もいくつもあり、特に有名なのが『アカタマの巨人』です。あれは、どうも宇宙人グレイのような。。。ネコ人間のような。。。? 頭の4つの角みたいなのは両端が耳で、真ん中の2つが角でしょう。そうするとネコには角ないから、あの角はモレク=ヤギの角でしょう〜!そうするとあのヒゲはネコのヒゲではなく、ヤギのヒゲかな〜

上のヤギの写真を見ると、子供のころのヤギはアゴ下の長いヒゲも生えていなくて、目の下のほうに少し長めの毛が生えているだけのようです。しかし、あれもヒゲの一種なのかも? アングロサクソン王族=悪魔ETモンスター・ヴァンパイアたちは成体ではなく(要するに成人ではなく)、幼体(子供のまま)の身体でいるらしいですから。。。

これらの巨大な地上絵が今から600~900年前に書かれたということは、AD1100~1400年ぐらいの間ということですから(古代ではなかったのですね)、そうですね〜、ポルトガルやスペインによる大航海時代が始まるのがAD1500年ごろ(コロンブス* がインドを目指して船出したのが1492年)ですから、アングロサクソン王族たちは、その前にUFOで何度も訪れて事前調査をしていたということかも? だって、先にも言及しましたが、あの山の斜面に描かれている巨大な地上絵というのはUFOが発着するための目印だったのですから。。


この顔は〜、大黒元フェロー=アイゼンベルグ三船や東電の勝俣元会長=ジョゼッペや東電の武藤栄元副社長=象二郎(=佐藤勝己?)に顔の印象がかなり似ています〜!そして、佐藤勝己(バイエルン王フリードリヒ2世)の母親(おそらく実母ではなく、実母はヴィクトリア女王)「佐藤加奈子」=バイエルン王妃マリー・フォン・プロイセン)にもよ〜く似ています〜!! これが典型的なヴァッカス系かしら。。。

ホホが赤く(偽姉の山根郁子の娘の千穂ちゃんもそうだったのですが、「りんご病だ」と偽姉は言っていました。しかし、姉はホホが赤くなかったのですが。。。何か化粧品でそうならないようにしていたのかも?緑色の下地クリームは頬の赤みを隠すそうですから)、鼻先が下に垂れていて、口びるが薄く、アゴ下がやや長く、三角目は整形したのかしら?

この肖像画の頃に比べると、今は整形したりしているので、かなり人間に近い顔ですが、でも、この顔から受ける全体的な顔の印象は非常によく似ています。

(写真の銅像のイザベル女王と一緒のコロンブスは若い時のようですが、とてもハンサムな感じです。これは擬態のためでしょう。要するに、ハンサムな人間の男性と、ある程度の期間(数年くらい?)付かず離れず一緒にいるとその特徴を真似る(コピーする)ことができるようになり、それが擬態するための習得のコツのようで、その後は、いつでも、自分のなりたい時にハンサムな顔に化けれるみたいです。しかし、あのような独特の顔のアングロサクソン特有の特徴までは隠せなかったようですが(かつては)。。。今は整形でそれも克服しています。なので、ひじょ〜にハンサムな男性や美女に化けることができるようです!そういうわけですから、彼らの仕かけてくる『ハニートラップ』にはくれぐれも "ご用心 ! " ってことですね〜 023.gif


★ 一番上の白いドレスを着た女性はきっとハトホル=レア=山根郁子 😈 です。だれがここの最高管理者か。。。分かりますよね〜!😒

★★★ このような美しい観光スポットなのですが、裏の顔があり、夜間には誘拐してきた大人・子供を奴隷として重労働の採掘の仕事👷 や売春(男女)などの仕事をさせているのでしょう。😔😠😰



■ (参考) 太平洋戦争(1879年-1884年)

★現在は英国との結びつきが非常に強い国になっているようです。

津波アラートIイキケ、チリ沖の8.2地震後

南米チリ沖でM8.2の地震速報 現地チリでは大統領が!

【衝撃映像】9.16 チリ地震 日本で放送されない現地の生々しい映像 【恐怖】

20140402 南米チリ地震写真速報

チリ沖地震 ウィキペディア

南部(バルディビアなど)、北部(イキケ、アリカなど)、中部(マウレ、イヤペルなど)と、結局、チリの全土で巨大地震がけっこう頻繁(ひんぱん)に起きています。特に1995年以降は1年〜数年おきに。これらはすべて人工地震の可能性大です。

バルディビア地震  ウィキペディア

1575年のバルディビア沖地震はマグニチュード9.5で、1960年のバルディビア沖地震と同規模だったが、地滑りは1960年のの4倍に達していて、1575年の地震が史上最大規模の地震だったということです。この1575年当時はスペインが大々的に入植するための侵略戦争を継続中だった頃なののです。(←*)なので、きっと、この地震は人工地震であり、スペインが侵略戦争を有利に進める手助けとなったのではないかと考えられます。

コンキスタドール(1500代~1800年代末まで) ウィキペディア

アラウコ戦争1536-1883) ウィキペディア

フランシスコ・ピサロ - 海賊物語

★★★ 以上のような歴史的な経緯を見ても、チリでたびたび巨大な地震が起きているのは、チリが鉱物その他の天然資源にたいへん恵まれた地であるため、その利権を狙ったアングロサクソン王族たちが、チリに人工地震を度々仕掛けて、地震や津波で多くの住民を抹殺したり、その土地から出ていかさせるためでしょう。


アタカマの地上絵、斜面に描かれた謎の巨人!:暇つぶしニュース

チリの地上絵 「アタカマの巨人」 [スポット]

?? 参考までに:
Michael Jackson - Thriller
Michael Jackson - They Don't Care About Us



3 (KGBの資料以外)英領 サウスジョージア島

サウスジョージア・サウスサンドウィッチ諸島

表向きは鯨油採取の基地ということになっていますが、このサウスジョージア島では金が発見されてゴールドラッシュになっていたようです。もちろん、一般人には到底行けない場所ですので、お金持ちたちがそれ相応の装備をして投資して採掘したのでしょう。しかし、いつものように最後にはハトホル(=後期のヴィクトリア女王)や次のハトホル候補だったエドワード8世が人間の投資家や労働者たちを制圧して(虐殺して)独り占めしたのでしょう。

サウスジョージア・サウスサンドウィッチ諸島の歴史

このサウスジョージア島で最初に金を発見したのがロンドン商人のアンソニー・デ・ラ・ロッシュ(スコットランド人?)という人だったのかもしれません。そして、英国にハノーヴァー朝が成立すると、ジェームズ・クック=ジョージ1世(ハノーヴァー朝)=ジョゼッペ=レアの男姿=ハトホルはその立場を利用してロッシュを(多分、殺して)利権を奪い、自分の持っている幾つかの会社に採掘権を持たせて(それまでもハトホルの1つか2つくらいの会社は採掘権を持って参加していたのかも)サウスジョージア島の金鉱の大規模な開発を始めたのでしょう。

アングロサクソン王族=宇宙人グレイの秘密地下基地(UFO基地)としては、サウスジョージア島の最大の停泊地であるグリトビケンのあたりが怪しいです!キング・エドワード・ポイント(岬)とかキング・エドワード湾とかいう名称が付けられていますが、おそらく、これはエドワード8世にちなんで付けられたのかも。。。(それだけ、この島でも悪いことしていたということでしょう。アメリカ西部開拓の時のビリー・ザ・キッドの時のように。)

グリトビケン ウィキペディア

サウスジョージア島と居住地

カンバーランド湾、サッチャー半島とキング・エドワード湾

真ん中に大きく突き出しているのがサッチャー半島のようです。おそらく、ここから、わりと近くにフォークランド諸島があるので、「フォークランド紛争」(1982年3~6月)の勝利を記念して(もし負けていたら、この島とか南極大陸にも影響が大きかったのかしら?*)、当時の首相だったサッチャー首相の名前を付けたのかしら?そして、右側から奥に向かっている2つの湾がキング・エドワード湾で(家々や元捕鯨基地などは雪におおわれて分かりにくいですが、おそらく、真ん中の湾の一番奥まった辺りではないかと)は、写真の一番手前に広がっているのがカンバーランド湾です。

* サウスジョージア侵攻・・・***この件に関しては別記事にします。

1989年の鯨油基地
(このグリトビケンがあるのはキング・エドワード湾です。)

グリトビケンのパノラマ

右側のほうに赤い屋根の鯨博物館、真ん中にグレーかオリーブ色(?)の屋根のルーテル教会が見えます。背後に見える一番高い山は、おそらく、ペジェット山(活火山)でしょう。

また、アーネスト・ヘンリー・シャクルトンの墓(下の写真↓)がありますが、このシャクルトンも利権を独り占めしたいジェームズ・クック=ジョージ1世の刃にかかって殺害されたのかもしれません。ミドルネームがヘンリーなので王族か貴族でしょうが人間のような顔をしています。(←訂正:このシャクルトンの顔は、そういえば、ジュディー・ガーランドに似ていました!シャクルトンについて調べてみるとナカナカ〜えぐい人**のようです。***)

** えぐい - 日本語俗語辞典

シャクルトンの墓

*** アーネスト・シャクルトン(1874-1922) ウィキペディア

どうやら、下のニムロデ探検隊(ウソの名前です)とある写真は第1回のロバート・スコットの南極探検隊の写真のようです。左端が象二郎かな?左から2番目がアーネスト・シャクルトン(ハトホル)です!左から3番目がスコットでしょう。右端もハトホルのクローンでしょう。この時に北極点到達のコツをすべてスコットから盗んだのです!わざとあと一歩のところで北極点に到達させないように秘密裏に妨害したのもハトホルたちだったのでしょう。

ニムロド探査の南極点調査隊。

ロバート・スコット - アマナイメージズ・・・A

南極・スコット巡礼

ロバート・ファルコン・スコット(1868 - 1912)

このウィキの写真は本人ではなく、ジョゼッペ=ハトホルです!!(以前、わたしはロバート・スコットについての短いレポート的な本を図書館で読んだことがあるので、スコットの写真をたくさん見て顔を知っています。とてもハンサムな人で理知的で紳士的な感じの人でした。)

ウィキにはスコット隊は馬を使ってソリを引っぱっていたとか、馬が次々に死んだので隊員たちが荷物を運んだとか書いてありますが、わたしが読んだ本にはスコット隊は犬ゾリを使っており、スコットは犬をとても大事に扱っていたのですが、自分たちに死が迫りくるなかで犬たちが可哀想なので銃で撃って殺したようです。(残されても死ぬのを待つだけですから)

また、スコットの本を読んだついでに、同じ日に、アムンゼン* の本のほうも読みました。(ノルウェー人とか自分で言っていたようですが、おそらく、ハトホルです!)アムンゼンは北極点に到達すると、帰る途中で一匹づつ犬を銃で撃ち殺して食料にしていたとか。。。

それに、ジェームズ・クック=ジョゼッペ=ハトホルですから、自らスコットの探検隊に志願して入って、いろいろなことをスコットから学んでいたのでしょう。そして、いざ北極点の旅に出ようと準備しているスコットに先駆けてスコットの出発よりも1ヶ月も早く自分が出発して出し抜いたのでした。きっと、スコットに資金を援助して(前回のように国家プロジェクトにしなかったのもそのため)、さまざまな学術調査を依頼して探検に時間がかかるようにさせたのもハトホルのしわざです。

そして、北極点到達後の帰路で、港近くの1トン貯蔵庫の手前の移動地点までたどり着いたテントの中で亡くなったのです。猛吹雪が何日も続き燃料も食料も切れてしまったのでした。この予想外に長く続いた嵐も、きっと、ハトホルの気象兵器での操作によるものでしょう。なんて卑怯で残酷な悪魔女王ダニ!!!(それから、あんなハンサムな男性なら、普通、ハトホルは夢中になって絶対殺さないはずなのですが。。。実は、ロバート・スコットは1908年に結婚していたようです。最後の探検に出発したのが1910年6月で、1912年3月に亡くなっていますから、きっと、その結婚を妬(ねた)んだハトホルがロバート・スコットを殺したのでしょう。

また、スコットは隊員を階級制で扱っていたとウィキには書かれていますが、スコットはとてもフランク(気やすい)な性格であり、だれでも平等に扱い隊員たちからも非常に慕われていたそうです。そして、先の写真Aのテント内の写真のように、スコットは非常に几帳面で、テント内にも机があり、きちんと日記や調査資料について書くことができたりして、テントは小さな家のようであり、また、いろいろな物資はきちんと整えて置かれていたようです。(ウィキのスコットの親友のウィルソンが描いたとかいうテントの様子を描いたスケッチは大ウソのでっち上げです!ここまで念入りにスコットを貶めなくてもいいでしょうに。。。ブツブツ)

* ロアール・アムンセン ウィキペディア


1923年に撮影されたアルゼンチンの気象台

1923年にアルゼンチンの気象台があったということは、当時はアルゼンチン領の島だったということです。ということは、その後、ビリー・ザ・キッドとその仲間か英国軍かがこの島を制圧(侵略・皆殺し)したということでしょうね〜!

サウスジョージア島 - 南極旅行・北極旅行のクルーズ・ツアー:(株)クルーズライフ


につづく



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by Ulala-lov | 2016-01-12 21:23 | サタニストの攻撃 | Comments(0)